テイルズ・オブ・ジ・アビスならイオン様が好き。
物語を破綻させずにあれだけの鬱を積載できていて、かつCERO:Aなのが今だに理解不能なので初投稿です。
6月19日(日)
「双葉、起きてる?」
返事はないだろう。
そう思いつつも、一応声をかけてみる。状況が変わらなくても、やめたらもっと双葉との距離が遠のく気がしてやめられずにいる。
「…おはよう」
が、今日は返事があった。
中でゴソゴソと動く音がしたので、少し待ってみて良かった。部屋の扉を細く開けて、三分の一くらいだけ顔を覗かせる。
引きこもりモードの双葉の曜日や時間の感覚はかなり怪しいけれど、画面端の数字を頼りに朝と判断したみたい。
「……日曜か」
「うん」
相変わらず室内の光源はモニターだけだけど、廊下の明かりが入って部屋の様相がおおよそ見えた。
大量のプラゴミの袋と何かよく分からない紙類、脱ぎ捨てた衣服などが層をなしている。おまけに、踏んだときの危険TEAR表SSのキャップをしたペットボトルも当然のように転がっている始末。
早急に何とかしよう。人の住む場所じゃなくなりつつある。まあ、それはさておき。
「久々に双葉の顔が見られてうれしい」
「つ鏡」
「発音に耐えない返しやめて」
きちんと?返事をしてもらえた。
どういう心境の変化か見当もつかないけど、今日の双葉は機嫌がいいのかもしれない。作業が一段落したとかだろうか。
「毎日しつこい。芳澤とデートでも行ったらどうだ?」
「今日も練習でしょ。大会に向けて」
「だからわたしか。都合のいい女扱いだな」
じとっと睨みつけてくる。
掲示板で磨き抜かれたレスバ力がいかんなく発揮されている。こういうときは乗ると確実に負けるので、さっさと舞台から降りるに限る。
「それでいいから、朝ごはん食べよう。お腹すいたでしょ?」
「…うん」
今までの態度が不思議なくらい素直だ。時間の連続性への感覚が薄い双葉にとっては平常運転な気もするけど。
こっちの感覚に合わせるのをやめた、とか? 双葉の脳内の処理を推し量るのはとても難しい。内容はさておき、久々に会話らしい会話ができたのが嬉しかった。
「そうじろうは店?」
「うん」
「お寝坊」
「特大ブーメラン」
朝起きた時に眠すぎて二度寝していた。ここ最近、色々と外出続きで疲れていたので。ちゃんと起きた時には、既に佐倉さんは家を出ていた。
半分寝ている時に声をかけてくれたあたり、佐倉さんはまめだなぁと思う。放っといていいのに。たぶん双葉の部屋にも声をかけていったはずだけど、この感じだと熟睡モードだったか。
2倍のスペースとラップを消費して冷蔵庫に納められていた朝食を、適当に温めて食卓に置く。双葉が手ずから用意した(仮)味噌汁が付いた。油揚げ味だ。
「一葉は、芳澤と付き合えて嬉しい?」
何が正答なのか見当もつかない。
嬉しいと言えば、芳澤がいいのかと双葉が落ち込むだろう。嬉しくないと言ったら、芳澤さんを気に入っているらしい双葉は怒るだろう。
「ドキドキはする、非恋愛的な意味で」
基本的にいつもの会話は全部筒抜けなことを逆手に取って、逃げを打ってみた。嘘ではないし。
「弁当作ってもらってたくせに」
…嘘だったかもしれない。
作ってもらえたのは本当に嬉しかったし、恋人による手作りの弁当という時点で恋愛的な意味しかない。
「そのまま進めばいい。対象の個人的な課題を解決したら結ばれるから大丈夫」
「ギャルゲの話してる?」
「うん。二股はバッドエンド確定」
「ええ…」
こっちの発言に乗っかるかたちで冗談めかして言っているけれど、双葉の目は笑っていない。
「だから、今日は芳澤のところに行け」
「練習とか一回も見に行ったことないんだけど…」
「恋人らぶらぶ義務違反」
「うっ」
的確にダメージを入れるワードチョイスをしてくる。安易に盗み聞き前提で話をしたのが間違いだった。
「芳澤に練習場所と時間、聞いてあるぞ。一葉が知りたがってたことになってる。彼氏が来るのを期待してるな、間違いなく。
弁当の返礼…差し入れでも持って行ってこい。返事は“はい”か“YES”か“喜んで”」
これを仕込んでいたから、今日の双葉は起きてたし返事をしたのだ。そう思うと脱力してしまう。性懲りもなく期待していたみたい。
出かけにスマホの電源を落とした。新規のからかいネタ提供をするだけになる。道順は覚えたし、つけている必要もない。
『あなた、場違いね』
「…うるさい」
こっちだって、地域の体育館なんて一生縁のない場所かと思っていた。
休日の体育館周辺はスポーツをする人とその連れで賑わってきて、全く馴染めそうにない空気感が漂っている。
駅からほど近い場所にある体育館だけあってあまり広くないし、迷うこともないだろうけれど、念のため館内図を確認しておこう。大体ロビーに入ってすぐのところにあるはずだ。スマホで調べる気はない。断固拒否。
建物に入ってすぐ、あたりを見回していたら、見慣れた顔と目が合った。少し早めに着いたから、まだ練習が始まっていなかったらしい。
「あ、一葉くん。来てくれたんですね」
芳澤さんは大きく手を振った。普段と少し印象が違う気がするのは、いつものポニーテールがお団子にまとめられているからだろうか。
その側にいた男性が人当たりのいい笑みを浮かべて軽く会釈した。
「君が一葉君か。いつも娘が世話になっているね」
「はじめまして。こちらこそ、お世話になっています」
噂のコーチかと思っていたら、芳澤さんのお父さんだった。思わぬ対面にかなり驚いて、ついオウム返ししてしまった。見れば、目元あたりが何となく似ている気がする。
「君のことは、この子から聞いているよ。なんでも、娘のいい人「ちょっと! やめてよ、こんなところで。恥ずかしいから…!」
耳まで真っ赤になった芳澤さんが、父親の言葉を遮った。
「もう、お父さんはあっち行ってて…!」
無事、父親を追い払うことに成功した芳澤さんは、小さくため息をついた。
すごく珍しいものを見た気がする。同級生に対しても、きっちりした態度を崩さないのに。そんな視線に気づいた芳澤さんは、慌てて弁明を始めた。
「え、ええと…いつもは母と来るんです。
でも、一葉くんの話をしていたのもあって、父が一度話してみたいと言い出して…その、ごめんなさい。急にびっくりしましたよね」
「したけど、うん…びっくりした」
いい感じにフォローしようと思ったけど、気の利いた言葉は何も浮かばなかった。
そういえば、渡すものがあった。差し入れ…と言っても、途中で寄った店で買ったラムネ菓子だ。お弁当とは単価的にも手間的にもまるで釣り合いが取れていないけれど、何もないよりはいいと思って。
「あのさ、これ、あげるね。差し入れ」
「…! ありがとうございます」
「本当は食べ物じゃないほうがいいのかなって思ったけど、何も思いつかなくて」
「いいんです。すごく嬉しいです。えへへ…」
芳澤さんがいいなら、この場はいいか。
事前調査は大事だ。普段から好きなものの情報を仕入れておこう。
すでに知ってそうなのが後ろの席にいる。そういえば、お台場に遊びに行ったとき、矢嶋に好きなものを聞かれた気がする。やけに他人のこと気にするやつだなぁなんて呑気に思っていたけれど、あれは地道な営業の一環だったらしい。
「あの、練習見ていってくれるんですよね。私、今なら格好いいところ、たくさん見せられそうです。
あ、ご予定があるなら、途中で帰っていただいても大丈夫ですから」
「それは大丈夫」
途中で帰ってきたら、双葉になんて言われるか。
時間なので行ってきます、と芳澤さんはアリーナへ入っていった。それを見計らっていたらしい芳澤さんのお父さんが声をかけてきた。
「少しだけ時間をもらってもいいかい?」
「あ、はい」
上に行こうか、と言われて、たどり着いたのは観客席。
練習なので、ほとんどの席が空いている。保護者と思われる人たちが、ママ友というやつだろうか、グループをいくつか作って疎らに座っているくらいだ。
芳澤さんのお父さんについて行って、集団から少し離れたところに腰掛けた。適度に練習の声が聞こえてきて、なるほど話をするには良さげな空間だった。
「こうして話すと中々緊張するね。
あの子から君と交際していると聞いて、本当に驚いたんだよ。娘が迷惑をかけていないかい? 少し暴走しがちなきらいがあるから」
「いえ、全然そんなことありません」
全種カレー味弁当事件が頭に浮かんで、慌ててかき消した。変な顔をしてしまっただろうか、芳澤さんのお父さんは苦笑いする。
「ごめんね、困らせてしまったようだ。
君の話を聞いたとき、少し心配になってしまって」
芳澤さんがあの感じに育っている時点でわかっていたようなものだけど、親御さんも…何というか、独特の雰囲気がある人だった。
大変居心地が悪い。品定めに来たというより、本当に善意の心配で声をかけに来た気がしてくるあたりが。むしろ悪意であってくれたほうが安心できるというか。
「一葉君はあの子からどこまで聞いているのかな?」
「ご家族のこと、ですよね」
これ以外ないだろう。
芳澤さんは色々と特殊な状況にあるわけだし、そこにどこの馬の骨とも知れないやつが現れたとなれば、話をしたいと思うのも当然だ。
「交通事故で姉妹を亡くしたことは聞きました」
「そうか」
「それで、あの…」
どこまで突っ込んでいいんだろう。
芳澤さんの今の状態について、家族の見解を聞きたい気もする。あまり話せる機会もないだろうし。
「言いにくいことかい?
何を言っても咎めるつもりはないよ」
言葉通りな訳ないけれど、娘もいる場で分かりやすく怒りを見せることはないと思う。ここは他の人の目もあるところだし大丈夫。息をゆっくり吐いた。
「彼女は、自分を姉の“かすみ”さんだと思っていますよね」
今までテンポよく言葉を返してきていた芳澤さんのお父さんが押し黙った。
慌てて顔色をうかがう。機嫌を損ねただろうか。初対面の人は地雷ポイントが分からないから困る。
「どうしてそう思ったのか、聞かせてもらえるかい?」
いや、単に驚いただけ…か。
穏やかなままの声音で、笑顔さえ向けてくる。意図はともかく取り繕っている感じがする。
何を驚くことがあるのやら。ぽっと出の僕の口から指摘された点だろうか。違和感を無視することもできなくて、じっと表情を観察する。
「付き合うと決まったとき、芳澤さんではなく“かすみ”と名前で呼んでほしいと彼女に言われたんです。だから、そうなのかな、と」
「そうか…それで……」
何を考えているかなんてわからないけれど、少なくとも不機嫌そうにはしていない。
芳澤さんのお父さんは少し考えてから、口を開いた。
「君が好きなのは“かすみ”かい?」
「…わかりません。僕は“かすみ”さんにしか会ったことがありませんから」
回答を間違えてはいけないタイプの質問を投げかけられてしまって、慎重に言葉を選びつつ答えた。勘センサー的には、この言い方は許容範囲内のはず。
「でも、」
「?」
「すごい確率ですけど、僕も双子なんです。うちは妹の方が優秀で。彼女の気持ちが分かるなんて軽々しく言えませんけど、他人のこととは思えないんです」
以前からずっと考えていたことだから、淀みなくきちんと話せた。
初めて会った時から、芳澤さんはあの芳澤さんだ。それまでの彼女については想像することしかできない。でも、僕は想像の材料を誰よりも持っている。
口に出して、やはり自分と芳澤さんの間にあるのは恋愛感情ではないと再確認した。
この先の人生で、彼女ほど自分と似た境遇の人間と会うことは二度とないだろう。双葉のことはきっかけに過ぎなくて、分かり合えるかも知れない人を逃したくないという執着から恋人の振りという結果に至ったのかもしれなかった。
そんなの、とても恋愛と呼べるものではない。
「いや、素直に話してくれてありがとう。何というか……下手に色恋の話をされるより信用できる、と思ったよ」
これは事故とか関係なく、父親として抱いた娘の彼氏に対する感想と見た。一般的に父親は娘が可愛いらしいし。娘さんを僕にください的な文脈で。
僕らの共通項は、やたらと他所様に見せるものではないから、恋愛の箕を被った。その様に説明したからか、芳澤さんのお父さんは分かりやすく上機嫌になった。
「なんだか明智くんとでも話している気分だな。知ってるかい、高校生探偵の。仕事で付き合いがあってね」
「そうなんですか?」
あとは芳澤さんの練習を見ながら、いくらか雑談をした。
テレビ関係の仕事をしているらしく知り合いの芸能人の話を聞いたり、芳澤さんが決めた技の解説をしてもらったり。
飯塚さんからは、あなたのことが大好きですという顔をして人と話せと言われたけれど、なかなかうまくできるものでもない。終始、芳澤さんのお父さんが提供する会話のペースに乗るので精一杯だった。修行が足りない。
自分から話をするのが好きなタイプの人でよかった。聞き役に徹するのは、何かを語りたくてたまらないときの双葉相手によくやっていたので、まだなんとかなる部類だった。
「一葉君と話せてよかった。
少し近くをブラブラしているよ。終わったら連絡するように、あの子に伝えてくれるかい?
いつまでも私がいると、また怒られてしまいそうだからね」
「はい、僕もお話できてよかったです」
最終的に、芳澤さんのお父さんは、娘と彼氏が二人きりになる状況を率先して作ってくれるくらい、こちらを気に入ってくれた。
その背中を見送ってから、練習中の芳澤さんの方に視線を戻したところで、違和感。
「……?」
ぐにゃりと、視界が歪む。
突然のことだけど、経験があるから分かる。間違いない、イセカイナビの影響だ。案の定、何度か瞬きをした後、周囲の景色は一変していた。
メメントス。無数の線路が走る“駅”だった。
「気持ち悪…」
『醉うなら目を閉じてなさいな』
事前情報がなかった…というか見ていなかったので驚いて、つい。
慣れたメメントスならともかく、万一誰かのパレスに出たら、場合によってはすぐ動かないといけない可能性はあったし。
「…誰にも見られなかったかな」
『あの場であなたに興味があるニンゲンなんて、あの娘くらいじゃない?』
それもそうか。
当の芳澤さんは人のことを見ている暇はなさそうだったし、誰かが見ていたとしても大して気にされていないなら見間違いと思われるだけで済む。
『せっかく来たのだし、遊んでから帰りましょう。退屈していたの』
「やだよ」
リャナンシーの遊びは物騒なので、カツアゲと虐殺が含まれている。
出くわしたのをつまみ食いするだけならともかく、そんなことをしている暇はない。練習が終わる時間までには戻らないと。
駅のエスカレーターとなら前やったみたいに繋げられるかな。
そう考えると、誰かのパレスだったほうが入り口同士で繋げられて楽だったかもしれない。…やっぱりなしで。そんな精神性の人間がゴロゴロいてもらっちゃ困る。
アリーナを覗いたら、ちょうど練習が終わる頃で、集まって今日の反省をしているみたいだった。
ちゃんと戻ってこられてよかった。ほっと胸をなで下ろす。
エスカレーターを見つけるまでは早かったのに、現実世界と繋ぐのに苦労して、戻ってくるのに時間がかかってしまった。便利なナビが欲しい。ナビのせいで困ってるんだけど。
しばらくすると、アリーナから出てきた芳澤さんが僕を見つけて駆け寄ってきた。辺りを見て首を傾げる。
「あれ? お父さんと一緒じゃないんですか?」
いなくなったタイミングがほぼ同時だったので、一緒にどこかに行ったと思われていたらしい。
「近くをぶらつくから、終わったら連絡してほしいって。たぶん二人きりにしてもらえた」
「そうなんですね。
何も嫌な思いはしていませんか? お父さんは過保護なところがありますから」
……裏でお話(仮)したと思われてないだろうか。
「むしろ話せて楽しかった。
“かすみ”が使ってる手具のこととか、大会での採点方法とか、いろいろ教えてもらえて勉強になったから」
「なら良かったです」
これで、芳澤さんのお父さんと僕の不名誉は回避された。と思う。たぶん。
途中いなくなっていたことに関しては、ノーコメントでいこう。代わりに用意していた感想を引っ張り出す。
「練習、見せてもらってありがとう。
すごかったよ。素人目にみても、頭一つ抜けて動きが綺麗だった」
世界を獲るというのも、現実的に手が届く望みなのかもしれない。そう思うくらいには、芳澤さんの演技は他の子たちとレベルが違っていた。
といっても細かいことは全然わからない。今まで新体操なんて見たことなかったし。
「楽しんでもらえてなによりです。
今日は苦手な技も決められたんです。一葉くんのおかげですね」
「何もしてないって」
「いいえ。してます。
新体操のような採点競技は、見てくれる人がいるから成り立っているんですよ?」
その見るというのすら完遂できていない。今回のは事故みたいなものだったとはいえ、無邪気に喜んでいる芳澤さんを見ると申し訳なく思う。
それに、今回来たのだって双葉のお膳立てがあったからで、こちらの意思は介在していない。
芳澤さんに感謝されるほどのことは何もできていなかった。
「…あの、また来てくれますか?」
「行くよ。もちろん、大会も」
だから、これ以外の回答は義務違反に違いない。
「嬉しいです!」
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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