双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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蟲師のギンコが好き。
飛蚊症のもやが見えると「蟲ですな」と内心一人ごちて遊んでいるので初投稿です。




61駅目 仮の面

 

6月27日(月)

 

 

「おはよう」

「おはようございます」

 

 朝の通学路で雨宮先輩に声をかけられた。鞄からは黒猫の頭が見えている。このパターンは多分、認知世界に行くから事前に伝えに来たということだろう。

 

「向こうに行くんですか?」

「明日行く」

「分かりました。

 今日みたいに予定が決まっているときは、早めに教えていただけると助かります」

 

 以前みたいに、出先で唐突に認知世界へ連れて行かれてしまうという罠はできるだけ避けたい。

 

「そういえば、生徒会長も仲間に引き込んだんですね。どんな魔法を使ったんです?」

「理念に共感してくれた」

「思いついたセリフのなかで一番テキトーなのを選んでません?」

 

 教えるつもりはないみたいだ。

 理念に共感したとか、その手の言葉は入社面接でしか発しないものだと思ってた。

 それに、仲間入りするということは命を懸けて戦うということ。ペルソナに目覚めたとて、危ない場面には出くわすだろう。戦う覚悟を決めるのに、理念に共感したなんてふわっとしたものが理由になるだろうか。

 

「流れ的に、ピンチの生徒会長を助けるためですよね。そんなことそうないと思うんですけど」

 

 誰も助けてくれないから自分で助ける、そういう自助のグループならまだ理解できる。前々回の鴨志田先生の事件も、前回の斑目氏の事件もそうだった。

 しかし、生徒会長を張れるほど優秀な先輩が、怪盗団に助けを必要とする場面に出くわすとはあまり想像できなかった。

 雨宮先輩は頷いた。

 

「脅迫された」

「ええと…誰に?」

『ターゲットに、だ。

 バーに立ち入っていた写真を学校にバラされたくなければ金を出せってな』

 

 また面倒なことになっているものだ。

 そういう星のもとに生まれた存在だと思っているから、大抵のことでは驚くまいと思っていたのだけど。

 

 大きい事件の方からやってくるとして、ターゲットは何者だろう。

 最近話題になっていることと言えば…ああ、そういえば怪しいバイトが注意喚起されていたっけ。とかげの尻尾切りみたいに下っ端だけ捕まえられて、上は捕まえられてないとか。

 

「もしかして、渋谷の事件の親玉にでも喧嘩売ってるんですか?」

「察しがいいな」

 

 当たってるのか。

 言ってみただけだったんだけど。既にターゲットに接触しているし、脅されてもいると。

 

 お金を要求されたなら脅迫罪だし、警察に駆け込んだら対応してくれないものだろうか。特に生徒会長は家族に冴さんがいる訳で。不思議な力が働くこともあるけれど、現体制側でない相手なら普通に動くと思う。

 …証拠がないのか。口頭で脅されたなら証明ができない。録音でもしていれば勝ち目があったかもしれないけれど、それは後から言っても仕方ない。

 でも、証拠が何もなくても脅されているという市民の訴えがあったら、警察だって捜査しそうな気がする。常日頃から捕まえたいと思っているならなおさら。詳しくないからその辺りの処理がどうなるのかよく分からないけど。

 

 なら、期日の問題かな。

 正式な手続きを踏めば時間がかかる。学校側は雨宮先輩や坂本先輩を疎ましく思っているだろうし、事件発覚でこれ幸いと退学処理でもされてしまえば、その先はかなり苦労することだろう。うん、しっくりくる。

 何にせよ、部外者が口出しすることでもないか。当事者は今思いつくくらいのことは時間をかけて考えているだろう。

 

「大変ですね」

「決めたことだ」

「そうですか」

 

 仕方なかった、なんて言い方はしないらしい。

 

「…怪盗団が目立てば目立つほど、事件の方からやってくると思います。今までも今回も勝てても、その先は違うかもしれません」

 

 規模を拡大しすぎたものは破綻しがちだ。個人で始めたはずのことが、大きくなるにつれて自らの意思…人格でも宿ったかのように制御が利かなくなって、自分たちの手を離れてしまう。

 

「掛け金はどんどん釣り上がっていきますけど、勝つのはいつも胴元です。先輩の選択は、そういう理不尽なゲームにフルベットするような行いに見えます」

 

 坂本先輩と違って目立ちたいタイプにも見えない。高巻先輩ほど無邪気に正義を信じている風でもない。

 大人しくしていれば保護観察期間も終わるのに、何事もなく平穏に暮らす道を手放してまで雨宮先輩が怪盗をやる理由が理解できなかった。

 

『止める気はないんじゃなかったのか?』

「猫はともかく、人が人の心配をするのがそんなにおかしいですか?」

『コイツ、一々一言多いぜ』

 

 横槍を入れてきた猫が悪い。

 1年だけの付き合いの相手ではある。けれど、双葉を助けようとしてくれた稀な人間を、それなりに大事に思っているから言ったのだ。余計なお世話だったみたいだし、二度は言うまい。

 

「声を聞いた」

 

 先輩はぽつりと零した。

 

「何かの啓示でも受けました?」

「分からない。聞こえているならまだ勝機はある、みたいだ」

 

 意味が分からない。

 けれど、今までも想像していた通り、形而上の何か…認知世界の住人から何かしらの干渉を受けているらしい。そして、こちら側に干渉できるような強いものから望まれたことから簡単に逃れられるとは思えなかった。

 

 それが、決めたこと…自分の叛逆の意志だと先輩は言うのだろうか。

 選ばされたことを、さも選んだことのように自分の思いを重ねて認識すればいいだけなら、ペルソナというのは随分と都合のいい力ではないか。

 

 

 

「おはようございます。昨日はゆっくり過ごせましたか?」

 

 芳澤さんはにこりと笑った。

 昨日は家のことをして、二度寝をして…それだけだな。練習に行っていた芳澤さんとは1日の密度が違いすぎる。

 

「うん。気を使わせたみたいでごめんね」

「いえ、いいんです。無理に見に来なくて大丈夫ですよ」

 

 そうは言っても、前回見に行ったときはあれだけ喜んでくれたわけだし、別に行こうと思えばいけたわけだし、申し訳ない気がする。

 

「でもさ、何か悪いなって」

「私の好きなことに興味を持ってくれるのがとても嬉しいです。私のことを見に来てくれると、いいところを見せようといつも以上に頑張れちゃいます。

 でも、実をいうと皆がいる中だとちょっと恥ずかしい気持ちもあってですね…」

「そうなの?」

 

 いつもはきはきと話す芳澤さんが少し照れくさそうに言葉を濁した。

 あの時は純粋に喜び100%に見えていたけれど、そうでもなかったのか。

 

「嫌だとか、人に何か言われたとか、そういうのではないんです。

 何と言いますか…こんなに幸せでいいのかなって思ってしまって」

「いいでしょ、幸せで」

「はい。

 あの子だって、私が幸せな方が嬉しがると思うんです。だから、それほど負い目に感じるとは自分でも思っていなかったんですけど…。

 不思議ですね。自分の内側のことなのに、一葉くんに気づかせてもらいました」

 

 それが恥ずかしいという気持ちなのかはさておき、そう感じているのは“すみれ”だったようだ。

 何もしなければ引っ込んでしまうなんて双葉は言っていたけれど、知り合い以上の関係の人がいればふとしたときに顔を出すのだろうとも思う。

 

「もしかしたら、スランプも私の気づいていないことが原因なのかもです」

 

 もっと頑張らないと、と“かすみ”は瞳に闘志を燃やした。

 

 

 

「矢嶋、校舎裏に来なさい」

 

 ついこの間聞いたような文句で飯塚さんから呼び出しを食らっていた。

 

「また何かやらかしたの?」

「劇練習だろ。

 特にやらかした覚えは…あんまりないし。俺がお前のポジションに収まったらしいの聞いたわ」

「あんまりって」

 

 何かしらの心当たりはあるんだ。

 

「多分、放課後呼び出しが気に入ったんだろ。マイブーム的な?」

 

 そんなマイブームがあるか…?

 女子高生の考えることはよくわからない。一般的な女子高生と同じように扱っていいのか怪しいところだけど。

 芳澤さんも早々に練習に向かったことだし、こっちも帰ろうか。帰ろうと席を立ったところで、珍しく眼鏡くんに声をかけられた。

 

「放課後暇?」

「暇だよ」

「衣装製作やる?」

 

 衣装製作…劇の?

 困惑していると、眼鏡くんは説明を足した。

 

「前に手伝いたい的なこと言ってたし、やりたいのかなって」

 

 そういえば、そんなことを言った気もする。担当が決まった後、同じく裏方担当の眼鏡くんに声をかけに行った覚えがあった。

 

「今回は裏方だから、作業やるなら手伝えることあるかなって」

「なくはないけどほとんどないし、家で作業してるから」

「そっか」

「あー…佐倉は裁縫できる?」

「家庭科で習った程度なら」

「分かった」

 

 このやり取りが数日前の話。

 裁縫というワードが出たあたりで買った衣装をそのまま使うのではなく、改造または自分で製作しているのではと思っていた。縫い物は別に得意な訳ではないし、それなら戦力外かもと考えたものの、このあと特に何かを頼まれることもなかったので今まで忘れていた。

 

「難しいことを頼むつもりはないし、大筋はできてるから」

「?」

「こんな感じ」

 

 ゲーセンの袋から取り出されたのは、服だった。そう、服である。

 サラッとした生地のワンピースだった。布がかなり薄いし、首から胸元にかけてかなり空いているから、これ一着で着るというよりは、シャツの上から着るような感じなのだろう。全体は薄いクリーム色、裾にカラフルなリボンがいくつか付いている。

 口ぶりからして、自分で縫ったと思われるが…既製品と言われても納得の出来だった。

 

「もうこれ完成品では?」

「最低限はね。

 端切れが沢山あるから、小さいリボンにして下から埋めていきたい。できる範囲まででいい」

 

 眼鏡くんはワンピースを一旦畳んで机の端に置くと、袋の底に入っていた色とりどりの布を取り出して広げた。完成イメージとしてこれから縫いつける予定のリボンもいくつか見せてくれる。

 

「スカート全面は一人じゃ厳しいって思ってたから、人手が増えるのは歓迎」

「全面埋めるつもりだったの? というか、人手と言ってもほぼ縫い物初心者だよ。大丈夫?」

「いや、このまま出そうとしてた。全面リボンとか作業量が狂気でしょ。

 リボンはあれば嬉しいけど、なくてもいいパーツだし、数が揃わなかったら下の方だけリボンにすればいい。あと縫うの失敗しても、そのリボンだけ採用しなければいいから気楽にやって」

 

 それなら安心か。

 確かに、素人に任せても良さそうな内容だ。

 

「針と糸は貸すよ。ワンタッチ針だから糸通し楽だし、ギリギリまで糸ケチれる」

「?」

「ほら、たま結びするときに長さ足りなくてもなんとかなる」

「ごめん言われても分からない」

 

 まずワンタッチ針って何だ。

 頭の上に疑問符を浮かべていたら、眼鏡くんは実物を渡してきた。普通なら穴が空いている部分の先が割れていて押し込めば糸が通るらしい。便利。

 

「これで糸通しの先だけ取れる悲劇から解放された。おめでとう」

「そんな壊れ方する?」

「根本を押さえて引かないと結構取れるよ」

「そうなんだ…」

 

 壊れるほどの回数使ったことがないので、その感覚はなかった。まず技術家庭科の時点で時数は他教科の半分だし、縫い物だけやっている訳ではないし。

 リボンの縫い方を教わって、作業に入った。ひとまずは三十分だけ。端切れを数枚渡されたので、あとはやりたければ家でやるという話になった。

 

「裏方って結構大変?」

「場合による。拘ろうとすればいくらでも作業量増やせるから。このリボンみたいに」

「追加作業もそうだけど、最低限でも手間がかかるよね。ワンピース作るのとかさ」

 

 本番がテスト前なのとか若干不服そうにしていたから負担に感じているとばかり思っていたけれど、そうでもなかったようで眼鏡くんは首を横に振った。

 

「脚本担当に結構前から聞かされてたし、予算も出てたから」

「予算って。飯塚マネー?」

「そう。家にミシンが導入された。正直めちゃくちゃ助かってる。大物縫うならやっぱ機械」

「あー…」

 

 そりゃ抜けられない訳だ。

 やる気を失っても劇に協力し続けるのは眼鏡ちゃんだけが理由ではなかったらしい。

 やってもやらなくてもいい作業を用意するために、ほとんど完成まで急いで作業していたのだとしたら申し訳なかったし。

 

「前から思ってたけど、眼鏡くんって手先器用だね」

「普通にやってるだけだよ」

 

 以前用意していた花飾りも小物も、よくできていた。普通にやってあのクオリティになるのが当然だというなら、自分が信じられないくらい不器用なだけ説が濃厚になってくる。実際、手先の器用さは足りてないけど。

 

「そこ、適当にまつっといて」

「うん」

 

 こっちがリボンを一個生産する間に、眼鏡くんは二、三個完成させている。レベルが違う。

 

「慣れもある。家のものとかよく縫ってたんだ。ここまで大きいのは流石に経験ないけど」

「そうなの?」

「うちは下に小さいのがいるから、それ専門」

 

 兄妹がいたんだ。普段から関わりがあるわけじゃないから知らなかった。

 

「長く着せたいやつは少し大きいサイズで買っておいて、裾とか袖とか短くしとくの。夏祭り用の浴衣とか、それで5年は回してる。だいぶ背が伸びたから、つんつるてんになってきたけど」

「なるほどね。浴衣ってことは妹?」

「そ、妹。いま小2」

「すごい離れてるね」

「でしょ」

 

 8歳差か。

 それだと、生まれた頃から面倒を見てきたことになる。

 

「ミシンあるし、今までよりいろいろ縫ってあげられる。だから感謝してるんだよ。すごく。ただ、やり口が気に入らないだけで」

「飯塚さんってちょっと…いや結構強引なところあるよね」

 

 さして関わりのある相手でもないのにポンとミシンを買い与えるとは。劇への情熱の成せる技なのだろうけど、行き過ぎな気もする。思いつきを実行できるだけの財力があるのが厄介なところ。

 

「佐倉は一人っ子?」

「一応妹がいる」

「ふーん。いたとして逆かと思った。弟っぽい」

「それは矢嶋。姉がいるってさ」

「へー、あいつ姉ちゃんいたんだ」

 

 話しながら作業を続ける。慣れて余裕が出てくると、眼鏡くんの縫い物テクニックが何となく分かってきて、真似して縫い始めた。

 

「佐倉はさ、眼鏡ちゃんと仲いいの?」

「…彼女さんに手を出す意図はないです」

「いや、そういう意味で聞いたんじゃないんだけど。てか、知ってたんだ」

「矢嶋から聞いた」

「じゃ、知れ渡ってるな」

 

 それはどうだろう。

 細々とした人間関係を知っていても、あちこちに言いふらすタイプではないと…思うけど。多分。

 

「どんなこと話したのか気になったから。でも本人に色々聞くと、何か重いやつみたい」

「ああ、そういう…」

 

 眼鏡ちゃんのことだから、そう色々聞かれたら怯えそうだ。

 

「波長は合うけど話は合わない、みたいな状態をなんとかしないとなって。本はあんまり読まないし、ゲームもゲーセンメインだし、何かね」

「前回は脚本どうしようかって話だったし、その前も…うーん、大体劇関連かな」

「そっか」

 

 雑談をした覚えはあまりない。大体は、眼鏡ちゃんの様子を見てこいと命じられて話を聞くという構図だった気がする。あまり参考になりそうなことは言えなかった。

 精々、童話の類が好きとかそのくらい。一応言ってみたけれど、既に眼鏡くんも知っていることだった。

 

「素直に眼鏡ちゃんに聞いてみたら?

 自分が好きなことに興味を持ってくれるのは嬉しいみたいだし」

「そうする」

 

 すごく細かい話に発展しそうな気がする。けれど、波長が合うと言っていたし、時間と手間のかかる作業も平気で続けられるし、眼鏡くんなら退屈せずに聞いていられそうだ。

 そのうち作業終了までの三十分が経過して、解散の流れになった。

 

「じゃ、また。忙しかったらリボンは作らなくてもいいから」

 

 話してみるものだ。

 眼鏡くんはいつもあまり機嫌のいい人ではないイメージだったけれど、色々考えていたみたい。

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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