デ・ジ・キャラットならぷちこが好き。
昔は一話を暗唱して遊んでいたので初投稿です。
42駅目 脱皮
6月6日(月)
今日から夏服だ。
登校中に見かけた生徒たちも涼しげな装いになっている。
5月の時点で結構暑かったので助かる。年々季節がおかしなことになってきているから、衣替えという概念も数年すれば消滅しそう。日によって気温差激しいし。
夏服に変わったあたりであちこちで冷房が入り始めるから気をつけないと。
「いやぁ…いい季節になったな」
しみじみと言うことではないと思う。
仮にもクラスの中で、他の生徒…特に女子もいる中で言い放ったのは勇気に溢れすぎだ。
それぞれのお喋りに夢中な人達はいいけれど、クラスの動向に聞き耳を立てて過ごしているような人からは反感を買うだろうに。
「冬服でも短いのは短いでしょ」
「透明感っていうの?
夏服からしか得られない栄養素があるだろ」
夏服になったからといって、カラーリング以外何が変わるわけでもない。1週間もすれば見慣れた光景だと思う。
「新鮮味があるってだけでは?」
「冷たい、お出かけ用に凍らせたペットボトルくらい冷たい。もっとこう、熱く燃えたぎる何かはないのかよ」
「ないよ」
そんなことより街で怪盗団の話題がちらほら耳に入ったのが気になる。
今までどおり黙っていれば誰にも気づかれなかったのに、なんて意見が多い。納得するための理由として、怪盗団というのは格好のネタだったらしい。
SNS上のノリがそのまま街の人の意見になっているのが興味深い。メジエドの時はこうはいかなかった。
「それ生きててつまんなくねーの?」
「田舎のネズミだから」
「東京住みでよく言うわ」
都会っ子が全員刺激を求めているみたいなことがあってたまるか。
「逆に矢嶋はなんでそんなに都会のネズミな訳?」
「別に1ミスで死なんでしょ。へらへらしたやつがマジで謝れば意外と何とでもなるぞ」
「言ったら台無しでしょ」
この、無条件の周囲への信頼は何なんだか。1ミスでも死ぬときは死ぬんだけど。
「子役希望くん、校舎裏」
昼休み、飯塚さんから呼び出しを食らった。
「樋口お前何をやらかした?」
「何もやってないって」
矢嶋がさっそく食いついた。ひとまず何も心当たりはないので否定したら、芳澤さんが困った顔で言った。
「えっと、弱いものいじめをしてはいけませんよ」
「しれっと弱いもの扱いで草」
「あっ、そういうつもりじゃ…」
「矢嶋、芳澤さんが困ってるって」
いじる対象は選んだほうがいいと思う。
帰宅部三人組でコントをしていたら、四人目の帰宅部が焦れて演技モードに突入した。
「酷いわ。あんなに熱く迫ってきたのに、あの日の約束は嘘だったのね…!」
……演技指導の誘いか。
やっと何の用か見当がついた。わざわざこの場でこんな言い方しなくていいのに、とは思ったけれど、放課後にすっぽかした前科があるので何も言えない。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「えっ、お前マジでなんかやったのかよ」
「やってないっての」
半分くらい本気でなにかやったと思われてそう。後できちんと話しておこう。
飯塚さんに連れられてやってきたのは、校舎裏でも何でもなく、普通の空き教室だった。
飯塚さんは適当な椅子に王様みたいに偉そうに座る。顎で命じられて、こっちも席に着いた。
「人並みになりたい、だったか」
特に学校というのは、正規分布の中央付近にいる大多数のための世界だ。それが現状で一番効率的だからそのように運用されている。
「…人物理解の一例として挙げるのも悪くないか」
今の飯塚さんを前にしているとそういう感じはないけれど、劇団結成前は完全にクラスに埋没していた。今の飯塚さんがどの程度素のままの姿なのかは分からないけれど、彼女もまた大多数には収まっていなさそうな人物だ。
「私はね、“私”以外になりたいのだよ」
なんか始まった。
語りだしたらとりあえず聞くだけ聞いておく。それが一番安全だ。矢嶋なら逃げ出すだろうけど。
「4歳の頃だったか、通っていた幼稚園でもらった本に車の親子が出てきてね。幼児向けの、交通事故に気をつけろというような話さ。
それで、車の少年は自分のことを“ぼく”と呼んでいた。
当時の私は、女の子は“わたし”と言うものだとは知っていたが、その音の響きが好きで何度か“ぼく”と繰り返していた」
双葉もそんな様なことを母に言われていたのだろうか。よく分からない。あったとしても、飯塚さんと違って特に引っかかることなく過ぎ去っていったと思われる。
「父がそれを見咎めてね。女の子は私と言うものだと諭されたよ。
私は言われて初めて知ったようなふりをして…ああ、これが最初にした演技だったかな。以降の私は“私”になったという訳さ」
と言う割に、変身願望はしっかり残っている。
心の底から納得しているわけじゃなさそうだ。なら、従わされたと捉えるのが自然だろう。
「お父さんって怖い人?」
「4歳児が敬愛する父に逆らうって発想を持てなかっただけかな。ま、私は私でいることに不満はない。
だが、それ以外にもなりたいのさ」
それで、この話で飯塚さんを理解してどうなるというのだろう。
疑問が顔に出ていたのだろう、飯塚さんは説明を付け加えた。
「君は人並みになりたいと言うがね、その思いが如何な執着を起点としているか理解できているかい?」
「うーん、たぶん」
出る杭が打たれるのを見ていたし。
「まあいい。
いくつか設定を用意してきた。その人になりきったつもりで振る舞ってくれ」
机の上にいくつかカードが並べられる。カードは年季が入っているようで少し陽に焼けた色をしていた。
どれか選べと言われるまま、手近なカードを取ると、裏には年齢や性別、性格などが書かれていた。この設定に則って演じてみろということだろうか。
「昔やっていたお遊びのようなものだが、複数人でやると結構面白いものだよ」
雑に世界観とマジックペンで書かれた封筒から飯塚さんはカードを1枚取り出した。
「設定は…どれどれ、ゾンビウイルスが流行った感じの終末世界だね」
続いて机上のカードを一つ取って、一瞥。すぐに、身を低くして、こちらをこわごわと見上げる。
「ね、普通の人間だよね。あなたも逃げてきたの?」
少女役か何かを引いたらしい。
互いの役を知らないまま進める方式だと、相手のポジションを考えながらやらないといけないのか。しかも、何をしたら終わりなのかも分からない。
「なんで黙ってるの、もう外の人みたいにおかしくなっちゃったの…?」
あっ、これ考えてる暇ないやつだ。
多分飯塚さんが満足したらクリアだと仮定して、適当に話を合わせることにした。
「いえ、驚いてたのよ。普通の人が残ってると思ってなくて。あなたは外から来たの?」
「うん。あたし、ソラって言うの。小学校から逃げてきて…お姉さんは?」
小学生だったか。会話をしながら状況を作っていくなら、クリア条件も勝手に作ってよさそうだ。
よくあるゾンビパニックの終わり方をなぞってみようか。とりあえず救助ヘリとか待ってみよう。たぶんお約束で墜落するけど。
「私も会社から逃げてきたの。この建物は安全みたいだし、ひとまず屋上に上がりましょう」
「…うん」
やっぱりヘリは墜落したし、ウイルスを流出させた怪しい会社もあった。
魔法少女に覚醒したソラがバールのようなものを片手にゾンビの群れに特攻していったシーンは涙無しには見られなかった。
こんな感じの寸劇を数回繰り返したのちに、急に我に返った飯塚さんがポツリと零した。
「本気でやれば、いい線いくと思うよ」
「そう?」
「そうとも。君、変なところで素直だから」
だんだんコツが掴めてきて、とにかく引いた人物像の共有と、話の方向性を早めに決めることをやっておくのがいいと分かった。
というか、そうしないと途中で飽きた飯塚さんが世界観のすべてを破壊するような設定を急に生やしてしまう。
「何を投げてもそれなりに返すあたり、人のことをよく見ている。そっちから攻めようか」
おふざけ成分もかなりあったけれど、案外真面目に考えてくれていたらしい。
「学ぶは真似ぶというだろう。君には手本となる理想の人はいるかい? 親、親類、教師、先輩、何でもいい」
「急に言われても…」
佐倉さんが真っ先に思い浮かんだけれど、なりたいかと言われるとどうだろう。親類…は双葉だけだし、教師や先輩なんかも特に思いつかない。
「悩んで思いつくようなものではないよ。いい、今は忘れてくれ。
…そろそろ時間切れだな」
予鈴が鳴り、飯塚さんはさっさと教室移動の荷物を持って去っていった。次は美術だったか。こっちは書道なので行き先が違う。
飯塚さんが校舎に戻ってから、手元にカードが残ったままなことに気づいた。後で返しておかないと。
「飯塚さん、カード返し忘れた」
「あー…ありがとう」
結局、放課後までタイミングが合わずに、帰り際の飯塚さんにカードを返すことになった。
「別にいいのだよ? 1枚くらいなくなっても。既にかなりの枚数を紛失しているし」
「でも、長いこと使ってるみたいな感じだし」
「まあ、それはそうなのだが…」
大事にしているのかと思ったけれど。大事なものならきちんと管理するか。
飯塚さんはふと窓の外に視線をやった。
「降ってきたね」
「梅雨だからね」
飯塚さんは青空柄の傘を取り出した。僕も鞄の中の傘を確認する。いつも入れているので助かった。
クラスの人達はもう部活に行っていて、帰宅部メンバーもいつの間にかいなくなっている。
「私も帰るかね」
電気を消して、ふたりで教室を出た。バス通学の飯塚さんとは、特に方向が一致してないので下駄箱までだけど。
「あれは…芳澤さんか」
昇降口のすぐ外、軒下で落ちてくる雨粒をじっと見ている芳澤さんの姿が遠目に見えた。
いつもはご機嫌な子犬みたいに跳ね回っているポニーテールも今日はしょんぼりと垂れ下がっている。
「傘、忘れたのかな?」
出かけに降っていなかったからと傘を忘れた生徒は結構いるみたいだ。
多くはロッカーの置き傘やら友達から借りた傘やらでやり過ごしているようだけど、中には濡れて帰る覚悟を決めてさっさと走っていくのもいる。
「確か鞄に予備の折りたたみがもう一本あったはず。これは人形用、こっちは曲芸用……」
さすが魔法の飯塚ポケット。
普通の鞄に見えるのに、次から次へと絶対に要らないものまで何でも出てくる。どこに収納しているのか考えるのはもうあきらめた。
何にせよ、芳澤さんは濡れずに済みそうだ。
「…おや?」
飯塚さんが星空柄の折りたたみ傘を取り出したあたりで、芳澤さんの横に並んだ人影があった。
よく見ると雨宮先輩だ。2、3言交わしてから、帰ろうとしている芳澤さんを先輩が引き留めた。傘を広げ、芳澤さんを入れてやる。俗に言う、相合傘。
「いいのかい?」
意外にも、飯塚さんは僕に問いかけた。こういうノリは矢嶋だけだと思っていたのだけど。はじめからからかう気なら、どう答えてもいいように解釈されそうだ。
「そのくっつけようとしてくるのは何なの?」
「野次馬根性だね。
ま、友人としては彼女の男運の悪さを嘆くばかりだが」
飯塚さんですら雨宮先輩の転入当初の噂を信じているらしい。もしくは、火のないところに煙は立たないと思っているか。
近しい間柄でなければ人の評価なんてそんなものだけど、気の毒だとは思う。
「というか、芳澤さんと仲良くなってほしくないんじゃないの?」
「ああ、そうだとも。よく分かってるじゃないか」
「ええ…」
言動の不一致に困惑の視線を向けていたら、飯塚さんは大きなため息を吐いた。
「だが、あれよりはマシだ」
「あれって…仮にも先輩でしょ」
散々な言い様だ。
物か何かみたいに表現するのはどうなのかと聞いてみたら、飯塚さんは渋い顔をしながらも「そうだな」と指摘を受け入れた。
先輩と芳澤さんは何やら話をしながら歩いているらしい。先輩の方は完全に傘に隠れて見えないけれど、芳澤さんは時折先輩を見上げて話しかけている。
「ただね、不気味なんだよ。
演じているようで自然体。誰でもあって誰でもない。一人の人間じゃないみたいだ」
「えっと…?」
急に神の遍在性みたいな話を始めた。全くついていけない。
「普通、ある程度の年になると我が出てくるだろう?
自然、性質は偏っていくし、演技の幅もある程度それで決まる。君に熱血キャラが似合わない、みたいな話だよ」
「悪かったね」
「悪くない。だからこそ、人が人を演じるのは面白いのさ。君にはない感覚かもしれないがね」
雨宮先輩は何の役でもできる、という意味だろうか。
前に認知世界の駅で会った小さな妖精も、雨宮先輩のペルソナをやっていたっけ。ペルソナが自分なら、取っ替え引っ替えするのは確かに変な話だ。けれど、そこまで毛嫌いする意味がわからない。話していても嫌な感じはしないし。
「人の噂よりは真っ当な人だと思うよ?」
「ああ、後輩に傘を貸してやる以上のことは考えてないだろうね。紛れもなく善性と言える」
「それなら問題ないのでは?」
呆れ顔を向けられた。
ここまで説明してやってまだ分からないのか、というニュアンスが込められている。よく双葉にそういう顔をさせているから分かる。
「白河の清きに魚も棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき」
「純水が電気を通さないみたいな?」
「例えが気に食わん、理系め」
水繋がりなのだから自然な連想ゲームだろうに。余計なことを言って倍返しされても嫌なのでお口にチャック。
けれど、ここまで言われて、飯塚さんの言わんとしていることが、やっと伝わった気がする。
生まれてから10代前半くらいのうちに、脳には神経同士の繋がり…回路が作られる。その過程で馴染みのないことへの挑戦に消極的になるという。ある程度形成された回路とは別に、新たに神経回路を作らねばならないから。
だから、物資としての脳を持つ以上、まっさらな性質の人間なんて存在できないはずだ。だからこそ、不気味と評した。
「素直さが極限までいくとああなるのかな? 私的センサーでは地雷だ」
「そんなもんかなぁ」
やってることが怪盗だし、素直とか純粋とかそういうところとは対極にいそうに思う。
単純に労力を払うことを苦にしていないだけの人な気も…いや、それを異常として捉えているのか…?
「飯塚さんは逆にどういうのならいいの?」
「安定性があるの一択だね」
安定志向なんだ、これで。
いや、そうじゃなかったら我を通して、自分のことをぼくと呼んでいたか。人物理解の一例と言っていたけれど、確かにその情報があるとないとでは大違いだ。
これ、聞かずとも推測で分かったな。ちょっと悔しい。
安定性、安定性か。
……分からないものが恐ろしいのは、予想がつかない、ひいては安定性がないから。
ならば、お台場で芳澤さんと話してから、あるいは矢嶋とビッグバンチャレンジに行ってから、距離が縮まったように感じたのは、こっちの事情を多少なりとも話したから?
話す側も聞く側も楽しくない話だとしても、関係を結ぶにあたって根幹部分を開示するのは必要な事と考えるべき、なのか。
「なら、僕と正反対だね。特別なのが一番好きだから」
「君が語る側に回るなんて意外だな」
「人物理解には適切な情報の提示が必要って昼休みに学んだ」
背景が不明瞭なやつほど演じにくかったし。大体、似たパターンの人のイメージを借りてきてやったけれど。
「ふーん。じゃ、もう一つ学びを提供してやろう」
飯塚さんは人さし指をピンと立てた。
ほかに見せる相手もいないのに役者モードが濃くなっている。やる気スイッチ的なものを押したかもしれない。
「先の特訓から、君には優秀か否かに執着があると踏んでいた。それから、完璧主義。闘争より逃走を選ぶ性質……」
つらつらと並べ立てる。気分は探偵役といったところか。
「身近にとりわけ優れた存在がいたのかな?
で、君は常に割を食ってきた。強いもの側に回りたいが、その能力はない。女装は強いられて諦めとともに受け入れたか…いや、それだけであの完成度にはならない。強者に近づきたい願望も混ざってたりして?
なら、身近な優れたるものは女性、母親か女兄弟ってところかな」
つまりこれは意趣返しだ。
飯塚さんのことをあれこれ言った覚えがある。言われる立場になって初めて、敵愾心を向けられた理由が分かった気がした。
「あえて聞こう。ねぇ、今どんな気持ち?」
最悪な気分だ。
いたたまれないというか。恥ずかしいを通り越して消えたい。
「……ごめんなさい」
「私以外にもやってたろ、反省しろ」
返す言葉もない。
最初期に矢嶋あたりにも言ったと思う。芳澤さんには、本人に直接言った訳ではないけれど、わりと駄目なタイプの詮索をした。
「今までよくやってこれたね。やってこれなかったから人並みを目指すのかい?」
「2度刺すのやめて…」
「待てよ、当ててやろう。
君、逃走の結果、同年代との交流を絶ってたな? それは対人能力経験値を得られないから最悪の戦法だぞ」
根に持つタイプだ。
行動不能を付与されたうえに、全ての能力が2段階くらい下がった気がする。
「冗談はさておき、今後の真面目な話をしようか。君、本気で芳澤さんとくっついたらどうだ?」
「ええ…?」
「何、失敗したらしたでネタにしてあげよう」
それが目当てでは?
「経験を積むのに、恋人は最高の教材だと私は思うがね。
まあ、恋人作りをどうしても避けたいというなら、誰か知らない人に話しかけてみるとかでもいい」
そっちのほうが無理が…いや、どっちも無理だと思う。相手がいることだけにかなり勇気がいる。
「どっちかに進展があったらまた教えてくれ。次の特訓はその後にしよう」
じゃあね、なんて手を振って飯塚さんはバスが着きそうなバス停に駆けていった。
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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