我が家のお稲荷さま。ならシロが好き。
手に入らない女によって性癖を歪められるショタになりたいので初投稿です。
6月13日(月)
双葉とほとんど顔を合わせずに週明けを迎えた。
いや、締め出されているわけではないし、遊びに誘って作業の邪魔をする牛歩作戦の亜種みたいなことをしてもいいのだけど。双葉みたいに何かに振り切る勇気もなく、結局どっちつかずの態度のまま時間だけが過ぎていった。
このままではいけないと思う。
ゲームの強制スクロールステージじゃないけどチリチリ焦がされるような危機感もあるし、シム系ゲームでリソースの使い方に失敗してあとから困っている時の感じもある。
とにかく、何もしないのだけはダメだ。それで事態が好転するかもと待っていた数年という時間は楽なものだったと今では思う。
(人と関わるにしても…どうやってやるんだっけ?)
脅かされないこと、見つからないことを優先していた時間が長すぎて、正反対に人の群れに飛び込むことへの躊躇が生まれていた。というか、単に怖気づいている。
失敗しても死なない。でも、その後の関係に尾を引くことを考慮すると、どうしても。学校の人より縁が切れやすい知らない人に話しかけたほうが楽だと思ったから、飯塚さんはああ言ったのかもしれない。意味わかんない方向の度胸だけど。
この辺りで名案が浮かんだ。
自分でわからないならわかる人に聞けばいい。いつもの他力本願だ。それなら、異様に顔が広いのが身近にいる。
「矢嶋ってさ、放課後何してるの?」
「放課後?」
「真っ先に帰るでしょ」
「あー……帰ったり帰らなかったりしてるな」
考えてみれば、矢嶋も不思議な奴だ。
何かの部活でも入ればそれなりにやれそうな気はするのに、特に何に所属するでもなく広く浅い交友関係を保っている。どの群れにもふわっと適応するし、おまけに同年代という気がしないくらい周囲をよく見ている。
「てか急になんなん?」
「いや、宿題で」
飯塚さんからの無茶振りについて、簡単に説明する。
「完全に理解した。
めっちゃ言いそう…。なんかごめんな、悪気は結構あると思う」
「知ってる。仲が良いわけじゃないし」
「出た、同族嫌悪。方向性はともかく目的地は一致してるタイプの」
それは同族なのか?
加えて言うと目的地は違うと思う。飯塚さんは演技を目的としてるけれど、こっちはあくまで何かに使えるかもと思ってやっているだけだし。
「それはそうと双葉さんのことはいいのか?」
「ややこしいんだけど、それとこれと両方、道が一緒みたいで」
今のままでは双葉の決意を覆せる要素がない。
となると、他の人の知恵を借りたいわけで、それには普段深く関わらないタイプの人と話してみるのがいいだろう。
概ねそういう事を言ったら「人付き合いってそうじゃないじゃん」とごもっともな意見をもらった。違うことは認識できるけれど、違いを簡単に分かってた頃のことをもう思い出せないのだから許してほしい。
「樋口はさ、双葉さんに学校へ行って欲しいって言うけど、なんで?」
「そうしてほしいってわがまま…?」
それも、前世(仮)ならはっきり答えられたのだろうか。
「ふわっとしてるなぁ」
「だから今そこを固めてる。論理武装の材料探し中」
「絶対頭が先行するわけね。
いや、双葉さんが原液で、お前が薄まってるなら、理屈から行った方がいいのか……うーん」
理屈から行く時点で、双葉に優位なのは間違いない。だからといってそれ以外で押し切れるほど、それ以外の部分がしっかりしているわけでもない。
だから、矢嶋に聞いているのだけど、全然伝わっていないらしい。たぶん説明が下手すぎた。
「別の系統の考えが欲しいかな。普通に話すのじゃ逆立ちしても敵わないし」
「尻に敷かれてるってこと…?」
「部分的にそう。平たく言うと、もう少し矢嶋寄りの発想ができるようになりたい」
「? 分からないけど分かった」
途中式の理解はないけれど、答えは分かってくれた感じの反応を得られた。
「とりま、俺がたまに行くところ着いてこいよ。なんかの足しにはなるだろ」
放課後、とにかく急げと言われて連れられてきたのは、大きな通りからかなり外れたところにある謎の店舗だった。馴染みのある匂いが鼻をくすぐった。
「カレー屋?」
「そうとも言う」
「?」
カレーの絵がデカデカと描かれている看板を掲げた建物がカレー屋でないはずがない。
そうとも言うってなんだろう。入ってみれば分かるか。矢嶋に続いて店に入った。
「こんにちは」
「あらぁ、久しぶり。そっちはお友達?」
「こんにちは…?」
想定よりもアットホームな感じな応対だ。
都会らしく店はそこまで広くない。客席数もかなり絞ってるみたいで詰めればもう数席増やせる感じだ。
見つけにくいところにある割にはお客さんがちゃんと入っているみたい。驚いた。はっきり言ってルブランとは比較にならない。あっちは一応通り沿いなのに。
他の店員さんに案内された卓についた。
「ご注文はお決まりですか?」
「ポークカレーふたつ、お願いします」
「承りました」
メニューを見る間もなくさっさと矢嶋は注文をしてしまった。
「この時間はほぼこれしか残ってないから。
てか、規定数完売につき営業終了?になってなくて良かったわ」
メニューを改めて見ると4種類、ポークカレー以外は全部売り切れって…。
「あ、食べるだろ? 奢る」
「いや、逆でしょ。こっちが頼んだ側だし」
「じゃあまとめて払うから後で小銭くれ」
「うん」
先の店員さんが、車椅子を押してやって来た。車椅子に乗った恰幅のいい女性がにこにこしながらこちらを見ている。
「ずいぶん大人げになったねぇ」
「高校生になりました」
「あらぁ、早いわねぇ。もうそんなになるかしら。ふたりは同じ学校なの?」
「はい」
「そっかぁ。頑張ってるんだねぇ」
車椅子の女性が、体と一緒に車体を揺らした。満面の笑みを浮かべているので、喜んでいるらしいということだけは伝わった。
「うふふ」
「仲良しさんに仲良しさんがいて嬉しいねぇ、みやさん」
「うふふふ」
反応に困っていると、矢嶋はみやさんと呼ばれた女性を手で指した。
「看板娘なんだ。みやさんが笑ってるの見ると元気になるって評判」
「若い子が来てるからご機嫌なのもあるのよねぇ」
「そうなんですね…?」
どこまで同意していいんだろう。困惑したままいたけれど、2、3毒にも薬にもならないような言葉を交わしたら、彼女らは席を離れた。
それ以外は普通に届いたカレーを食べて、普通にお会計をして店を出た。
「あそこはさ、いわゆる作業所ってやつなんだわ。あれ、違ったっけ。しゅーぎょーしえん? まあそんなの」
店を出て、しばらく歩いてから矢嶋はポツリと言った。まあそうだろうなとは思っていた。
「…福祉的なやつ?」
「そう。
店っていうか、お店屋さんって雰囲気だろ? 営業時間も短いし」
「よく見つけたね」
ホームルーム後、わりと急いできたから間に合ったけれど、もうすぐ営業終了時間だ。そうでなくても売り切れで閉店するなら、狙って行かないと行けない場所な気がする。
「いや、見つけたっていうか…、うちの母親が利用者だった縁でたまに来てるの」
さらっと重大なことを言った。
「母方の血筋が気性難っての? 母親も漏れなくそういう感じでさ、最初は一般で働いてたらしいんだけど、色々あったわけよ。
今は歳も歳だし専業主婦。なんやかんやで昼夜逆転生活中。父親は仕事忙しいし、俺と姉ちゃんが窓口職員って感じ?」
「初耳なんだけど」
家の話題は避けていたし、向こうもしなかった。したとて姉の話がちらっと出るくらい。
「言いふらす趣味ないし。樋口もそうだろ?」
「まあ、そうだね。…僕はいいんだ?」
「何かさ、お前の事情だけ一方的に知ってるのって何か気まずくね? こう、フェアじゃないって言うか…」
最後の方はもごもごと言い淀んだ。
「信用できるだろ、同類なら。
…じゃなくて、今回は身の上話するために来たんじゃねぇの。ちゃんと聞けよ。俺これからいいこと言うからな。……たぶん」
「不安になるならなんで自分でハードル上げたの?」
「なんとなく…?」
違う。ハードルを下げたんだ。台無しになるようなことを言えば、力関係が決まった盤面をリセットできるから。あと照れ隠し。
だから、おふざけに乗ることにした。
「あの店の人は、みんな働くのが好きなんだって。いろんなお客さんが来るのが嬉しいって言ってた。
うちの母親には合わなかったけどな」
そういう人もいるよな、なんて今日の天気の話くらいの気軽さで言う。
「時代が時代だったら、あの人たちは家に閉じ込められてた訳よ。一人がいいってタイプかどうかに関係なく。
そんな人たちが生き生きしてるのは働いて、お客さんと話して、頑張ってるからだって思うわけ」
道をすれ違う人がいて、この辺りの道も分からないから矢嶋の後ろについた。それっきり隣には戻るに戻れなくて、さして人通りも多くない道を歩いていく背中を追いかけるだけになってしまった。
矢嶋はわざわざ足を止めて振り向く。
「それってすごいことじゃね? なんか、人間のいいところ全開で」
すぐに頷けなかったのを、今後ずっと後悔すると思った。
だから冷たいって言われるんだよ。いっそ本当に何も分からなければいいのに。
矢嶋は人間というものを信じ切っている。知ってたけど。改めて見せつけられると圧倒されてしまう。
人と人の繋がりは思っているより重要な要素なのかもしれない。ヒトが群れで暮らす生き物である以上、群れにおいて役割を果たすことが幸せだと本能に組み込まれている。
「お前はさ、多分そういう事が言いたいんじゃないの?
楽しいことってさ、何を差し置いても大事にしなきゃだろ」
全部に当てはめるのは無理だとか、それで勉強が後回しは駄目でしょとか、言いたいことは色々浮かんだけれど、そんな弱い言葉は口に出す前に全て霧散した。
矢嶋の見ている世界は、こういうものなのだ。
「…なんか、ちょっと分かった気がする」
「そりゃ良かった。また一つ親愛度上限解放した感じあるわ」
これを引き合いに出して双葉を説得できるビジョンはこれっぽっちも浮かばない。しかし、双葉が全く触れてこなかった方向の話ができるようになった…筈だ。
「ごめん。今まで矢嶋の気に障ること言ってたかも」
「そんなもんだろ。ホントに嫌なら縁切るし」
「しないでしょ。多分」
矢嶋が時間を見つけては人に絡みに行くのを、何をやっているんだとはもう思わない。信条なのだ。その世界に生きていないものが、価値を否定するべきではないこと。
至極当たり前で、簡単な話だ。小学校の道徳の教科書に載っていそうなくらい。
6月14日(火)
「私に話しかけるということはようやく宿題が済んだのかい?」
練習があるからと早々に空席となった芳澤さんの席を、飯塚さんは顎で指した。大変偉そうだ。そう見えるようにしたいらしい。
「いや、全然」
「嘘だね。君の性格上、何一つ達成できてなかったら私のことを避けるはずだ」
図星を突かれた。
矢嶋が連れて行ってくれたことで知らない人と話したのは、自分から関わりに行った判定外な気がして、全然と言ったのを飯塚さんは分かっているみたいだ。
「なんで言い切れるのさ」
素直にそうですと言うのがちょっと悔しいので、証拠を出せと粘ってみた。
「役作りの応用かな。…ま、今のは当てずっぽう8割だから気にしないでくれ」
「ええ…」
「自信満々に言い切られると、そんな気がしてくるだろう?」
それっぽいことをそれっぽい人が言えば、本当だと思わせられると。なんか詐欺の手法を聞いているみたいだ。
こういう小技も、うまく使えないだろうか。飯塚さんほどでないにしろ、学校にいる時の自分としてキャラを作る人は結構いる。
そんな感じで、素の僕でないキャラを作って、双葉の説得にあたるというのは…いや、家族となると一緒にいる時間が長いだけに難しい気がする。パレスの僕はほとんど素の僕だったし、こと双葉相手では看破されそうだ。
「けどさ、追い返されるとは思わなかった?」
飯塚さんのことだ。意欲があると示せば、何かしらの道は示してくれると踏んでいた。
「指令としては、普段関わらない人と関わりに行け、あるいは特定の人と一定以上の親密さを獲得しろってことでしょ?
だから、飯塚さんと関わろうかと」
「ふむ…知らない人と話をしろというのはハードルが高かったので降参です、か」
「どういう耳してるの?」
大体合ってるけど。
飯塚さんは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「矢嶋だろう?」
「昨日の話聞いたの?」
「知らないさ。
だが、子役希望くんと出かけると連絡を寄越してからずいぶん機嫌よさげだったからな」
飯塚さんはどこまで知ってるんだろう。矢嶋のこともこっちのことも。
何も知らないというのも本当に思えるし、芳澤さんのことをほとんど真実に近いだろう形で知っていたみたいに、全部知っててもおかしくなさそうだ。
「望んでいた展開じゃないにしろ、愉快な気分にはなったから今回は特別だ。遊んであげよう」
考えても仕方ないか。
ひとまずの合格点に達したようで、飯塚さんのことを教えてもらえるらしい。
「指南の続き…じゃないよね」
「当たり前だろう。納得いく形で課題を達成できたら、次のステップに進んでやってもいい」
だと思った。
飯塚さんに連れられてきたのは、少し離れた駅のそばにある小さめの劇場だった。
「観劇?」
「ハズレ。今日の演目は漫才らしい」
「…守備範囲広いね」
飯塚さんはにこりともせずに言う。
「私も好んで見るわけではないがね。運のいいことに偶々やっていたのだよ。
こういうところを借りて何かするのも面白そうだと思わないかい?」
「借りられるの? こういうところって」
「当然。
劇場だからといって、劇だけやっているわけではないし、プロの公演だけで成り立っているわけでもない。…ほら」
携帯の画面を見せられた。
劇場のホームページをお気に入り登録している人を初めて見た。あまり大きなホールではないからか、時間数千円ほどで借りられるらしい。
今日のも大学の漫才サークルがやっているイベントらしく、入場無料だった。
「私たちはどこまで行ってもクラスの集まりだから、学年が上がったら解散になるだろう?」
部活ではないから、いつでも集まれるという良さはあるけれど、それがなくなったら飯塚さんの言う通り、やらなくなると思う。そもそもクラスを安定させるための組織だったわけだし。
「記念ライブみたいなことをしたいって?」
「そうそう。クリスマスライブとかいいんじゃないかな。ま、その辺りは埋まりがちだから時期はずらしてさ」
「…それクリスマスライブじゃないのでは?」
「細かいことを気にするね、君は。ハロウィンが終わったら12月…クリスマスだぞ」
商業施設ではそうかもしれないけども。イベントらしいイベントがないがために存在までなかったことにされた11月に黙祷。
席はかなり空いていたけれど、まるっきり見手がいないわけではかった。たぶん身内ばかりなのだろうけれど。
「満足満足」
部員たちの最後の挨拶までを見終えて、飯塚さんは席を立った。
「そんなに笑ってたっけ?」
「君ねぇ…上手い下手じゃなくて、頑張っているかどうかが評価基準なのだよ」
遠回しに下手って言ってないか。
同じ空間にサークルメンバーの友達や親と思われる人たちが座っているのによく言えるものだ。
「分からないでもないよ。楽しそうだったし」
「それは君の言葉ではないね」
手厳しい。
実際そうなので反論は諦めた。昨日の今日だからか、矢嶋のペースに引きずられている。
「そうだな、手本を見せてやろう」
飯塚さんは僕の服を引っ張って歩かせると、先程まで舞台にいた男性に近づいて、それはそれは見事に猫をかぶって笑顔を浮かべた。
「面白かったです」
「あ、ありがとうございます! そう言ってもらえると準備した甲斐があります」
急に話しかけられた男性は照れくさそうに笑った。続いて僕の方を見てちょっと肩を落とした。残念、目の前のやつは彼氏持ちだ。僕じゃないけど。
飯塚さんの顔はちゃんと整っているので、振る舞いさえうまくやれば話しかけられて嫌がる人はいないだろうなと思う。
「たっぷり笑わせてもらいました。漫才はいつからされているんですか?」
「実は4月からなんです」
「ええ…!? 全然そんな感じなかったです。堂々としてらっしゃって」
すらすら相手を持ち上げる言葉が出てくるのは素直にすごいと思った。とっさに言葉が出るように、何度か繰り返しておきたいほど。
「あの、おふたりは高校生ですよね。もしかして、うちの大学志望ですか?」
「まだ1年なので決めていません。でも、漫才は好きなので見に来ました」
嘘つけ。好んで見ないと言ったくせに。
「嬉しいです。是非、うちに来たら漫才サークルに入ってください」
「はい!
後始末で忙しいでしょうに、お時間いただいてありがとうございました」
笑顔のまま軽く手を振って、飯塚さんはその場を離れた。慌てて追いかける。
「とまあ、こんな感じでやってみるんだね。内容は何でもいいから、あなたが大好きですって顔で質問をしておけば、どうとでもなる。精々頑張りたまえ」
それは飯塚さんだからでは?
とはいえ、双葉とほとんど同じ顔をしている以上、その点は心配ない。後はそれらしい顔でそれらしい喋り方をすればいい、と。
…寝る前にでも、飯塚さんの振る舞いの真似をしてみよう。
「今日はありがとう」
「いい。成果で応えるんだね。駅で人間観察&お喋りでもしてみたらどうだい?」
それは…まあ、追々。
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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