双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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R.O.Dなら読子さんが好き。
まだ最終巻を待っているので初投稿です。読まずに死ねるか。




41駅目 羽化

 

6月5日(日)

 

 

「おはよう」

「…おはよう……!?」

 

 いつもの起床時間、の少し前。

 眼前で鏡写しの同じ顔がにっこり笑った。

 どこかのギャルゲーで見た覆いかぶさるような体勢でベッドの上にいる。絵面はかなりアウトな感じだ。

 

「幽霊でも見た?」

 

 今日の双葉は機嫌が良さそうだ。…いや、これが元々だったっけ。昔過ぎてちょっと自信がない。

 いつの間にか起きてきたらしい。体内時計がどうなってるのか知らないけれど、この様子だと起きたら夜だったから、暇で部屋までやってきたというパターンな気がする。

 

「いや、普通寝起きに部屋にいたらびっくりするって」

「うふふ、ビビり」

 

 寝起きドッキリを成功させた双葉は、満足したようでひょいとベッドから飛び降りた。

 

「朝ご飯できてる。そうじろうに作ってもらった」

「この時間にできてるって…起こしたんだよね」

「うん」

 

 いや、何も言うまい。

 ここ数日、心配をかけていたとかそういうのは双葉も分かっている。何度もやってるし。分かったうえで許してくれるだろうと踏んでこうしている訳で、いちいち小言を言っても仕方ない。

 

「聞きたいこと、分かる。外に出られるか。平気だよ」

「それもそうだし」

「もう聞こえない」

 

 ほっと胸を撫でおろす。

 見えないものも、聞こえないものも、もう双葉を苛むことはない。形のないものに怯える双葉をなだめることもない。

 

「元通りになったって思っていい、のかな」

「わたしはわたし。それは変わらない。大事な気持ちは持ったまま」

 

 前にも言った、と双葉は続ける。

 

「一葉は安心していい。

 ありがとう。わたし、一葉にいっぱい助けてもらった」

 

 言うだけ言うと双葉は照れくさそうにそっぽを向いた。

 

 感謝の言葉を受け取れるほど、助けになれただろうか。

 いつも誰かに助けてもらうばかりで、大したことができたとは思えない。今回の認知世界の件だって、双葉が独力で解決したように思う。

 ボス戦にて手伝いこそしたけれど、双葉はもともと弱い心なんてどうにでもできたのではないか。双葉が起きたら、パレスでの戦いの真意を聞こうと思っていたのに、どうしても口を開けなかった。

 

「早く行こ」

 

 扉の外でくるっと回り、双葉は去っていった。待って、と言う暇もなく、栗色の髪がたなびいて視界から消える。

 今もドキドキと鼓動がうるさい。全部うまくいったら、もっと穏やかな時間が訪れると思っていたのだけど。

 どこか落ち着かない気分のまま双葉を追いかけ

 

「いてっ」

 

 布団に足を取られて落ちた。

 

 

 

「痛そうな音がしたが、無事か?」

「無事痛い目を見ました」

 

 痣になってそう。残念ながら稀によくあることだ。

 佐倉さんもここ数年で慣れたのか、何とも言えない顔で顎髭を撫でていた。

 

「大丈夫です。布団ごと行ったのでクッションになって…」

「床にふわふわを敷くべき」

「だな」

 

 落ちないようになるかもしれないとは誰も思ってくれなかった。

 自分でもないだろうなと思うけど。心の中で芳澤さんに謝っておく。

 

 3人揃って朝食をとるのは久しぶりに感じる。スリープモード前も、双葉は不定期参加なので。

 トースト、目玉焼き、ハム、サラダ……ザ・朝食といった感じのメニューだ。あまり手間をかけさせないで済んだみたい。

 双葉はカップスープの箱が収まった棚を指さした。手料理(仮)の気分らしい。

 

「一葉、何味?」

「チーズ味」

「そんなのあったか?」

「ほうれん草のやつ。味はほうれん草じゃなくてチーズ」

 

 双葉は胸を張った。自慢げに解説することではないと思うけど。

 佐倉さんは変わり種にはあまり手を付けないから、話についていけなかったらしい。

 

「そうじろうは?」

「俺は余ってるのでいい」

「玉ねぎ味一丁!」

 

 双葉はいそいそとカップを出してきて、粉をお湯でといている。双葉は無難にコーンスープを選んだらしい。フェザーマンのOP曲を鼻歌で歌っている。

 

「よかったな」

「?」

「双葉が起きてきて」

「はい」

 

 本当はもっと良かったことがある。

 佐倉さんには伝えておきたい。きっと何より一番喜んでくれる。

 言ってもいいかと目で訴えたけれど、佐倉さんの肩越しに双葉は指で小さなバツ印を作る。どうせなら驚かせたい、とかそのあたりかな。そういう悪だくみは大歓迎。

 

 器用にもカップを3つ同時に持ってきて、双葉も食卓についた。

 手を合わせて、2人のときは省略されがちな“いただきます”をする。

 

「一葉、寂しがってた?」

「心配してたの」

 

 ふーん、と気のない返事をして、双葉は自慢の手料理(仮)の出来を確かめるべく手を伸ばす。

 

「あちっ」

「あーもう冷まさないから」

「火傷するかしないかのギリギリが一番美味しい」

「熱さで味わかんなくない?」

「スリルの味がする」

 

 そういうものか…?

 ちょっと意味がわからない。まあ、双葉がいいならいいか。

 じゃれているうちに、佐倉さんは食べ終わっていて、食器を片づけている。纏う空気はまったりしているわりに手早なので、雰囲気に騙されてぼけっとしていると置いていかれることがある。

 

「俺はそろそろ出る。食ったら皿洗っとけよ。一葉にばかりやらせるな」

「なぜバレた」

 

 バレるも何も。

 作るところまでは嬉々としてやるけれど、片付けとなるとやりたがらないのは昔からだ。

 スープの用意をしてもらったわけだし片付けくらい…と思わせるのは双葉の戦略。別にこっちはそれで構わないのだけど、佐倉さん的には片付けまで自分でやってほしいらしい。

 

 

 

 床に打った膝が痛い。

 前に落ちたときに気をつけようと思ったのに。この頻度で落ちるなら、双葉の言う通りふかふかの何かを敷くべきかもしれない。

 

「一葉は鈍臭いから」

「なんか今日は容赦なくない?」

 

 特に貴重でもない休日を自室でゲームに費やしていると思ったら、急にグサッとくる発言をとばしてきた。

 同じ部屋にいても引っ付いて来ないし、変な感じだ。いや、今までが普通じゃなかったんだけど。

 

「わたしが寝てる間、芳澤といちゃいちゃしてた。浮気者」

「ええ…」

「だから、今日はわたしとデートする。決定事項」

 

 めちゃくちゃな決めつけから入ったと思ったら、本題はそっちか。

 つまり、言葉の端々の棘は照れ隠し的な…。指摘したら締め出しを食らいそうなので、素直に頷いておいた。嬉しいし。

 

「混んでないとこがいい。角の映画館とか」

「あそこ休業中だよ」

「なぬ…!」

 

 ここ数年でも街は変わり続けている。

 双葉の記憶の中では営業中なのだろうけど、あそこは結構前から閉めていたはずだ。

 街の映画館というのは本屋同様、絶滅危惧種。大事に保護していかないといけない。もう絶滅の渦の中にありそうだけど。

 

「えっと…えっと……じゃあ、ルブラン」

 

 うん、混んではないな。

 デートスポットかと言われると…カップル以前にほとんど客がいないから何とも。まあ、突然よく知らないところに行くよりは安心感もあるだろう。

 

「いいんじゃない? 佐倉さんも喜ぶと思う」

「うん」

 

 驚いた顔が目に浮かぶ。

 佐倉さんには僕らのことでたくさん心配をかけているし、たまにはいい方向で驚かせたい。

 

「本当は、おかえりって出迎えるのやろうと思ってた」

「じゃ、大冒険だね」

「そんなことない。それやめて、そうじろうみたい」

 

 今のはこっちが悪かった。

 何でもないようにする、そんな暗黙のルールを踏み越えたので。過剰に心配されるのは、僕も双葉も嫌うところだ。

 

 

 双葉と四軒茶屋を歩く。

 この街に来たときに探検して以来のこと。

 日曜日の昼間は人通りも少ない。たまに会うのは猫くらいなもの。双葉は塀の上の猫を道端の猫じゃらしでからかうなどしている。双方すぐに飽きたらしく、一分も保たずに戻ってきた。

 

「知らないところ歩くみたい。ストリートビューで予習したのに」

 

 双葉はお上りさんみたいに、あちこち見回している。

 記憶の中の街と照合しているらしい。放っておいたら興味の湧いたところにふらふらと飛んでいってしまいそうなので、小さい頃みたいに手を繋いだ。

 

「うむむむ…」

 

 よほど不満だったのか、変な鳴き声をあげている。

 

「デートでしょ。一人であちこち行かないで」

「そういえばそんな設定だった」

 

 1ミリも忘れてないくせに忘れていたことにして、双葉は唸るのをやめた。

 

「ストリートビューの写真なんて、そんなに頻繁に更新されないでしょ」

「うん。2年前だった。……銭湯とかバッティングセンターとかまだある?」

「あの辺はしぶといからね」

 

 僕は行かないから確かなことは分からないけど、繁盛している雰囲気はない。採算が取れているかは謎だけど、潰れる気配も全くない。

 ルブランみたいに趣味で営業しているのだろうか。

 

「じゃ、熱帯魚屋さん」

「それは潰れた」

 

 随分懐かしい話だ。

 魚を見るためにわざわざ遠回りして帰っていたのは、何年も前のこと。金魚やらベタやらひらひらしたのをよく眺めていた覚えがある。

 生き物系のお店は書店同様に厳しいものがある。気づいたらなくなっているものだ。維持費がかかるのが大きそう。

 

「一葉が好きだったのに」

「好きでもお客じゃないんだよなぁ」

「世の中お金か」

「世界の真理だね」

 

 認知世界の連中も、命乞いするときにはお金をばら撒くし。妖精は気分次第で命も刈り取っていくけど。

 

 そうこうしているうちにルブランに着く。店の前で双葉が立ち止まった。

 扉にはOPENの札がかかっているけれど、お洒落な色ガラス越しには、佐倉さん以外の人は居ないように見える。外のほうが明るいからよく分からないけど。

 双葉は何の躊躇もなく扉を開けて入店した。

 

「いらっしゃ……双葉!?」

「来た」

 

 鈴の音に顔を上げた佐倉さんは、双葉と僕を見てギョッとした顔を浮かべる。

 面白いくらい目をパチクリさせていて、皿を取り落とさなかったのが奇跡に思えるほど。

 

「いいのか? その…外に出て」

 

 呆然としている佐倉さんの前を過ぎて、双葉は奥のボックス席に座る。双葉に手を引かれるまま隣に連れてこられた。横並びに座るなんて、本当にデートみたいだ。

 ざっと店内を見回しても、他の客は見あたらない。思ったとおりの貸し切り。

 

「カレー2つ」

「…はいよ」

 

 一旦考えるのをやめたらしい佐倉さんは、条件反射的に注文を受けた。

 カレーを卓において、これはどういうことだと佐倉さんは僕に視線をやった。双葉本人に聞けばいいのに。

 

「むふふ〜♪」

 

 当の双葉はカレーを堪能している。家で食べるのと同じだろうに、いつもの数倍は幸せそうだ。

 邪魔されたくないだろうなと思い、口を開いた。

 

「色々あって。

 …前、佐倉さんに母のことを聞いたでしょう。あれのおかげでもあるんですけど。びっくりしましたか?」

 

 聞かずとも分かるけれど、あえて聞いてみる。

 

「一葉、悪い顔してる」

「双葉ほどじゃないって」

「お前ら……」

 

 先に吹き出したのはどちらだったか。頭を抱えている佐倉さんをよそに、双葉とふたり、お腹がよじれるほど笑った。

 

 ずっと佐倉さんに申し訳なく思っていた。否、今だって思っている。

 だけど。少しだけかもしれないけれど、与えてもらったものに報いられたと思いたい。

 

「その、なんだ…本当によかったな」

「はい」

 

 この顔が見られたのだから。

 自分の中で納得しきれていないものも、今は置いておこう。佐倉さんから言われてやっと、本当によかったと心の底から思えた。

 

 

 

「ごちそうさま」

「早くない? ちゃんと噛んだ?」

「カレーは飲み物。格言」

「ちがうと思う」

 

 ネットの民は双葉に変なことを吹き込まないでほしい。

 まあ実際、美味しすぎてスプーンが止まらないのはそう。食べ終わってから、もう少しゆっくり味わえばよかったと思うものだ。

 

『…皆様に、どう…お詫びを、申し上げ…う…申し上げ、たら…いい、か…んぁははぁぁ!』

 

 突然、店のテレビから大声が響いてきた。見れば、画面の向こうで泣き崩れている老人がいた。テロップに緊急記者会見と書かれている。

 老人は斑目という日本画家らしい。聞き覚えがある名前だ。まったく興味のない分野で名前を知ってる人間なのだから、きっと有名人なはず。

 

「確か、個展やってた人だね」

「ふーん」

 

 大の大人が記者会見で大泣きするというのは見るに堪えない。自分が可哀想と思っていそうで。

 しかし、自分から開いた記者会見でのこと。

 時期も符合するし、十中八九怪盗団がやったことだろう。

 

 教え子らへの虐待容疑、盗作、虚偽の盗難被害……よくもまあこんなのを見つけたものだ。知ってて誰も指摘できなかったんだろうな。年齢的にも業界の主っぽいし。

 

『簡易鑑定では精神に異常はなく、責任能力はあるとの見方を示しています』

 

 改心の影響なら本物の涙なのだろうに、見せ方が悪すぎる。

 これでは、ネットのおもちゃ一直線だ。向こう10年は何かある度に引き合いに出されるだろう。元弟子は余計に肩身の狭い思いをしそうで気の毒だ。

 そんなことに気が払えないくらい一気に変わってしまった、ということだろうか。

 

「すごいね」

「うん」

 

 あれくらい急に双葉が変わってしまう可能性もあったということ。

 テレビを見上げている双葉には動揺の色は見えない。後から怖くなっているのは自分だけみたい。

 

『また、氏の個展に『怪盗団』を名乗る何者かが、不審な声明文を貼り出したとの情報があり、警察では、容疑を特定しないかたちで関連を調べることにしています』

 

 それ、報道で言うんだ。

 雨宮先輩たちも目立つことをするものだ。

 新世界の神にでもなるつもりなのだろうか。絶対ろくなことにならないから辞めておけばいいのに。

 

「これ」

 

 双葉はスマホを弄って、こちらに見せる。

 予告状が事前に届いていた、なんて面白そうなネタをSNSの住人が見逃すはずもなく、画像を拡散しては盛り上がっている。

 さっそく例の記者会見の様子を燃やして遊んでいるのもいる。他人のことに首を突っ込んで怒ってみるのが面白いと感じる人の多いこと多いこと。

 

「うわ…」

 

 もしかして、と軽くさらっただけで、弟子の顔と名前、高校まで並べ立てたものが流れてくる。

 こんな情報まで一体どこから出てきたのだか。基本はその人をよく思っていない近しい人からだけど。

 

 それにしても、この写真…昨日、駅で見た人によく似ている。というか、制服からして本人だろう。

 コメントの大部分は斑目氏を叩く流れになっているけれど、隠蔽に協力したと弟子まで標的に燃やしている人もいるみたいだ。特に話したわけでもないけれど、ちょっと同情する。

 

「もっとこう…ソフトランディングできないのかな…?」

「できたぞ」

 

 それは…諸説あるのでは。

 双葉ばかり見ていて感覚がおかしくなっているけれど、一般的には数日眠るのは大ごとと言える。

 

 結局はパレスの主がどうしたいと思ったかに帰結する気がする。認知世界は力isぱわーな感じだから、説得という名の暴力で解決できるだけで。緩やかにいくかどうかはパレスの主の性質に寄りそう。

 今回も雨宮先輩たちは、向こうの斑目氏の伸びすぎた鼻をへし折るべく、ボス戦をしたに違いない。

 今度、機会があれば話を聞いてみようか。

 

 双葉が耳を貸せと合図したので、頭を近づける。双葉は僕の耳に手を当てて、声をひそめて問いかけた。

 

「…怪盗団、メジエドと同じ?」

「そうなるね」

 

 奇しくも、同様の立場にある。

 世界を少しでもよくするために暗躍する。僕らがやろうとして、既に失敗したこと。

 怪盗団はうまくやりおおせるか、ほかの悪意に食い散らかされるか、まだ分からない。

 

「気になる?」

「うん。でも、いい。一葉が望まないから」

 

 一観客のポジションに収まってくれるらしい。

 双葉の自由意志を縛りたくはないけれど、これに関してはよかったと思う。認知世界の化け物たちも恐ろしいけれど、一番直接的に被害を出してくるのは、生きている人間だ。

 危ないことには関わらずに、慎ましやかに過ごす。爪は隠して、普通に、人並みに。それが一番じゃないか。

 

 どうも、双葉はそうではないらしい。

 メジエドを始めたのだって双葉だ。同じことを試みている怪盗団に惹かれないはずがない。

 視線に気づいた双葉が、ぱっとこちらを向く。

 

「ね、一葉はわたしのこと好き?」

「うん」

「わたしも好き」

 

 いつもの問答に、いつもは付かない台詞がついた。

 テーブルの下で、双葉の手が僕の手を取った。こちらに身を寄せて、手のひら同士を合わせて繋いだ。

 

「そーしそーあい」

「意味わかって言ってる?」

 

 双葉は唇を尖らせて、ぐりぐりと頭突きをして不満を訴える。ついでに足を踏みつけた。痛…くないな、全く。手加減されている。

 一通り不満を表現したのち、双葉はこちらを睨みつける。

 

「とーぜん。

 だって…わたし、次の誕生日きたら結婚できるんだよ?」

 

 

 





絶対に法改正前だから大丈夫と思いつつ一応調べたら、2016年発売って出てヒェってなった。9年前……? 時の流れこわい

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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