双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ジャングル大帝ならレオが好き。
夕映えになれのレオが寝返りを打つシーンは無修正で放送していいのか心配になるので初投稿です。




54駅目 弱さ

 

6月21日(火)

 

 

 今朝の双葉は、やはりというか引きこもりモード。

 いつも通り声をかけたものの一切の返答はない。昨夜のお出かけがあったから、何食わぬ顔で出てくる可能性を考えたけれど、別にそんなことはなかった。

 そのうち家を出る時間になってしまって、鞄を掴んで家を出た。

 

 あの買い物は何だったんだろう。

 双葉のことだから、こちらが思い至らないことを考えていそうでもあるし、フィギュアのことだけ考えていた気もする。

 今のところ、芳澤さんと付き合い始めたから態度が変わったという感じはない。むしろ、そのまま進めとかデートに行けとか背を押してくる訳で、正式に遠ざける理由ができたと認識している節もある。

 

 考えがわからないと言えば、芳澤さんもそうだ。

 恋愛のことがよくわからないと言うわりに、それらしいことを喜んでやっている。恋に恋する乙女と飯塚さんは言っていたけれど、彼女の片割れの事情を考えるとそう呑気に構えていていいこととも思えない。

 どうすればいいのか、さっぱり見当もつかないけど。

 

 

『浮かない顔ね』

 

 傍らで妖精が囁く。

 いつの間にか姿を現していた彼女は、わざとらしく首をかしげた。長い髪が垂れたけれど、実体を伴わないそれが床に触れることはない。

 

『妹が本命なのでしょう?

 恋人を作っても気が引けないなら、ごっこ遊びを続ける必要はないわ。それとも、ヨシザワというニンゲンが可愛く思えたのかしら』

 

 妖精がまた極端なことを言っている。

 いくら何でも全てスパっとなかったことにというのは難しい。前提から恋人の振りなので、芳澤さんは頷いてくれるかもしれないけれど、周りとの付き合いもある。

 

『可愛いのは自分だけ?

 …違うわね。あなた、人に傷つけられても構わないみたいだもの』

 

 妖精が近寄ってきた分だけ身を引いた。吸血あたりを企んでいそう。ついこの間、つまみ食いをしていたばかりで、あれから大して消費していないのに補充する必要はないと思う。

 リャナンシーは特に何かを仕掛けてくることもなく、言葉だけを継ぎ足していく。

 

『煩わしいなら、すべて手放してしまえばいいじゃない』

 

 やけにしつこい。

 何も考えずに耳を貸していてはいけない。幼い頃の双葉じゃないけど、どんなことも百回聞いたら本当だと思い込むことになりそうで、口の中だけで小さく反論した。

 

「…駄目だよ。ちゃんとしてないと」

 

 耳聡い…というか聴覚情報に頼っていないだろう妖精はうっすら微笑んだ。反応を得られたことで行けると思ったのか、妖精は僕の前に出る。

 道を歩いている時に前に出ないでほしい。視界が一部ふさがるから普通に危ない。失敗した。無視するのが一番だと分かっていたのに。

 

『何のために?』

 

 無視しよう。

 そう努めるけど、頭の余白で勝手に思考は進む。

 

 ちゃんとするのは身の安全のために決まっている。

 逸れものは普通には暮らせない。群れからの庇護を得るには、いい子でいる必要がある。安全な確率が上がるから。逸れもののまま生存しようと思うなら、一人で生活のすべてを完結できるくらい強くなければならない。

 元は間違いなく、まだ一人では生きていけない双葉を守らなければならないから。双葉でも勝てなかったのだから、せめて自分は強いものに従っていようと判断したはず。

 

 ……今は?

 双葉は一人で生きていけるようになろうとしている。

 今はできることを増やす段階にあるけど、やる気になった双葉なら、いずれ本当に達成すると思う。仕事を得たらあとは早い。身の回りのことができるようになって、できないことは外注して、母みたいにほかの誰にも凭れることなく生きていける。

 

『ね、あなた。よく考えなさいな。さもないと…』

 

 リャナンシーはみなまで言わずに姿を消した。悪いことが起きると言いたいのだろう。さすがにそのくらいは分かっているつもりだ。

 

 授業中であっても、埋まらない余白を使って思考は途切れることなく続いていく。

 何のために、双葉をこちら側に引き寄せて、普通の生活をさせようとしていたのだろう。

 

 

 幻影に囚われていた頃の双葉みたいに母を憐れんで、双葉を母の姿と重ねたから?

 ヒトが群れで暮らす生物である以上、他者との繋がりを幸福の要件だと思うから?

 それとも、双葉に必要とされ続けたいから?

 

 それは、真剣な願いなのだろうか。

 仮に、誰かに真正面から否定されたら?

 

(……うん、わがままは否定される。そっちが自然だ)

 

 基本的に放任主義で、消極的に双葉を支持した佐倉さんに対してもそうだった。自分に正当性がないと知っているから、怒りは発生しようもない。

 

 すべてに真剣でないから怒りもしない。

 これでは、本当に言うとおりではないか。一晩経っても心のどこかに引っかかったままの言葉が浮かぶ。

 

 引っかかっているということは、反論したいのだと思う。

 自分なりに頑張ったことがあったはずだと思いたくて、何一つ真剣ではないと言われるのは認めたくない。

 

 本題がそこになくても、近い話が出るたびに必ず首をもたげてくるだろう。こういうのは早めに片付けておきたかった。少なくとも芳澤さんとの関係については正しい指摘だったのもあって、その他にも当てはまっているのではないかと疑ってしまうのが良くないところ。

 つまり、わりと傷ついたので気にしている。

 一般論から考えるとそういうことだ。やっと、しっくりくる表現が出た。

 

 正攻法で考えるなら、仮に飯塚さんの言い分が正しいとして、反例を一つ出せばいい。

 直近で怒りを覚えたことを思い起こしてみようとして、雨宮先輩に刺々しい言葉をぶつけたことを思い出した。同時にちょっと落ち込んだ。あれはない。事前に飯塚さんのジャッジを聞いていたとはいえ、少なくとも何も起きていない段階で言うのは駄目だろう。

 少し範囲を広げて考えると、例の飛び降りの時の野次馬騒動に対しても怒ったかもと思い出した。

 

 なんだ、あるじゃないか。

 すべてに真剣でないことは棄却される。

 

(解決してないな、これ)

 

 個別の物事…双葉と芳澤さんに対して真剣でないのではないかという嫌疑を晴らすには、さして効力が無さそうだった。

 

 違いはなんだろう。雨宮先輩のときと飯塚さんのときと。

 野次馬騒動に関しては、人の生死に関わることが見世物みたいにされていたのが嫌だったから怒ったのだと思う。だから、怒る基準の一つに命の軽視があるのは間違いないと思う。けれど、日常生活でその基準が機能することは多くない。多くあってたまるか。

 第一、雨宮先輩に対してアレな発言をしたときは命がどうこうなんて話はないわけで、別の機序があるはずだ。

 

(…コンコルド効果?)

 

 すでに努力した分を惜しんでいる、というのはありそうな気もする。双葉とはずっと一緒にいたし。

 実際、それほど何かをしていない芳澤さんのことを言われたときは怒らなかった。その様子を見て腹を立てた飯塚さんはキツめのことを言った。しかし、真剣でない対象をすべてと定義したから、双葉をも含んだ言い方に僕は不満を感じた。

 

 これかもしれない。

 かなり身も蓋も無い…酷い結論が出てしまった。

 

 双葉に対して真剣だから大切にしたのではなく、大切にしたから真剣になったと。そのまま転用すれば、芳澤さんを大切にすれば真剣になるということ。なっていなかったのだから、それは糾弾されてしかるべきと言える。

 飯塚さんは芳澤さんと友達だ。自分が大切にしている相手を軽視されるのはいい気分はしないはず。

 結局、また飯塚さんの地雷を踏んだという話だった。

 

(このままで、って言ったからか)

 

 芳澤さんだけでなく、劇に対しても同じこと。真剣でない態度を見せたのがいけなかったのだと思う。

 

 芳澤さんに関しては、明日にでも本人と話をしよう。

 劇に関しては…どうしたらいいだろう。分からないなりに、真剣な人の真似をしてみようと思った。

 

 

 放課後、図書室を訪れた。

 すぐに目当ての人物を見つけた。眼鏡ちゃんだ。彼女は何を探しているのか本棚の前で並ぶ背表紙を目で追っている。

 眼鏡くんと連れ立っていたら茶々を入れるのはやめておこうと思っていたけれど、一人だったので、その辺りの関係は知らなかったことにして声をかけてみた。

 

「眼鏡ちゃん、少しいい?」

「あ、はい」

「台本についてなんだけど」

「は、はいっ…!」

 

 台本というワードが出たあたりで、眼鏡ちゃんはびくりと肩を震わせた。飯塚さん本人も色々口出ししたと認めていたし、この態度からして、こっぴどく言われたのかもしれない。

 

「ダメ出ししにきた訳じゃないから。ええと、飯塚さんに色々言われた?」

「そうですね…、ちょっと…」

 

 ちょっとじゃ済まなかったらしい。

 

「僕はいい脚本だと思うよ。ほんわかしてて」

「あ、ありがとうございます」

 

 強張っていた感じが少し和らいだと思ったら、眼鏡ちゃんは早々に態度を引き締め直した。

 

「でも…えっと、遠慮せずにダメ出し、して下さい。大丈夫です。貶しに来たんじゃないって分かってます…本当です」

「飯塚さんの言うことが全部正しいわけじゃないでしょ」

 

 眼鏡ちゃんはこわごわ頷いた。

 頭で理解していても、あれほど自信満々に言われたら気にしてしまうというのはあるけど。先程までの自分がそうだったし。

 

「聞きたかっただけ。なんで当然のように女装の流れなの?」

「えっと…それは、その……実は…私も…そう思います」

 

 眼鏡ちゃんの趣味でもある、なんて飯塚さんは言っていたけれどそうでもないのだろうか。

 他生徒が近くを通り過ぎていく。眼鏡ちゃんは小さくなって離れていくのを待った。

 

「奥に行く?」

「ですね。…その、人の邪魔になってしまいますし」

 

 人通りが皆無な奥の本棚の前に移動した。歴史書や哲学書などが並んでいる。

 ここならそこまで他の人の目も気にならない。お静かにと注意書きがあっても、お喋りをする生徒は多い。小声でやり取りするならここで充分だ。

 

「私の楽しいことは、その…みんなの楽しいことじゃありません…でした。だから、何をしたらいいのかわからなくなって…前の焼き直しを…?」

 

 歯切れが悪い。

 本人でも納得がいっていない様子というか。

 

「同じような間違いを、繰り返そうと…しているのは、どうしてでしょう…。

 馬鹿みたいです。もう一回やったら……今度は認められるかも、って思いたいんでしょうか…」

 

 気づいたら、じめじめスパイラルスイッチが入ってしまった。眼鏡ちゃんは少しの間、静かに考えを巡らせると、床を見つめながら先程よりも小さな声で言葉をこぼした。

 

「みんなが楽しいことが分かるためには…その、みんなの輪のなかに、入らなきゃ…いけないですよね」

「怖いよね。うまくやらないと弾き出されそうな気もするし」

「はい。怖いです…あっ」

 

 眼鏡ちゃんはぱっとこちらを向いた。

 

「わかったかもしれません。配役の理由。あの…聞かれたからには…お答えすべきなんですが……」

「いいにくい感じ?」

「えっと…情けない話を…します。あの…他の人…特に飯塚さんには、内緒にして下さい」

「うん」

 

 内緒にしていても色々と見抜かれていそうだけど、曖昧さを尊ぶ飯塚さんなら、内緒にしようとしているうちは触れないでいてくれそうだ。

 今までの話の流れでなんとなく想像がつくところもあるけれど、本人が話すと言っているから聞くことにした。言いたいことを全部言うとすっきりするみたいなところはある。聞き役は双葉相手に慣れていた。

 

「小さい頃は、そんなに悪いことだと思わなくて…あの小説が面白かったとか、アニメの出来も良かったとか、つい喋っちゃうんですよね。

 それで…ううん、たぶん誰でも良かったんです。たまたま、“オタクは犯罪者予備軍だから何をしてもいい”空気が…残っていて、それに合う人を……見つけたから」

 

 眼鏡ちゃんは見るからに大人しい。標的にしやすかっただろう。

 本当に誰でもいいなんてことはなくて、他の人との比較の結果、弱そうだから狙われた。

 

「受け入れたの?」

「…はい。怖かったから」

 

 だろうな、と思う。

 怒るのは勝てる目算があるときだけなのかもしれない。あるいは、怒っても叩き潰されないと分かっているときだけ。

 

「なので、役割だって思うことにしました。

 こういうのは順番で……私に悪いことを押しつけていれば、その間…あの人達は楽しく過ごせて、それで…みんなのためになるって。そういう…慰めをして…」

 

 眼鏡ちゃんは俯いて、再び床を見つめるだけになった。

 

「変わりたかった…けど、駄目でした。

 飯塚さんと話すとき、私はいつも子分です。そうすれば、少しは怖くなくて済むから」

 

 太鼓持ちをしている間は攻撃対象にはならないだろう。強いものに従っておこう。

 安全が保証されていない場所では、強いものにいい顔をする人のほうが生き延びられて子孫を残せたはず。だから、人は強者におもねる性質をもともと有している。

 

「あの配役は…飯塚さんの言うことだけ聞いて、勧められるまま一人の意見を受け入れ続けた…私の弱さ、です。

 ごめんなさい。嫌でしたよね…?」

「前ほどは嫌だって思ってないよ。そう言われたら、そうなっちゃったんだって分かったし」

 

 人の弱さを責められない。自分がそれに屈しない自信がないから。

 それは自分の内にもあるものだ。誰の内にもあるものだ。

 

「頑張ります。私、このままは…やっぱり嫌ですから」

 

 飯塚さんには、強さを振りかざした自覚はないだろう。少しはあるかもしれないけれど、こういう悩ませ方をしているとはつゆとも思っていなさそうだ。

 

「あのさ、本当に思っていること、飯塚さんには言えなくて、僕には言えるんだ」

「…私と同じタイプ、だと…私は勝手に思っているというか…ですね……」

「そうなの?」

「何というか…どこか人に怯えていませんか。そういう人はむやみに怒らないので…ほっとできる、というか……嫌じゃない?感じがします。

 …ごめんなさい、失礼…でした」

「いや、いいよ。合ってると思う」

 

 人間が大好きな人というのが何となく恐ろしく思えるのは分かる。

 しかし、嫌じゃない、か。その表現を少し前に聞いた。嫌じゃないから付き合う、というのは、むやみに手出ししてこないから安心して付き合えるという意味に読み替えられるのかもしれない。

 

「眼鏡ちゃんはさ、観察力があるよね。飯塚さんとは別の方向で人のことをよく見ているっていうか。

 輪に入らなくても、近くで見ているだけでも、みんなの面白いことが分かるんじゃない?」

「…そう、でしょうか」

「だって、いきなり人の輪にって難易度高くない?」

「ふふ、説得力がありますね…」

 

 今日はじめて笑った顔を見たかもしれない。矢嶋の言うところの親愛度上限解放イベントだったか。

 振動音が聞こえる。自分のスマホからではない。眼鏡ちゃんは携帯を取り出して、画面を見た。

 

「あ、えっと…お先に失礼します」

「うん。また明日」

 

 別れの挨拶を済ませたあと、眼鏡ちゃんはもう一度小さく笑った。

 

「あの、…ありがとうございました」

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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