双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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灰羽連盟ならレキが推し。
未熟性にこそエロスがあると確信しているので初投稿です。




62駅目 逸れもの

 

6月28日(火)

 

 

「でさ、ウチの彼ピッピと撮ったやつがこれってわけ」

「えーかわいい、めっちゃ盛れてる」

「でしょ」

 

 窓際で何やら派手な女子たちの話が盛り上がっている。

 たまに芳澤さんもこの集団に混ざっている。考えうる限り一番相性が悪そうな組み合わせだけれど、それ以外の女子とはほとんど会話をしている姿は見ないから意外と話しやすいのかもしれない。

 

「てかさ、芳澤さん喋らなさ過ぎ。ね、何か彼ピとの写真とかないわけ? アプリでバリバリ加工決めたげるし」

「ええと…そういえば、撮ったことありませんね」

「えっ、マジで言ってる? 1枚も? ありえなくない?」

 

 どこまで行っても、仲良し2人+芳澤さんという構造にしかならないようだ。お客さん扱いというか…タイプが違いすぎるから当然と言えた。

 芳澤さんの言葉に驚いた2人はちらっとこちらを見た。

 

「アンタね、芳澤さんはウチらと違う人種なの。お姫サマだから。一緒にすんなってことっしょ」

「きゃはは、そうでーした。ウチら芳澤さんと違って馬鹿だからすぐ忘れちゃうんだよね」

「そんなことはないと思いますよ」

「慰めてくれんの? やさしー」

 

 雲行きが怪しくなってきた。

 比較的平和な状態にあるクラス内でも、まだこうした雰囲気はしぶとく残っていたらしい。周囲の生徒たちは自分たちのおしゃべりに夢中か、関わり合いになりたくないとばかりに自分のことをやっている。

 矢嶋でもいればと思ったけれど、外回り中だ。唯一、飯塚さんだけが頬杖をつきながら視線だけ彼女らに向けている。

 

「にしても付き合って写真ゼロはなくね?」

「それは言えてる。弁当とか作ってやってるんでしょ。それでその扱いとか…好きじゃないんじゃね? やめときなよ、そんなやつ」

「あの、私は写真はあまり撮らない方ですし、そこまで気にしていません」

 

「とか言っちゃってさぁ。なんならウチらから言ってあげよっか? 芳澤さん健気でマジ可哀想だもん。許せなくね?」

「名案じゃん。ウチらで反省させたげよ」

「やめてください!」

 

「何? 仲間に入れてやってるのに口答えすんの? 調子乗ってる?」

 

 これはダメだ。話にならない。

 芳澤さんが何を言っても聞く耳も持たずに2人はこちらを標的にすることに決めたらしい。止めようとした芳澤さんはギロリと睨まれている。

 席を立とうとしたところで、いつの間にか近くまでやってきていた飯塚さんに止められた。

 

「君ね、燃料の方から燃やされに行ってどうするんだ」

 

 飯塚さんの言いたいことは分かる。

 僕に見えるところでやっているということは、芳澤さんが困らせることだけでなく、僕がとる行動を見て面白がるのも目的の一つだろう。

 陰口というのは、本人に直接聞こえるように言うか、本人に教えてあげるのが優しさだと思っている人間の側で言ってこそ、効力を発揮するものだから。

 

 とはいえ、見ないふりをするわけにもいかない。

 ハインリッヒの法則じゃないけれど、こういうのは1匹見たら10匹いるものだし、見つけた上でなにもしないでいると自分たちの行いが許されていると勘違いする。

 

「私が親グマムーブをしてくるよ。ややこしくなるから君は引っ込んでてくれ」

 

 言うと、飯塚さんはますますヒートアップしている女子たちの話に割って入った。

 

「私の芳澤さんがお困りの様子だが、何かあったのかな?」

 

 飯塚さんに話しかけられた女子たちは愛想笑いを浮かべて散っていった。

 前にもこんな事があったと思う。飯塚さんはクラス内では浮いて…変わり者という認識が広まっているから絡まれたら面倒だと思ったのかもしれない。顔だけは取り繕ったみたいだけど、足取りは不満が隠しきれていない。あの感じだと、今度は芳澤さんだけでなく飯塚さんも陰口の対象になりそうだ。

 劇団をやると決めた時点で周囲に溶け込むということは完全に諦めているらしいし、周りからの評価なんてどうでもいいのかもしれないけれど、ここまではっきり態度に出して大丈夫なのだろうか。

 

「ありがとうございます」

「私はそこのに応援として呼ばれただけだよ」

「…一葉くん。お二人ともありがとうございました」

 

 飯塚さんの強引さを眼鏡くんは嫌っているけれど、こういう役割を率先して買って出てくれる場面を見ると悪いことばかりではないとも思う。

 

 好かれる人には好かれるし、嫌われる人には嫌われる。多かれ少なかれ誰にでも当てはまることだけど、その程度が激しい。そんな感じ。

 群れに混ざれないなら好き勝手やりたいようにやってやる、なんて方針なのかもしれない。

 

「不快になるだけの連中とつるむ必要があるかね?」

「仲良くしたいと思うんです。優しいところもたくさんあるんですよ」

「体のいいおもちゃになるだけさ」

 

 飯塚さんは理解不能だと言わんばかりに首を横に振って自席に戻っていく。例の女子2人も教室からいなくなったことだし、芳澤さんに質問を試みる。

 

「余計なお世話だった?」

「いえ」

「嫌だったならさ、嫌なことをしてくる相手となんで仲良くしたいのかなって思う」

「私の知らないことを知っているからでしょうか。それに、私からでなくお話をしてくれるのはあの2人くらいなんですよ」

 

 後ろの方が“すみれ”の発言だと感じた。どちらかというとそちらの色が強く出た行動に思える。

 あの2人も芳澤さんも飯塚さんも、その他の女子と話すことは滅多にない。どちらかというと強い側にいる女子2人は表立ってからかわれることはないけれど、大多数の女子からは相手にされていないのかもしれなかった。

 好きの反対は無関心なんて話とは違うかもしれないけれど、まったく関わりのない相手よりは、多少嫌なことをしてくる相手でも話したことのある相手の方が気が楽だという感覚は分からないでもない。

 

 それなら、眼鏡ちゃんあたりと話したら意外と収まりがいいかもしれない。

 快活な“かすみ”の仮面によって、推定内気な“すみれ”と性格的に合う人間は弾かれているのが、この“すみれ”のさみしさの一因なのかもしれなかった。

 

 

 

 放課後。

 今日は雨宮先輩が認知世界に行くと言っていた。

 いつものように巻き込まれることが確定しているので、まっすぐ家に帰っても仕方ないと思う。あちらを現実世界と繋ぐなら、渋谷のエスカレーターが第一選択になる訳で、家まで帰ったらもう一度帰ることになって二度手間に思えた。

 

 双葉にはスマホを通して色々と聞かれているからメメントスに入ることくらいは知っているはずだ。

 もう一人でも平気みたいだし、急いで帰る必要もない。以前は連絡もなく遅く帰って怒られたけれど、それも……いや、それはまだ怒られるかも。

 

 双葉は度々周囲の人間に擬態する。

 何も忘れないくせに忘れたことにしたり、盗聴しつつも自分がその場にいない時の話は聞いていないことにしたり。そういう遊びの一種でもあるし、群れに毛色を合わせて仲間だと主張する行為でもあるのだろう。理由はさておき、双葉はそういう儀式的な行いを好む。

 双葉のルールに則るという意味でも、連絡は必要だろう。分かりきったメッセージを入れておくことにした。

 

“渋谷をぶらついてから帰る”

“わかった”

 

 これでよし。

 画面を消そうとしたとき、メッセージが追加された。

 

“帰るとき、もう一回連絡入れて”

 

 連絡を入れるのは正解だった。なんなら、もっと頻繁にしろということみたい。全部聞いてるのに。

 いや、逆か? 双葉が望む基準で考えたら連絡をあまりにもしないから、盗聴をしているとか。…ちょっとありそうな線に思えてきた。今度本人に聞いてみよう。

 

 

 

 渋谷をぶらつくといっても、馴染みの行き先は書店くらいしかない。

 本屋に吸い込まれると、相当気をつけない限りタダでは出てこられないので、今日はやめておくことにした。それに、うっかり立ち読み中に向こうへ連れて行かれたら万引き犯になってしまいそうだ。

 

 手に取るのはよろしくない。

 なら、はじめから興味のないものを見て回ろうと思って、駅地下の商店街にやって来た。

 

 キラキラしたアクセサリーショップ、花束を抱えて満足そうな客が出てくる花屋、外国人向けなのか和風な品揃えの雑貨屋など軽く見て回る。

 少しお高いスーパーのお菓子類は双葉が食べたがりそうなラインナップだった。まあ、何だかんだチープでジャンキーなものの方が喜ぶから、同じ金額でお得用うみゃあ棒を買うほうがいいので却下。

 

 芳澤さんはこういうのは好きだろうか。

 喫茶店でもデザートに悩んでいたし、多分好きだろうと思う。

 もっとも、好みであったとしてもカロリー的な問題で迷惑だろう。そういう意味なら小物類のほうがいいと思うけれど、好みがあまりわからない。消えものより慎重に選ぶべきだし、少なくとも今ではないと思った。

 

 

 お店を見ていると、興味がないつもりでも気になるものがでてきてしまう。

 時間をつぶす目的なら、本屋でなくてもお店に入るのは駄目なのかもしれない。それに、人混みの中を歩き回るのも疲れる。

 

 宝くじ売り場の側で鳩でも眺めることにした。よく見ていると鳩にも個性があって面白い。

 どこかの白鳩の血が混ざったのか羽が一部白い鳩が体格の良い鳩に追い回されている。器用にも餌をつつきながら逃げている。追い回されているものの虐められている風ではないから、恋のアピールと見た。わりとよく見る光景だ。あ、飛んで逃げた。追いかけて大きい鳩も飛んでいく。あれは大変そう。大きいのがいなくなったおかげか、若鳥っぽい細いのが餌をつつきに出てくる。かしこい。

 

(人もこのくらい分かりやすければいいのに)

 

 人の振る舞いの意図を察するには、考えなければいけない要素が多すぎる。

 パッと感じ取れない分、よく見て推測するしかないのもあって、人と話すと気疲れする。表出するものとしては並以下になるのでコスパも悪いと来た。

 人を見て面白いと感じられるほどの観察能力がないので、駅地下モールを行き交う人々を眺める遊びはまだ楽しめそうにはなかった。

 

 それに、人を観察すること自体への気まずさもある。

 他の以外のやり方を持っていないからとはいえ、人を鳩やペットショップの犬と同列に扱うのは良い行いとはとても思えない。人間だって動物の一種なのに何を特別視することがあるのかと思うけれど、同族補正なのか少しだけ忌避感がある。

 もちろん、脳内でどういう人として処理されようと余人は知りようもないわけで文句を言われることはない。

 けれど、飯塚さんみたいに人間観察を趣味と公言できるほどの肝の太さはなかった。

 

 

 

 しばらくすると、いつもの目眩と共に世界が切り替わった。

 抵抗の一つでもできればいいのに、毎回なすすべもなく連れて行かれるのだから困ったものだ。なんとかして現実世界に留まれないものだろうか。

 

(そういえば、メメントスって圏外って概念あるのかな…?)

 

 この空間はあくまで“駅”の見た目をしている。

 けれど、大衆の心理の集合体の形が、郊外や田舎までゴチャゴチャした地下鉄のイメージなはずもない。都心を離れ、地下鉄のない場所まで行ったとき、集合的無意識はどんな形をとるのだろう。

 

 …というか、そんな認知世界は存在するのだろうか。だって、メメントスには端がある。

 大衆の集合的無意識なんて、人がいるならばどの地域にもありそうなものだ。なら、端なんてなくて、ゆるく繋がったもう一つの世界がメメントスだと言われるほうが自然に思える。

 それに、現実と乖離した姿で存在しているのも不思議だ。歪んだ認知で形作られたパレスの方がまだ現実世界の面影を残している。

 

 メメントスは深さのわりに意外と狭くて、1階層につき半径数キロほどしかないのは分かっている。素人の測量と、以前乗ったモルガナバスの各種メーターの数字から求めた広さに然程の違いはなかった。

 もっとも、中で捻れているみたいで階層ごとにかなりのブレがあるし、そもそも現実世界の空間と広さが一致しないしで、そのまま現実世界の地図上の位置に当てはめられないのがややこしいところ。

 

(渋谷のエスカレーターは他の場所より向こうと繋がりやすいし、渋谷がメメントスの中心地?

 いや、それにしては、東京の地下鉄網の中心地から離れすぎ? 渋谷が地理的に谷だから、地下鉄が地上に露出する部分として“入り口”という概念になったのかも)

 

 そこはあまり深く考えても仕方ないか。

 普段の生活があるから、あまり遠くに離れるということはできないけれど、メメントス圏外なんてものがあれば安全に過ごせるかもしれない。余裕があるときなら遠出してみるというのはありかもしれない。

 

 

 

 すぐに帰っても良かったのだけど、お腹を空かせた妖精が無言で圧をかけてきたので諦めた。この燃費の悪さは何とかならないのだろうか。

 それはそれは楽しそうに化物たちを追いかけ回している。今は正面突破の気分みたいだ。おそらく気紛れだろう。あと2、3回で囮作戦に切り替わる気がする。

 

『吸魔』

 

 格下相手なので、むしれるだけむしった後は雑に殴って消滅させている。

 

「吸血はしなくていいの?」

『足りているわ。それに、精神力は命より重いのよ』

「命のほうが重いでしょ…」

 

 重くあって欲しかった。

 認知世界は精神力がすべてみたいなところがある。精神力さえあれば回復できて、その逆はできないので、受け入れ難いだけで妖精の発言は正しい。

 やがて、逃げ回る化物たちにイライラしはじめた妖精は案の定、追いかけ回すのをやめた。

 

『まどろっこしいわね。効率的にいきましょう』

「囮作戦ね」

『ええ。次の獲物はあれにしましょう』

 

 リャナンシーが指差した先にいるのは長い金髪の妖精…リャナンシーである。

 

「同族では?」

『関係ないわ』

 

 バッサリ切り捨てると妖精はT字路の角に隠れた。惹きつけてこいと仰せだ。

 基本的に認知世界の化物たちは人間を見ると追いかけてくるので、リャナンシー相手でも同じ釣り方ができる。まんまと引っかかった一般通過リャナンシーを壁際に追い込んで、リャナンシーは笑みを浮かべた。

 

『強そうな私の獲物だったの。不思議なことをしているのね』

『ええ。面白いでしょう?』

『そうかしら。きらきら輝くニンゲンを捕まえる方が面白いに決まっているわ』

 

 即座に殺すことにはならなかったようだ。

 会話に応じたということは、命乞いに応じた…なんてことはこの妖精に限って間違いなくあり得ない。おそらく、もう一つ奪えるものが増えたとほくそ笑んでいるだけである。

 

『それで、欲しいのは経験かしら』

『ええ』

『どうぞ。大事に使いなさいな』

 

 同族相手であれば経験の譲渡なんていう訳の分からないこともできるのが認知世界の怪物たちの不思議なところ。キノコみたいなもので、一つ一つ別の個体に見えても菌糸に類する何かでつながっている大きな存在だと認識している。

 

『吸魔』

『……ぇ?』

 

 経験を渡してもうやることは済んだとばかりに背を向けたリャナンシーは精神力を吸われた挙句に物理で消滅させられた。

 シンプルに可哀想。同族…というか自分相手でも全く気にしていない。

 

「容赦ないね」

『逃がしたら勿体ないじゃない。それに、あれも私。きっと嫌とは思っていないわ』

「そうかな…」

 

 このリャナンシーは一般的なリャナンシーとは大分乖離しているから感覚も同じではないと思うけれど。

 およそ人の形をして会話もできるから勘違いしてしまうけれど、彼らにとって一個体(に見える部分)の命は想像以上に軽いのかもしれない。

 

『満足したわ。帰りましょう』

 

 数回狩りを繰り返した後、そんな申告があってようやくメメントスから解放された。

 

 この傍若無人っぷりは、リャナンシーがたまに言う“あの人”由来と思われる。そのくらいの感覚で妖精に接するのが正解なのだろうなと思う。

 僕との契約を解消して、同族の中に帰りたい気持ちもあるのかと思っていたけれど、真意はよく分からないままだ。妖精の考えることだし、人間の感覚で気を揉んでいても仕方ないのかもしれない。

 

 ひとまず、こっちは人間のことだけ考えよう。双葉に連絡を入れてから帰宅した。

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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