CCさくらなら知世ちゃんが好き。
いまだにガチャガチャでよく見かけるのが嬉しいので初投稿です。
6月1日(水)
いつも通りの時間に目を覚ます。染み付いた習慣だ。
「…筋肉痛が痛い」
アホみたいなこと言ってないで、さっさと起きよう。
疲労はあまり抜けていない。認知世界での戦いがあって興奮状態だったからか、眠りが浅かった気がする。
昨日は気づかなかったけれど、肘などに細かな擦り傷がいくつもできている。顔を洗うついでに、今さらながら傷口を洗った。乾いているせいで、砂を落とすのに苦労した。
部屋に戻り、鞄から救急セットを出して、気になったところだけ絆創膏を貼ってみた。運動神経が悪すぎてよくケガをするので、自分用のを常備していたのが役に立った。
眠り姫と化した双葉の様子も気になる。たぶん普通に寝ているだけだけど、自分と同様に知らぬ間にケガをしているかもしれないし。
救急セットを持って双葉の部屋へ。
当然ながら鍵はかかっていない。
かなり久しぶりに部屋の電気を点けた。いつもなら「眩しい」の一言で消されてしまうけれど、今日は無反応。
「入るよー」
一応声をかけたのは、たぶんこの状態でも双葉は周りの話を聞いているから。睡眠が他のすべてのことより優先されているだけで、食事もとるしトイレだって行く。またすぐ寝るけど。
期限間近の乾パンがデスクの下にあるのを確認した。すぐに食べられそうなものがこうして常備されているのは、半分は機嫌が悪いとき用で、半分はこういうとき用だ。
「起きたらあちこち痛かったんだけど、双葉は平気そう?」
返事はない。双葉は昨日と全く同じように眠っている。
聞いていて無視しているなら同意は得たと判断して、掛け布団をはいだ。手足に傷がないかだけ確かめる。小さな擦り傷をいくつか見つけて、応急手当だけしておいた。
向こうで手当てをしてから戻れば済んだ話だった気もする。こちらでは治るまで時間が掛かるし。気づかなかったので、どうしようもないけれど。
元通り布団をかけ直して一安心。
少し時間を取られてしまった。急いで朝ご飯を食べて出ないと遅刻してしまう。
「…ここにいたか」
振り向くと、佐倉さんが部屋の入り口に立っていた。いきなり声を掛けられたので、何も後ろめたいことをしていたわけではないけれど、心臓が跳ねた。
「おはようございます」
「おはよう。一葉、ちょっとこっち来い」
手招きされて、佐倉さんのところへ。双葉の部屋の電気を消して、扉を閉めた。
「昨日、夕飯も食べずに寝こけてたろ。何かあったか?」
そりゃあ聞かれるか。保護者だし。
ちょっとスペクタクルな冒険を。などとふざけられる空気でもなく、どう答えたものかと悩んでしまう。
「疲れてて…?」
特に気の利いた言い訳を考えていなかったので、ひとまず当たり障りのない説明をしてみる。
佐倉さんは何か言いたげにしていたけれど、追及はしなかった。こういうとき、そっとしておいてくれるのはありがたい。
佐倉さんは渋い顔で、こちらの額に触れる。熱でもあると思われているのだろうか。
「…今日は休んだらどうだ?」
疲れているだけで、具合が悪いわけではないのだけど。まあ以前は行けると思って行ったら駄目だったので、自分の感覚はあまり当てにならない。
無理に行くこともないか。一度体調を崩すとあとが面倒だし。
「そうします」
思ったより力のない返事をしてしまった。
プラセボ効果というやつだ。病は気から、とも言う。
思い込みが力を持つのを知っているから、余計にそう感じるのはある。昔そういう研究をなにかで見たような。何だっけ、3人に心配されると本当に具合が悪くなる、みたいな。
「腹は減ってるか?」
「はい」
昨日の残りを片付けることになった。僕と双葉の分で二食あったのでちょうどいい。…時間になったら起きてくるだろうと余分に用意させてしまった訳だ。
寝落ちする前に一報入れておくべきだった。他の何よりも睡眠を優先していた。双葉のことを言っていられない。
「何かあったら連絡しろ」
しっかり釘を刺して、佐倉さんは店に出かけていった。
ほとんどずる休みに近い形で休んだので、若干の後ろめたさもあって、外に出ようとは思わない。とはいえ、家で取り立てて何かをしたいという気も起きない。双葉がスリープモードだし。双葉みたいに寝ていてもいいのだけど、夜寝られなくなると明日がつらい。
結果として、休むという名目でソファに座ってぼーっとしていた。
けれど、何もせずにいるというのは退屈だ。何もしたくないのに、何もしていないことがつまらないなんて。
ぐるぐる思考だけ回すなかで、次々と頭に思い浮かんでくるのは昨日のこと。
すべてうまく行ったのだ。
これだけの時間をかけて、結局は認知世界の力で。思うところはないでもないけれど、今はほっとした気持ちの方が大きい。
双葉があの様子だから、まだあまり実感はない。けれど、双葉も外出に関して「いつでもできる」なんて言っていたから、きっと大丈夫。
先例通りにオタカラをパレスから盗んで、本人が自分のものを取り返したのを盗んだというかはさておき、歪みは解消された。
双葉がついていくと言い出したときはどうなることかと思っていたけれど、何とかなってよかった。
穏便に終わらせるつもりが、まさかボス戦をやることになるとは思っていなかったけど。
向こうでは弱い心なんていうふわっとした概念まで形を持つのだから恐ろしい。無事だったから良かったけれど、普通に殺されていた可能性もあるわけで。
する必要のない戦いだったのではないか、とは思う。
「弱い心ってそんなに厄介だったのかな」
単純な話、偽物が自分の正体を定義するように双葉に求めた場面で、倒しやすい何か……芋虫とか適当に言っておけば、それでおしまいだったはず。
僕が分かるようなことを双葉が分からないはずがない。
そうしなかったということは、ボス戦を双葉が望んでいたと考えられる。わざわざ危険を冒しててもボス戦をするなんて、何か意図があってのことだと思うのだけど。
「リャナンシー、いる?」
『ええ』
呼べば、妖精はまるっきり普段通りの姿を現した。
昨日の戦いのあとなんてどこにもない。一晩寝たら全回復する世界観で生きている。うらやましい。こちとら擦り傷だらけなのに。
「疑問なんだけど、もし単騎だったらリャナンシーは昨日のアレに勝てた?」
『勝てないわ。私に勝たせる気がなかったもの』
「だよね」
なら、認知世界でパレスの主がどこまでやれるか確かめようとしていた、とか?
自分で倒さないと意味がないと言っていたし、実際リャナンシーの攻撃は当たるそばから回復されていた。
リャナンシーがそこらの化け物とは比べ物にならないくらい強い個体であることは昔から身に沁みてよく知っているだけに、彼女が単体で倒せない相手などというものが存在するなんて少しも想像していなかった。
『それを聞くためだけに呼んだのかしら?』
機嫌が悪いです、と言わんばかりの言い方だった。
双葉は勝てる勝負としてあのボス戦を設定したはずだ。それなら、あれ自体は然程強くないことになる。
化け物側の発想で、強いものが偉い単純なルールと思っていたら、とんだギミックボスで、プライド的なものが傷つけられて腹を立てている、といったところか。
そういえば、認知上の双葉はリャナンシーのことを毛嫌いしていた。こっちの双葉は表立って何も言わなかったから忘れていたけれど。
双葉がリャナンシーを単なる壁役として扱ったのは、自分でやらないといけないと思っていたからだけではなくて、好き嫌いの問題も含まれていたのかもしれない。
「そういうわけじゃないけど」
『なら、妹の代わりかしら。呼べば来るのだから、さぞ都合のいい女でしょう』
「ごめんって」
妖精は言うだけ言って、ふっと姿を消す。完全にへそを曲げてしまったらしい。
人から頼まれて守ってやろうとした相手が、自分を活躍の場から排除しにかかったと見えるわけで、それは面白くないだろう。食い殺しに行かなかっただけ、化け物側にしては理性的だったまである。
こういう落とし穴があるから、人ならざるものと関わり合いになるべきじゃないんだ。
「仮に、検証目的だったら、その先があるはず」
双葉が認知世界に興味を抱くのは当然のことだ。僕だって、母の研究が形として残ればと思う。
けれど、危険すぎる。認知世界の化け物たちも、現実の人間も。
もし、双葉がメメントスに行きたいとか言い出したら今度こそ絶対に止めよう。必要のないところでまで、変なリスクを負わせるわけにはいかない。
気づくと時計の短針は2を指していた。
昼食を用意しようと思っていたけれど、それも面倒で時間だけが過ぎてしまった。さすがにぼけっとしすぎだ。
気合を入れて立ち上がって、違和感。
「…?」
少し寒い。
いや、そんなに気温は低くないはずだ。朝晩ならともかく、昼間だし。
何となく嫌な予感がして、部屋の体温計で測ってみたら37度台後半の数値が出た。
「うわ…」
本当に熱を出すやつがあるか。
朝は…測ってないけど、佐倉さんが休めと言ってきた時点でそうだったのかも。いや、それなら寝ていろとか、武見先生のところに行けとか言われるはず。
「なんで分かったんだろ」
よく見ているから分かる、のだろうか。ちょっと納得いかない。
大人しくしていよう。部屋に戻り、布団に包まって丸くなった。
別に気温の問題じゃないから、包まったところで寒さから逃れられないけど気分だ。気分。
佐倉さんに、何かあったら連絡しろと言われている。
これは“何か”に入るだろうか。入るだろうな。双葉なら迷わず電話するのだろうけれど。
佐倉さんのことだから、連絡さえすれば早めに店じまいして帰ってくると思う。それは、やはり申し訳ない。頻度が多すぎるし。
それに、この時間なら、いつもの常連さんあたりは来店していそう。コーヒー一杯で数時間居座るタイプのお客様とはいえ、のんびりしているところを追い出されるのは気の毒だ。
なら、報告だけして、帰ってこなくて大丈夫と伝えてみるとか。言葉どおりに受け取っていいか悩ませそうな気もする。
最初から最後まで気づかなかったことにしておこうか。それが一番角が立たなくていい。
「…まって、夕飯」
この感じでは普通に食べられるか怪しい。2日連続で余計に用意させる方が良くないに決まっている。
仕方なしに視界に入れた携帯が、ピカピカと通知を光らせていた。電源ボタンを軽く押して画面を見る。矢嶋からメッセージが来ている。
“風邪引いたって? 生きてる?”
そういう説明になっていたらしい。風邪というか単純な体力不足な気がするけれど、細かいことは気にしない。
“お前の分のノート取っといたから。芳澤さんが”
だろうね。
今日も安定して酷い。いろいろ考えているこっちが馬鹿みたいだ。適当に返信を、と思ったけれど、画面がチカチカして見えて断念。スタンプだけ押しておいた。
タイミングのいいやつ。あるいは、また杞憂民しているだろうと思われているか。どちらでもいい。
気力のあるうちに、佐倉さんに電話をしておこう。
「もしもし」
「どうした?」
きっちり2コールで出た。
少なくとも調理や洗い物などはしていなかったらしい。客はいないか、いても注文はないみたい。
「…あの、今日も夕飯要らないかもしれないです。なんか、熱出て」
「やっぱりな」
予想どおり予想されていた。
「やっぱりって、なんで分かったんですか?」
「見てりゃわかる、と言いたいところだが……昔、若葉がポロッと零したんだよ。日々の研究の成果、お前のちょっとした癖みたいなものだ。こないだ、若葉の話をした時に思い出してな」
「…そう、なんですね」
電話口で佐倉さんが笑った。母の研究の成果、なんて言い方をされたら気になるけれど、細かいことは教えてくれなかった。
まあ、いいか。頬がゆるむのを自覚した。
「僕は大丈夫なので、いつも通り帰ってきてください」
「客足次第だな。
ああ、それと、連絡ありがとよ」
「?」
言いつけられたからそうしただけ、というだけの話なのに、何を佐倉さんがお礼を言うことがあるのだろう。
「いや、嬉しかったんだよ。また、後で」
「はい」
電話が切られた。
スマホの画面を切って、布団の中に潜り直す。熱が上がりきったみたいで、もう寒くはないけど気分だ。気分。
嬉しかった、とは。
一般に養い子の不調なんて、面倒なだけでは? いや、嬉しいは連絡をしたことに対してのはずだ。日本語的に。
連絡をすると佐倉さんが嬉しい、らしい。双葉もか。あっちは連絡をしないと怒る、だけど。
「そっかぁ…」
少しマシになったら、矢嶋にもきちんと返信しよう。
玄関の鍵が開く音で目を覚ました。
佐倉さんが帰ってきたらしい。いろいろと物音がして、しばらくすると自室の扉が静かに開かれた。
「今日は起きてたな」
「鍵の音がしたので」
昨日はそれでも起きなかったけど。少し構えていたのかもしれない。
「ゼリーだの何だのと色々買ってきたが要るか?」
「貰います」
佐倉さんが差し出したレジ袋を適当に漁る。リンゴのヨーグルトがあったので、それに決めて、袋の底で色々なものの下敷きになっているプラスプーンを回収した。
「昼は食えたか?」
「食べてません。気づいたら時間過ぎてて」
ストックの乾麺もご飯のパックもそのまま。双葉も食べたとして部屋にあるものだから、食べ物の消費スピードが急に遅くなってしまった。まあ、真夏じゃないからそこまで痛まないだろう。
「それでおかしいなって思って、測ってみたら…」
そこまで言えば、状況は把握できたらしい。ならそれ以上話すこともないか、と言葉を切った。
少しばかり上がっていた息を整えていると、空になったヨーグルトのカップが手から奪われた。佐倉さんを見上げる。もう片方の手でレジ袋を下げて、撤収準備が完了している。
「ゆっくりしてろ。キツいんだろ?」
「もうだいぶ楽です」
「そりゃ、一足遅かったみたいだな」
時計を見るとまだ6時台だ。いつもならまだ帰ってきていない時間。わりと直接的に早じまいしなくていいと伝えたつもりだったけれど。
「いつもより、早いです」
「自営業のいいところだ」
帰ってくれば、時間はいつでもいいのに。
ここに来たときから、佐倉さんはちょっとびっくりするくらい優しい。こんなのしょっちゅうなのに、毎回こう。
少し嫌だった。母がそうでなかったと言われるみたいで。
「それも、母さんから聞いた研究成果なんですか?」
「いいや、当てずっぽう。若葉ならそうするだろうと考えただけさ」
「…そうですか」
ああ、母が忙しくなってからは、ルブランに遊びに行くこともめっきり減ったっけ。だから、佐倉さんの中の母は、余裕があったころのままなのだ。
6月2日(木)
「お、生き返ったか」
「死んでないし」
翌朝、顔を見るなり矢嶋は冗談を飛ばしてきた。
死んでたのは僕ではなく双葉の方だ。生き返ったし。なんて言っても意味が分からないだろうけど。
「あと、ありがとう。心配して連絡くれたんでしょ?」
こう言えば、ぎょっとした顔をされた。
そんなに驚くことがあるだろうか。何だと思われているのか。普通、お礼くらい言う。
「嫌がるかと思った」
「嫌がらせだったの?」
「いや、樋口のことだから嫌でも律儀に礼は言うだろ。その顔を拝みたくて」
「なお悪いわ」
いつもの定期的に最悪なことを言わないと死ぬ病か。
難儀なやつ。やってから恥ずかしくなるならやらなければいいのに。
「お前さ、なんかいいことでもあった?」
「うん」
「ふーん…そりゃ、よかったな。知らんけど」
矢嶋は極めて無責任に喜んでみせた。
真剣モードが長続きしないだけで、いいやつではあるのだ。間違いなく。
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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