双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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血界戦線ならレオナルド・ウォッチが好き。
略称のBBBは登場頻度が低すぎてブラッド・ブレイン・バリアとしか読めないので初投稿です。



53駅目 不均衡

 

6月20日(月)

 

 

「双葉、おはよう」

 

 返事はない。物音一つ聞こえてこないから、寝ているか、息を潜めているか。とにかく、今日は何も仕込んでいないみたい。

 少し落胆したし、予想通りとも思う。

 

 こんな風になるなら、はじめから双葉の手を取るべきだったのだろうか。……あったかもしれないことを後から考えても仕方ない。

 それに、双葉のやること全てに協力するのでは、メジエドをやっていた頃と変わらない。

 

 佐倉さんは僕が一人で来たから、今日も双葉は来ないと思ったのだろう。何も言わずにラップを手に取り、一食分を冷蔵庫にしまった。

 今日もだめだったのかと聞かれるのがそろそろ苦痛になってきた頃だったから助かった。

 

「学校はどうだ?」

「どうとは…?」

「友達とはうまくやれてるか? ほら、前に連れてきたろ?」

「はい」

 

 同じようなやり取りを何度もしている気がする。あれから、特に変わったことは…あったな。そういえば、佐倉さんにはまだ言ってなかった。

 

「…あ、彼女ができました」

「思い出したかのように言うことかよ」

 

 だって、世間一般のそれじゃないし。

 世間一般のそれだと認識した佐倉さんの口元は緩んでいる。同年代と違って細かいことをとやかく聞いてくることはないけど、そういう遊びはやっぱり好きなんだと思う。

 顔が熱くなるのを自覚した。やっぱり今言わないほうがよかったかも。出かける直前でよかった。

 

「赤いリボンの娘です。あの後、そういう話になって」

「そうかい。大事にしてやれ」

「はい」

 

 もう黙っていよう。何を言っても墓穴を掘る気がする。

 

 

 

 

「〜♪」

 

 梅雨の曇り空とは裏腹に、今日も今日とて芳澤さんは上機嫌。鼻歌なんか歌っている。

 朝の挨拶をすると、挨拶とお礼が返ってきた。

 

「あ、昨日はありがとうございました」

「こっちこそ。それと、急に押しかけてごめんね」

「いえ、大丈夫です。それに、興味を持ってくれたのが嬉しかったので」

 

 より一層練習に励みます、なんて言って芳澤さんは照れ笑いした。

 ひとつ渡したら3倍くらいになって返ってくるので、後ろめたさがすごい。昨日の時点で、見学に来たのは双葉の考えだと正直に言ってしまえばよかった。今からでも、と思ったけれど、まごまごしているうちに次の話題に移っていた。

 

「今日のも自信作です。楽しみにしていてくださいね」

 

 机の横にかけた手提げタイプの保冷バッグを指した。中身のサイズ差から、他の人より明らかにサイズが大きいのは言うまでもない。

 通常の味付けでリベンジを果たした後も、芳澤さんはついでだからと弁当を作ってこようとしていた。

 さすがにそれは悪いと伝えたところ、適量から溢れた分を少し分けてくれるというので落ち着いた。それでも手間と材料費と色々なコストがかかっているけれど、丸々一つ渡されるよりはよっぽどいい。

 

 後ろから肩を突かれる。矢嶋だ。一連のやりとりを眺めていたらしい。

 

「仲良くやってんだ?」

「うん。今のところ」

「ふーん…。頑張れ」

 

 矢嶋はそれ以上何もコメントすることなく、いつもの外回りに出かけて行った。

 

 

 

 放課後。

 クラスの半分以上が捌けた後、飯塚さんがやってきて、隣の空席に座った。先ほどまで友達と話していたと思ったけれど、いつの間に帰宅したのかいなくなっている。

 飯塚さんは鞄から眼鏡ちゃんが先週用意した台本を取り出して、机の上に置く。

 

「内容をどう思う?」

 

 台本は二人の少女がミスコンに向けて争うみたいな内容だった。

 眼鏡ちゃんは表に出る気はないようで、配役の欄に自分のことを脚本担当と明記していた。つまり、そういうことである。

 

「飯塚さんの趣味が入ってるな、と」

「当然だよ。

 だが、今では眼鏡ちゃんの趣味でもあると声を大にして言わせてもらう」

 

 級友を業の深い沼に引きずり落とした罪を告白した飯塚さんは特に悪びれる様子もない。

 逆なら大手を振って劇場に足を運べばいいけれど、そっちは歌舞伎座にでも行くしかないじゃないか。まあ、創作とネットの海には結構いるからそっちに行くかな。

 何でもいいけど、それ系は1回限りにしておかないと許されないと思う。

 

「本当にやるの?」

「もちろん。

 それなりの演技ができて華奢で顔が整っていて女装が似合う人間なんて貴重だからね。よければ、女声の練習もしないかい?」

「それはちょっとできる」

「……いくら欲しい?」

 

 定期的にこういうのが生まれるらしい飯塚家が金持ちのままでいられる理由を知りたい。

 

「冗談はさておき、台本の問題点を挙げてくれ。分かるだろう?」

「話が分かりにくい。具体的には、短尺なのに安心して叩ける敵がいない」

 

 ダブル主人公みたいになっているせいで、どちらの立場で話を見ればいいかが分かりづらかった。全体を俯瞰して見れる書き手と違って、観客側は明確に敵を据えてもらわないと、構図が理解しづらい。

 

「ま、そういうことだ。一度で気づくと思っていたが、なかなか上手く行かないものだね」

 

 劇…ひいては物語を好む人間は思ったより多くなくて、耳馴染みのいい音楽の1フレーズや、体を動かした時の風を切る感覚などが、僕らにとっての物語の地位に置かれている人も沢山いる。

 劇を見たい人を選別して集めているわけではないのだから、特別面白いのを出さない限り、ちびっ子が見るヒーローショーくらいの勧善懲悪にしないと見る気をなくすものが出てくるに違いない。

 

「何にでも言えることではあるが、脚本を書きたい人間と書ける人間は別だね」

「それに関しては同意見。放っておいても破綻はしないのに、優しいね。飯塚さんは」

 

 これも、本人なりには伸びる分野だと思う。上手い人は元から上手いから、追い越すのはとても難しい。

 とはいえ、僕らのやっていることが趣味である以上、完成度はそこまで気にすることではない。無理に指摘して直させようとしなくてもいいのではないか。

 

「真剣にやるべきさ。勉強じゃないんだから」

「ええ…」

 

 どこかで聞いたことのあるような台詞だ。発想がうっすら矢嶋に毒されていた。

 …元々か。飯塚さんは劇に関してはこんな感じだった気もする。小さな粗も直せるならすべて直したいのだろう。

 眼鏡ちゃんは…どうだろう。敵を作るというのは苦手そうだ。あの性格だし。あの場では直せるところを教えてほしいと言っていたものの、花咲ロリータの時のことを思うと、何も書いていない人から口出しされるのは嫌がりそうだ。

 

「君から言ってくれないか?

 これまで私はかなり口を出しているからね。すべての指摘が私からだと角が立つだろう?」

 

 それで、こちらにお鉢が回ってきたと。

 

「…いや、でも変に変えるよりは、このままがいいんじゃないかな」

「どうして?」

「標的だけ逸らせても、やることが一緒じゃ正義中毒を助長するようなものでしょ」

 

 これは、炎上を仕掛けてた頃から思っていたことだ。

 集まってくる人たちの多くは正義を執行することにしか興味がなくて、困っている人を助けようとする人はごく少数。思う存分叩いて消費が終われば、早く次を寄越せとせがむだけで後始末もしない。そういうの向けの提供の仕方ならノウハウがあるし、飯塚さんの望み通りの方向性で作ることはできると思う。

 ただ、後のことを考えると無責任に始めていいことじゃないと思った。

 

「なるほど。君に頼むのが間違いだったみたいだ」

「そっか」

 

 飯塚さんは片眉だけあげた。どういう表情筋してるんだ、それ。

 

「あのね、何か反論してくれないかい? 私が悪いみたいになるだろう。

 はぁ…悔しいが君の発言にも頷ける部分がある。それで、あの2人が抜けたのが痛手だったと今更ながら思ったのさ」

 

 そういう意図で言ったつもりはないんだけど。

 あの二人は面白そうなら乗るというスタンスでいる。面白くなかったら、彼らの…クラスの中心人物たちからのお墨付きがなくなる。

 このままで進めるのは、と飯塚さんが言いたくなるのも分かる。初回はともかく2回目も駄目なら、3回目はない。

 

「そういえば例の件、聞いたよ。

 芳澤さんも早まったものだ。未来ある若者が、嘆かわしい。引く手数多だろうに」

「…そうだね」

「まったく、恋に恋する乙女が浮かばれないな」

 

 ため息をついて、飯塚さんは席を立った。鞄を肩にひっかけて、完全に帰宅モードになっている。

 

「いや、いいよ。君はそういうやつだ。すべてに真剣じゃないから怒りもしないのさ」

 

 そうなのかな。

 そうなんだろうな。

 

 この場面では怒るべきだった。

 理屈の上では分かった、と思う。同意するだけでは僕を選んだ芳澤さんの評価を下げることになるから。自分一人ならともかく、ほかを巻き込んでというのは良くない。飯塚さんがこう言うのはもっとも。

 

 芳澤さんのことは大事にすべきだ。

 けれど、飯塚さんの言うとおりなら、それも真剣には思っていないのかもしれない。だって、今も特に怒りは湧かない。そうか、と思うだけ。

 

(……でも、なんか嫌かも)

 

 すべてに真剣でないということは、双葉に対しても真剣でないということになる。

 

 

 

 家に帰ると、出迎えがあった。

 

「…おかえり」

 

 双葉だ。

 少し気まずい。昨日のことを引きずっているのもあるけど、どちらかというと飯塚さんの言葉が引っかかっている。不快感は特に怒りと結びついたりはしなくて、けれど、梅雨の湿気た空気みたいに纏わりついている。

 ぱっとその場で否定すればよかった。

 …でも、できなかった。できなかったから、やはり向こうの言い分に正当性があるように思えてくる。思えてくるというか正しいだろう。双葉が一番なら、今なぜ双葉を一番に扱ってない。

 

「あのね、見て」

 

 双葉が後ろ手に隠していたスマホの画面を見せてきた。画面に映っているのはフィギュアの画像。少し前に放送されたアニメのサブヒロインだった。人気でメインヒロインを食っていたのは記憶に新しい。

 

「通販もあるけど、個体差を考慮すると、店舗行かないと駄目なやつだ。

 今からアキバに買いに行こう」

「ええ…」

 

 連れて行けと仰せだった。

 顔のあるものは見て決めないと、というのは分かるけど、帰ってきたばかりなのに。

 途中で合流するとか、一人で行くとかは……まだハードルが高いのかもしれない。用がなければ話しかけても来ないのだから、同伴者役に任命されたことに感謝すべきか。昨日の僕が双葉にしたように、双葉の都合のいい相手として選んだのだろうか。

 

「それ、今じゃないと駄目?」

「うん」

 

 駄目らしい。

 

「分かった。行こう」

「よしっ!」

 

 小さくガッツポーズを作ってから、双葉はひょいと玄関の段差を降り、玄関の外へ。ずいぶん身軽な格好をしているけど、ちゃんと携帯とか財布とか持っているのだろうか。

 

「早くしろー」

「ちょっと待ってて」

 

 一度部屋に行って、鞄から教科書を出しておきたい。紙は重いので。大きいレジ袋とかあったかな。最近は有料だから。買ってもいいけど、あるならあるものを使いたい。

 身支度を済ませてから玄関に戻ると、退屈そうにしゃがんで宙を眺めていた双葉がゆっくり立ち上がった。

 

「じゃ、行くぞ」

 

 ふらふらとどこかに行ってしまわないように、手を繋いで四軒茶屋を歩く。双葉と出かけるのはルブランに行った時ぶりだ。

 

「そんなに欲しかったの?」

「うん。

 これは特別出来がいいんだぞ。やっぱ人気IPは違うな。やり過ぎなくらいだ。次もこのクオリティで立体化されるか……」

 

 同キャラクターのフィギュアを部屋で見た覚えがなかったから、急に言いだしたのを不思議に思っていたけれど、以前から目をつけていたらしい。

 アニメでの活躍について、双葉の解説を聞いているうちに四軒茶屋の駅に着く。

 

「切符買ってくる」

「うん。できる?」

「調べてきた」

 

 双葉はICカードを持っていない。どこにも行けない生活が長かったから。時代に取り残されている。

 

「待たせた。…ありがとう」

 

 言うと、双葉は僕に隠れるようにぴたりとくっついた。何かと思ったら、ちょうど電車が来たところみたいで、人の波が迫ってきていた。券売機の側の柱の裏に収まって、人波が過ぎるのを待つ。双葉は大勢がいるところは元から苦手な傾向にある。

 

「…すごいな」

「帰りの時間だからね」

 

 ここですごいなら、乗換駅はもっとすごい。郊外に帰る人の流れを遡上する訳だし。

 案の定、人の密度に目を白黒させていた双葉の手を引いて、なるべく人の少なそうな(それでも多い)場所を歩いた。IC専用改札機の罠に引っかかったり、駅の特大広告の写真を撮ったり、普段よりかなり時間がかかってしまい、気づけば空は暗かった。

 

「うふふ」

「買えてよかったね」

 

 戦利品…折り目のついた大きなレジ袋を下げて歩く双葉の足取りは軽い。この顔が見られたのだから、秋葉原まで出てきた甲斐があった。

 しかし、ルブランのことを考えると、これで秋葉原は一人で行ける場所になってしまったのだなと思う。しれっと買いに行ってきたとか、イベントに行ってきたとか、事後報告してきそうな気がする。どうだろう、人の群れを嫌って行かない気もするけど。

 

「ん?」

 

 携帯の通知音が鳴った。

 画面をつけて、ポップアップだけ確認する。雨宮先輩から。今から向こう…認知世界に行くとの連絡だった。

 

 待ってほしい。2日連続で出先のパターンじゃないか。しかも、今からって。

 日が落ちてから連絡が来るとは思っていなかったので驚いた。予定外のことがあったのか何なのか分からないけれど、多分誰かのパレスに行くということなのだろう。怪盗団の行き先は正直どこでもいい。問題は、つられてメメントスに落下すること。

 

 どうしよう。

 手を繋いだままだったら、双葉も向こうに行くことになる。逆に離したら、双葉を一人で人だらけの秋葉原駅に放り出すことになる。

 四件茶屋のあたりならともかく、一人で来ることを断念して声をかけてくるくらいには冒険している双葉を?

 

「芳澤か?」

 

 双葉はこちらを見もせずに問うた。

 恋人らしいやり取り、というのは別途設けている。具体的には寝る前と朝。この時間にはその手の連絡は来たことがない。双葉はそのくらいの情報、抜いてると思ったけど。

 

「違うよ。ええと…向こうに行く。手、離さないで」

「…うん」

 

 やがて、景色が認知世界のそれと切替わった。

 現実世界でもホームにいたからか、幸いにもホームに出た。ここには化け物たちが現れにくい。出るときは出るけれど、今回はいないようだ。

 

「ここが噂の……一葉がいつも内緒で行ってた場所だな。ソレと一緒に」

 

 双葉はあたりを見渡し、僕の側にリャナンシーの姿を認めた。

 

『呪っていいかしら?』

「やめて」

『分かっているわ。でも、こうして見るとあなたの妹、素敵ね。ふふ…そう睨まないでちょうだい』

 

 本当に分かっているのだろうか。

 物騒にも呪っていいか、なんて質問をした口をすぐに笑みの形に変えて、妖精は双葉をじっと見つめている。

 双葉はすでに妖精に関する興味を失ったようで、別のホームを通り過ぎる電車の観察をしていた。電車が見えなくなって、後続も来ないのが分かると、双葉はエスカレーターを指さした。

 

「上まで上がるの?」

「エスカレーター同士を繋いでみる」

 

 メメントスのことはざっくりだけど、認知世界についての大体の事情はピラミッドの件の時に一度話している。何をしようとしているか理解したのだろう、双葉は無言で頷いた。

 ホームに出たおかげでエスカレーターはすぐそこにある。うまく繋げられれば帰れるはず。

 

「どこでもエスカレーター」

 

 四軒茶屋駅に繋ぐことに成功した。

 今回はかろうじて一発成功。時計を見れば、普通に電車に乗ってくるよりも早い時間だった。

 ミステリーのトリックみたい。実際起きてるのが超常現象なのがあれだけど。

 

「何も聞かないの?」

「聞きたいことは前に聞いた」

 

 認知世界…ひいては母の研究のことが気にならないはずがないと思っていた。以前の双葉なら気にしていたのかもしれない。

 

「一葉こそ、何も聞かないの?」

 

 作業の進捗とか、昨日のこととか、今日の誘いのこととか。聞きたいことがいろいろ頭によぎって、やっぱりやめた。

 そういう話をしたくて、双葉は買い物への同伴を頼んできたわけじゃないと思う。認知世界のことを話すとしても別に時間をとってすべきことだ。今日のところは一緒に買い物に行った事実だけあればいい。

 

「聞かない。ね、今日のお出かけ楽しかった?」

「うん」

 

 双葉はにこりと笑顔を見せた。久しぶりに正解を引けた気がする。

 仲直り、というのとは違う。昨日の不義理を許してもらえたわけではない。それとこれとは別。双葉の認知のなかでは、時間軸の連続性がおぼろげなだけ。積み重なることは少ないけれど、忘れることもない。独特の思考体系に今日は救われた。

 

「また、どこか行こうか」

「…浮気反対」

 

 双葉から誘うのはいいのか。結果は一緒だろうに、基準が分からない。

 ぷくっと頬を膨らませた双葉はずんずん大股で歩いていく。けれど、手はしっかり繋いだまま。街灯に照らされた長い栗色の髪を目で追いかけていたら、不意に双葉が振り返り、視線がかち合った。

 

「やっぱり、わたしがいいのか?」

 

 冗談だ、と間髪入れずに言って、すぐに双葉は前を向いた。答えは求められなかった。

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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