双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ぼくらはカセキホリダーならデュナちゃんが好き。公式絵が漫画版以外存在しないのが悲しいので初投稿です。


6駅目 明日に向けて

 

 

 

4月17日(日)

 

 

 推定いつもの時間に目を覚ますと、目と鼻の先に双葉の寝顔があった。

 というか、引っ付かれている。人体は抱き枕には不向きだと思うのだけど、うまい具合に絡まっているらしい。

 

 どういう状況だこれ。

 ともかく、起こさないようにそうっと腕を退かして脱出を試み、

 

「おはよ、一葉」

 

 ぱちりと開いた目が、ふにゃりと弧を描いた。。

 そういえば、昨日は結局、部屋に戻らずうだうだしていたら寝落ちしたような気もする。

 身内でもこの年で同衾はまずいだろ、と前世で培っただろう良識が脳内で囁いているが、にまにま笑う双葉はいつになくご機嫌である。

 

「朝チュンってやつだな」

「……順調に双葉√の攻略が進んでるみたい」

「声カッスカスだぞ」

 

 双葉は何が面白いのかひとしきり笑ってから伸びをする。

 枕元のゲームソフトのパッケージが押し退けられて、脱ぎ捨てたままの服に落ちて鈍い音を立てた。

 

「……片付けしないとね」

「来週でいいぞ」

 

 自分でやる気はない。というか、その発想もないと見た。

 布団の重力を振り切った双葉は「そうじろうのとこ行く」と出ていく。僕もあとに続いて、慎重にベッドから降りた。

 

 置きっぱなしだったスマホやら薬やらを回収して、自分の部屋に放る。スマホがベッドで跳ねてカーペットの上に落ちた。横着するとこうなる。

 着替えようか、衣装箪笥を開けて適当な服を出す。そういえば、昨日着替えたときに置いておいた服は消えている。佐倉さんが洗濯に回したのだろう。

 お礼を言っておかないと、などと思っていたらタイミングよく佐倉さんが様子を見に来た。

 

「具合はどうだ?」

「大分いいです。あと、洗濯ありがとうございます」

「自分ののついでだよ。

 今日はなるべく黙ってろ、声でなくなるぞ」

 

 それ以外は本当にマシになった。

 武見先生パワーだろうか。例の謎の薬は驚くほどよく効く。現代版魔法の弾丸なので。

 これもまた認知、というかプラセボ効果かもしれないけど。

 

 いつもなら店に行く時間が迫っているのに、佐倉さんは部屋に留まったまま。

 不思議に思って何か言おうとする前に、佐倉さんが聞くだけ聞いてくれ、と前置きをして話し始める。

 

「仲直りはできたようでなによりだ」

「?」

 

 誰と? 双葉と?

 そもそも喧嘩した覚えはない。怒らせたのはそうだけど。

 納得いかないと顔に書いてあったのだろう、佐倉さんは呆れ顔で頭を掻いた。

 

「もう少し自分の意見を言ったらどうだ? 双葉の言うことを律儀に全部聞いてやる必要はないだろ」

 

 それは、そうかも知れないけど。

 ただ、こう、どうしても。双葉に何か頼まれるときは、つい無条件に応じてしまちがちだ。

 ネットで火遊びしていた中学時代に、たとえ双葉のお願いでも、罪に問われそうなことは代案を出そうと誓ったけれど。

 まあ僕のことだ、二度とやらないとは言い切れない。

 

「あー、なんていうか。

 双葉より大事なものとか楽しいことがあってもいいんじゃないか?」

 

 それは、駄目だ。

 双葉より優先することがあっていいはずがない。

 

「まあ、今すぐどうしろって訳じゃない。

 双葉から聞いたぞ。友達に送ってもらったんだって? いいやつじゃねえか」

 

 代わりに、双葉に連絡するのを忘れてしまった。いつも頭のどこかでは双葉のことを考えているのに。

 矢嶋と四軒茶屋を歩いたとき、不思議と双葉のことを考えていなかった。体調のこともあったけど。

 

 嫌だな、と思う。

 それじゃあ双葉を裏切ってるみたいだ。双葉には僕と佐倉さんだけなのに、僕には他の人もいる。双葉の自由意思で決めたのならそれでもいいけど、今の双葉は選ばされているだけだから。

 

「俺は店に行くとするよ」

 

 

 

 

 昨日寝すぎたせいで全く眠くない。

 まだ本調子でないにしろ、声以外は大分よくなっている。

 

 真っ昼間から何をするわけでもなくベッドに寝転んでいると、いろいろと考え込んでしまう。

 ここ数日に噴出した問題と、もとからある問題、すべてに取り組むには僕の体力が持たない。

 少しやることを絞らないといけないと思う。単純にキャパオーバーだったし。

 中学時代に進めていた駅の探索や、母の研究の行方を追うことなどは後回し。

 今すぐやらなきゃまずいことだけやるべきだ。

 

 

 一番に思い浮かぶのは金曜日の、あの城について。

 

 また入ってしまった。

 うっかり矢嶋まで連れて。雨宮先輩たちが戦っていたような、想像上の存在達に食い殺されてもおかしくなかった。

 城の件は、山積する問題の中でもとりわけ衝撃的かつ緊急性の高いものだ。

 

 個人の認知世界が、あそこまでになっているのは僕も初めて見た。

 普通なら個人なんて集合的無意識の一要素でしかない。なのにあの城には、集合的無意識、つまり駅との関連が、ほとんど見て取れない。駅には、目に見える形で無数の線路や赤黒い血管もどきであふれているというのに、城にはそれらしきものが一切なかった。

 

 僕が望んで入れる認知世界は駅だけだ。

 僕もまた集合的無意識のうちの一要素、という認知によって道が開かれているのだろう。

 

 もし、これが鴨志田だけに起きた現象でないとしたら厄介だと思う。

 個人持ちの認知世界なんて、主の思いのまま、何でもありの空間になるはずだ。認知訶学の枠組みの中で理解できる現象とはいえ、実物を見てしまうと頭が痛い。

 僕が知らないうちに、対処のしようもない大量の認知世界が発生しているということなのだから。

 

 そもそも、他人の認知世界なんて、どうやって入るのだろう。

 だって、相手は自分じゃない。その強固な認知がある以上、入れるはずがない。

 

 

 この件で鍵になるのは雨宮先輩だ。

 

 先輩は城に何度も入っている。

 最初は城のことについて余人に話していたようだし、同様に入れる仲間を探していたか、事故のようなものだったか。

 どちらにせよ、城に入る実験を繰り返し、戦う力を得て何かをしようとしている。

 リャナンシーが彼らのことを弱いと評するように、まだ城の奥まで侵入できるほどの実力はないだろう。けれど、着実に支度を整えているから、いつかはたどり着いてしまいそう。

 武見先生のところで薬を買っていたのも、向こうで使うためだろうし。

 

 仲間と思しき他のメンバーも調べた方がいい。

 

 あの真っ赤なライダースーツの誰かとか。おそらく高巻杏という人物だと思う。二つ結びの金髪は目立つ。

 裏掲示板での作業中に、彼女の身体的特徴と暴言が並べられていたのを見た覚えがある。あの作業がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 きちんと浚えば、確定情報かどうか分かるはず。

 

 坂本先輩は鴨志田先生と確執がある。

 正確なところは分からないけれど、他学年にまで伝わるくらい有名な話。

 

 もし、高巻杏までも鴨志田先生と何かあるようだったら、まずいことになるかも知れない。つまり、完璧な殺人事件が起きるかもしれないということ。

 言葉にすると大袈裟かもしれないけれど、人の生死が関わった事件は既に起きてしまっている。認知世界では何が起こってもおかしくない。

 早々に雨宮先輩たちが何をしようとしているのか知る必要がある。

 

 それから、黒猫。

 雨宮先輩の鞄に収まっていたあれは超常のものだ。

 どこの神話や伝承の存在か知らないが、人でないものが人間に干渉してくることは、時によい結果を招くこともあるけれど、大概は彼らの面倒事を持ち込まれることを意味する。彼らの理屈は僕らのものとはズレている。

 よく分からないところで地雷を踏んでえらい目にあったり、怪しげなことを吹き込まれて碌でもないことに利用されたりする可能性を考えると、放置できない。

 

 

 だから雨宮先輩関連でやることは三つ。

 

・仲間についての裏取り

・雨宮先輩たちの目的を知る

・黒猫の正体を探る

 

 そこが明確なら、あとは具体的な方法を決めるだけ。

 

 

 高巻杏(仮)の人物像などは、裏掲示板の魚拓を見返せば、ある程度は分かる。

 もちろん悪意で歪められている分、学校で実際に調べて補正する必要はあるけれど。

 

 諜報はリャナンシーが得意だ。

 なにせ、妖精たる彼女が現実世界で他の人に姿を見られることはない。実体を持たない彼女は、仲魔契約を軛にして僕にだけ見えるし聞こえる。

 一歩でも認知世界に入ったら姿を見られるだろうけど、今のところ放課後以外は城に入っていないから、授業中や昼休みを狙おうか。

 

 

 雨宮先輩の目的を知るのに、素直に問いただすのは難しいだろう。嘘だってつけるし。ポーカーフェイスだし。

 リャナンシーなら、奇襲して駅に引きずり込んでから魅了して口を割らせればいいとか言いそうだけど、強引なのは最終手段にしたい。

 とはいえ、認知世界のことを話さずに、認知世界でのことを聞き出すのは至難の業だ。雨宮先輩たちがどこまで認知世界のことを知っているかも分からないし、変に聞き出そうとして余計な情報を与えたくない。

 なんとかして、情報を抜くか。

 

 ……そういえば、ルブランには盗聴器を仕掛けていた。

 まずい。受信機は双葉が握っているわけで、店で何か秘密の作戦会議でもしていれば双葉に筒抜けになる。

 幸いにも、双葉は僕の動向を追う方にばかり注力していた。決定的なことは聞いていないと思いたい。

 双葉から怪しまれずに受信機を譲り受けるのは無理だろうし、早いうちに盗聴器を回収しよう。このタイミングなら、佐倉さんに怒られたから、とでも言えばそれっぽいし、もう一度仕掛けて欲しいなんて頼んでこないだろう。

 

 思考が逸れた。

 雨宮先輩たちの目的については、直接聞くよりも、仲間内の会話を探るのがいいかもしれない。

 メッセージアプリを使っているだろうから、それをのぞき見ることはできなくないと思う。ただ、僕に双葉がやるみたいな魔法の域にあるクラッキングはできないし、普通に犯罪だ。見られる可能性を意識した文章で会話していたらお手上げだし。

 そういうことも考えると、実際に集まって話しているところを押さえられれば一番いい。雨宮先輩たちの放課後の動向を気にしよう。

 

 

 例の黒猫の正体を探ることの優先度は、先の二つに比べると低い。

 何者かわからなくても、排除するだけならリャナンシーに頼めばいい。危険性が見えたら容赦なくやってもらおう。

 

 僕の方は、直接的には触れずに、神話や伝承の方面から調べてみようか。

 リャナンシーのときは名前を教えてもらったから調べやすかったけれど、今回は手がかりが少ない。ネットでざっくり調べて、あとは図書室か。

 まあ、これはダメでもともと。

 伝承と実態のズレはリャナンシーが証明しているし、それっぽい資料が見つかったとて必ずしも当てはめられるわけではない。

 

 雨宮先輩たちのことを探るうちに、猫の性質が少しは分かるかもしれない。

 昨日見た限りでは、少なくともすぐに丸かじりしてくるようなタイプではなさそうだから多少の時間をかけてもいいだろう。

 

 

 やることは決まったので、今日のうちにできることからやっておきたい。

 

 はじめは裏掲示板、特に高巻杏(仮)関連。

 裏掲示板にアクセスしてみると、生徒たちの書き込み頻度はさらに落ちている。その分、より洗練された悪意ある投稿が際立っているような感じだ。

 ざっと見たところ高巻杏(仮)に関連していそうなものは見当たらない。流し見ていると、ひとつ投稿が消された。双葉の仕業だろう。

 

『もしかして、昨日もコメ消しやってくれてた?』

 

 すぐに既読がつく。

 

『自動でな。手動でもやってるけど、禁止ワード設定しただけで大分減ったぞ』

 

 文字越しにドヤ顔が見える。

 

『ここまできたら、いっそ全部消すか?』

 

 平日のうちにきれいなインターネットになりつつあった裏掲示板だが、それ自体を消滅させることを提案された。

 僕は治安さえ保てれば裏掲示板自体を潰すつもりはなかったけど、学校全体の治安レベルを考えると、潰すほうがいいかもしれない。

 生徒たちも突如として誹謗中傷やら個人情報丸出しの投稿が消されるようになって、裏掲示板から姿を消している。わざわざ隠れて掲示板を使うのだ。元々そういうことにしか用途がなかったということか。

 

『いいけど、もっとアングラ化するでしょ』

『もう湧いてる。

 昨日一葉が寝てる間に浄化してた。でも面倒いから、湧いてくるの全部潰したい。いい?』

 

 消すところまでしたら、より深いところに潜っていったり散り散りになっていったりして、どこかで追いきれなくなるものだが、双葉は楽しくなってきたようで徹底的に全部潰して回るつもりらしい。

 新たなサイトができたとて、全員が引っ越す訳ではないし、もぐらたたきを続けていけばいつか消滅するだろうけど、ストレートに力技だ。

 

『いいと思う。任せていい?』

『任された!』

 

 結局妹に投げて、言い出しっぺが何もしないのが気にならないでもないけど、双葉が外のことを気にしてくれるの自体はいいことだ。

 ネット上とはいえ、同年代のことに目を向けるわけだし。

 それに、不安を紛らわせるのは没頭しかない。双葉が裏掲示板に集中している間は他のことを考えずに済むだろう。オマケにルブランの盗聴器からも気が逸れる訳で。

 

 

 裏掲示板の魚拓を引っ張り出す。

 高巻杏(仮)の情報っぽいものはいくつか残されている。

 

『金髪目立ちたがりクソ女、お高くとまってるのムカつく』

『高巻ってモデルばっかやって勉強とかしてなさそう。写真越しにも馬鹿オーラが出てる』

『前に鴨志田の車で登校してたんですけど、キモすぎ』

 

 数え役満だろこんなの。

 鴨志田先生に恨みを持っているだろう三人と、明らかに普通でない猫。行くところまで行ってしまいかねない取り合わせ。

 その気がなくても、その場のノリと勢いで認知世界の鴨志田を……なんて悪夢だ。

 

 拾える限りの情報を拾って、一旦やめにする。後は明日以降にリアルで調べよう。

 

 

 黒猫のことも軽くネットで調べてみたところ、一番近そうなのでケット・シーあたりだろうか。

 二足歩行で人語を扱い、普段はただの猫として振る舞う。特に悪さをする描写も良いことをする描写もない。僕たちとは異なる理屈で生活する一般的な妖精の類だ。

 

 ただ、駅で何度となく見かけた紫色のケット・シーとは似ていない。あれは長靴をはいた猫も混ざってそうだし、黒猫にも何か別の要素が混ざっているのかも知れない。

 猫の伝承は恐ろしいものも多い。安全そうに見えても、何が混ざっているかも分からない。よく観察しておこう。

 

 

 できれば明日から、学校で雨宮先輩たちのことを調べたい。あと店の盗聴器の回収も。

 体感的には行けるはずだ。

 

 それと、矢嶋にお礼を言っておかないといけない。自分の時間を使ってくれたわけだし。

 

 

 スマホの画面を落として、ごろりと仰向けになった。

 ずり落ちた掛け布団を首まで引っ張り、眠くはないけれど目を閉じる。明日からはまた忙しくなるだろうから。

 

 

 

 




貯めていた分は放出しきったので、週1〜2話更新を目指します

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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