双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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あそびにいくヨ!なら双葉あおいが好き。
ケモミミ目当てで読み始めたはずなのに目算を誤ったので初投稿です。




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6月15日(水)

 

 

 朝、登校すると先に来ていた矢嶋が小さく手招きしてきた。鞄だけ机上に置いて、後ろの席の方を向いた。

 

「飯塚女史の検定どうだった? 放課後遊びに行ったってことは合格?」

「補欠合格と見せかけて再試」

「あー……うん。頑張れ」

 

 この執着のなさ、本当に付き合っているのだろうか。

 自分の中の人と付き合うという概念がわりと揺らいでいる。見えているカップルは大体イチャイチャしているので、全部が全部そういうものだと思っていたけれど、気にしていないと発見できないそれ以外があっただけみたいだ。

 

「そういや、近々次の公演の作戦会議をするって言ってたわ。期末試験の前か後か悩んでるとか何とか」

「後にしないと矢嶋のテスト結果が終わるのでは?」

「そこは関係ないね」

「自慢げに言わないでよ」

 

 せめて授業をちゃんと聞いてほしい。地頭はそれほど悪くなさそうだし、やればそれなりの結果は出るだろうに。

 休み時間にやるお遊びの劇でも準備がいるのに、毎日数時間分を真面目に用意している先生方が可哀想だ。定型文みたいな回もたまにあるけど、それにしても授業態度が悪い。大体寝ているし、起きていても聞いていない。

 

「勉強ってさぁ、結局最初からできるやつができるじゃん」

「あー……いや、でもやりなよ」

「先生みたいなこと言うなよ…」

 

 僕にとっての体育が、矢嶋にとっては座学全般に当てはまるらしい。大変そうだなあとは思うけど、勝手にボイコットするのは話が違うと思う。

 授業の進行に欲しい発言を頑張って引き出そうとしている先生を見て、つい手を挙げてしまう経験とかないのだろうか。

 対して、飯塚さんはそういう手の挙げ方をよくしている。授業を参加型の劇と捉えていそうだ。人生が楽しそうで何より。

 

「めんどいじゃん」

「2年後に泣くよ」

「尻に火がつけばなんとか? 中学時代もそうだったし。駄目なら就職する」

「ええ…」

 

 一応ここは進学校なんだけどな。

 まあいいか。そういうのもいる。コツコツやってたほうが楽だと思うけど、本人がいいならいいや。

 

「劇やるならさ、原義に立ち返ってテスト前じゃね? 3年生ほどでないにしろ多少はピリピリするから」

 

 もっともらしいことを言って、単にテスト前に掃除したくなる現象と同じではないだろうかと疑ってしまう。ついさっき関係ないと否定していたけど、今までの言動が結構怪しい。

 

「ま、多数決とるっしょ。

 てか、お前がどこまで使えるかで役割分担どうするか決めるんじゃね? 知らんけど」

 

 チャイムが鳴って、ホームルームが始まる。

 なんとなくだけど、前回のアレからみんなの視線がきちんと担任に集まるようになった気がする。普通のホームルームも何かの前振りみたいに感じられるのかもしれなかった。

 

 

 

 放課後。

 てきぱきと帰り支度をする隣の席の芳澤さんに声をかけた。

 

「芳澤さん、今日時間もらえる?」

「はい。…双葉ちゃんのことですよね」

 

 要件は言わずとも伝わっていた。鞄をひょいと持って、芳澤さんは微笑む。

 

「流石に分かります。むしろ遅くなってごめんなさい。なかなか時間が取れなくて」

「謝るのはこっちの方。忙しいのに、巻き込んだわけだし」

「紹介されたのはそうですけど、双葉ちゃんとお友達になったのは私です」

 

 芳澤さんの言葉はまっすぐ過ぎる。家の面倒事に関わらせている状況は、どこからどう見てもこっちに非があるのに。少し気圧されていると、芳澤さんはくすくすと笑い出した。

 

「それに、他人という気がしませんから。佐倉くんに言わせれば、結果としていいことをするなら、動機は不純でもいいのでしょう?」

 

 口で勝てる気がしない。

 反論の余地がなかったので同意した。

 

「あまり知り合いのいなさそうな場所にいきましょうか」

 

 

 やってきたのは吉祥寺。

 特に目立った何かがあるわけでもないけれど、何でもあるし何でも揃う便利な場所。普段の行動範囲からは完全に外れているので、大人しく芳澤さんの後に続くことにした。

 梅雨時で雨が降る中、アーケード街を歩くのは正直助かる。傘があるだけで人込みを通り抜ける難易度が急上昇する。運動神経が悲しいほどないので。

 

「吉祥寺にはよく来るの?」

「はい。練習がない日は、この辺をぶらぶらしていることも多いんですよ。文具屋、カフェ、お寺さん、ダーツバー、路地裏のお店まで網羅しています」

 

 芳澤さんは次々と店を指して、あの店は古着を買い取ってくれるとか、この店の小物がお気に入りだとか、色々と教えてくれた。

 

「詳しいんだね。僕はよく行くところでもあんまりルート外れないから、行動圏が全然広がらなくて」

「猫ちゃんと同じですね。家のそばの子も、いつも通る道は決まっていますよ。大通りの先には絶対に行かないんです」

「芳澤さんはあちこち行くタイプだよね」

「はい。1日1つは新しいことを知ったり、やってみたりするって決めているんです」

 

 それで、数時間の練習も…? 体力のある人は違う。

 恐れおののいているうちに芳澤さんは人の波から少し外れて喫茶店の前へ。

 

「…ということで、このお店に入ってみましょう。前から行ってみたいと思っていたんですけど、なかなか機会がなくて」

 

 店員さんに窓際の二人席へ案内された。

 昔ながらの雰囲気が残っているお店だ。全体的に調度品が昭和というか。ルブランと似た方向性を感じる。全席禁煙でタバコの匂いはしないのだけが現代らしい。

 

「中はこんな風になっているんですね。落ち着く感じです」

「入れてよかったね」

「はい」

 

 店内を一通り見回して、芳澤さんは笑みをこぼした。ぴょこぴょことポニーテールが揺れている。

 

「…あっ、ごめんなさい。私ばかり、はしゃいじゃって」

「いいのいいの。人が楽しそうにしているのは幾ら見ててもいいし」

「いえ、今日は私が相談を受ける側なので、しっかりしないと…!」

 

 などと自分で意気込みを語っているあたりが天然というか…いい子なのは間違いないのだけど、群れから弾かれそうなポイントだと思った。

 その後すぐに注文したコーヒーとまるいエッグタルトが届いて、目を輝かせている。話を切り出すのはもう少し後にしたほうがよさそう。コーヒーに砂糖とミルクを投下した。

 

「美味しそうだね」

「はい!

 交友関係は大切にするべきなので、特別に注文してみました」

「……」

「あ、後で調整が入りますから…!」

 

 体のいい言い訳に使ってみたところまでは良かったけれど、結局罪悪感には勝てなかったみたい。

 栄養学とかそのあたりは完全に門外漢なので、そこまで気にすることかと思うけれど、気にしている人の前で言うべきではない。言葉を呑み込んだ。

 

「それで、双葉ちゃんの話ですよね」

「そう。ちょっと長くなるけど順を追って話すね」

 

 今に至るまでの双葉とのやりとりや飯塚さんからの課題などについて、かいつまんで説明した。一度矢嶋に話したから二度目はスムーズに話せる。先に双葉から聞いていた部分もあったのだろう、芳澤さんも飲み込みが早い。

 

「ええと…すごくややこしいことになってますね」

「正直、双葉が言い出したことがよく分からなくて。芳澤さんにも話を聞けって言われるまま聞いてる。情けない話だけど」

 

 それで公平になるというのも謎だ。

 双葉の中で芳澤さんはライバルポジションに据えられているけれど、芳澤さんから見て双葉はお友達のポジションにある。

 

「そうですね…」

 

 芳澤さんはうーんと唸って口元に手をやった。

 

「好きとか、付き合うとか、私はまだよく分かっていません。

 ただ、一緒にいて楽しいのと、一緒にいたいのと、恋人になりたいのでは、全部違うと思います」

 

 双葉は僕に何を求めているのだろう。

 できれば自分を選ぶべきだと双葉は言う。そのくせ、好きだとも、もう少しで結婚できる歳だとも言う。ネットのノリで結婚なんてワードを軽率に選んでいただけと思ってもいいのか。

 それに、小学生くらいなら両思いがゴールになるけれど、この年で恋人関係になるというのは、一般的にその先も付随すると思う。双葉がそこまで含めて言っているとは思えなかったし、仮にそうだとしたらショックでもあった。

 

「芳澤さんから見て、双葉はどの意味で言ってそう?」

「ノーコメントです。違ってたら責任が取れませんし」

 

 なら、自分は。

 双葉が好きだと思う。多分、恋人になりたいの好きではないか。そうでなければ、矢嶋との問答で言い淀まない筈だ。きっと。

 

「…でも、近すぎると見えないこともありますよね」

 

 芳澤さんの言葉には重みがあった。

 姉妹に何があったのか、転がっていた情報の断片からおよそ想像がついてしまうだけに、迂闊に口を開けない。

 

「私たちもそうだったのかもしれません。気づいたときには遠いところにいて、捕まえようって焦っちゃうんです」

 

 それはもう、ほとんど答えみたいなヒントだった。

 安心したのか、落胆したのか、自分でもよく分からない。

 

 そういうことなら納得がいく。

 どこにも行かないでほしいと今まで態度で示されてきている。ちょっと服の裾を掴んで引き止めた、くらいの感覚なのかもしれない。

 あるいは、僕がこうだからああいう言い方をしたとか。そうしたら気を引けると思って。なら大正解だ。双葉は答えに最短距離でたどり着ける。

 

 …一人で浮かれて馬鹿みたい。分かっていただろうに。双葉は僕よりそういうのに疎い。

 

「普通にやってるだけなんだけどね」

「はい」

 

 双葉の方がよっぽどすごい。すごくいられたはずだ。本当なら。

 

「相手からもそう見えているかは分かりません。ズレは早めに埋めないと。間に合わなくなってからでは遅いです」

 

 そうはならなかったから、双葉にとって今がすべてだ。

 学校に行かなきゃいけないと感じていないはずがない。母にそう望まれたというだけではなく。なのに、できていない。同じ条件の片割れはできているのに。それを10年弱、双葉は見ていた。

 

「よくなかったかな、普通にやるの」

「手を抜くのはいけません」

「…そうだね」

 

 酷い話、手は抜いている。半端なことを続けている。ずっと。

 

「原因は分かったけど、どうしようこれ…」

 

 この場合、双葉の誘いに乗るのは一番駄目な選択肢。ズレたまま突っ走ることになる。

 

「叩いてでも止めるべきときがあると思います」

「それは駄目だよ」

 

 思ったよりもパワーな解決策を提示されてしまった。リャナンシーが喋ったかと。

 守るべき相手に手を上げてはいけない。それに、僕までそんなことしたら血統的に駄目ってことになってしまいそう。反面教師にすべき人間と残念ながら血縁なので。

 

「でしたら、試しに付き合ってみますか?」

「それも駄目だよ。今の双葉じゃ、わけも分からず全部応じそうだし」

 

 そういう約束事は、人を繋ぎ止めるためだけにしていいことじゃない。

 芳澤さんだって、そのくらいわかっている筈だ。目の前の少女は、ふるふると首を横に振った。

 

「違います。私と、です」

 

 耳を疑った。

 

「……はい?」

「佐倉くんはお嫌ですか?」

「ごめん、ちょっと理解が追いついてない」

 

 私と…芳澤さんと、付き合う? 試しに? なんで? 芳澤さんに何の得が?

 本当に意味がわからなくて、とりあえずコーヒーを啜った。落ち着いて考えてみても、やっぱりわからない。

 

「押して駄目なら引いてみろと言いますよね? 今の双葉ちゃんは引いてみているので、押したらつんのめって転んでしまいます」

「そういう話だっけ」

 

 そうだった気もする。けれど、それでこっちも引いたら、双葉はフワフワとどこへとも行ってしまいそうに思う。

 

「双葉ちゃんは自信家なところがありますから、佐倉くんが私を選んだら、今の佐倉くんみたいに混乱すると思うんです。そうしたら、びっくりして真剣に話を聞いてくれるかもしれません」

 

 …それは、確かに言えてるかも。

 恒例の問答だって、僕が双葉√以外を選ぶはずがないと思っているから、軽く問いかけられるわけで。

 想定外のことへの対応は、僕も双葉も得意ではない。別の回答が返ってきたことに困惑して原因を確かめようとする姿はなんとなく想像できる。

 

 でも、騙すみたいなことだ。より状況が複雑化するだけなのではないか。分かっていない双葉に色々と求めるのと、どっちが悪いだろう。

 それに、芳澤さんだって最初にその手のことはあまり分かっていないと言っていた。程度は違えど双葉と同じ側と言える。なら、どっちにしろ駄目だと思う。

 

「…私、佐倉くんなら良いですよ」

 

 似たような台詞を双葉の口から聞いた。

 

「それは、どこまで?」

「ふりだけでも、本当でも」

「どうして?」

「難しいですね。はっきりしない言い方になってしまいますが…嫌じゃないから、でしょうか」

 

 そういう基準なら僕だって嫌ではない。けれど嫌ではないだけでは範囲が広すぎやしないだろうか。それなら、雨宮先輩だって当てはまるのではないか……いや、酷い疑問はぶつけたくない。

 

 とにかく、本当に応じるのはいけない。そう思った。だからといって、ふりだけでも安全な道とはとても言えない。

 断るのはどうだろう。双葉は自分を選んだと判断して遠くまで一緒に行くことを目標に据えそうだ。それに、断った後に何食わぬ顔で隣の席に座っていられるだろうか。先延ばしにしたら…何の解決になるだろう。何も答えないまま過ごせばそのうち有耶無耶になる、かもしれないけど、そんなに図太くいられる自信はない。

 芳澤さんにこの提案をさせた時点で、詰んでいた気がする。

 

「…ふりだけで、お願いします」

「ふふっ、慎重なんですね」

 

 どれも正解とは思えない四択で、一番ダメージの少なそうな答えを取ることにした。

 

「一葉くんって、呼んでいいですか?」

 

 赤銅色の目と目が合う。

 

「はじめの頃に、呼ぶなら下の名前でと言っていましたよね。双葉ちゃんがいるから苗字呼びが嫌だったのかと思いまして」

「佐倉さんに引き取られた時にもらった名前だから、あんまり自分の名前って感じがしないの」

 

 それに、“さくら”という音の響きが笑いの対象になるから嫌だった。佐倉さんの前ではとても言えないけど。

 

「以前はなんて苗字だったんですか?」

「一色一葉。人名っぽくないでしょ」

「かっこいいと思いますよ。

 大事にしているんですよね。上書きされたくないって思うくらい」

「そんなに大したこと考えてないって」

「それでもいいです。私は一葉くんって呼びますから」

 

 そういう言い方をしたら、佐倉さんへの申し訳なさも多少薄れる気がして、自分にはなかったその発想を取り入れることにした。

 芳澤さんは自分を指さす。照れくさそうにわずかに視線を落とした。

 

「私のことも、名前で“かすみ”と呼んでください」

「……え」

 

 …姉の方の名前だ。

 今まで、競技成績が良かった方…姉の真似を、演技をしていると思っていたけれど、ここまで徹底するだろうか。しかも、僕の名前を大切に扱ってくれて、そのすぐ後に。

 背筋に薄ら寒いものを感じて、目の前の少女の一部の隙もない笑みを見やる。

 

「それは、できないよ。芳澤さんのままじゃ駄目?」

「……」

「芳澤さん?」

「……一葉くん、それじゃ駄目です」

 

 芳澤さんは指先でバッテンを作ってみせた。頬を緩ませて、彼女は正答を待っている。

 

 これ、知ってる。

 ドラマなどでよくある、名前で呼ばないと返事をしてくれないやつだ。

 ふりだけだというのに、そういうところはきちんとやりたいみたい。何も知らなければ望むように呼ぶところだけど。

 

「……すみれ」

「よく聞こえません。はっきり言ってください」

 

 芳澤さんは頬を膨らませる。

 特別小さな声で言ったつもりはない。聞こえていて、そっちの名前では許してくれなかったと考えるのが妥当だ。

 

「…かすみ」

「はい!」

 

 嬉しそうに返事をした“かすみ”は、いつもピンと伸びている背筋を緩めて、頬杖をついてこちらを見上げた。

 彼女の一つ一つの仕草に、心臓が脈打つのを感じる。

 

「不思議な感じです。呼び方が違うだけで、“特別”になりました」

「そう、だね」

 

 僕は何か、とんでもない罪を犯してしまったのではなかろうか。

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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