双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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蒼穹のカルマならアリサが好き。
一貫して特別な女の子(長髪)に負けているので初投稿です。




65駅目 清算

 

7月2日(土)

 

 

 佐倉さんが出ていった後、食卓の端っこで双葉はどこか不満げな表情をしてこちらを見つめていた。机で寝るときみたいにテーブルに上半身を伏せて、脚だけぷらぷらと揺らしている。

 

「昨日の一葉、それずっとやってた」

 

 双葉はレジ袋に入った端切れとリボンを指した。

 昨日は何もしていないでいると双葉の話をぐるぐる考えてしまって落ち着かないかったので、ひたすら作っていた。思ったよりも量ができて、今日持っていこうとしていたところだ。

 

「リボン作りね。双葉もやりたい?」

「別に」

 

 見ているうちに裁縫に興味が湧いたのかと思ったけれど、双葉はリボン作りには興味なさげな様子だ。

 構ってほしかったのに余計なことに気を取られやがって、という意味だったのかもしれない。双葉検定は難しい。

 

「しなくてもいいんでしょ」

「そうだね」

「むぅ…」

 

 ご機嫌斜めだ。

 仕方ないのでご機嫌取りに頭を撫でたら、誤魔化されてやらんぞとばかりに睨まれた。ついでに頬も膨らんだ。

 

「下手くそ」

「ごめんって」

 

 双葉を構いたくない訳ではなく、単純にどうしたらいいのかよくわからなくなっているだけだ。

 こちらの態度一つでヘソを曲げるこの双葉と、大人しく救われていろと胸を張った双葉とが脳内でどうしても結び付かない。

 

「そういえばさ、花火大会行くとき浴衣とか着るの?」

「着てほしいなら着……はっ、イベントCGを回収しようとしているな? いいぞ、着る…! 似合いそうなやつ買ってこい」

 

 自分で買うという発想はないみたいだった。自分で服を選んで買うなんてことをほとんどしてこなかった影響がこんなところに出ている。

 いくらなんでも全部任せられるのは責任重大すぎる。買う時は双葉を連れて行こう。しかし、浴衣なんてどこで売っているのだろう。時期になったら服屋で手に入るものだっけ。それか双葉お得意のネットでポチる作戦か。

 今まで縁がなさすぎて、全く見当もつかない。そういうのに詳しそうな眼鏡くんにリボンの納品の時にでも聞いてみよう。

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 イベントCGに誤魔化されて、無事に機嫌を直した双葉は雑に手を振って、軽い足取りで自室に引っ込んでいった。

 

 

 

 放課後、人もまばらになった教室で作業をしていた眼鏡くんに声をかけた。

 

「リボンの納品、お待たせ」

「助かる。もうそろ足りたからいいよ」

 

 眼鏡くんは衣装のスカートを広げて見せる。全部とは行かなかったけれど半分くらいの面積が色とりどりのリボンで埋まっている。

 

「いいの?」

「うん。縫いつけるのにも時間かかるし。裁縫道具だけ返して」

 

 お菓子の缶に入った一式を返すと眼鏡くんは蓋を開けてざっと中身を見てから鞄にしまった。

 袋のなかのリボンを取り出して、スカートの裾に縫い付け始めた。

 

「あのさ、浴衣ってネットで買っていいと思う?」

「いいんじゃない? なんで?」

 

 眼鏡くんは手元から視線も上げずに問い返した。

 

「久しぶりに妹と花火大会に行くから。一緒に買いに行くか、ネットで済ませるか考えてた」

「あー…花火大会なら私服でいいと思うよ。混むし。あと草履はやめといたほうがいい。うちのは小さいから背負えるけど、そっちは?」

 

 経験者だったか。

 とはいえ、それは思っていた。花火大会は結構歩くし、どこにこんなに人がいたのかと思うほど混雑する。双葉はビーチサンダルすら10年は履いていない訳で、そんな雑踏の中で歩いたら足を痛くしそう。運動靴が正解だろう。

 

「同い年だからサイズ的に無理」

「そっか。

 仲いいんだね。年が近い兄妹は大変だって聞くから意外」

 

 今まではそれどころじゃなくて、花火大会を含めて一般的に通過するイベントを大部分スルーしていた。それで色々と機を逃したものも多いけれど、双葉と不仲にならずに済んだという1点だけは幸運だったと思う。

 

「うちは双子だからまた違うんじゃない?」

「そっか、同い年。

 じゃ、遠くにいても相手の気持が分かったり?」

「しないって。他人よりは精度のいい推測が限度でしょ」

 

 そういう便利仕様は、残念ながら実装されていない。

 創作物の世界みたいに通じ合う何かがあったら、こちらも変に悩まずに済むし、双葉も盗聴なんてしなくて済むのに。

 

「ありがとう。浴衣だけネットで買うかな。妹、私服はほとんど持ってないし、せっかく行くから」

 

 まだ子どもで許される年齢のうちに、やれることはやりたい。浴衣はもっと後になってから、なんて言っていたらずっと着ないままだと思うし。

 

「制服に慣れると私服減るよね」

「まあそんな感じ」

 

 違うけど。

 数回しか袖を通さなかった中学校の制服は双葉のクローゼットの奥底に眠っている。捨てるに捨てられないし、この先も死蔵されそう。

 

「見られてると作業しづらいんだけど」

「ごめん」

「あ、いや、そんなにキツイ感じで言おうとしてたわけじゃなくて……これ、前にも言ったかも」

 

 なんかごめんね、と眼鏡くんは謝った。不思議なテンポの人だ。人のこと言えないけど。

 あまり邪魔してもいけないから、ここらで退散することにした。

 

 

 

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 家を出る一葉はいつもと変わらないように見える。

 昨日はリボンの山なんか拵えて、わたしの言ったことなんて考えたくないって態度をしていたのに、今日は至って平常通り。

 

 まったく、都合がいいやつだ。

 わたしと同じで、日を跨げば前日の変化は相当衝撃的なこと以外はほとんど残らない。つまり、衝撃が足りなかったということだ。負けた気分。

 厳密に言えば、一葉のシステムはわたしとは違う。一葉のそれは、嫌な記憶や気持ちを翌日に持ち越さないように細部を忘れてしまうというごく一般的に人間に備わった機能だ。まあいいか。内部的な処理はどうあれ、結果は同じ。

 

 

 昨日放った言葉は本気。一葉を脅かすための冗談ではない。

 今の一葉がああなっているのは、わたしに要因があるのだから、始末をつける責任がある。

 

 わたしのときと違うのは、一葉にパレスがないこと。パレスがないから力で解決できない。厄介な話だ。

 

 パレスを持てる人間は、もう一人の自分が一人歩きするくらいには自我が強い。自分こそが世界を支配できる、変えられると信じている。

 その起点が現実の場所…この繋がりはあくまで表層に上がってきた概念であって、パレス形成の根底にあるのは自己効力感の肥大化ないし暴走といえる。はっきり言って、そんなものは一葉にはない。

 

 一葉は自分の思い通りにできる場所なんて一つもないと思っている。

 実際、わたし同様にできることとできないことの差が激しいところはあるけれど、それは得意不得意の問題。人と話すとか、掃除とか、わたしが不得意なことで一葉はできることもあるのに。

 

(わたしがいつも取り上げるから)

 

 おかあさんの注意、関心だけじゃない。

 時間をかければ一葉でもできることを、わたしは待っていられなくて奪ってしまう。そうしないと一葉まで失ってしまうかもしれない、なんてやっつけたつもりの強迫観念がまたどこかから湧いてくる。…そんなことはないのに。

 一葉がまごまごしているのを見ると、半ば反射的に手を貸したくなってしまうのは、伯父の件が今も尾を引いているからだと思う。

 

 伯父も、はじめは優しかった。

 内心どう思っていたのか分からないけれど、おかあさんとわたしたちとを混同することはなかった。けれど、いつしか伯父さんの認知の中で、わたしたちの関係はおかあさんと伯父さんと同じになってしまった。

 納得は一生できそうにないけれど、今なら少し理解はできる。

 伯父と一葉は似ているところがあると思うし、わたしもおかあさんに似ているのかもしれない。そんなのと四六時中一緒にいて、その上わたしが普通のことができないとくれば、伯父も気が滅入ってくるだろう。

 

 一葉は、わたしがいるから逃げられなかった。あるいは、伯父に同情して血の通ったお人形になってあげていた。なるべく大人しくして、言うことを聞いて…それが余計に伯父の行動を助長した。

 

 わたしは見ていた。

 それで一葉がダメになるなら、それでもいいと思っていたから。この時のわたしは、一葉のことが嫌いでたまらなかった。

 だから、数年。

 数年、問題を放置した。

 警察は信用ならない、とかそんな至極どうでもいい理由を挙げて無視し続けた。

 

 部屋に閉じ籠もって、伯父の応対を一葉にやらせて、普通じゃない子で居続けた。一葉は自分の役目を全うするのみだった。家から逃げるみたいに学校に行って、世界から逃げるみたいに認知世界に行っていた。

 

 そのうち、わたしが一葉に優しくしはじめたのは、心を入れ替えたからではない。盾が長持ちするようにという意図以外理由はなかった。メジエドとして仲間に入れたのも、服装を似せて弾除けをしたのも、それだけが理由のはずだった。…はずだったのだけど。

 法的な手段を取るまでに至ったのは、愛着が湧いたからだと思う。壊れるのが惜しいと思うくらいには、一葉に何らかの好意的な気持ちを抱いた。

 

 警察を巻き込んだのは、安全を確保するための策としては最善だったけれど、一葉にとって完璧な解決策ではなかったらしい。

 だって、一人は伯父のことが好きだった。ヒナが親ガモのあとを追いかけるみたいに、好きだった。何も正しくない繋がりの中に一葉は安らぎを見出していた。

 このときも、取り上げたのはわたし。

 

 中途半端なところで関係を強制的に絶ったから、伯父とわたしたちの間にあった物事は何も片付いていない。

 清算する必要がある。たとえ忘れても、どこかには残っているものだから。そうでない限り、あの時の一葉はずっと取り残されたままだ。

 

 …なんてことは、わたしがおかしくなっていた頃から分かっていたことだから、伯父の動向は常に追っていた。

 必要な情報はちゃんと持っている。現住所、連絡先、交友関係、勤め先まで。

 

「……」

 

 ただ、接触するのであれば身を晒す必要がある。

 相手が既にわたしのことを知っている以上、ネット上で文を送りつけようが、向こうは正体がわたしではないかと勘づいてしまう。

 

(…怖い)

 

 恐怖とか警戒心が前に出て、わたしは話どころではなくなってしまうと思う。

 一葉は多分もっと怖い。わたしが怖がるから、怖がらずに振る舞うだろうけれど、それでは当時の続きを演じるだけになってしまう。意味がないどころか逆効果だ。

 

 怪盗団はどうして平気でいられるのだろう。

 一葉からの話と少々の悪事から知った正義のヒーロー。向こうへと自在に行く力も戦う力も持っているのに、いつも悪いやつと直接対峙している奇妙で勇気ある人たち。

 彼らは何の力も持たない現実世界で、恐ろしい相手にどうして立ちむかえるのだろう。

 

(もう一人の自分、脅威に向き合うための心を鎧う仮面…ペルソナ。それのおかげ?)

 

 すでに何度か、例の居候のことは四軒茶屋で見かけている。見かけた、というよりは見に行ったが正解。

 居候に見つかったらすぐに逃げ出すようにしていたので、挙動が完全に不審者だった。

 向こうにもそう思われたに違いない。一葉にわたしのことを聞いていたし。あの時ばかりは聞くに堪えなくて、途中で聞くのをやめてしまった。危うく恥ずかしさでまた部屋から出られなくなるところだった。

 

(ペルソナでなくても、仲魔…一葉のリャナンシーみたいなものもいる)

 

 そうじろうからのメールを装って仕込んだバックドアを使って端末内のおよそ全てを漁ったくせに、まだひと言たりとも話したことはない。

 この悪事は知られたら駄目なやつなので一葉にも内緒にしている。勘づいてるかな。何も言ってこないし、黙認されているということにしておこう。

 

(それに、イセカイナビ)

 

 あれは完全にオカルトの産物だった。

 たまに一葉はわたしのやることを魔法だなんて言うけれど、本物の魔法はこういうのを指すのだと思う。

 

 内部の解読はまだまだだし、いい感じにハックできるかもわからない。

 ネット怪談にあった正体をよく見ようとすると発狂するやつ、あの手のものだったら困る。けれど、目の前に謎の物体を転がされて正体を明らかにしないでいるなんて勿体ないことができるはずもなく…。

 それに、解析できたら一葉がナビに巻き込まれないように妨害する何かを用意できるかもしれない。

 

 そんな訳で、今日も今日とて解析中。

 結論はいつも通り、よく分からないことが分かるだけ。元々6月中に終わらせるつもりだったのに、期間延長してしまった。長めにとって半年。終わるだろうか。

 根を詰めすぎても仕方ない。また寝こけていたら、流石に悪事もバレてしまいそうだし。

 

「…お腹すいた」

 

 気分転換でもしにいこう。

 

 

 

「いらっしゃ…双葉か」

「来た」

 

 カウンター席に座る。

 誰も客がいないのは確認済み。実は席も予約済み。事前にそうじろうに電話しておいた。

 

「それで、どうした?」

「カレー食べたい」

「…ツケとくよ」

 

 今のところツケは4回目。すべて踏み倒している。そうじろうは優しい。

 店のカレーはなくなり次第終了なので、遅い時間にはのこっていないことも多い。まだ昼前だから大丈夫。少し早い昼ご飯にしよう。

 

「小盛りにしておくか?」

「普通盛り」

「はいよ」

「んひひ…」

 

 嬉しくて笑っていたら、変な声を出すなと叱られた。

 心外だ。料理が来て嬉しそうにしてる声が聞こえたら売り上げアップ間違いなしなのに。他にお客さんはいないけど。

 

「んまい」

「そりゃどうも」

 

 うまいではなくて美味しいと言え、なんて昔は訂正されていたものだけど、最近は諦めたみたい。

 匂いは直接脳の記憶領域に届くという。その時の記憶と強く結びついて、情景を気持ちを呼び覚ますきっかけになる。

 

「本当はね、懐かしい気持ちになりにきた」

「若葉のことか」

「ううん、来たばっかりのとき。一葉と食べた」

 

 ここにきたばかりの頃に、一葉はルブランのカレーを食べたがった。

 

 おかあさんのことを思い出したくなかったから、わたしは嫌だった。外で待っていようかと考えた。けれど、そのくらいじゃ匂いから逃げられないのはわかっていたし、わたしは一葉に酷いことをしたからその分は言うことを聞いてあげなければならなかった。

 だから、わたしはよい子の顔をして、一葉の隣、足のつかないカウンター席によじ登って審判の時を待っていた。わたしとは反対に、なんにも考えていない一葉はワクワクしているみたいで、癪に障ったを覚えている。出されたカレーに手を付けず湯気が立ち上るのを見つめていたら、隣から呟きが聞こえた。

 

「これ、母さんのだ」

 

 慌ててわたしの方を向いた一葉の顔が妙におかしくて、頭のなかのもやもやはどこかに吹っ飛んでしまった。

 あとで聞いたことだけど、一葉は忘れん坊だから、ここでカレーを食べて美味しかったことだけしか…それも薄ぼんやりとしか覚えていなかったみたい。おかあさんと歩いた四軒茶屋のことも、そうじろうのことだって、ほとんど覚えていなかったし、考えてみれば当然だった。

 しまった、とでも思ったのかもしれないけれど、食べてから思い出すなんて、いくらなんでも遅すぎる。今思い出しても間抜けで、おかしいの。

 

「変な笑いが出てるぞ」

「思い出し笑い。あのときも美味しかったから」

 

 そう、美味しかった。

 おかあさんのカレーは幼い頃とまったく同じで安心する味がした。

 

 それで、大丈夫になった。

 

「これ食べると頑張ろうって思える」

 

 一葉のおかげ。

 本人は、もう忘れているかも。

 帰ってきたらそんなこともあったねって話してみようか。

 

「…つまり、今日の皿洗いは一葉に任せずやってくれるって?」

「むむむ」

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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