双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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うる星やつらならランちゃんが好き。
ラムちゃんとの関係がとてもすこなので初投稿です。




38駅目 決着

 

 昇降機の扉が開く。

 一寸先も見えないほどの暗闇だ。昇降機から発せられる僅かな光しかない。

 

「明るくする」

 

 双葉が言うと、床や壁に緑色の光を発する線が現れ、周囲を照らした。

 

「パレスの主ってそういう事も出来るの?」

「うん。何でもできる。全部書いてあった」

 

 双葉は当然だと言わんばかりに頷いた。宙に浮かんでいた解読不能の数字の羅列は、双葉にとってパレスの説明書になったみたいだ。

 

「だから、大丈夫。上手くいく」

 

 自分に言い聞かせるみたいに、双葉は同じ言葉を繰り返した。

 

「行こう」

 

 認知上の自分が言っていた通り、部屋は6畳ほどのさして広くない空間だった。

 奥には、いかにもな石の棺が鎮座している。先に来ているはずの認知上の双葉の姿は見えない。となると、あの中にオタカラとして存在しているのかもしれない。

 

 そして、その手前。

 短い黒髪の女性。事故の直前、そのままの姿の母が立っていた。

 

『随分小さくなったわね。ほとんど力を感じない』

 

 スフィンクス、だったものだ。

 母の姿を真似ているだけの偽物。人ではない。そう分かっていても、ゾクリとするような現実感があった。

 

「一葉は見てて」

「でも、」

「ここではわたしが王。一葉は待っているだけでいい」

 

 止めようとする手をすり抜けて、双葉は一人、ずんずんと前に進んでいく。

 

 リャナンシーの言った通り、人の姿をしている偽物は、見た目相応の力しかないようで、ただ静かに佇んでいるように見える。

 どちらかが手を伸ばせば触れられそうな位置で、母は口を開いた。

 

「私を置いて外へ行くの?」

「うん」

「一緒に死んでくれると思ってたのに」

「そう」

 

 双葉はまったく相手にしていない。それでも、偽物の母は双葉を睨めつけて、恨みごとを吐き出し続ける。

 

「私の娘でしょう? どうして言うことを聞いてくれないの…!」

 

 ヒステリックな叫びも、今の双葉は冷めた目で見るだけだ。

 

「返して。ここはお前のものじゃない」

「親に向かって、なんて口の利き方っ! 私から、何も奪わせてなるものか!!」

 

 淡々と発せられる双葉の言葉が、母の輪郭をぼかしていく。

 いけない。このまま化けの皮を剥いでしまったら、出てくる本性は…。今ならまだ、人の形に収まっている。

 

「双葉、一旦引いて「双葉に残酷なことをさせるつもり?」

 

 僕の言葉を遮ったのは、認知上の僕だ。見てて、という双葉の言葉どおり、大人しくしていたのに。認知上の自分に腕をきつく掴まれて静止させられる。

 

「アレが王の命令に背いた時点で、戦いは避けられない」

 

 言いたいことはわかる。

 偽物であろうとも、母の形をしたものを双葉に始末させるのか。それは、可能であれば避けるべきことだ。

 でも、アレが戦うための形に変身したら、違う術のない僕らには手も足も出なくなる。

 

 双葉はこちらを見ることもなく、話を続ける。

 きっと頭の中で、もう結論は出ているのだ。考えの正当性を一つ一つ確かめるように、言葉を紡いでいく。

 

「一葉とたくさん話した。何でもないような思い出ばかり。

 わたしたちのおかあさんはそうだった。終わるまで、終わりがあるなんて思わないくらい、いつもの毎日だった」

 

 母が仕事で忙しかったのは本当のこと。けれど、母が育児ノイローゼになっていたというのは全くの作り話。

 僕たちがした話の中で、そんな姿は一度もなかった。

 

「自分勝手でワガママ放題の娘に、母の苦労が分かるものか…!」

「わたしに作られただけの偽物に、おかあさんの何がわかるの?」

 

 偽物は憤怒の表情で吼える。

 

「だれが私の双葉をこんな風に…お前かッ!」

 

 この期に及んで、偽物はまだ母のふりを辞めるつもりはないようだ。そうやって動揺を誘うことでしか、勝ち目がないと理解しているのだろうか。

 母の顔で、声で、見苦しい真似をしないでほしい。

 

「まだ、分からないんだ。

 お前にも分かるように、言ってあげる」

 

 双葉は小さく息を吸った。

 

「おかあさんは、どこにもいないっ!」

 

 効果は劇的だった。

 偽物は母の形を保てず、出来の悪い風船アートのごとく異常に膨らみ、むくむくと巨大化していく。

 

「うわっ、気持ち悪! 一葉、なんとかして!」

「ちょ、このタイミングで僕に振る!? 退避、退避ー!」

「昇降機、昇降機なら頑丈だから…!」

『さっさと下がりなさいな』

 

 くるっととんぼ返りしてきた双葉と一緒になって、もと来た道を走って戻る。

 膨張し続ける体積に部屋の広さが足りない。ガラガラと轟音を立てて建材が崩れ落ちていく。

 

『まったく、世話が焼けるわ』

 

 こちらに飛んでくる破片は後方でリャナンシーが弾き飛ばした。

 床を残してほとんど崩壊したピラミッド上部で、黒い靄に包まれて形の定まらないソレはひび割れた音を発する。

 

『問おウ、…ワタシは何ダ?』

「お前は、わたしの弱い心そのもの。お前を倒して、わたしは出ていく!」

 

 双葉が応じたことにより、ソレは再び形を得る。

 ぶくぶくに膨れた母を真似ていたものは、その人型をそのままに、硬質な外皮を獲得した。

 

『面白イ、やれルものナラ、やッテみセヨ!』

 

 人形だ。

 ウシャブティと呼ばれるもの。日本で言うところの埴輪にあたるだろう、副葬品の類。

 大きさだけは見事なものだったが、神の化身たるスフィンクスから、随分と格下げされたものだ。

 

『やっと出番ね』

 

 待っていましたとばかりに、くるりと反転、リャナンシーが人形の前に躍り出る。

 

『ナルカミ』

 

 そのまま、先制攻撃を仕掛けた。

 ピラミッドの化け物に効きづらかったからか、お得意の呪殺攻撃ではなく街で盗人を消し炭にした雷だ。

 

 しかし、人形は依然として健在。

 多少焦げているものの、欠けやひび割れなど目に見えるダメージはない。

 

「弱い心だよね、あれ。豆腐くらいの防御力を期待してたんだけど」

「あれは、わたしにとっての強敵。何度でもよみがえる」

「お願いだから言葉にしないで!」

 

 そう思っているなら、言っても言わなくても同じか。石の体表からは、いつの間にか焦げあとすらも消えている。

 人形はこちらを睥睨し、妖精の後ろにいる僕らに狙いを定めた。

 

 体当たり。

 シンプルながら、その巨体でやられると洒落にならない反撃が飛んでくる。

 

『私、こういうの苦手なのだけど』

 

 盾になったリャナンシーは平然と耐えた。細かな傷は作っているものの、大質量の激突などなかったかのよう。

 これならまだ、やりようもありそうだ。多少の傷は彼女にとって意味を成さない。

 

『吸血』

 

 とても血が通っているとは思えない石の体から、どうやってか血を吸って、妖精は傷を癒やしていく。

 一撃で潰されない限り、しぶとさではこちらも負けていない。

 

 しかし、その隙に人形はさらなる攻撃に出るべく力を溜めていた。もちろん、狙いは僕らだ。

 

「もしかしなくても僕らってお荷物?」

「そうだよ、よく分かったね!」

 

 戦いになったら、僕らは非戦闘員なので基本隠れているしかない。

 幸いにも遮蔽物となる建材はあちこちに散らばっている。持久戦になりそうだ。逃げ隠れしようとしたところで、双葉が足を止めた。

 

「一葉。あれを削れるギミックある。手伝って」

 

 双葉の指差す先には、巨大弓…バリスタらしきものが設置されていた。

 エジプトにこんなもんあったっけ。世界観どうなってるんだこれ。いや、もともと謎をSFで金継ぎした感じだったか。

 

「手動巻き。自動で引き絞れるはずだったけど、部屋ごと回路壊された。わたしだけじゃ動かせない」

「弾は?」

「ない。そのへんの石で代用すべし」

「ええ…」

 

 ちょうどよく落ちてるけども。

 人形が破壊した後に残されたピラミッドの欠片には、弾に適していそうなサイズのものも多い。当たればかなりの威力を発揮するだろう。

 

「わたしがアレを倒さないといけない」

「やるだけやろう」

 

 極めて原始的な方法に落ち着いた。

 昔から大きいやつ相手には、遠くから石を投げるのが一番だと相場が決まっている。

 

「射出は双葉。こっちは引き絞るのと球拾い」

「了解!」

 

 射角の計算と補正は双葉にやらせたほうが早い。そもそもこっちは使い方を知らないし。

 拾ってきた手頃な破片を射手の指示通りセットして、人形の巨躯を見上げる。

 

「まずは一発!」

 

 命中。

 的が大きいのがいい。狙った中央ではなかったが、人形の左肩の部分が大きく欠ける。

 破片が轟音と共に落ちてくる。

 

『ギャ…ァァ……!』

 

 人手不足の前衛も、体勢を崩した人形に雷の追撃を加える。

 だが、みるみるうちに人形の破壊痕は復元されていく。これではきりがない。

 

「双葉、これボス戦でしょ。

 なんかこう、分かりやすく弱点っぽい目玉がついてるとかないの?」

「再生する前に壊す」

「……そっちの僕も球拾いして!」

 

 すごく力技。

 こう言われては仕方ない。連続して撃てるように近くへ弾をかき集める。

 

「次弾装填…!」

「まかせて。当てる」

 

 命中。

 宣言通り。今度は中央に大きなひび割れができた。反撃しようとする人形の動きを雷が止める。

 

「次撃つ」

「いけるよ」

 

 命中。

 先ほどと寸分たがわぬところに着弾。

 ひび割れからボロボロと破片が落ちて砂煙が舞い上がった。

 

「次」

「いける」

 

 命中。

 少しズレる。あの図体で動き回らないでほしい。双葉が射角をわずかに上げた。

 

「次」

「いけ!」

 

 命中。

 弾は再びひび割れを直撃し、中央部を完全に破壊した。

 双葉は、支えの大部分を失った頭部に照準を合わせる。

 

「ラスト!」

 

 命中。

 弾は人形の頭部を正確に捉える。

 自らを支えることができず、人形はけたたましい音を響かせながらピラミッドを滑り落ちていった。

 

「…もう2発くらい撃っとく?」

「だね」

 

 しぶとい相手は粉々にしておかないと。ダメ押しにもう少しだけピラミッドの欠片を撃ち込んで、完全に反応がなくなったのを確かめてから様子を見に行く。

 

「この段すごく大きくない?」

「下のほうが大きい。ディスティニーランドの城とかと一緒」

 

 目測で1m以上ある段をおっかなびっくり降りていく。

 人形が落ちるときに多少石材が破壊されたおかげで、丸々一段降りなければならないところは少ないけれど。

 

 わりと苦労して、双葉はそうでもなさそうだったけれど、人形だったものの側に着いた。

 見事に粉々になっている。破片は大きいものでもピラミッドの石材一つ程度。あちこちに散らばっていて、魂を返してもらわねばならないのに、これではどこにあるやら。

 

『…置イテいくのカ、ワタシを』

 

 驚いたことに、まだ息があったらしい。破壊されたはずの人形はくぐもった声で双葉に問いかける。

 

「うん」

『……嫌ダ、認メない。孤独ニ逝った母を不憫ダと、思ったのダろう?』

「でも、一緒にいってあげるために、自分で死ぬのはできなかった。ここで死んだふりして、おかあさんの夢を見てた。ずっと」

 

 そうすれば、記憶の中の母と別れずに済む。

 時間軸を離れ、点の記憶の中に生きるなら、離別もまた永続しない。10年前も、昨日も、同じ重さで残り続ける。

 

「一人じゃダメだったのは、わたしの方。おかあさんは違う。だって、もういない」

 

 声音はどこまでも穏やかなまま。

 双葉は欠片の前でしゃがみ込み、手で砂を払う。ちょうど顔の部分だったのだろう、特徴的な目が描かれている。

 

『ワタシでハ、不足?』

「お前はお人形。おかあさんがいないって認められなかったわたしが作った。でも、もう卒業」

『……捨てルのか?』

「宝物入れにしまっておくだけ」

『ならバ、良い』

 

 それきり、人形は言葉を発さなかった。他の破片とともにボロボロと崩れ、砂漠の砂と同化していく。

 後に残されたのは、手のひらに収まるほどの物言わぬ人形だった。じんわりと光を放っているそれは、どこか双葉に似ていた。双葉は小さな人形を拾い上げる。

 

「返す場所…棺は、上」

「登り返すの? これを?」

「昇降機のあたりは生きてたし、中から行こう」

 

 なかなか格好よく決まらないものだ。

 

 再び戻ってきた最上部で、双葉は棺に触れる。

 何らかの機構により棺は音もなく開き、緑色の光に満たされた内部には、認知上の双葉が横たわっていた。

 認知上の双葉に人形を持たせる。すると、吸収されるかのように人形は跡形もなくほどけて消えていった。

 

「起きて。儀式はおしまい」

 

 認知上の双葉は金色の目を開ける。ゆったりと上体を起こして、首を傾げてみせた。

 

「よいのか?」

「お前はわたし。なら、分かるでしょ」

 

 双葉は認知上の自分を棺から引っ張り出した。

 

「後はこの双葉を連れてパレスを出ればいいの?」

「そう。それで全部おわり」

 

 終わってみれば、呆気ないものだった。

 結局ボス戦をすることになってしまったけれど、ペルソナでなくても場合によっては有効打を用意できるということがわかったのは収穫だった。

 

「念の為聞くけど、脱出中にパレス崩壊しない?」

「持たせる。制御権、完全に取り返したし」

 

 認知上の双葉の手を、双葉と片方ずつ引いて、長い階段を下りる。

 

「連行される宇宙人」

「思っても言わなかったのに」

 

 一応自分で歩いてくれているから宇宙人でなく済んでいるけれど、浮いていたら完全にそれだった。

 

「じゃ、ダブルデートにしよう」

 

 双葉は階段を一つ飛ばしで降りて、先行していた認知上の僕の手を捕まえた。あろうことか恋人繋ぎをするなどしている。

 

「嬉しいけどさ、偽物でいいの?」

「うん」

 

 ひどいダブルスタンダードを見た。

 

「お人形さんが浮かばれないなぁ…」

「というか、現代にダブルデートなんて概念生きてるの?」

 

 認知上の僕は双葉に捕まって抵抗するはずもなく、むしろ頬は緩みに緩んでいる。中身化け物のくせに。蹴り落とし…たら双葉も落ちるからなし。恨みの念だけ送っておく。

 

「ここではわたしが王。わたしがあるといえばある……閃いた!」

「阻止」

「ぐぬぬ。今のうちに目をつけてたガジェット、一通り出しとこうと思ったのに」

「なら条約引っかかって輸入できない生体も…」

「お前さ、曲がりなりにも僕なんだから、双葉を止めてよね。認知世界の悪用禁止」

 

 妖精は呆れ顔でため息を吐いた。

 

『お気楽なものね』

 

 妖精すら呆れるレベルの緊張感の無さで脱出を果たす。

 振り返ると、ピラミッドは砂煙とともに崩れ落ち始めた。何千年も保つくらい、安定な構造をしているはずなのに。よく見ると石材自体が割れ、人形よろしく砂に還っているらしい。石の巨塔はあっという間に形を失っていった。

 

 それと同時に、こちらの視界も現実の景色と重なり始める。

 

「双葉をよろしく」

 

 消えていく認知世界の景色の中で、認知上の自分が小さく手を振ったのが見えた。

 まばたきを一つしたとき、僕らは現実にいた。

 

「外だ」

「外だね」

 

 ピラミッドの外…つまり、玄関前に出た。双葉にとって数年ぶりの外。

 辺りは暗く、街灯の明かりに隠れて、とりわけまばゆい星だけが僕らを見下ろしていた。

 

「作戦成功?」

「うん」

 

 双葉は悪戯っぽく笑って、くるりと踵を返した。

 

「……じゃ、寝る」

 

 こちらが呆気にとられているうちに、用意よく持っていた玄関の鍵を開けて、双葉はさっさと家の中に引っ込んでしまった。さらさらの長髪を慌てて追いかける。

 

「いいの? せっかく外に出られたのに?」

「いつでもできる。すごく疲れた」

 

 そのまま部屋に直行してバタンキューだった。

 完全に眠り姫モードに入ってしまったらしい。経験上、数日はほとんど寝て過ごしたら、ケロッと起きてくるのだけど。

 

「まったくもう…」

 

 昼間は暑いとはいえ、まだ夜は冷え込む。足元に追いやられてぐしゃぐしゃになっていた掛け布団をかけた。

 

 

 さすがにこっちも疲れた。

 自室に戻ると、どっと疲れを感じて、双葉同様ベッドに寝転ぶ。

 

 夕飯がまだだった。

 食べずに寝てしまったら佐倉さんに悪い。けれど、一度寝転がってしまうと起きる気もしなかった。

 このまま佐倉さんが帰ってくるのを待とうか。怠惰な結論を出して、仰向けになった。

 

 向こうでの戦いの興奮が冷めていくのに反比例して、眠気が増していく。

 天井を眺めていたはずが、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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