双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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うたわれるものならネコネが好き。
外見、性格、境遇、三方良しのキャラは貴重なので初投稿です。




44駅目 励まし

 

6月9日(木)

 

 

 結局あの後、双葉に事の真意を問いただすことはできなかった。

 正確には、なぜルブランにいたのか聞いてみても「一葉の友達を見に来た」の一点張りで、仮想敵として扱っている芳澤さんについて何か話すことはなかった。自分から話さないことを無理やり聞き出して、また喧嘩をしたのかと佐倉さんに言われるのも嫌で、納得したことにしてしまった。

 

 当の双葉は、今朝はまだ起きてきていない。

 外に出られることと生活時間帯が戻ることは別問題で、日によって起床時間が違う。

 仕方ないので、普段通りに家を出た。

 

「……?」

 

 通学路が空いている気がする。そういえば、いつも同じ車両に乗っている同じ制服の集団を今日は見かけなかった。

 何かあったっけ。

 同じことを考えていた人がいたみたいで、秀尽の制服姿の二人組の話し声が聞こえてくる。

 

「今日ってなんか静か?」

「2年生が今日明日で社会科見学に行ってるかららしいよ」

「いいなー楽しそう」

 

 全校の三分の一がいないのだから空いている訳だ。

 今日は購買チャンスだったのでは…? 何も考えず弁当を用意してしまった。失敗したな。まあ特に欲しいものもないんだけど。明日は買いに行こうか。

 

「俺らにも防災訓練があるから」

「あったなそんなの…枕変わると無理なんだよね」

 

 夏休み前にそんなイベントもあった気がする。一年生は学校に泊まるらしい。非常用の毛布とか非常食とかを点検がてら使うとか。

 外泊をすると双葉の機嫌が悪くなるから、前後には…いや、そういうのはもういいのか。

 行事予定のプリントは双葉も見ているし、知ってて何も言わないなら問題ないのだろう。特に神経を使う必要もない。良いことだ。楽だし。でも、肩透かしというか。何となくしっくりこないのも、そのうち当たり前になるのかも。

 

 

 1年生のフロアはいつもと変わらない。教室も平常運転だ。

 

「聞いてくれよ、樋口」

「なに?」

「今日は魅惑の太もも先輩に会えなかったんだよ。やる気でねぇー」

 

 知るか。

 そういうのと一切関係なく矢嶋の授業に対するやる気は皆無といっていい。昨日だって、芳澤さんのノートを写真で撮って、特に見もせず帰っていた。

 明日も適当な理由をつけて、やる気が出ないと机に伸びている姿が容易に想像できる。美人がどうとか言い出すなら、怒られたほうがいいんじゃないかと思うけど。

 

「怒られないのも良し悪しだね」

「そこはほら、センサーによってだな…真偽が伝わるから」

「あっそう」

 

 回りくどく他の人には興味ありませんと言っているということか。向こうの方が一枚上手だった。

 嘘発見器にも活用できる演技センサーって便利。双葉の言葉の本気度も分かるだろうし、切実に分けて欲しい。

 

 くだらない話をしている間にも、クラスメイトたちが登校してきて着々と席が埋まっていく。何人目かにドアの窓越しの赤いリボンが見えた。

 

「おはようございます」

 

 芳澤さんは先に教室にいた僕らを見つけると、にこりと笑った。

 

「昨日はお邪魔させてもらって、ありがとうございました」

「あ、うん」

 

 昨日のお礼から入る、なんて技を習得しているとは。育ちの良さを感じる。

 双葉にも僕が知る限りの一般常識は仕込んでおかないと。一度言えば覚えるけれど、その一度がないままここまで来ていることも多いと思う。

 芳澤さんは折り目正しく礼をした。ポニーテールが機嫌よく揺れている。

 

「楽しかったです。双葉ちゃんとも会えましたし。機会があれば、また伺いたいです」

「あまり混むような店じゃないから、暇ならいつでも」

 

 学生が喜ぶ価格帯かといわれると、ファミレスやビッグバンバーガーに軍配が上がるけど、ゆっくり過ごすのが目的ならルブランは最適だ。

 

「それにしても、双葉が来るって知ってたなら、教えてくれてもよかったのに…」

「あれ? 自分で伝えるって話だったのに言ってなかったんですね」

 

 つまり双葉が秘密にしたがっていたと。芳澤さんの素直さが利用された形になる。佐倉さんへのサプライズと違って、やや悪意がこもっているような。

 

「え、お前も知らなかったの?」

「うん」

「俺だけかと思って疎外感感じてたんだけど」

「それはごめん」

 

 空気に圧倒されて、つい知ってるふりをしてしまった。

 驚くというリアクションを矢嶋に取られたので、などと脳内で言い訳をしておいた。

 

 

 

 お昼時。

 今日は特に何も予定がないので、自然と帰宅部トリオで机を囲んだ。

 

「あれ、今日芳澤さんのお弁当、いつもより少なめ?」

「あはは…昨日食べすぎちゃったので、調整です」

 

 いつもの重箱が今日は1段分少ない。

 芳澤さん的には少し物足りない量なのではなかろうか。いや、これでも十分多いのだけど。見慣れてしまったので少なく感じる。慣れって怖い。

 

「あー…カレー勧めたから。コーヒーにしとけばよかった?」

「いえ、頼んだのもお代わりしたのも私ですから。ルブランのカレーは美味しいって聞いていたので興味があったんです」

 

 前評判通りでした、と芳澤さんは笑った。

 

「あのカレーって名物なの?」

「取り立てて推し出してないし、双葉情報でしょ」

 

 以前、店が取材を受けていたことがあったけれど、見せてもらった記事にも特別にカレーがどうとかは書かれていなかった。ひっそりとした都会のオアシス、とかキャッチコピーがついていて、ものは言いようだなと思った記憶がある。

 

「はい。店に来るなら絶対に食べてほしいと言っていました。

 家で作るときは、あんな感じにはならないんですよね。大きい鍋で作るからでしょうか」

「レシピがいいの。詳細は企業秘密だからノーコメント」

 

 なおレシピ通りに家で作ってもらっても、なんか違う出来になる模様。

 店で出るのが極上品なら、家で作るのは無印版みたいなところがある。ルブランの調理環境と佐倉さんに最適化されているので。

 

「カレー、カレーはやっぱり皆さん大好きですよね」

 

 などと話しているうちにお弁当を平らげた芳澤さんは、まだカレーのことを考えているらしい。食べ足りなかったみたいだ。

 

「なんかさ、アスリートって大変だな。好きなもん好きなだけ食べたくね?」

「それ普通の人でもダメでしょ」

 

 内容にもよると思うけど、欲望だけに従っていたら生活習慣病まっしぐらな気がする。

 

「芳澤さん、栄養学的観点からコメント希望」

「えっ、ええと…」

 

 急に変な話の振り方をされたわりに、芳澤さんはすぐに何か思い出したように話し始めた。

 

「栄養バランスは毎食整っているに越したことはありませんが、効果がすぐに出るものではないので、毎食じゃなくて1日、あるいは1週間などといった長い期間でのトータルで考えるものです。

 ……と、父が言っていました」

「勉強みたいなもんかぁ。つまり、たまには欲求に負けてもいいわけね」

 

 たまにと言うけれど、矢嶋がいうと説得力がない。

 コツコツ真面目に勉強しているところを見たことがないし。せめて授業はちゃんと聞いていてほしい。この調子でいくと、1ヶ月後くらいに期末テストを前にして教えてくれと泣きついてくるのではないか。また勉強会コースだろうな。

 

「今日みたいに、いつもの食事で調整が入りますね」

「じゃ、また何かあったら誘うわ」

「はい!」

 

 とはいえ、この先も芳澤さんは忙しい。選考会が通ったら次は本番の大会がある訳で、こっちのどうでもいい誘いに付き合わせるのは悪い。

 たまに、で済む頻度にしよう。

 

 

 

 放課後、帰り際に矢嶋に捕まった。

 

「そんでさ、昨日の態度って何だったん? 聞いていいやつ?」

「あー……」

 

 双葉とも初対面だった訳だし、あの雰囲気だし、そりゃ事情を聞かれる。あの場で何も聞かずにいい感じに盾になってくれただけでもありがたい。

 

「関係が拗れてて。聞きたい?」

「当然。…場所変えるべき?」

「助かる」

 

 やって来たのはいつもの中庭。特等席の休憩スペースは空いていなかったので、適当な芝生の端に並んで座った。

 

 携帯の電源はすでに落としてある。

 双葉のことを話すのに双葉に筒抜けなのは、すごく気まずい。周りに人はいないけれど、声のボリュームを落とした。

 

「まず、前提ね。双葉と芳澤さんは友達。前に僕が芳澤さんに双葉を紹介した」

 

 これは、双葉が自分以外の誰かと友好的な関係を結べたらいいと思ってのこと。

 その時にはすでに芳澤さんに対して対抗心を燃やしていたけれど、ここまでややこしい事に発展するとは…予想して然るべきだった気はする。

 

「女子二人が仲良そうだった理由は分かった。関係が拗れてるってのは?」

「三角関係…?」

「なぜに疑問形だし」

 

 矢印に書き添える気持ちの部分が不明瞭なので。

 

「確証が持てないから。

 ええと、前から双葉は僕に自分のことが好きか何度も聞いてきてて。好きだから、毎回好きって言ってた」

「メンヘラ彼女ムーブしてたのね」

「まあ…うん。いや、そうかな?」

 

 あの問答が定着したのは小学校を卒業するかしないかくらいの時期だったと思う。母への甘えの延長線上にあると思っていたから、当然のように代役を務めた。

 だから、矢嶋の言う事は違う気もしないでもないけれど、それ以外に的確に表現する言葉の持ち合わせもないので曖昧に頷いた。

 

「高校入ってから、芳澤さんと出会って、双葉が対抗心を燃やしてて」

「お兄ちゃんを取られる的な?」

「広義ではそう。細かく言うなら、芳澤さんと付き合うのか…自分と付き合うのか」

 

 話の流れが変わったのを察知して、矢嶋はおちゃらけた態度をやや引っ込めた。それで、と続きを促される。

 

「…意味わかって言ってるのか聞いたら、分かってるって言われた」

 

 そう言われただけで、実際そうなのか分からない。こう言うくせに、芳澤さんと仲良くしているのも不思議な話だ。

 …どちらに転んでも一定以上の身分は確保できるようにという戦略、とか? 考えすぎだな。それができるなら、小学校で苦労していない。まったくの謎だ。双葉検定一級の筈だったのに。

 

「で、帰宅部トリオでルブランに行くって話を聞いて、こっちに何も言わずに店にいたって感じ」

「それでアレか……いや、なんで? 兄妹だろ」

「そうなんだけど…」

 

 最低限の成長を終えて、成熟の時期を迎えている時点で、双葉にそういう気持ちが芽生えるのは至極当たり前のことと言えた。

 けれど、双葉は小学生時代で同年代との人付き合いが途切れている。他の人物に注がれるはずだった感情が本来の方向性を見失ってもおかしくない。

 

「双葉にとって身近な同年代の異性って僕だけなんだよ」

「女子校行ってる…って訳でもないのね」

「うん、双葉は学校行ってない」

 

 ここまで話したのだから、全部話してしまったほうが早いか。矢嶋なら変な風に取らないだろうし。

 

「うち母子家庭でね、母さんが死んで、一回施設に行って、叔父の家に行って、佐倉さんのところに来た流れなの。

 もともとみんなと一緒にやるの苦手だったのもあって、双葉は何年も自分の部屋を出られなかった。それが一段落して、出てこれるようになったのが数日前」

「数日て」

 

 長らく引きこもり問題の解決を主眼においていたから忘れかけていたけれど、外に出られるようになっても、それに至った原因を解決しないかぎり話は進まない。

 つまり、他者とのまともな関わり。昨日の様子を見るかぎり、まだ難しそうに思えた。

 

「…俺、お前のこと何も知らんかったわ」

「当たり前でしょ。言ってないし」

「いや、……なんでもない。頑張ったな、お前」

「実感ゼロ。もっとうまくやれる人はいたと思うし」

 

 外に連れ出すことばっかり考えてて他がおろそかだったから、人間関係の方向からしわ寄せが来ている。

 なかなかうまくいかないものだ。

 

「双葉は家にいるものって思い込んでたみたい。店に来てるとか全然想定もしてなくて、死ぬかと思った…」

 

 本当に心臓に悪い時間だった。

 一通り話を聞き終えた矢嶋は一言。

 

「つまりシスコンだったか」

「その総括できるのすごいよ」

 

 よく口に出せたものだ。

 心臓がもふもふなんだ、きっと。逆に茶化さずに受け止めろというのも無理があるけど。

 

「いやでも、まったくその気がなけりゃ芳澤さんと付き合うで解決だろ」

「その理屈はおかしい」

 

 しれっと誰とも付き合わないルートが消滅している。双葉といい、何なんだ。

 矢嶋はこっちが憮然としているのを見て、少し考え込んだ。

 

「じゃあさ、仮に双葉さんが外出てさ、色んなやつと出会って、その上でお前と付き合いたいって言い出したらどうする気だよ?」

「ないでしょ」

「仮にって言ってるだろ、仮説立てたの」

 

 許されるわけない。

 常識的に考えて実妹相手にどうこうというのはラインを越えている。そう答えようとして、言葉が出なかった。

 本当にそうなったとして、僕が拒んだら、双葉は立ち直れるだろうか。たくさんの人と会って、それでも双葉が心を許せる相手が見つからなかったら、その先どうやって生きていくのだろう。

 

「…、えっと」

「ほれみろ」

 

 ほれみろと言われても。

 返答に窮したまま、矢島の様子を伺う。非難めいた色がないのを確認してから問いかけた。

 

「…どうしたらいいかな」

 

 正解が分かるんじゃないかと思った。この先どう身を振るか。問題を外から俯瞰できる存在なら、簡単に解答を出せることなのではないかと疑った。

 けれど、矢嶋が答えを提供してくることはなかった。

 

「結局お前がどうしたいかじゃね?

 はっきり態度に出したら相手も安心するだろ」

「うん…」

 

 そうするべきだと思う。

 ただ、自分はどうしたいのだろう。自分が今抱いている好意が、恋愛におけるそれなのかわからない。

 

 自分でわからないから、いっそ人に決めてほしかった。

 こんなところまで他力本願ではいけない、と言われたようで、それ以上の助言を求めるのをあきらめる。

 

「芳澤さんはさ、その辺の事情知ってるの?」

「双葉が学校行けてないことは。

 それ以上は分からない。双葉は教えてくれないし、芳澤さんに口止めしてるから」

 

 懐いてるみたいだったし、おおかた全部話しているだろうと思うけれど。

 おかげで双葉が何を考えているのか推測するための判断材料が足りなくて困る。同性だったらまた違ったのかもしれないけれど、幼い時と違って今の双葉の思考をノーヒントでなぞるのは難しい。

 双葉に自分以外の話せる相手がいればと思っていたのに、いざできたらこれだ。我ながら馬鹿みたいな話と思う。

 

「はっきりさせないと駄目か、色々」

 

 自分の気持ちも、双葉の気持ちも。それから、厄介事に巻き込んでしまった芳澤さんの気持ちも。

 こういうとき、どうすればいいのだろう。経験値が役に立たない事象に対して、対応するのが下手すぎる。

 

 とにかく帰ったら双葉とはもう一度、話をしないといけない。

 何を、どうやって? どうしたいか、態度に出すと言われても。現状維持を望むような中途半端な態度ではいけない、のたろうけど。

 

「なんかさ、ごめんな。

 芳澤さんとどうこうってからかわれるの嫌だったろ」

「別にいいよ。そういうキャラでしょ」

「いや、今のお前ってさ、そういうキャラを演じてるつもりがマジになっちまって焦ってるわけじゃん」

 

 困ったな。ちょっとうまく躱すのにいい言葉が思いつかない。

 

「矢嶋って口上手いよね」

「マ? 落語家にでもなろうかな」

 

 意外とありかもしれない。テレビとかで見る落語家の顔を脳内で矢嶋の顔とすげ替えてみる。うん、かなりしっくりくる。

 どうも矢嶋と話していると気が抜ける。

 

「ね、悪いと思ってるなら、適当でいいから何か励まして」

「んー任せろ。

 えっと…なんだろ、コミュニケーションって最後はパッション?だから。いけるって」

 

 本当にかなり適当だった。

 けれど、いけると言い切ってもらえたから、他の何もかもを無視して信じようと思う。

 

「ありがとね」

「どーいたしまして」

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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