双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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風の聖痕ならが翠鈴が好き。
面倒くさいやつも面倒くさいやつを生産する要員も大好きなので初投稿です。




64駅目 傷痕

 

7月1日(金)

 

 

「うーん、本で学べる人もいるかもしれませんが、テーピングはやってみて覚えたほうが簡単だと思いますよ」

「ですよね…。

 私、折り紙の本とあや取りの本を小さい頃に買ってもらったんですが…その、途中でよくわからなくなっちゃって…。動画ならなんとか…あの、おすすめとかありますか?」

「よければ教えましょうか?

 私もプロというわけではありませんけど、多少はできますから」

「ほ、本当ですか? えっと、教えてほしい…です」

 

 芳澤さんと眼鏡ちゃんが窓際で話をしている。話しかけてすぐは大分ぎこちなかったけれど、今は平和的に盛り上がっているみたいだ。

 もう聞き耳を立ててなくてもいいか。じきに昼休みも終わることだし、次の授業の準備でもしておこう。

 

「あ、樋口。

 あの二人、珍しい組み合わせだよな。何でか知ってる?」

 

 外回りでもしていたのか教室に戻ってきた矢嶋が、仲良く談笑中の芳澤さんたちを見つけて不思議に思ったのだろう、こちらに耳打ちしてきた。

 

「眼鏡ちゃんに芳澤さんと話してみたらって言ってみた」

「ほーん。お前もそういうやり方板についてきたんじゃね?」

 

 元はと言えば、矢嶋に言われて図書室まで話しに行ったのが、眼鏡ちゃんとの関係のきっかけだっけ。

 一人に注目するだけでなく、複数人を同時に追っていい感じになりそうなところに介入するのは矢嶋の得意技だった。

 

「一つ覚えだけどね。こっちは逆に矢嶋が人間関係のことで知らないことがあるのに驚いた」

 

 矢嶋は渋い顔をした。

 

「いやさ、ここのところ演技練習に駆り出されて情報不足なんだよなぁ」

 

 なるほど。休み時間が始まったと思ったら早々にいなくなった理由はそれだったか。

 来週の土曜には本番なので気合が入っている。こっちはあと一回くらいリボンの納品をしたらおしまいなので気楽なものだ。

 

「熱量やばくね? …樋口の時もこんな感じだった訳?」

「いや、すっぽかして怒られた」

「勇者かよ」

 

 どう見ても怒らせたら怖いタイプじゃん、などと本人に聞かれたら再び校舎裏に呼び出されそうなことを矢嶋は平然と言い放った。

 むしろ、そういうイチャつきなのではなかろうかという疑問すら持ち上がってくる。

 

「てか、それじゃ練習ほぼなしか。お前、それで本番しれっとできるのな」

「モデルを真似るだけなら、よく見てれば何とかなるよ。矢嶋は人のことよく見てるしできるのでは?」

「広く浅くな。おかげでめちゃくちゃダメ出し食らってる」

「意外。てっきり何でもできるのかと」

「俺の成績見てから言ってくれ」

 

 そういう話ではないけれど、それもそうかと頷いた。たくさんの人と話せることと人真似が得意かどうかはまた別の話なのかもしれない。

 タイプの違う多くの人間と話すことは、それだけその人たち用に話題やテンションを変えることだと思っていたから、矢嶋の答えは少し予想外だった。どの集団にもなじめるとばかり。

 まあ、本気で別の人間のふりをしようと思って過ごした期間があるわけでもなし、合わせるのと成りきるのでは違うのかも。

 

「あ、そういえば夏休みどっか遊びに行こうぜ」

「気が早いね」

「7月になるまで言うの待ったって」

「いや、そうじゃなくて期末テストは?」

「…ああいうのは受ければ終わるだろ」

 

 遠い目をしている。

 赤点ラインは飛び越してもらってほしいところ。この分だと自分ではやらなさそうだ。やらないのが悪いと捨て置いてもいいけれど、付き合いだし多少は何とかしてあげるべきかもしれない。

 呼び出せば逃亡しないわけだし、今度のテストの勉強会は、芳澤さんを見習って複数回開催にするべきだろうか。

 

「勉強会するよ」

「おっ、マジ感謝。テストで点になりそうなところだけ教えて」

「先生らが泣くよ、それ」

 

 この学校の大半の先生は指導要領の内容を巻いてでも、その教科の面白知識を語っているというのに。教える側と受け取る側の熱量が全くかみ合っていない。飯塚さんの演技指導もそうだけど。

 

「で、遊びに行くって言うけど前みたいな感じで、劇団みんなでってこと?」

「うん」

「あー補習の日以外まったく予定合わないなぁー」

「恐ろしいほどの棒読み。100%嘘だ」

 

 最初から補習に助けられる気で受けるやつがあるか。そのくせ、ギリギリになってから助けてくれと泣きついてくる。

 

「思うんだけど、勉強もできるやつに任せるべきでは?」

「あー、矢嶋は地球上の上位1%の賢さだから頑張れ」

「な訳あるか……ん? それ、その辺の犬とかもカウントされてる?」

「うん。細菌とか植物も入ってる」

「全人類入るだろ、そのランキング」

 

 これは流石に冗談だけど、地球上の全ての生き物が比較対象なら、賢いことくらいしか人間の取り柄はないと思うので、そこを捨てちゃ駄目だと思う。

 それに、矢嶋もやればある程度はできると思う。秀仁自体が学力だけならそこそこ優秀な学校なので、赤点ラインをフラフラしていても、低めの学校のやや下くらいに収まる訳で。

 

「しゃあねぇ頑張るかー、なんたって上位1%様だしな」

「言ってて虚しくならない?」

「お前が言い始めたんだよ」

 

 

 

 帰り際、芳澤さんに呼び止められた。

 図書委員の子のことで、と言われて、ああ眼鏡ちゃんかと思い至る。脚本担当の子としてしか認識していなかった。

 

「眼鏡ちゃんと仲良くなれた?」

「はい。あの場を設けてくれたのは一葉くんですよね。ありがとうございました」

「どういたしまして…? でも、そんな大層なことはしてないよ」

 

 珍しく帰る順番が逆だと思っていたら、眼鏡ちゃんのことでお礼が言いたかったらしい。

 眼鏡ちゃんが勇気を出して話しかけてみて、そのうち意気投合したわけで、こちらが何かセッティングしたわけでもないから、そんな風にされると少し戸惑う。

 

「私のためを思って、ですよね」

「? うん」

 

 こちらが頷くと、芳澤さんは表情を引き締めた。

 

「どうかした?」

 

 何か気に障ることがあっただろうか。

 芳澤さんの友人関係にまで手を出したのは踏み込み過ぎだったかもしれない。友人として付き合う相手ぐらい自分で判断できる、と言われたらその通りと言うしかない。余計なお世話だったかも。

 芳澤さんの顔色を伺う。唇はギュッと引き結ばれているけれど、怒ってはないと思う。多分。

 

「いえ、もっと頑張らないとと思いまして」

「個人的には今も充分頑張っていると思うよ」

「ありがとうございます。

 でも、一葉くんは双葉ちゃんにするみたいに、私を大事にするでしょう。それが、少しだけ…悔しいんです」

 

 下に見ている、と。そうかも知れない。いや、そうだ。

 双葉に対しても、いや…双葉は僕がそう振る舞うことを大抵の場合は許してくれるけれど、許してくれているから成り立っているだけで、本来それは相手からしたら悔しいことだ。特に対等と思っている相手なら。

 助けなければならない対象として相手と向き合う限り、助ける側と助けられる側には明確に上下の関係が生まれてしまう。

 

「私にも支えさせてください。困っていること、悩んでいること、何でも」

 

 考える。

 何かあったっけ。

 

 芳澤さんのことを芳澤さんに言うのはおかしな話。双葉には協力を仰いだけれど、あの時は双葉も状況を何とかしたいと思っていた。自覚があるのかも分からない今の芳澤さんに当てはめられることではないと思う。

 それ以外…リャナンシー関連のことは話せるはずもないし、あくまで僕と妖精との間の話だ。というか、そもそも人に話して解決することでもないし。

 

 自分自身のことでなると、今は何も困っていないと思う。

 双葉も気持ち的に立ち直って、先のことを考え始めた。きちんとした保護者もいるから、衣食住が足りていて生きるのに何の不自由もない。学校は楽しくて、矢嶋みたいな話す相手も、芳澤さんみたいな人もいて満たされている。

 考えてみて改めて、幸せだと思う。これ以上望むことはないくらい。

 

「悩みがないのが悩みかな。

 遠慮とかじゃなくてさ。そう言ってくれたのがすごく嬉しかったから色々考えたけど、本当に思いつかない」

「そうですか」

 

 芳澤さんは僅かに肩を落とした。

 言い方に気をつけたつもりだったけど、やっぱり何かしら言っておけばよかっただろうか。

 

「双葉ちゃんのことは、もう大丈夫なんですか?」

「今は外にも出られるようになったし、怖い思いもしないみたいだから。贅沢言うなら学校に来てほしいけどさ」

 

 どこか遠くに行くという話も、少なくとも半年は猶予期間を設けてくれるみたいだし。

 

「少し前と比べたら本当に毎日楽しいよ。今は芳澤さんもいるしね」

「なら、良かったです。私ばかり幸せなのかと思っていました」

「そうなの?」

「だって、一葉くんが心から楽しそうにしているところ、見たことないですから」

 

 難しいことを言う。

 芳澤さんとのやり取りの最中は、常に薄氷の上を歩くかのような恐ろしさを感じつつも、楽しんでいる場面もあったつもりだ。喫茶店でのデートだって、本当に楽しかったのに。

 …楽しむのではなくて、楽しんでいるように見せるのが現実的だろうか。

 

 だって、楽しさだけで頭の全部を埋めるのは、怖くてできそうにない。

 杞憂民だと矢嶋あたりに言われてしまうけれど、今たまたま安全に過ごせているだけで、何か間違ったらそうでなくなるかもしれない。今幸せだと思うほど、あるかもしれない事故には気をつける必要がある。

 予想できないところで起きたら仕方ないけれど、気をつけていれば事前に察知できることもあるはずだから。

 

 でも、そう…そんなことは芳澤さんからしたら関係のない話だ。

 恋人関係を結んだ相手が目の前にいて、それ以外のことに気を取られるなんて失礼な話。

 

「それは、僕の表現が下手くそなだけだから。こう…表情筋とか動かすのも体育でしょ。言葉の発音とかも筋肉使うし、多分体育」

「あはは…! でしたら、特訓頑張らないと、ですね」

 

 

 

 帰宅後、双葉の部屋にお邪魔した。

 何やらキーボードを叩いてよく分からないコードを弄っているところだったけれど、すぐにウィンドウを畳んで僕の座るクッションに無理やり乗ってきた。狭い。次に買うとしたら1人用はやめておこう。

 

「ね、双葉、僕って楽しそうに見えない?」

「なんだ、藪からスティックに」

「古の表現をするね」

 

 あの場で芳澤さんは笑ってくれたけれど、あれで良かったのだろうか。

 現実的には楽しそうに振る舞うのが第一選択だけど、できることなら心から楽しめたらいいと思う。もちろん、芳澤にある複雑な問題をどうしていくかというのは依然残っている問題だけど。

 

「見えないな」

「見えないか」

 

 双葉にもこう言われてしまっては、本当に楽しそうに見えないのだろう。というか、双葉の前でも楽しそうにできていなかったら、どこでも駄目だと思う。

 

「一葉は生きるために縋ってただけで、本もゲームもアニメも本当の本当には好きじゃないんだ。でも、わたしに付き合ってくれる。

 芳澤も馬鹿じゃないから、そのくらい分かる」

 

 自分が好きだと思っていたものをいっぺんに否定されてしまった。元を辿ればそうだったかもしれないけれど、今は普通に趣味の一つだと思っていたのに。

 双葉は意地の悪い笑みを浮かべて、僕にしがみつくみたいに腕を回した。いつものやつだ。

 

「一葉が本当の本当に好きなのは、わたしだけだ。違うか?」

 

 なるほど、この意見を通したかったらしい。

 芳澤さんの名前が双葉の口から出たあたりで察していたけれど、全部聞いていた上での反応みたいだ。つまり、芳澤さんへのライバル心を燃やしていらっしゃる。

 

「だけかどうかは一旦置いておいて、双葉が好きなのは本当だよ」

「じゃ芳澤は?」

「…好きだと思う」

「ほら確信がない」

 

 勝ち誇ったように言わないでほしい。

 

 芳澤さんのような人物に優しい自分の方が双葉に好まれるから、という動機がはじめの頃はあったと思う。

 

 今はどうだろう。

 芳澤さんが例の女子たちに困らされていた時、双葉との関係を理由に動こうとしたつもりはない。それは、無視できないくらいに芳澤さんを大切に思っているからではないだろうか。

 自分がからかわれる要因だったから、何とかしなければと思っただけの自分勝手なのかもしれないけど。

 

 しかし、今の芳澤さんに好意を抱くのは色々と問題がある気がする。今は普通の精神状態じゃないのに、弱った隙にかっさらうみたいで卑怯だと思う。

 

「一葉はわたしに何でもできるって言う。わたしもそう思う」

「自信家だね」

「違う。一葉は分かって言ってるな。意地悪。嫌いになるぞ」

「ごめんなさい」

 

 そこまで言わなくていいのに。

 双葉に嫌われるとか、控えめに言ってこの世の終わりじゃないか。

 

「とにかく、一葉は何でもできる。縮こまる必要なんてない」

 

 双葉はこちらに引っ付いたまま言い切った。こうしていると姿勢もあいまって双葉が本当に小さい子どもみたいに思えてくる。

 母は何でもできると信じ切っていた頃とそっくりだ。

 そんなことないことくらいもう知っているのに、双葉はそんな呪文を唱えて、僕に夢幻を信じさせようと試みていた。

 

「縮こまってるつもりはないんだけど」

「縮こまってる」

 

 双葉は頑として持論を曲げない。

 

「テスト、本当はもっと解ける。怖くない人まで怖がって、人の顔色ばかり見てる。100人の中の1人に埋没できるように、人に合わせようとしてる。出来ないくせに」

 

 引っ付いている体勢からぱっと顔だけ上げて、こちらを見上げた。ぎゅうと腕に力が入る。痛いくらい。

 

「それ、全然楽しそうじゃない」

 

 そういうことか。

 なんとなく、分かる。

 

 生きてきた世界が違うのだ。

 他の人と同じ世界に生まれておきながら、得てきたもの、してきたことが違いすぎる。楽しく生きるなんてことは、安全に生存ができることが保証されていなければ考えられない。

 

 そうしないと、安全じゃないから。生存に支障が出るから。

 少なくとも、今よりも小さくて僕にも双葉にも庇護が必要だった頃は、なるべく可愛く…あるいは可哀想に見せることが生き残るための唯一の方法だった。

 当然、選ぶ行動もそれが全ての基準になる。

 

 この年になって平穏を取り戻したとしても、それまでの年数分、周囲の人との差が開いてしまった。

 決定的な差だ。だって、人生の半分以上をそうやって過ごしてしまったのだから。普通の生活なんて難しいもの…それも、家族の中に秘されて人の目に触れないものを、真似するモデルもなしに、すぐに取り戻せるはずがない。

 

 それは目の前の少女にとっても同じことなのに、双葉は恐れることなく言葉にしてのけた。

 

「すごく容赦なく言うね」

「何年も思ってた」

 

 双葉は勇気がある。

 大人相手に本当のことを主張し続けたのも、メジエドなんてものをはじめたのも、そう。世界を変えようとしているのは、いつも双葉の方だった。

 

「ええ…。

 都度言ってくれれば、まとめて言われるより大ダメージ食らわなくて済んだんだけど」

「一葉は学校に行ってるし、大人ともちゃんと話してた。わたしと同じなのに、わたしよりわたしのために頑張ってるから、えらそーなこと言えなかった」

 

 同じなんかじゃない。

 少しだけ知っていることが多くて、うまくやれたかもしれなかったのに、僕は双葉に何もしてあげられなかった。双葉の大事な数年間を無駄にしてしまった。

 本当なら、普通の子が得られていた経験を、記憶を双葉は持っていない。

 

「ごめんって」

「一葉は悪くない」

 

 間髪入れずに双葉は否定した。

 そして、少しの間黙りこくる。双葉にしては珍しく、次に言うべき言葉に悩んでいるみたいだった。

 

「わたし、一葉を自由にしたい」

 

 悩んだ末に口にしたのは、いつかの誓い。

 立場だけそっくり逆に入れ替えた言葉。双葉に言ったつもりはない。まん丸の目に心の底まで見透かされているみたいで、ドキリとした。

 

「そうするのは、わたしがいい。芳澤じゃなくて、わたし」

 

 よく見ているものを真似するのは、そう難しいことではない。相手の思考を、使う言葉をなぞればいい。

 それにしても、今の双葉は上手すぎた。

 

 双葉相手に隠し事なんて意味をなさない。

 分かっていたつもりだったのに、動揺して、言うつもりもなかった言葉がこぼれ落ちた。

 

「なんで嫌ってくれないの…? 僕はいいヤツじゃない」

「知ってる。でも、好きだから。

 わたしに好かれる方が一葉はつらいだろ。だから、これは罰だ。一葉は黙ってわたしに救われてればいい」

 

 そんなふうに言われたら、何もかも身を委ねてしまいたくなる。本当に双葉はよく分かっている。

 

「罰なら仕方ないか」

「そう、仕方ない」

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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