4月15日(金)
朝起きた時から、なんとなく体が重い。
社会人かな?
残念ながら稀によくある現象だ。いつもより少し長めに寝たけれど、体力が回復しきっていないのが分かる。
リャナンシー分の生命力が天引きされているから、ということにしておこう。自分に都合のいい脳内処理は大事だ。双葉とさして変わらない体型の貧弱ボディであることに触れてはいけない。
「もうほぼ週末だし」
自己暗示をかけて、変わらない吸引力を誇るお布団から抜け出す。
つきん、と頭痛がした。
「……」
体力配分的に、普通に学校に行って普通に帰ってくる分なら大丈夫、と結論づける。体育もないし。
という日に限って、不測の事態が起こるものだ。
即落ち二コマばりのフラグ回収を決めてしまったらしいと気づいたのは午後の授業中。
「誰か屋上にいる」
咄嗟に、スマホの電源を落とした。
双葉に聞かせてはいけない。直感のままに取った行動は間違いじゃなかった。
「屋上って鍵かかってるよね?」
「バレー部の先輩かも」
「あれ、飛び降りようとしてるんじゃ」
窓に集まった生徒たちは、次々と見たままのことを喋って、それで状況が分かった。
つまり、そう、女生徒が身投げしようとしている。
そんな状況も長くは続かない。
実行場所にたどり着いたら、ことを済ませるのはあまりに容易い。制止も間に合うわけがない。
体がうまく動かない。
元から席を立つつもりはないのだけれど、早鐘を打つ心臓だけが、その場から逃れる準備をしていた。
「落ちた!!」
耳を塞いだって聞こえる、つんざくような悲鳴。
教室は騒然となって、教師の制止もむなしく、野次馬に行こうと教室の出口には人が押し寄せる。他のクラスも同様なようで、悲鳴やら怒号やらが際限なく聞こえてくる。
クラスには数人しか残らず、他の大多数は大騒ぎしているような状態だ。とても手を付けられない暴走っぷり。
理解できない。
理解したくもない。
なぜ見たがる。お前らが見て、何になる。誰かの死は見世物なのか。それほどまで命は軽いというのか。
そんな認知の人間が、世界にはこんなに溢れている。
気分が悪い。
ズキズキと痛む頭を押さえて、知らず上がっていた息を意識的に落ち着ける。
「……佐倉?」
聞き慣れない呼び名で聞き慣れた声がして、顔を上げる。
「矢嶋、」
「大丈夫か?」
本当に、矢嶋はよく周りを見ている。
いつの間にか机の前に来ていた矢嶋と目が合った。芳澤さんも席に残っていたようで、こちらに気遣わしげな視線を送っている。
「…大丈夫。ありがとう」
クラスをざっと見渡す。
帰宅部三人衆以外で、おとなしく自分の席に残っているのは、男子と女子がそれぞれ一人。冷静なのか固まっているだけなのか、どちらにせよ、比較的まとも側の人間だ。覚えておこう。
「少し待っていましょう」
「そう、だね」
僕達にできることは何もない。
おとなしく事態の収拾を待つだけだ。
しばらくして、やけくそ気味に帰宅命令が出された。
救急車が来ていたらしいのはサイレンからして分かっていた。教室では、死んだだの生きてただの、血が出ていただの、口さがない生徒たちの無責任な発言で埋め尽くされて、それを諌める教師も動転した様子を隠せずにいた。
SNSやら裏掲示板もひどい有様なんだろうなと思いながらも、そんなところまで確認する余裕は今の僕にはない。
芳澤さんは父親に電話をして、今日も新体操の練習があるといって先に帰っていった。こんな日にまで、とは思うけれど、何かしていたほうが気が紛れるものだ。
僕も帰らないといけない。
教師に半ば追い出されるように、教室を出て、矢嶋とも別れる。
とはいえ、ぐるぐると滞留する気分の悪さは、誤魔化しきれないレベルになってきている。朝からの頭痛も相まって、すぐに電車に乗れるとは思えなかった。
仕方なしにトイレの個室に逃げ込んで、後ろ手で鍵を閉める。扉に背を預けたまま、ズルズルとしゃがみ込んだ。少し落ち着いてから帰ろう。
『手を貸しましょうか?』
「……まだ、いいや」
声だけで最終手段の提案をするリャナンシーに答えて背を丸めた。
じとっとした汗が体にまとわりついているのが分かる。生唾をのみ込んで、ただじっとそれが去るのを待つ。
「っ、はぁ……」
落ち着け。
意図してゆっくり息をする。
「……」
いつまで経っても大人しくならない心臓を宥めて、零れ落ちそうになるものを押し留める。
冷え切った指先で髪を掴んで、脈打つ痛みをやり過ごした。
体感数分。
気分が多少マシになったところで、トイレの戸が軽く叩かれた。
「佐倉、いる?」
矢嶋の声だ。まだ、帰っていなかったらしい。
答えるかどうか逡巡して、けれど何も言わないほうが不自然だと思い直す。
「…いる」
「鍵開けられるか?」
閉めてたっけ。
壁に手をついてゆっくり立ち上がって鍵を開けると、やや強引に戸が開けられた。予想通り矢嶋だ。ここ数日で見慣れたはずの顔だけど、ちょっと見たことない表情をしている。
「先に帰ったんじゃないの?」
「お前いっぺん鏡見ろ。放っておけるやつの顔してねえんだよ」
語気の強さに気圧されて、半歩下がろうとした足を何とかこらえて縫い止めた。
「お前んち家どこ?」
「え、四軒茶屋、だけど」
「送る」
なんて?
女の子にでも言うような言葉が飛び出してきた。
「逆方向だよ? それに矢嶋は自転車でしょ」
「そうだな」
「矢嶋なんか怒ってる?」
「怒ってる」
矢嶋は出来の悪い子供に説教するみたいに続ける。
言われなくても何を言われるのか想像がつくけれど、行動がまるっきり分かってないやつのそれだったので、甘んじて受け入れる。
「お前がさっさといなくなったとき、一番肝が冷えた。すごく心配した」
直球すぎる発言に、居心地の悪さを覚えたのは仕方ないことだと思う。
なんだかんだ動転していた、のかもしれない。
僕も矢嶋も、多分今は普通じゃない。それだけのことだったのだと思うと、少し冷静さが戻ってきた気がする。
「ありがとう。大丈夫って思ったけど、そうでもなかったみたい」
「おう」
殊勝な態度で個室を出ると、矢嶋に捕まった。捕まったのは手だけだけど、気分は連行される宇宙人だ。
「何ていうか、ショッキングだったからな」
「説得力ないかもだけど、それは本当に大丈夫。
こういうことがダメっていうわけじゃないんだよ。今日は、もともと体調が良くなくて、そっちかな」
良くも悪くも、僕という人間は共感性が低い。
たぶん双葉もそうだけど、群れに馴染むためには、常識に照らしてズレを補正しないといけないタイプの人種だ。前世なら分かっていただろう、当たり前の感覚がひどく薄いのだ。
多少影響されたのはあるだろうけど、経験上、それが主要因で大崩ししたというわけじゃないと思う。
「本当に説得力ないな」
「ですよねー」
矢嶋に手を引かれるまま歩く。放っておいたらどこかに行ってしまう幼子みたいな扱いだ。今日一日で落とした信頼値が大きすぎる。
「あのさ、手放さない? さすがに恥ずかしいんだけど」
「ほとんど生徒も残っちゃねえだろ」
それはそうなのだけど。
離してくれるつもりはないらしい。
「幼稚園生みたいだ、し…?」
急に、ぐわんと視界が揺れる。
立ち止まった僕の手がぐんと引かれて、たたらを踏んだ。
もしかしなくても、こういう事態のために手をつないでいたのだろうか。
などと悠長なことを考えながら、ゆっくり目を開けると、視界に映る世界が一変していた。
「……嘘でしょ」
あの城だった。
矢嶋は呆然と立ち尽くしている。繋がれたままの手を少し引っ張ってみると、矢嶋はこわごわとこちらを向いた。
「リャナンシー」
『マリンカリン』
ひとまず、よし。
リャナンシーの暗示を受けた矢嶋はトロンとした目になっている。この様子なら、ろくに記憶は残らない。
「これ、手をつないでたのがダメだったのかな?」
『そうかもしれないわね。前に入ったときは、他のニンゲンは現実世界に残ったもの』
昔、駅で色々と認知世界の性質を調べていたときに、他の生き物…主に虫とか、を連れ込む実験をしたことがある。その時は、僕が連れて行く以外に認知世界に現実世界の生き物は入れなかった。連れて行った個体は、認知世界にいればいるほど弱った。
要は、今回は矢嶋を完全に巻き込んだ形だ。別の意味で頭痛がしてくる。
「なんで今まで入れなかったのに……もしかして、僕らも巻き込まれてる?」
『別の誰かが城に入るのに巻き込まれた、というのはありそうな話ね。あなたは元より異界に迷い込みやすいもの。
ニンゲンのような、そうでないような、妙な気配は感じるわ。前の侵入者騒ぎと同じ感じだけど、どうも今回は複数いるみたい』
「強い?」
『格下ね。少なくとも今は』
偵察はしたい。
謎だらけの認知世界に、僕以外に入れる人間がもしいるとしたら、何の目的で何ができる存在なのか確かめないわけにはいかない。けれど、矢嶋を危険に晒すのは避けたい。
黙り込んだ僕にリャナンシーは小さく微笑む。
『侵入者たちは入り口付近よ。脱出のついでに見ておきましょう』
前回同様、リャナンシーのあとについて進む。矢嶋の手を引いて、妙な装飾の廊下を歩く。
見れば見るほど悪趣味な城だ。以前入ったところよりも、夜の店みたいなピンクが目立つ。特にひどいところには、胸と尻が強調された、というか頭部と四肢の先はないブルマー姿の像が飾られているほど。
『セクハラ疑惑は確定かしら。落ちた女生徒はバレー部という話だもの。
より大きな才の糧になれたのなら喜ぶべきなのに、ニンゲンっておかしいのね』
リャナンシーの発言は置いておくにしても、そこまでのことになっていたとは僕も気づかなかった。表に出てくることでもない、気づきようもないことではあるのだけど。
数分歩いたところで、リャナンシーが止まる。
『ほら、あれよ』
廊下の角からそっとリャナンシーの示す先をうかがうと、悪魔らしきものと対峙している奇妙な格好の集団が見えた。
一人はマジシャン風の衣装を身にまとったすごく見覚えのある背格好の男。次、世紀末な感じのドクロの男、多分坂本先輩。最後、真っ赤なライダースーツみたいなのを着ている女。おまけに二足歩行の猫。猫……?
「雨宮先輩たちじゃん」
見たことないのも混ざっているけど。
『弱いけど、戦えるみたい』
ペルソナ、雨宮先輩が叫ぶと青い服の妖精らしきものが飛び出して、電撃を放つ。リャナンシーがたまに使う電撃よりずっと威力は低そうだけど、戦えてはいる。
他の仮面の人物たちもあとに続いて、殴ったり風で切り裂いたりしている。あの猫しゃべるんだ。
悪魔は抵抗するものの、単純な数の暴力に翻弄されているみたいで、あれでは勝負にならないだろう。
『どうする?』
「どうもしない。矢嶋を連れて出る」
なにはともあれ、戦えない人間を連れてあの場に出るのは論外だ。
僕だってリャナンシーがいなければ流れ弾一つで死ぬかも知れないのに、矢嶋を連れて行くなんてありえない。
『こっちよ』
雨宮先輩には、また別に話を聞こう。
戦いの音を背にして、僕は矢嶋とともに出口へと急いだ。ひとり、リャナンシーだけが振り返っていたことにも気づかずに。
『ピクシー、あの子とは違うけれど。まるで、あのひとみたいね』
「あれ、いつの間に学校出たんだっけ」
城から出ると、魅了の効果も薄れてきたようで、矢嶋はやや困惑した様子だった。けれど、城のことは綺麗さっぱり忘れてくれていたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
どさくさに紛れて手を離せたのもよかった。
「何? ぼーっとしてた?」
「そうかも。てかお前……いや、後でいいや」
「変なの」
魅了は便利ではあるけれど、洗脳と違って細かいことまで操作できない。今回は何とかなったようでほっと一息。
短期的にはどうにかなっても、後にどんな影響があるかまでは検証できていない。あまり使いたくない手段を取らされてしまった。
蒼山一丁目には、興奮冷めらぬ様子の生徒たちがあちこちで人集りを作っていた。
あの城に行っていたから、それなりに時間が経っているというのに、まだこの辺りにたむろしているなんて。制服でいるから学校にクレーム入りそう。
電車に乗ってすぐ脇、定位置につく。座れなくても寄りかかれるだけで大分楽だ。
細くゆっくり息を吐く。認知世界では忘れていた不調が戻ってきている。
気分の悪さこそ収まってくれているが、頭痛だけはどうにもならないみたいだった。電車の中はチカチカしていけない。目を瞑ると多少マシになる気がする。
「…ぃ、渋谷だぞ」
「え、本当だ」
危うく乗り過ごすところだった。
いや、うん。矢嶋がいてよかった。再び連行される宇宙人モードになったけど、もうなんか取り繕うのも面倒になってきて、振り払おうとも思わなかった。矢嶋だし、まあいいか。
「ほら、そこ席空いてる」
「うん」
促されるままに座って、大人しく電車に揺られる。5分もかからないけれど、眠ってしまいそうで、時折目を開ける。
そんな策が功を奏して、今度は降り損ねずに済んだ。
矢嶋と四軒茶屋の道を歩く。学校でだけ会う人が、近所にいるのは不思議な気分だ。ルブラン前を通り過ぎて、路地へ。間もなく佐倉家にたどり着いた。
双葉は家にいるだろうけど、チャイムは押さずに鍵を開ける。スマホ越しに声だけは知っているけど、顔も知らない人と会うのは双葉にとって刺激的すぎるから。
「親は仕事?」
「うん、まあそんなところ」
ルブランで佐倉さんに声をかけても良かったのだけど、家の色々と複雑な事情を今日はうまく話せるとも思えなくてやめたのだ。
「わざわざ送ってくれてありがとう」
「おう。大人しくしてろよ。お前、熱あるぞ」
「あー、うん、そんな気はしてた」
途中から矢嶋の手がひんやりしていたので。自覚したくなくて目を逸らしてたけど。
「じゃあな」
「また来週」
軽く手を振って玄関に入る。
やっと帰ってこられた。認知世界の件といい、距離以上に疲れるものがあった。座ったら立てなくなりそうだったので、雑に靴を脱ぎ捨てて足で隅に追いやった。
ただいま、と言えば、奥の部屋の戸がバーンと開いて双葉が飛び出してきた。
「双葉…?」
「遅い!!!」
それは見事なタックルだった。
双葉は軽量ボディなので受け止めきれると思ったけれど、加速度のことは聞いてない。普通に尻もちをついた。
「一葉、どこ行ってたの。あと、スマホ。電池まだあったのに切ったのなんで」
ばっと顔をあげた双葉は、相当お冠だった。いや、怒っているというか、泣きそうというか、興奮しているというか。僕にのしかかったまま、あれこれ並べ立てる。
そういえば、スマホの電源は切ったままだった。となると、数時間双葉を放置したことになる。それで、これか。
「体あっつい。具合悪かったなら、そうじろうに電話すればよかったのに」
「えっと、帰ってこれたし。矢嶋が送ってくれたし」
「一葉を信じてスマホだけにしたわたしが馬鹿だった。独立型のにする。ルブラン用の余り」
盗聴をやめるという選択肢はないんですね、分かります。
双葉は今にも泣き出しそうな顔で僕の手をひっ掴むと、ぐいぐいと力いっぱい引っ張って歩く。
「双葉、痛い」
「知らない、一葉が悪い」
双葉は乱暴に僕の部屋の戸を開けて、僕を中に押し込んでから、自分の部屋に戻りピシャリと戸を閉めた。ついでに鍵までかけた。
完全に怒らせてしまった。
いや、今日のに関しては、仕方なくないだろうか。こんなにいろいろ起きると予想できるやつがどこにいるだろう。
スマホに関しては忘れてたのが悪いけど。ポケットの中の端末の電源を入れて、ベッドに放る。
ブレザーを脱いで適当なハンガーにかける。着替えも億劫ではあったけど、新品の制服をシワにしてはいけないので、いつもより手間取りつつ部屋着になった。
「通知ヤバ…」
当然双葉からのものである。
画面をつけると、ポップアップ通知がこれでもかと出てくる。
『どこにいるの?』
『返信求む』
『おーい』
『返事しろ』
『生きてる?』
etc.
途中から『見たら返事しろ』と十五分おきに通知が入っている。「わたしを不安にさせた罪」の究極系みたいになっていて、そりゃあ怒るか、と思う。ここまでとは思わなかったけど。
メッセージアプリを落として画面を切ろうとした時に、ピコン、と最新の通知が入る。
『そうじろう呼んだ。一葉は寝てて』
呼ばなくてもと思ったけれど、どのみち閉店時間間際だった。ならいいか。
布団に潜り込むと、眠気が押し寄せてくる。今日は本当に疲れた。
◇
店の閉め作業をしている時に、電話がかかってきた。
最後の客が帰っていったのを見送って、猫でも拾ってきたらしい居候を屋根裏に追い返し、ようやく落ち着いたと思ったらこれだ。
電話自体は珍しいことじゃない。一葉はともかく、双葉からは時折あれこれと連絡が来る。
「一葉が熱出した。早く帰ってきて」
ただ、電話越しにも分かるくらい焦った声は珍しい。
すぐ帰る、と伝えて、後回しにできるものは置いておいて、残りを手早く済ませて店を出る。
家に着く。
玄関には一葉の靴が脱ぎ捨てられていた。中途半端に端に寄せようとしたのだろう、片方だけ倒れている。
「帰ったぞ」
返事はない。
今日の双葉は出てこれない日のようだ。だから俺に電話したらしい。
余った食材で拵えておいた夕飯を、双葉の部屋の前に置いてから、一葉の部屋のドアをノックする。
起きてたら返事くらいするから寝ているのだろうと踏んで、部屋に入った。
予想通り、一葉は寝ているようだった。背を向けて丸くなっている。
栗色の髪をかき分けて触れた額は想像以上に熱い。一葉はもぞもぞと身動ぎをしたが、起きる気配はなかった。
「っと、家の中で電話かよ」
一葉も心配ではあるが、双葉の機嫌が悪いのも気にかかる。もっとも、気にかかったところで何をしてやれるわけでもないが。
「一葉の学校のこと、ネットで話題になってる。詳細送る」
返事も聞かずに切られた。
双葉からメッセージが届いている。開くと、いくつかの画像ファイルが貼り付けられていた。
「……飛び降り自殺?」
まだ正式な報道ではないようで、どれも個人の憶測を含んだSNS投稿の類。
けれど、火のないところに煙は立たない。これだけ話が出回っているということは、何かがあったのは間違いなさそうだ。
巷で騒ぎになっている精神暴走事件の類だろうか。
ああ、あの居候は知っていただろうに何一つ言いやしなかった。いや、不用意なことを言う方が考えなしか。
そこまで考えて、引っかかりを覚える。
確かに飛び降り自殺というのは、こと自殺という話題は、二人にとって重い意味を持つものだ。
けれど、あくまで二人は、二人のこと以外に興味がない。
一葉は、双葉が関係しない限り、何がどうなろうと構わないと思っているきらいがある。他の誰かの事情に振り回される姿はあまり想像できない。
ましてや、完全に外との関わりを絶っている双葉が、一葉と直接的な関わりがない学校の事件を嗅ぎ回るのは不自然な気がした。
であるなら、これは
「兄妹喧嘩か……」
喧嘩というか、主に双葉の癇癪というか。
大体の場合、一葉が色々と譲って解決するのだが、この様子では難しかったのだろう。
一度ご機嫌斜めになった双葉には、手を付けられない。双葉はあれで、普段俺に合わせてくれている。その梯子がすべて外されて、双葉が納得するように話を持っていくのは骨が折れる。
とはいえ、一葉にばかりその役割を負わせるわけにもいくまい。
再び、双葉の部屋の前に戻る。しれっと飯は回収されていた。
「双葉、メールは見た。だがそれじゃないだろ。何が怖かったんだ?」
「……」
返事はない。
「……から」
否。
小さいけれど、聞こえた。
「音が拾えなくなったから」
「音?」
「一葉が勝手にスマホ切ったの。だから、一葉が何してるか分かんなくなった」
それは、聞こえるのが当たり前、という口ぶり。
一葉が学校に行っている間、いや、それ以外も、一葉のスマホを通してすべて聞いているということだ。
「まて、双葉。それは」
「一葉はいいって言った! なのに!
屋上に誰かいるって、誰かが言って、それで電源を切った」
一葉が了承したから問題ない、と。
「双葉、確認させてくれ。
いつも拾っている音は一葉のだけか?」
「……」
「俺の携帯か、あるいは店か」
「…店。一葉に付けてもらった」
「他には?」
「それだけ」
消え入りそうな声で、双葉は白状した。
いけないことだとは分かっているのだろう。それでも、自分では止められないから裁きを待っている。
「双葉、自分の言っていることがおかしいことだって分かるか。
聞かれるのを許可するのも、聞かれたくない時に電源を切るのも、一葉が判断することだ」
「…ごめん、なさい」
「その言葉は、俺に向けて言うことじゃないだろ。
年頃になれば秘密にしたいことの一つや二つは出てくる。四六時中監視するみたいなことはやめてやれ」
「……うん」
後で、一葉にも話を聞いたほうがよさそうだ。
性格上、本当に嫌とも思わずに盗聴(本人が認めているものをそう呼ぶのが適切かは置いておいて)を了承したのだろう。
だからこそ厄介だとも言える。
若葉の代わりを務められるなどとは、はじめから思っていない。
親ならぬ身で、二人に何をしてやれるだろうか。選択に迷うことに出くわすたびに、彼女が生きていればと栓のないことばかり考えてしまう。
ああ、本当にままならない。
※土日が休みだと勘違いしていた件で台詞を修正しました
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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その他(感想へ)