双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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十二国記なら泰麒が好き。
特別な個体に目がないので初投稿です。




47駅目 不可視の壁

 

6月12日(日)

 

 

「双葉、そろそろお昼食べるでしょ?」

「んー……お湯だけあればいい」

 

 カップ麺で済ませる気だな。そんなことだろうと思って、魔法瓶にお湯を入れてきていた。

 

「置いといて」

「うん」

 

 小気味よい打音を響かせながら打ち込まれていく文字を眺める。

 中身は相変わらず不明。知らないうちに新しい言語を習得していたようで、何をやっているのか理解できない箇所がいくつもあった。一度読めば覚えられる双葉には仕様書など不要。特に何も見ずに書いているのもあって、とてもついていけそうになかった。

 

「楽しい?」

「普通」

 

 普通ってなんだろう。平坦な声音からは何の情動も読み取れない。申告通り、楽しいわけではなさそうなことは何となく分かる。

 

「何? 遊ぶ?」

 

 双葉は画面を見つめたまま言った。

 

「いや、忙しそうだしいいや。ね、それ、完成したらどこに送るかだけ教えて」

「分かってる。見えてる地雷は踏まない」

 

 少し前に起きてからずっとこの調子だ。部屋にいることを鬱陶しがられたりしないし、何なら何かするかと誘ってきたりもするけれど、なんというか…双葉がこちらを向くことはないのだ。気持ちも含め。

 

「ちょっと出掛けるね」

「おけ」

 

 特に行く当ては決まっていないけれど、ここに居たら文字と数字の海で溺れそうな気がして外に出ることにした。

 

 

 ひとまず四軒茶屋の駅まで行こう。のんびりするなら近所でない方がいい。顔見知りの相手をするのは少し面倒だ。

 途中、ルブランの前を通ろうとしたときベルの音がした。見ると、大きなキャスターバッグとともに昨日の青年が店を出てきたところだった。

 何もなかったように通り過ぎようとして、呼び止められた。

 

「君は昨日の…すまなかったな」

「?」

 

 ほぼ初対面の人間に、何か謝られるようなことがあっただろうか。

 

「マスターと話していただろう?」

「ああ…いえ、構いません」

 

 双葉がいるところでは話しづらいからと店を選んだ時に、途中で客が来る可能性は考えていた。その客が怪盗団とは思わなかったけど。

 

「今なら彼も寝ている」

 

 青年は荷物を引いて道を開けた。

 昨日の続きをするつもりではなかったのだけど、ちょっとした厚意に対してわざわざ不必要だと断るのも悪いかなと思って、会釈だけして店に入った。

 

「なんだ、忘れも…一葉か」

 

 やはり入るべきではなかったかもしれない。いつもより少しトーンの高い声が、あの青年との話が楽しかったのだろうと思わせた。

 

「?」

 

 店に入ってすぐ、右手の壁に日本画が飾られている。

 絵の中の女性が赤ん坊を抱いている。子を見やる目元が優しくて、これ以上視界に収めていたくないと思った。斑目氏が盗難被害にあったと虚偽の申告をしたというサユリによく似ている。オマージュとかそういうのかと一瞬考えて、違うと思い直した。

 あれは僕と双葉にとってのアルバムみたいなものだ。持ち主は言うまでもなく、さっきの青年だろう。ここに掛けていていいものなのだろうか。

 

「これか? あいつの知り合いが飾ってくれって置いていったんだよ」

「…そうですか」

 

 佐倉さんが飾ると決めたならいい。

 

「昨日の続きか? それか、単に家にいるのが嫌だったか?」

「まあ、はい。…邪魔ですね、僕」

 

 特に話す用もないのに。けれど、一度入ってしまったし、すぐに出ていっては先の青年と鉢合わせてしまう。ならばと別の用を作ろうと思い至ったけれど、特に案は浮かばなかった。

 

「一葉、上にそろそろ降りてこいって伝言頼んでいいか?」

「あ、はい」

 

 気を使われているのだけ感じ取って頷く。こういうことをさせるなら、店に用はないと言って、初めから街にでも出ていればよかった。

 

 

 久しぶりに上がった屋根裏はずいぶん広かった。物置だったときは色々なものにスペースを取られていたから気づかなかったみたい。

 全体的に古びた木材色の空間だけど、棚やら机やらソファやらが置かれて、何とか部屋の体をなしている。

 

「雨宮先輩いますか?」

『にゃっ!?』

 

 階段付近で丸くなっていたモルガナが飛び起きて、尻尾をピンと立てた。実に猫らしい響きの悲鳴は聞かなかったことにしてあげた。

 雨宮先輩の方は、階段を上がってきたこちらを見て、いつも通りの顔をしている。訂正、寝癖でトサカみたいなのが形成されている。ほとんど今起きたばかりといった様子。

 

「驚いた」

「そうは見えませんけど。

 佐倉さんがそろそろ降りてこいって言ってましたよ」

「寝坊した」

 

 昼過ぎまで寝坊するとか、昨夜は何をしていたのやら。それなりの重量感のある話題が選出されそうな人の組み合わせに思えた。

 

「お泊り会だったんですね。店の前で昨日の人に会いました」

「祐介と?」

「はい。斑目氏の弟子なんて、どこで捕まえたんですか?」

 

 知っていることは開示しておいたほうがいい。説明の手間が省けるし。あと人の驚く顔はちょっと面白い。雨宮先輩の場合、いつもの鉄面皮のままだけど。

 

『おい、全部知られてるじゃねーか!』

「全部知らないから聞いているの、分からないかな」

『一々癇に障る言い方しやがって…』

 

 雨宮先輩は毛羽立っているモルガナを回収して、ベッドの上に降ろしてから戻ってきた。

 モルガナはしばらく憎らしげにこちらを睨んでいたけれど、話の輪に戻ってくるつもりはないようで、やがて丸くなった。猫らしくふて寝を決め込むつもりらしい。

 

「向こうから杏に声をかけてきた」

 

 そう都合よくいくものだろうか。認知世界の住人の作為を感じる。

 

「今日はメメントスの探索に行く」

「協力しますね」

 

 以前協力を申し出たから、その誘いだ。

 今さら用のあるところではないけれど、認知世界が興味深いのは事実だし、約束を違えるのは不誠実だ。それに、そろそろリャナンシーが空腹を訴える頃だ。

 そういえば、今の今まで完全に頭から抜けていたけれど、雨宮先輩たちにも状況が変わったことを伝えておいたほうがいい。助けてあげようかと言われたのを、わがままで猶予を貰っていた訳だし。

 

「あの、前に言った…助けたい人がいるって話、いったん決着はついたんです」

「含みがある言い方だ」

「鴨志田先生の時も斑目氏のときも、事後処理はまだ終わっていないでしょう?」

 

 まだ裁判も始まっていないし。余罪を調べたり裏を取ったりで忙しくて、全てが一段落するには向こう数年かかる。

 

「気に掛けていただいて、ありがとうございました。後で合流しましょう」

「渋谷の連絡通路で」

「はい」

 

 この感じだと、準備にもうしばらく時間がかかりそう。けれど、ひとまず行くところができたおかげで気は楽になった。

 

 

 

「なんで非戦闘要員がいるんだよ」

「協力者を連れてきた」

 

 渋谷の連絡通路で屯する若者…少し前に嫌煙していた存在に自分がなってしまった。道行く人たちは、一人でいるときの僕みたいに群れを無視して歩いていく。

 

「確か、向こうのこと独自に調べてたんだっけ」

「役に立つのか? ペルソナもないやつを連れて歩くとか、フツーに危なくね?」

「だが、代わりに仲魔というのがいるのだろう?」

 

 昨日あっただろう作戦会議で情報共有されていたらしく、こちらのことは既に新メンバーも把握していた。だから店の前で会ったとき声をかけてきたのかと今更ながら思った。

 

「パレスはともかく、メメントスの探索は怪盗団よりしてきています」

『ものは試しだ。ダメそうなら叩き出すからな』

 

 リーダーに追随する形のモルガナの発言が後押しとなって、ついていく流れになった。

 駅の中はパレスよりずっと法則性があって不確定要素が少ない。危険予測がつきやすい分、まだ安全な方と言えた。

 

 

 

『待て、なんだか様子が変だ』

 

 作戦会議後。メメントスに入ると、すぐに黒猫が声を上げた。

 

「そうか? 何も変わんね…ん?

 なんか、イセカイナビが反応してないか?」

 

“最深部に新規エリアが確認されました。案内情報を更新します”

 

 坂本先輩が指摘したように、イセカイナビに何か通知が来てアナウンスが流れる。どういう仕組みかは…考えないことにした。製作者(仮)に見られているのだろうな。

 

「これは?」

「また、行ける場所が拡がったみたい。斑目のパレスを消滅させたからなんだよね?」

「たぶん、そうだぜ…たぶん…」

 

 また、ということは以前にもあったのだろう。鴨志田先生の件だろうな。斑目氏の件で報道されて知名度が上がり、人々の心のなかに存在することを許されて、入れるようになったと言いたいらしい。

 

「随分と曖昧だな。どのくらいの広さなんだ? この、メメントスっていうのは?」

「それは…」

 

 黒猫は口ごもる。てっにり、ここ生まれの存在だと思っていたけれど、あまり詳しくはないみたい。

 リャナンシーの方が分かっているかもしれない。傍らの妖精を見やる。特に何も話す気はないらしく、怪盗団の新メンバーこと喜多川先輩の観察などをしている。見ているだけで実害はなさそうだから放っておこう。

 

「メメントスは広さより深さがありますね。渋谷を中心に縦穴の構造をしているイメージです。階層で言うなら66階までは把握しています」

 

 パレス同様、現実の場所とメメントス内部の場所には相互関係がある。どの場所から地上に出ても、渋谷からさほど離れないのはわりと初期に気づいていた。

 

「モナより詳しいじゃん」

『ワガハイだって……! 見ろ!』

 

 たちまちのうちにモルガナは姿を変え、ミニバスになった。

 

「あー……やっぱり猫なんですね」

『猫じゃねーし!』

「でも猫じゃなかったらバスにはならないでしょう」

 

 完全に映画のそれと同じにはならないみたいだ。中は毛まみれではないし、ちゃんとドアもある。

 先輩たちに続いて乗り込むと不満げに車体が揺れて、ガソリンもないくせに走り出した。“車”だから当然走るのだろう。それっぽい“翼”でも着けたら飛べるかもしれない。こんな閉鎖空間で意味があるのかはさておき。

 

 

「反応はこの階からだな」

「この手合いは巣を構えている事が多いので、行き止まりを確認しましょう」

 

 今までの分岐の感じから考えられる路の走行を紙に書く。半信半疑で受け取った先輩たちだったけれど、一応使ってくれるらしい。

 

「…合ってる」

 

 無事、“巣”に辿り着いた。

 今まで地面を這っていた線路がねじれ、奥に吸い込まれるみたいに螺旋を描いている。だいたいこの奥には厄介な認知上の存在がいる。

 

「何で分かるの?」

「経験則です。路の分かれ方には決まりがあるので。

 後は先輩たちの仕事ですね。僕はここで待っているので」

 

 リャナンシーはつまらなさそうにしているけれど、中には身を隠す場所もほとんどないし、大体彼女によって瞬殺…の一歩手前まで叩きのめされてしまうので、悔い改めさせるという過程が発生しなくなってしまう。妖精とふたり、怪盗団の帰りを待つべきと言えた。

 待っている間、妖精はたまにやってくる化物を干枯らびさせて退屈を凌いでいた。これを認知上の人間相手にするのは、やはり良くないだろう。

 

 

 徒歩では時間がかかるところも足があると早いものだ。地図を描くのが追いつかなくて、途中から口頭で路を教えることになったくらい。

 

「次のターゲットはもっと先みたいだぜ?」

「でも地図だとここで行き止まり…ううん、この壁は壊せるやつ」

「えっ…?」

 

 嫌な予感がして、逃げ出そうと思ったけれど車の中では逃げられない。

 

『任せろ!』

 

 雨宮先輩はアクセルペダルを全開で踏みこんだ。〇☓のクイズ番組じゃないんだからそれはないでしょ。恐ろしいスピードで壁が迫ってきて、身を硬くした。衝撃とともに、薄いコンクリの壁は粉々に砕ける。

 

「…次それやるとき、先に降ろしてくれませんか?」

「あ、ごめん。つい」

『おい、宝箱だ!』

 

 なんでこれで平然としているんだろう。やり慣れてるからだろうな。危険運転反対。

 

 ある程度進むと、層の切り替えポイントとなる駅のホームみたいな空間に出た。

 両側には電車が走っている。両方とも当然のように奥に進む電車なのが嫌な感じだ。

 

「一葉くんはここに居て」

「はい」

 

 中央にはターゲットと思われる人影。ここを“巣”にしているらしい。前に出たがっているリャナンシーを引き留めて、怪盗団に舞台を譲る。

 

 

 ややあって、方がついたみたいだ。

 人影が光の粒みたいになって消えていったのを見届けてから、エスカレーターのすぐ前で立ち止まっている怪盗団に合流した。

 

「うお、やったぜ」

「これってやっぱり、私達がみんなに認められたからなんだよね?」

「その筈だ。さあ、入ってみようぜ」

 

 今まではこの先に入れなかったのだろうか。いつもと変わらず、エスカレーターが並ぶだけの空間に見える。

 この先に行けないとはどういうことだろう。不思議に思ったけれど、ひとまずは先を行く怪盗団に遅れないようにすることに集中したほうがよさそうだ。あまりバラけると同じ階の別の空間に出てしまうかもしれない。

 

「な…なんか…今までと雰囲気違う?」

「ここからは新しいエリアって事だな。なんとなく、構造が分かって来た…」

「ああ…まさか地下鉄の中とはな…!」

「今かよ! そこじゃねぇよっ!」

 

 深く潜るごとに、メメントスは駅の体裁を保てなくなっていく。ここはまだマシな方。

 それからも何層も進んで、この層の最深部まで来た。

 

 途中、暗闇の階や花を集めている少年に出くわしたけれど、たまによくあることなので気にしないことにする。

 それにしても、あの見るからに人間ではない少年は何なのだろう。こちらの存在は話をしても要領を得ないことが多くて結局何者なのか分かっていない。

 

「見ろ! あの壁だ! 開くか調べてみようぜ!」

「奥に行きたいならエスカレーターを降りればすぐですよ?」

「いや、お前何言ってんの? 壁があって進めないだろ」

 

 壁とは。

 ホームの奥まで進み、ちっとも動かないエスカレーターに乗ってみる。

 

「えっ、ちょっと、待ってよ!」

 

 声に振り返ると、高巻先輩がパントマイムみたいに宙を叩いている。なるほど、壁。

 怪盗団はこの先に行けないらしい。これでは深部の探索はまだできそうにない。一度ホームに戻る。

 

「わっ、戻ってきた」

「…少なくとも僕には壁なんて見えませんし、行き来ができないなんてこと、一度もありませんでした」

 

 怪盗団が大衆の一部ではないものと定義づけられてしまっていることに要因がありそうだ。

 身内ではないから通れない。その割に化物たちは顔パスなのが…いや、彼らはめったに層をまたがないけれど。どこでも見るのは鎖のあいつくらいだったか。

 

「僕が通れるのは怪盗団ではなく、大衆側だからでしょう」

 

 黒猫の耳がへたりと垂れた。

 

『どうやら、もっと大衆に受け入れてもらわなきゃ駄目みたいだな…』

 

 怪盗団の人気はあくまで局所的なものだ。若者と若者の気を引きたい連中の間で、ネタとして使われるくらい。まだ誰もに存在を確信されるほどとは言い難い。

 

『なあ、この先に何がある?』

「線路が延々と続いた先に、大穴を見ました。行ったら帰ってこられないって思って引き返しましたけど」

「なんだそれ」

 

 一番奥まで行こうという試みは何度かしていた。

 大抵は身の危険を感じて撤退するのだけど、一度だけ突き当たりまで行ったことがあった。階の移動を繰り返して、化物のいない面や一本道の面、下の階へ続くホームが近くにある面が出るまで粘って、運がいい日に丸1日費やしてやっと辿り着いた場所だ。2度目は辿り着けるか自信はない。

 それが入学直前の話。あのときは帰路で結構苦労して、苛立ったリャナンシーに色々と吸い上げられた結果、復活までかなり時間がかかってしまった。

 

「今日のところは引き上げよう」

「了解」

「まーた足止めかよ…」

「みんなお疲れ」

 

 現実の渋谷駅に戻り、すぐに解散の流れになった。

 日が長いせいでまだ明るくて勘違いしがちだけど、気づけばもういい時間だ。これから帰ったら夕食時になる。

 

「また必要があれば呼んでください」

「声をかける」

「はい」

 

 先輩たちに別れを告げて、帰ることにした。

 

 

 

 

「で、あれはどう見る?」

 

 栗毛の頭が完全に人の群れに紛れた後、祐介は他メンバーに問いかけた。 

 

「認知世界に初めて入ったとき、短時間でもかなり消耗した。生身の人間が長居していい空間ではないだろう?」

『そのことか…』

 

 モルガナは低く唸って応じる。

 

『ワガハイたちも分からない。

 それとなく聞いてみたが、どうもあいつは生身の人間にとって認知世界はキツい場所だという認識もなさそうだった』

 

 メメントスに侵入してからおよそ2時間、一葉に疲労の色はなかった。移動はモルガナに乗り、戦闘から離れていたとはいえ、認知世界にいたと考えれば異常なことだと祐介は感じていた。

 

「でも、一葉くんにパレスがないことは確認してるよ。ナビで検索かけても引っかからなかったから」

「わかるのは歪んだ欲望がないってだけだけどな」

「悪人でもなく、怪盗団への敵対意思もないなら、協力者として側に置く方がいい」

 

 杏、竜司に続き、蓮の発言を受けて、祐介は静かに頷いた。

 

「そうか。余計な世話だったようだな」

『いや、助かるぜ。

 それじゃ、本当に解散だ』

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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