双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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獣の奏者エリンならリランが好き。
手探りで生き物の生態を探っていた時代の匂いが好きなので初投稿です。




46駅目 思索

 

6月11日(土)

 

 

 授業は一通り終わり、教室に残っている生徒はまばらだ。

 芳澤さんは新体操の練習があるらしくすぐに居なくなったし、矢嶋は新しく始めたバイトがどうとか言って去っていった。そんな訳で、帰宅部トリオで教室に残っているのは僕だけ。

 

 ちょうどいい。

 帰るまでの間に少し自分の考えを整理しておきたかったところだ。

 

 双葉の考えを変えると一口に言っても容易なことではない。

 双葉は自分が正しいと判断して決めたことはそうそう曲げないたちだ。軌道修正するのは、考えが正しくなかったと証明されたときか、実行した結果どうしようもなく失敗したときかの2パターンしかない。

 メジエドのときは幸運にも後者のパターンを引けたけれど、予感を信じるなら今回は望めない。

 

(説得術よりは論理武装かなぁ…)

 

 嫌だと思ったからなんて理由では、もう頷いてはくれない。

 なら、双葉の考えが正しくないと証明する必要がある。しかし、嫌がる双葉を無理矢理学校に押し込める正当性なんてどこにあるのだろう。正当な理由が必要だ。こっちに来てほしいというのは僕のわがままなのだから。

 

 学習面で学校が必要ないというのは、おおむね正しい。

 意地悪な言い方をすれば、音楽や体育などの実技はやってきていないし、学級会みたいな集団討論だのは漏れている。けれど、これを指摘したところで、修正案が出てくるだけで、決定的に考えが変わるなんてことはない気がする。

 

 どうすれば、学校が必要だと言えるだろう。

 せっかく学校にいるのだから、専門家に聞くのがいいかもしれない。教師…校長みたいなのは論外として、比較的まともそうな…無難に担任にしておこうか。

 廊下を歩いているのを見つけたので、試しに聞いてみることにした。

 

「先生はどうして学校に行かなきゃいけないか聞かれたとき、なんて答えていますか?」

「…俺は佐倉に答えればいいのか?」

 

 違うだろうと言いたげだった。

 サンプルを求めているならさっさと対象者の情報を出せ、というのを少しばかり丁寧に言っている感じにも聞こえる。それはさすがに被害妄想だけど。

 

「高校生で集団になじめない子がそう言ってきたとします」

「高校に関しては行く義務はないな」

 

 広く聞いたから広く返ってきた。当然だけど。

 細かく聞けばいいだけの話とは分かっていても、自分の考えに正当性がないと思っているだけに話す勇気が足りなかった。自分の理性だけでなく他人にまで否定されたら、せっかくの決心まで立ち消えてしまいそうに思ったから。

 

「佐倉は学校が好きか?」

「まあ」

「そのくらいがちょうどいい」

 

 担任は鷹揚にうなずいた。

 学校の王でなくとも教室の主である人じゃないととてもできそうにない振る舞いだなぁと思う。

 

「学校が好きなやつは3種類いる。

 1、勉強ができる。2、学校に仲の良い友達がいる。3、学校に気に入った先生がいる。何一つないやつがふらっと居なくなる」

 

 担任の表情は授業の時より楽しげだ。

 どこかで聞きかじった話か、実際に見てきた話か、判断はつかないけれど滔々と話している。

 

「人生が楽しいやつも3種類いる。

 1、金がある。2、仲の良い友達がいる。3、趣味がある。共通項は?」

「友達ですね」

 

 社会的なステータス、友達、信じるもの…いや、これは早すぎる一般化だな。具体例2つですることじゃない。

 

「同年代を数百人集めたら、気の合うやつも見つけやすいだろ。それに、外でやるより比較的安全だ」

 

 それに、高校なら入試によって、ある程度学力や生活背景などが同じような人間が集まるようになっている。その点では一生馴染めそうにないけど。

 

「ただ、学校に来ないやつの同類は学校に来ないんだな、これが」

「ですよね」

 

 この路線は難しそうだ。

 

「ありがとうございます」

 

 忙しいだろうに、くだらない質問に時間を取らせてしまった。担任にお礼を伝えて別れた。

 

 しかし、教師というのはすべての子どもに学校へ通ってほしい生き物なのかと思っていたけれど、どうもそうとは限らないらしい。

 まあ、その職業に就いただけで考え方をすべて変えられるなんてことはないか。宗教じゃあるまいし。そっち寄りになるだけだ。

 

 話を聞くなら、一般論についてではなく、個別の事例に対して話ができる相手がいいかもしれない。つまり、事情をよく知っている……佐倉さんとか。

 双葉が外に出られるようになったことを喜んでいたけれど、その先のことを養父である佐倉さんが何も考えていないわけがない。とはいえ、佐倉さんは良くも悪くも放っておいてくれる人だ。意見を双葉にぶつけることはおろか、こちらが聞かないかぎり自分の考えを話すことすらないと思う。

 

 聞いてみよう。

 自分から担任に話しかけるなんて、あまりしない行動をやった直後なので、少し気が大きくなっていた。

 

 

「いらっしゃ…一葉か」

「お客じゃなくてすみません」

 

 ルブランには今日も客はいなかった。

 その割にはコーヒーの香ばしい匂いがしっかり残っているから、常連さんが顔を出した後なのかも。

 

「何か必要な物でもあったか?」

「双葉のことで、ちょっとお時間いいですか?」

「ああ、そっちか」

 

 佐倉さんがカウンターを指指す。貸切なのをいいことに客席に座った。

 

「双葉から今後のこと、聞いていますか?」

「いいや、何も」

「今、双葉はプログラムを書いてるんです。完成したら、企業にそれを送るって」

「ふうん、それで?」

 

 カタンと小さな音を立てて、コーヒーカップが置かれた。飲め、ということらしい。

 豆の賞味期限が近いのかもしれない。こうして消費するくらいなら、品数を減らしてもいいだろうに、そこは譲らない。この感じだとコーヒーの残り香も、客に出したものではなく佐倉さんが自分で飲んだもの由来だったりして。

 砂糖とミルクを投下して、ぐるぐる混ぜる。

 

「身内贔屓に聞こえるかもしれませんけど、双葉の腕は本物です。スカウト、みたいな話がないとも言い切れません」

「就職か……いきなりだな」

「佐倉さんは、双葉の応援をしますか?」

 

 この問いかけには答えなかった。

 態度を決めかねているらしい。簡単に目の前にいる方の味方だと言わないあたり、信頼できる。

 

「一葉は、納得していないわけか」

「はい。

 …引き留めたいんです。できれば、学校に行ってほしい。でも、聞き入れてくれなくて…」

 

 佐倉さんはしばらく黙っていた。

 甘くしたコーヒーを啜って返答を待つ。

 

「なるようになるだろ。やりたいようにさせて、ダメならウチに戻ってくればいい」

 

 佐倉さんはそう言うか。

 少し予想外でもあり、予想通りでもあった。公のために働いていたのに、趣味みたいなお店の店主に落ち着いたのだから、集団ではなく個人の幸せを優先するスタンスにいると思っていた。

 このあたりで、味方に引き入れるための言葉はなんとなく分かった。

 

「双葉になんでそうしたいのか、聞いたんです。そしたら、できるからするんですって。

 自分にその能力があるから、それを発揮するのが正しい、みたいな言い草で」

 

 事実確認は後でいい。感じたままの話で充分だ。

 

「僕は、双葉が好きでやる分には止めようとなんて思ってません」

 

 多分、嫌でも飲み込むと思う。…やっぱり、ちょっと嘘かもしれない。でも、今はそういうことにした。

 

「…若葉も、そういうところがあったよ。こりゃ遺伝だな」

 

 顎髭を撫ぜながら、佐倉さんは笑った。こちらに傾いてきてくれている手応えがあった。

 もうニ、三押して、佐倉さんを巻き込んだ話し合いの場を作れば、数的有利が取れる。……それで折れてくれるとはあまり思えないけれど。

 

 そんなことを思っていると、来店のベルが鳴り、続いて木の扉が軋む音がした。珍しい。お客さんだ。

 

「あれ…? 一葉くん?」

 

 名前を呼ばれて、見れば声の主は高巻先輩だった。というか、怪盗団こと雨宮先輩と愉快な仲間たちの姿があった。

 それと後ろに見慣れないのが一人いる。見慣れないだけで見覚えはあって、少し考えて思い出した。渋谷駅で壁画を眺めていた人じゃないか。

 

 確か名前は…喜多川祐介。

 斑目氏の弟子だそうで、例のネットの玩具事件の後に色々と個人情報が出回っていた。

 接点もない人の改心をするなんて、大変そうだとは思っていたけれど、身内を仲間に引き入れたらしい。

 

「…?」

 

 視線に気づいたようで、長身の彼と目が合った。

 どこにいっても常に斑目氏の弟子として扱われるだろうに、見られていることを自覚して、よく平然としていられる。こっちのほうがたじろいでしまう。

 

 いや、当然か。

 怪盗団メンバーと行動を共にしていて、養父の改心をさせたということなら、相当覚悟が決まっている訳で。

 

「…帰ります」

 

 メンバーがメンバーだ。単に遊びに来たというより、秘密の作戦会議とか、そういうのだろう。

 

「ん? 何か邪魔した感じ?」

「いえ。ごゆっくりどうぞ」

 

 お互いに部外者はいない方がいい。邪魔した自覚はあるらしい坂本先輩の横をすり抜けて、さっさと退散。

 聞きたかったことは聞けたし、後は考えをまとめるだけ。図書館にでも行こうか。考え事なら、参考資料が多いところでするほうがいい。

 

 

 直接的に使えるものはなさそうだったけれど、それでも収穫はあったと思う。

 

 佐倉さんをこちら側に立たせるにあたって口から出した言葉は、自分の中にあったもやもやに輪郭を持たせるような働きをしていた。

 好きだから無駄なことでもやる、正しいと思うから必要なことをやる、その違いなのだ。

 

 学校が好きか、と担任は聞いてきた。

 当然通うものという意識と、実際は通う必要性はないという認識は、大小あれど今の自分の中に併存している。

 当然通うものと思う理由を乱暴なまでに平たく表現すると「好きだから」となる。双葉が言っていたのはこれだ。

 

 僕が好きなことをするのを、双葉はよしとしている。自由になったことを喜べとさえ言った。

 対して、今の双葉がやろうとしていることは「できるからする」ことであって「好きだから」することではない。

 きちんと確かめていないけれど……少なくとも僕は双葉がこの2つを分けているように感じた。

 

 好き以外の動機で行う行為は、そうしなければならない理由があって必要だからすることだ。

 それは、自分の子孫を残すためか、群れの維持のためか、そういった生物としての機能と言えた。ゆえに、とても合理的で美しい行動選択の仕方である。個人的には好ましいと感じる発想のはずだ。

 精度は違っても、僕らの思考パターンは似ている。だから、双葉は反対されるとは露とも思わず、考えをそのまま僕に説明した。

 

(でも嫌なんだよなぁ)

 

 矛盾している。

 普段なら見ないことにしてもいいけれど、双葉はきっとそういうところを突いてくる。

 反対に、こちらが突く隙になる可能性もあった。僕に好きなことをしろと言っておいて、自分は例外だなんて通るものか。

 

 僕は双葉に自由になってほしかった。

 けれど、自由にするのはあくまで手段で、その根底には双葉が幸せになってほしいという気持ちがあった。

 これが否定されたことが、双葉の態度にショックを受けた原因と考えられる。

 

 いったんこの前提で考えてみることにした。

 双葉は自分の個人的な幸せを得るより、生物本来の機能のみを果たそうとしている、とする。

 

 自分の、または自分に似た遺伝子を残す事が生き物にとって唯一の目的とされるのが現代の通説。だから、自己の生存および繁殖はもちろん、家族のような似た遺伝子を持つ群れ、ひいては同種を優先する。

 けれど、脳を発達させた動物は、時折それに反した行動をとる。

 

 一時期調べていたことを記憶の奥底から引っ張り出して、ついでにその時の参考資料も本棚から回収してみた。名著なので大体の図書館にあるし、古いから今さら借りる人も少ない。内容は覚えているけど、本の重みが欲しかった。

 前提の話はこの本で良さそうだ。生き物の本体は遺伝子で、僕らは乗り物に過ぎない。批判も多いけれど、おおむね正しいと思う。

 後は反例。付近の本棚を眺めても、書籍ではあまりまとまってなさそうだったのでネット上の論文か…まあ記事でもいいか。スマホで検索をかければ、すぐにそれらしいページが出てきた。

 

 例えば、哺乳類や鳥類では血縁関係のない子を養子に迎えることがある。

 中には自分の子と誤認している場合もあるだろうが、子を相手の親から奪って育てる例もみられることから、自分の子でないと認識していてなお育てる場合があると分かる。

 他の親から子を奪う行動は、自分の身を危険にさらすリスクを上げ、本来不要な養育コストを支払う非合理的な行動だ。

 しかし、それでも実行するのは「好きだから」という理由に行き着くのではないだろうか。

 

 もとは本能的な行動だろう。

 子育てが好きな個体の子孫は残りやすく、子育てが嫌いな個体の子孫は残りにくい。単純な自然選択の結果、子育てが好きな個体が増えたはずだ。そのうちに、その本能が強く発揮されて育児欲が異種の子にさえ向く個体も出てくる。

 狩猟に使ったりネズミの番をさせたりする目的もないのに、犬や猫を飼う人間がいるのはこの要素もあると思う。

 

 思考が逸れた。

 とにかく、脳が発達した生き物の場合、自分に似た遺伝子を残そうとする行為に幸せを感じるだけでなく、幸せのために無駄どころか負担になる行為をしてまで自らの欲求を満たそうとする面もある。

 つまり、生物本来の幸せではなく、個体の幸せを選べるということ。

 

 「できるからする」だけの行動は美しいけれど、あまりに非人間的すぎる。

 それはもっと…あまりこういった表現はしたくないけれど、下等な生き物の在り方だ。人は高等であるがゆえに、わがままに出来ている。

 

(…だから、嫌だったんだ)

 

 同時に惹かれるものがあるのも事実である。

 けれど、それは標本箱の昆虫をうっとり眺めるような、必要な機能を備えながら小型化に成功した機械を褒めるような、よくできた仕組みに対しての評価と言えた。そんなものを人に向けるのは、あまりに酷いように思える。

 

 人は人間でもあり、ヒトでもある。

 哲学から捉えた人間と科学から捉えたヒトは同じ姿をしていないかもしれない。もっと細かく分けることもできるだろう。どの認知の枠組みで人を見るかによって変わる。母の研究をのぞき見してた僕らには当たり前の話。

 どれが絶対的に正しいということもない。ただ、どれかのみに偏重するのは間違っている。

 

 双葉は高等生物らしくわがままでいることを軽視しすぎだ、と指摘できるかもしれない。

 

(でも、これだと学校に行かせたいことの正当性にはならない)

 

 この理屈でわがままの存在を許容することはできても、それは相手も同じ。

 「できるからする」のが「好きなこと」で、自分のわがままだと言われた瞬間に破綻してしまう。それに、相手のみが個体の幸せを得ることを望むわがままさや、学校に行きたくないと駄々をこねるようなわがままさを認めるということになる。

 程度の問題だと言い張るには、どこからアウトにするべきかという線引きも難しい。公共の福祉に反していない、なんて現代日本で最も標準的な線引きを持ち出されたら確実に負ける。

 

 

 …双葉の発想の外にある物の見方を取り入れるのはどうだろう。

 生物の話を持ち出して考えたのも、多少そういう意図があった。情報系に特化した双葉にとって、生物分野はそこまで詰めて考えていない思考の空白地帯だ。

 

 同じ土俵で戦ったとして、双葉に勝てる道理はない。頭の出来で言えば完全に僕の上位互換なので。

 僕にある武器としたら、双葉がまだ知らない分野の知識か、ここ数年双葉が完全に断っていた人付き合いの経験あたり。

 

 もう少し、色々な人の考え方を取り入れてみよう。得意な方ではないけれど、双葉よりはできると思う。

 知らない人に話しかけてみる、なんてミッションも同時にこなせるかもしれない。

 

 ひとまず今日はここまで。

 参考資料とその他面白そうな本の貸し出しの処理だけして、家に帰ることにした。

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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