戦場のフーガならブリッツくんが好き。
将来マズルが伸びてイケメンになることが予想されるお顔立ちのガチケモショタは助かるので初投稿です。
6月23日(木)
朝起きて、体のだるさを自覚した。頭の芯がぼうっとしている。どこかが痛いとかそういうのではないけれど、何となく調子が出ない。
まあ多分そうだろうなと思いながら、枕元の台の引き出しを開けて体温計を出した。一応測ってみる。体感より計器の方が正確なので。
37.4℃、微妙な数字が出た。
どうしたものか。
少ししたら落ち着くやつだと思う。喉も痛くないし、単に気が緩んでこうなっているだけ。経験上、休もうと休むまいと状況にさしたる変化はない。
どっちにしろ佐倉さんには伝えておこう。報告されるのは嬉しいらしいし。佐倉さんのことだから、学校は休めと言ってきそう。
「一葉、起きてる?」
「起きてる。すぐ行く」
「おー」
いつの間にか立場が逆転している。双葉は既に起きていたらしく、呼びに行く役目を任されたらしい。
無反応だと特に遠慮などなく突入されるので、ささっと用意を整えて部屋を出た。
「おはよう」
「うむ。一葉、いつもより出てくるの遅かった。調子悪い?」
「微妙」
「そうか」
すっと細い腕が伸びてきて、腕だの首だのにぺたぺた触れる。触診のつもりだろうか。
「風邪?」
「疲れじゃない? ここのところ用が立て込んでたし」
「一葉は体力ないな」
家からほぼ出ない双葉よりはあると思うけれど言わないでおく。
「じゃあ、今日はわたしとお留守番だな。そうじろうに言ってくる」
双葉はくるっと踵を返して、佐倉さんの元に戻っていった。信用がない。そのくらい自分で言うのに。
「それで、調子はどうだ?」
「微熱でした。7度4分。ほかは特に何とも」
「朝でそれなら休んだらどうだ?」
「そうします」
予想どおりの返しをされた。
この場合、時間帯とはあまり関係ないのだけど、隣の双葉がご機嫌モードになったので良しとする。
「うふふ、一葉が家にいる」
「喜ぶことじゃないぞ。はぁ…一葉、あまり双葉を構ってやるな」
できるか自信がなかったけど、頷いておいた。
「今回は長かったな。仲直りしたみたいで良かったよ」
別に喧嘩していたわけではないと思う、きっと。ずっと話がかみ合わなかっただけで。
「仲直りというか…」
「もろもろの事情を鑑みて、わたしが一葉の言うことを聞いてあげることにした」
「みたいです。ありがたいことに」
「そうかい。
じゃ、俺は行ってくる。何かあったら電話しろ」
安堵の笑みを残して、佐倉さんは店に出かけて行った。
部屋でうとうとと微睡んでいたら、何かの気配を感じた。双葉だろうか。扉を開けっ放しにしていたっけ。閉めたと思ったんだけど。
重いまぶたを開けると、目と鼻の先に人形のように整った顔があった。
「うわっ!」
何のことはない、リャナンシーだ。心臓に悪い。
ここ最近は認知世界にもほとんど行かないし、向こうから姿を見せることも話しかけてくることもめっきり減っていたから、本当に驚いた。
『小腹が空いたわ』
「“駅”に連れてけって…? 冗談でしょ?」
大体の敵はリャナンシーが先手で呪殺するとはいえ、万全じゃないときに向こうに行くのは危険だと思う。
『我慢しているのよ、これでも。今日は少し多めにいただいたけれど』
「ああ…そういう…」
それでこれか。
疲れが溜まっていたとか、気が緩んだとか、そういうのだけではなかった様だ。
『私は重荷でしょう?』
「守ってもらってる分は仕方ないでしょ」
生命力を提供する代わりに化け物たちから守るというだけの、単純明快な契約。
何を今更、と妖精を見やる。
『契約なら解消することもできるわ。
ニンゲンの一生なんて精々100年程度、そのくらいなら着いて行ってもいいと思って私たちは契約を結ぶけれど、ニンゲンはそうでもないみたい。
生涯を連れ添うこともあるし、悪魔合体の素材として新たな悪魔を生み出すまでの数秒だけ契約を交わすことだってあるのよ』
「身の安全を守るために必要って話だったよね。不意に向こうに落ちて、化け物に襲われたら死ぬんだけど」
悪魔合体とは。
知らない単語が出てきたけれど、話の筋とは関係なさそうなので、一旦置いておく。字面と文脈からして、モンスター使役形のゲームでよく見る配合システムみたいなものだと理解しておこう。
『確かにあなたが普通に生きていくには守ってくれる何者かが必要ね。けれど、ある程度強いなら私でなくても成立するじゃない』
「ほかに宛がないよ」
『宛があればいいのかしら?』
ペルソナとか?
そんなのが目覚めることなんてないと思うけど、仮にそうなったら、自分だけで認知世界の化け物と渡り合えるだろうか。
…うーん、肝心なところで運動能力が足りなさそう。
『あなた、もうあちらには自分から関わる気はないのでしょう?
こちらと道を繋ぐ術も、道具を使って逃げる方法もある。いざという時だけ、あの能力者のところに転がり込んで保護してもらってもいいじゃない』
そう聞くと、出来なくはない気もする。
大概の場合、リャナンシーが呪殺して解決していくので、その他の手段なんて考えたこともなかった。
『私がいなければ、あなたはあなたの力を私の維持に使わなくてよくなるわ。私、安い女じゃないの。現実世界に留まるには、ね』
強い力を手にするには、相応の対価が必要。そういう意味なら他の化け物たちと比較してリャナンシーは異常なまでに強い。
ただ、リャナンシーを維持するにあたって必要な生命力と、別の手段で身を守るときのリスクと、どちらが重いのか判断がつかない。
少なくとも、今の提供量ではリャナンシーを維持するのに足りていないのだろうということは分かる。
「どのくらい足りないの?」
『あなたの1日の回復量では、姿も見せず、声も出さずにいても少し足りないわ。認知世界に行くなら快く分けてくれる存在もいるけれど』
快く、だろうか。命ごと毟り取っていることには触れないでおこう。
“駅”によく行っていた頃と違って、向こうの連中に吸魔だの吸血だのを仕掛けられなくなっている分、エネルギーの供給源は僕だけになっている。少し多めに回収されただけでこうなっていては日常生活に支障をきたす。
「今日、多めに回収したのは話をするため?」
『違うわ。あなたの気が緩んだせいね、いつもと同じだけ取ろうとしたら取りすぎたの。
いつかうっかり殺してしまいそうだわ。死んでほしいわけではないのよ。私を側に置く男は早くに死んでしまうだけで』
リャナンシーという妖精はそういう存在だと伝えられている。湖に住まい、恋人として振る舞い、霊的な才能を与える代わりに人の命を吸い取ってしまうと。
このリャナンシーとイコールで結べるかは置いておいて、大衆に認知された名称を使う以上、似た性質を持つのは当然と言えた。
「それで、契約を解消するって話か。“駅”に行かないなら維持費すら払えないから」
『あなたが私を選んだのは成り行きで、私があなたを選んだのも利害が一致していたからに過ぎないでしょう?
互いに利がなくなれば共にいる必要はないわ』
その場での最善と思われる選択肢を選んだからこうなっている。状況が変化したなら、契約も変化していいだろうという意見は分かるし、不都合がなさそうならそれでもいいのかもしれない。
「リャナンシーは現実世界に留まりたいんだと思ってた」
『昔はそうね。今はどうかしら。
ここは私の知っている東京とは違うもの。大人しくあるべき所に収まるべきだったのかもしれないと近ごろは思うのよ』
「あるべき場所って、たまに話に出てくるちょっと現実味のない東京のこと?」
『いいえ。きっと、そこには私でない私がいて私の席はないわ』
相変わらず妖精の話すことは理解しがたい。
私でない私というのは別個体のリャナンシーを指しているのだろう。認知世界の存在には、同一種族の別個体が多くいる。
リャナンシーの昔語りで出てくる東京は東京ではない。
ジャンルとしては、ポストアポカリプスかファンタジー。人の代わりに神々が闊歩しているらしいし、地面は砂に覆われて、ビルは倒壊しているとか。聞いてないけど、スカイツリーなんかは樹になっていてもおかしくない。
何かの創作物と混同しているか、誰かのパレスといったところか。東京が滅んでいると本気で認知している誰かの認知世界、ありそうな予想だけれど、なんとなく違う気がする。
「どうすれば契約を解消できるの?」
『正規の手続きではなかったから、あなたからの契約破棄は難しいかしら。そうね…私が消滅すればいいんじゃない?』
「それ、リャナンシーが死ぬってこと?」
『ニンゲンの死とは違うわ。メメントスに…人の心の海に還るのよ』
難解なことを言っている。
「“駅”で見かけるリャナンシーみたいになるって意味かな」
『そうね。あの子たちとは違うけれど』
「他のリャナンシーは電撃撃たないしね」
普通のリャナンシーは、どちらかと言えば、向こうの存在の中では弱い部類だ。
大体なんでも貫通する電撃なんてものが標準装備でなくてよかった。そんなのがゴロゴロしていたら命がいくつあっても足りない。
『本の写しなのよ、私は。記録をもとに幾ばくかの対価によって形を得たもの』
本というワードは以前にも出てきた。確か、肉体…脳という記憶媒体がないのにどうしてものを覚えていられるのかと聞いたときに、本に書いておけばいいなどと言っていた。
単なる例え話ではなく、本当に記憶や経験を何らかの媒体に記録しているとしたら、そういう事も出来るのかもしれない。それに、
「記録を複製したってこと? 誰が、なんのために? 元の本はどこにあるの?」
『分からないわ。私はよく覚えていないのよ。
認知世界の私は、不特定多数のニンゲンに記録されている私。この私は、あるひとによって施された書き込みも含んだ私。
ああ、雨宮というニンゲンも似たようなことをしているようね』
情報量が多い。
こんなところでも雨宮先輩の名前が出てくるとは。問いただしたいところだけど、妖精を介するより、本人に聞いた方が早いかもしれない。
『私ね、そのひとがどうして私を選んだのか知りたかっただけなのよ』
リャナンシーは幼子のように微笑んだ。常に暴力的で、こっちが理解できないようなことばかり話すくせに、ふとした時に無垢な姿を見せる。気味が悪いくらい。
そのひとに思いを馳せる妖精は、いつかの双葉みたいに、ここではないどこかを見ているよう。見ていられなくて目をそらした。
『だって、私じゃなくても良かったの。強い悪魔は他にもいたわ。それなのに私を連れて歩いて、おかしいでしょう?
ニンゲンの側にいたら理由が分かるかと思ったのだけど、とんだ思い違いだったみたい』
元が普通のリャナンシーなら、このリャナンシーに至るまでにどれだけの努力を要したのだろう。
人の心を感覚的に理解できなくても、その積み重ねには意味があったと推測できる。けれど、理解には至らなくて人に付き従う自分を再演していた、ということか。リャナンシーが恋人の真似をする妖精でなければ、理解する必要もないと疑問を切り捨てていたのかもしれない。
「一つ確認なんだけど、今している会話は写しに書き込んでいるの?」
『ええ』
「人の心の海に還ったら、元の本のリャナンシーになるってこと?」
『そうね。それがどうかしたのかしら?』
「ううん、何でもない」
つまり、このリャナンシーは死ぬらしい。
バックアップから復旧しても、残らないものはある。その正体を知りたいと宣ったくせに、このリャナンシーは特に気にもとめずに利害関係が保てなくなったからと契約解消を提案してきた。10年弱の付き合いも無意味だったとされては敵わない。妖精というのは、これだから。
こんこん、と部屋の扉がノックされて、その音で目を開けた。
「一葉、お昼食べるでしょ。喜べ、わたしの手料理だぞ」
いつの間に眠っていたのだろう。
というか、先ほどのリャナンシーとのやり取りは夢だったのだろうか。周囲に妖精の姿は見当たらない。
『契約解消の件、今すぐに決めろとは言わないわ。考えておいてちょうだい』
声だけが聞こえて、夢ではなかったらしいとだけ分かる。
「早く開けろ。手が熱い」
部屋の扉を開けると、両手で器を持った双葉が入ってきた。お盆を使えば済む話だけど出すのも仕舞うのも面倒だったのだろう。基本的に物ぐさなところがあるので。それにしては、カップ麺などではなく、ちゃんと器に入ったものが出てきたのは意外だ。
「レトルト雑炊とみた」
「残念。レトルトお粥に青菜のふりかけとお餅を足したやつだぞ」
「豪華だね」
予想より手間がかかっていた。このパターンで、手料理と自信満々に言われても納得できる範囲のものが出てくることあるんだ。
「美味しそう」
「褒め称えるがいい。わたしはちゃんと料理もできる!」
もしかして、芳澤さんに対抗心を燃やしているのだろうか。
「…芳澤のこと考えてるな?」
「なぜバレたし」
「やーいひっかかった」
鎌をかけられていたらしい。
「心配症」
さっさと食え、と器を押し付けられた。沈みそうになっている匙を救出して、口に運ぶ。ちゃんと美味しくできていた。
「芳澤のこと、そんなに気になるか?」
「まあ。本当に何もしなくていいのかなって」
「一葉が助ける義理はない。それと訂正。恋人関係でいる時点で、何もしていないわけじゃないぞ」
「そうかもしれないけど…専門家に聞いてみるとかさ」
例の事故直後に芳澤さんのカウンセリングを担当したのは丸喜先生だと本人から聞いている。その時はただのクラスメイトだったから詳しい話はしてもらえなかったけれど、今は状況も違う。
「丸喜拓人のことを言っているなら、やめたほうがいい」
「確かに現状維持派だったけどさ」
丸喜の姿勢は一貫している。苦しい思いをしてまで立ち向かう必要はない、というスタンスだ。
教師…つまり課題に立ち向かうための学力をつけさせようとする存在だらけの学校で、丸喜先生だけは純粋に守ることだけを考えている。一部の生徒から人気があるのも、このためだろう。
「芳澤の家族のやり取りを抜いた」
「アウトだよ」
「座右の銘は“バレなきゃ犯罪じゃない”」
「世の中の罪はほとんど非親告罪では?」
息をするように通信の秘密を暴かないでほしい。普通に罪だから。僕なら同意のもとやってるからいいとして、何も知らないよそ様のだし。
「細かいことは気にするな。
抜いたのは母親と父親のやり取りだ。芳澤の親は一葉に言われるまで娘が自分を“かすみ”と思っていることを知らなかったらしい」
「丸喜先生が親に説明しないのはおかしいって? 人の生死にはギリ関わらない部分だし、守秘義務の範囲と言われたらそれまででは?」
全然違う、と双葉は首を振る。
「もっと遡る。事故直後、春休み。
この頃の芳澤は相当塞ぎ込んでいたらしい。死ぬのが自分の方なら良かったと口にするくらいには。その後はカウンセリングが合ったよう良かったとか、そういう会話になってる」
「待って、事故直後の芳澤さんは“すみれ”だったの…?」
それなら話は変わってくる。
“すみれ”はカウンセリングで良くなったと親が認識しているということは、その時期に今の精神状況になったということ。
「つまり、カウンセリングの過程で、自分は“かすみ”だと思い込むように丸喜先生が誘導したかもって言いたい?」
「さあ。芳澤が自分でそうなったのかもしれない。丸喜は見ていただけの可能性もある。
ただ、傷心の子どもに嘘を信じさせる方法を、わたしは知っている」
そうでない可能性を挙げつつも、丸喜先生のことをこれっぽっちも信用していないらしい。歪められたかもしれない友人を思って、双葉は義憤に燃えていた。
丸喜先生がそういうタイプの人間には思えなかったけれど、不確定な話として覚えておくことにした。
「一つ思ったんだけど」
「駄目」
聞く前から否定された。
「自分が丸喜に相談しに行く、という案なら一葉は良いように丸め込まれるから駄目」
「全部そのとおり言おうと思ってたよ」
「一葉検定1段だからな」
双葉はふふんと胸を張った。謎の検定が増えているし、知らないうちに昇段していた。
「だが、丸喜のことが気になるのも確かだ。
芳澤の現状をどう思ってるのか聞くだけなら…いや…でも一葉だしな……うん、最悪わたしが引き戻せばいいか」
丸め込まれることは双葉の中で確定しているらしい。否定できるだけの根拠をまるで用意できなかったので、大人しくしていることにした。
「よし、やっぱりいいぞ。
丸喜のことを好きなだけ探ってこい」
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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その他(感想へ)