双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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まりんとメランなら萌ちゃんが好き。
特に本筋に関係なく巨大化した回が脳裏に焼き付いて離れないので初投稿です。




40駅目 主流と傍流

 

6月3日(金)

 

 

「第一回、笑ってはいけないホームルーム〜!」

 

 朝の教室、各々の話し声をかき消すように矢嶋の大声が響く。

 まーた何か始まったよ、とばかりにクラスがざわついた。タイトルを聞いただけでおよそ何が起きるか察した大多数が少しだけ身構える。

 

「笑ったやつは今日一日、語尾をにゃーにするか、机にかわいい猫ちゃんポスターを貼るものとする!」

「犬派はどうしろって言うんだよ!」「そうだそうだー!」

「代用語尾を許可する!」

 

 いい感じに陽キャ二人組が茶々を入れて場ができてきた。この二人が乗ってくれるなら表立てて不満を言う人はいなくなる。

 タイミングを見計らって、担任がやってきた。……コスプレをして。

 

「お、今日は揃ってるな」

 

 たまにネットで見かける粗を隠す気のないコスプレである。

 カラーリングと細部のパーツは某日曜朝の女児向け番組の主人公そのものだけれど、全体的なフォルムはどうしようもなくガタイのいい男性。お供の2頭身マスコットに至っては、見るからに安物のぬいぐるみを見え見えの針金で固定している。

 

「じゃ、ホームルームはじめるぞ。そこ、さっさと座れ」

「ぶっ!」「なにその、何…?」「まって、先生も仕掛け人なの…!?」

 

 冗談みたいな格好で、極めて真剣な態度を取るものだから、数人がたまらず吹き出した。

 すかさず矢嶋が叫ぶ。

 

「はい、そこ3人アウトー!」

「ひどいにゃー!」

 

 奇妙な悲鳴が上がって、釣られた数人がまた脱落。

 にゃーにゃーと抗議の声が上がって、また脱落……3連鎖くらいして、やっと笑いの波が収まった。箸が転がっても面白い年齢の集団なので。

 

「先生から事務連絡が二つ。

 一つ目、週明けから夏服だ。忘れるなよ」

 

 淡々と話を進める先生の頭には、触覚がついている。

 断じて女子が触覚と称する横髪のことではない。カチューシャに無理やりくっつけられたくるくるに巻かれた紙製の触覚。衣装から明らかに浮いているためか、つい視線が吸い寄せられる。

 

「二つ目、最近バイトと称した犯罪の斡旋が流行っているらしい」

 

 それはいわゆる吹き戻し。

 吹けば紙筒が広がる昔懐かしい玩具である。そんな物が付いているということは、

 

「くれぐれもやろうと思うな。捕まるからな。防犯教室で習ってきてるな?」

 

 先生が“な”という度に、ピョロピョロと触覚が伸びる。

 

「っ、ふっ」

「アウトー!」

 

 隣で芳澤さんが口を手で覆っていた。

 してやったり。飯塚さんのコレクションの中から使えそうなものを工作した甲斐があった。

 

「おいそこ、真面目な話をしてるんだぞ」

 

 担任が大きく動くと、動きについてこられなかったマスコットがみょんみょんと激しく振動した。

 

「ちょ、やめw」「揺れ、揺れるのそれ…!」「あははっ!」

「その辺まとめてアウトー!」

 

 意外にも猫ポスターの売れ行きは悪い。犬派も鳴りを潜めている。序盤からやけくそ気味ににゃーにゃー鳴いていた脱落者たちの影響だろうか。

 このあたりで人よりも猫の方が多くなった。

 

「二つ大事な話をしたからな。ちゃんと聞いてたか? 矢嶋、言ってみろ」

「明日から夏服だにゃあ」

「ちげぇにゃー」

 

 猫しかいないのかこの教室。

 またも哀れな脱落者が現れた。ひーひー言いながら笑い転げている。よく見ると飯塚さんだ。仕掛け人側が笑っててどうするんだか。

 

「アウトー!」

「くっそ、こんなので…」

 

 笑ってはいけないと言ったおかげで、全員の笑いのハードルが下がっている。もはや何をしても面白いという段階に来ていて、普段なら絶対に笑わなさそうな人ですら肩を震わせて、アウト判定を食らっていた。

 

「正解は来週から夏服、変なバイトに近寄るな、の二つだにゃん♡」

「先生は…っ、脱落してないじゃん…あははっ!」

「アウトー!」

 

 最後の最後でぶりっこポーズを決めた担任に、耐えきれなかった数名が猫になった。というか、先に猫になったクラスメイトが先手を打って爆笑して、積極的に仲間を増やしにかかっている。

 

「ホームルームは終わり。号令」

「起立にゃー」

「やめてw」「アウトー!」

 

 最後に油断していたのがいけない。

 逃げ切ったと思っていたらトドメを刺されたクラスメイトが悲痛な鳴き声を上げる。にゃーにゃー騒がしい。隣のクラスは困惑してそう。

 

 

 休み時間。

 前の時間のプリント片手に芳澤さんが話しかけてきた。

 

「この問題って、どうやればいいんでしょうか。ここまでは分かったんですけど」

「語尾忘れてるぞ」

 

 後方から野次が飛んで、芳澤さんはハッとする。芳澤さんのことだからこう言われてしまっては、真面目ににゃーと言い続けるに違いない。

 

「あっ、そうでした。にゃー…?」

 

 矢嶋と二人、顔を見合わせる。

 

「何かイケナイことしてる気分になってきたわ」

「罰ゲーム決めたの矢嶋でしょ」

「いや、笑わせたのはお前の仕掛けだろ。あー…暴力はマズイから平和なやつって決めただけなのに…ここまで破壊力があるとは……」

 

 てっきりコレ目当てなのかと。いや、むしろ罰ゲームを決めた当事者だからこそ、言わせている感が出て駄目なのかもしれない。

 当の芳澤さんは楽しそうにしているので、何も問題はないはずなのだけど。

 

「矢嶋、よくやったにゃー!」「わかってるじゃないかにゃー!」「そこに痺れる憧れるにゃー!」

 

 余所から謎の声援が飛んでくる。一部の猫から喜ばれているようで何より。

 

「こいつら大丈夫か? 主に頭とか」

「まあ、いいんじゃない? アホなことに夢中になっている間は平和で」

 

 想定していたより、他のクラスメイトも乗ってくれている。

 競って低い声でにゃーと鳴き交わしている連中もいるし、それ以外にもあちこちから普通の鳴き真似が聞こえてくる。

 真面目ないい子ちゃんが不在なクラス…というか、劇団メンバーに加入しているというのもあるけれど、それにしても乗せられやすすぎて心配になるレベルだ。

 

 なんというか…比較的温厚な先生たちで固められた時間割の日を狙って正解だった。

 

「先生もよく協力してくれましたね。にゃー」

「そこは事前の根回しで?」

「普通にやりたいことを説明したら協力してくれたよ。一番ノリノリでネタ考えてたかも」

 

 ほとんど採用されなかったけど。

 今回は結構士気が高かった。普通に舞台で演技をしたかったと思われる飯塚さんには悪いけれど、参加型にして正解だったと思う。まあ飯塚さんも楽しんでいそうだったし、許してくれるだろう。

 

 衣装担当こと眼鏡くんも打ち合わせの時と打って変わって気合が入っていた。どうも、眼鏡ちゃんが張り切ってるのに触発されたらしい。

 魔法の飯塚ポケットからなぜか出てきたコスプレ衣装をもとに、いい感じにパツパツになるよう、謎の縫製技術で仕上げていた。

 

 こちらが盛り上がっているのを見て、各メンバーのもとを回っていた飯塚さんがやってきた。

 

「今回はなかなかよかったと思わんかにゃー。にゃーにゃー言わせて楽しかろにゃー。ほら、ご褒美だにゃー」

「飯塚女史のは何か違うんだよなぁ。こう、恥じらいとかさ、そういうの大事じゃん」

「ふむ、そういうのが好みかにゃー?」

 

 それなら芳澤さんもないのでは?と思ったけれど、言わないでおいてあげた。だってその方が面白そうだ。

 

 飯塚さんは、にやにやしながら矢嶋に迫っていく。あーあ、余計なこと言うから。危機を察知した矢嶋が逃亡を試みていたので、腕を捕まえておく。はなせー、と暴れるものの本気で逃げようとしていないので同意とみた。

 飯塚さんは鼻先がつきそうなくらい矢嶋に接近したところで、清々しいまでにあざとく小首をかしげ、少し不安げに震えた甘え声を出してみせる。

 

「私では、駄目かにゃぁ…?」

「くっそ、こんなので…」

 

 効くんだそれで。

 純正の恥じらいでなくてもいいらしい。

 

「とまあこんな感じでやると落とせるにゃー。いい人がいるなら、やってみるにゃー」

「えっ、私ですか。あの、今はそういうのは…でも、ありがとうございます。参考にしますね。にゃー」

 

 何の参考にするんだ。聞いてみたい気もしないでもなかったけれどやめておく。沈黙は金なので。

 

「弄ばれた…」

「先に仕掛けておいて何を言ってるの」

 

 矢嶋が体育座りでしくしく泣いていたので追撃。飯塚さんはケラケラ笑いながら楽しそうに廊下へ矢嶋を引っ張っていった。

 その後矢嶋の姿を見たものはいなかった…。

 適当な脳内アナウンスが流しておく。まあ、そこまでひどいことにはならないだろう。

 

「それで、問4だっけ。これは…」

「ああ、要は問2と同じですね。ありがとうございます。にゃー」

 

 途中まで言えば、やり方は分かったみたいで、メモだけ残して芳澤さんはノートを閉じる。

 几帳面だなと思う。自分のノートなんてとても人に見せられるものではない。

 

「芳澤さんって本当に綺麗にノート取るよね。すごく見やすかった。ありがとう」

「その方が後で見返してわかりやすいですから。にゃー」

 

 便利な記憶力のおかげであまり見返さないのが原因だったか。いや、単に性格の問題な気がする。自分しか見ないものは、できるだけ手を抜きたいし。

 

「そういえば、双葉ちゃんはどうかしたんですか? 全然返信がないんです。にゃー」

「あーうん、寝てる」

 

 言ってから、これでは意味がわからないなと反省した。

 

「具合が悪いんですか? にゃー」

「そういうのじゃなくて…えっと、小さい子が遊びながら寝落ちするときあるでしょ。そんな感じ」

 

 普通なら止まるところを、リミッターが利かないか無視しているかで、双葉は止まらない。結果として、電池切れになったみたいに寝入ってしまう。

 叔父の家にいた時期を除いて、割とよくあることだ。安心できる場所でなければスリープモードにならないあたり、双葉は状況をよく分かってやっているのだろうけど。

 

「心配しなくても何日かしたら復活するから気長に待って」

「そういうものですか。でも、心配ですよね。にゃー」

 

 それはそう。

 いつもそうだからと言って次もそうとは限らないし、今回はパレス関係のこともある。うまくいったと思うけれど、心配は尽きない。

 

 

 

6月4日(土)

 

 

「ただいま」

 

 おかえりの声はない。

 今日も双葉は眠っている。そろそろ起きてもいいころだけど。部屋を覗くと、乾パンの空き缶などが転がっていて、起きた時があったのは分かる。全く遭遇してないけど。

 断りも正当な理由もなく、年頃の妹の部屋に入るのも何だかなと思って、自室に戻った。

 

 家の中は静かすぎるほど静かだ。

 佐倉さんもまだ店にいる時間だし、双葉はまだ起きてきそうにない。

 

「リャ……」

 

 言いかけてやめた。

 代わりにするなと怒られそうだ。流石にもう機嫌は直っただろうと思うけれど。

 構う相手がいないと、家にいても面白くない。本やらアニメやらで暇をつぶしてもいいのだけど、周りが静かすぎて落ち着かない。あまり好きではないはずの雑踏が急に恋しくなって、珍しく出歩いてみることにした。

 

「散歩してくる。佐倉さんよりは早く帰るから」

 

 どうせなら普段行かないところまで行ってみようか。年齢的に出歩く自由を得たので。

 とはいえ、どこに行ったものか。

 外に遊びに行くなんて長い事していなかったから、行き先は特に思いつかない。昼過ぎからでも楽しめるところとなると…とりあえず、駅まで出よう。

 なんといっても大都会、いくらでも娯楽に溢れている。

 

 とりあえず渋谷駅まで来てみた。

 目的地が定まっていないので、押し流されないように人の流れから外れて歩く。

 

 一度本流から外れると、意外と同類…どこに向かうでもなく駅にいる人も多いのに気づく。

 待ち合わせをしているだろう女の人、おそらくこの駅に住んでいる人、道行く人をを眺めている学生服の人などなど。秀尽の制服もちらほら見かける。帰らないまま遊んでいる人たちも多いらしい。何人かでつるんで大声ではしゃいでいるのを横目に通り過ぎた。

 

 

 なんとなく通りを歩いて、ショーウィンドウを眺める。

 こういうところに展示されているものが欲しいと思ったことはないけれど、キラキラした鞄だの時計だのを見るのは好きな方だ。物というより、とびきり良いものを一番よく見せようとしているのがいい。

 

「いいな〜、私も新しいバッグ欲しい」

「じゃ、アンタもウチらのバイトやる? 結構実入りいいよ」

「いいじゃん、やろうよ」

「え、何? 紹介してくれんの?」

 

 きゃいきゃいと話をしている余所の高校生らしき女子集団がいて、少しだけ距離をとる。

 担任の話にあった怪しいバイトかもしれない。そうでなくても、ほぼ間違いなく碌でもない話だろう。先生の話を聞くような人ならはじめから近寄らないし、学校の注意喚起が意味をなしているのかどうか。

 こっちには、その手のことを誘ってくるような友達はいないので、そもそも心配する必要もない。本当にそういう誘いって実在するんだ、と遠目から眺めるだけだ。

 

 

 電気屋でも覗いておこうか。

 双葉が前に話していた良さげな充電器などを探してみる。冷やかしだけど。生活に必要な分は揃っている…というか、余り気味だ。双葉は実物を見ずにネットで買うから、たまに思ってたのと違うとこちらに押し付けてくることがある。

 アンケートに答えるだけのガラポンを回して電気屋から撤退した。特に何が当たるわけでもなく、参加賞の除菌シートを手に入れた。掃除セットに足しておこう。

 

 適当にペットショップへ入ってみる。動物は見ていて飽きない。

 数匹の仔犬が一緒に展示されている。走り回っては他の犬にちょっかいを出しているのと、遊びにつき合ってあげているのと、我関せずと玩具をかじっているのと色々だ。やんちゃな仔犬の遊びに付き合ってあげていた仔犬が、ぼっち仔犬を遊びに誘っている。気配りができるタイプの良い犬だ。飼うならあの仔犬だな。そんな予定はないけど。面白いものを見て満足。

 他にも外国産の甲虫だの、魚の喧嘩だのを眺めて、店を出た。

 

 本屋に吸い寄せられて入店。

 所有欲はそこまでないので手元に欲しいとは思わない。でも、気になるものがあったら図書館のリクエストに上げておきたい。近所の本屋は減り続けているし、絶滅しないように売り上げに貢献するべきだとは思う。お金と置く場所が潤沢にあれば買うんだけど。

 そこまで広い店ではないので、ざっと一周回ってみる。気づかないうちに新刊が出ているのを発見して、時の流れを実感した。立ち読みをしていこうか悩んだけれど、そこに使う体力はなさそうなので帰ることにした。

 

 

 結局、何をするでもなくうろうろして時間を潰してしまった。あまり行かないところに行こうと思っていたのに。

 だいぶ陽が傾いてきて、連絡通路に差し込む夕日が眩しい。

 人出が明らかに増えている。帰る人が増えてくる前に戻ればよかったかもしれない。

 

「…?」

 

 あの制服の人、行きも見かけた気がする。

 彼の目線の先にあるのは、芸術が爆発した感じの巨大な壁画だ。ほとんどの人が眺めることもなく通り過ぎる中で、ずいぶん熱心なことだ。美大志望なのかもしれない。

 

『あのニンゲン、良いわね』

 

 ここしばらく姿を隠したままだった妖精が顔を出した。

 才能の多寡でしか人を測らないリャナンシーのセンサーに引っかかったということはそういうことだ。才能があれば大成するかといえば、そうとは限らないのが理不尽なところだけれど。

 

「帰るよ」

『ええ、面白いものを見て満足よ』

 

 上から目線なコメントを残して、リャナンシーは再び姿を消した。妖精にとっては人間なんてペットショップの犬とさして変わらないらしい。

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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