双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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スレイヤーズならゼロスが好き。
ファースト石田彰がゼロスだったので初投稿です。




66駅目 懐旧

 

7月3日(日)

 

 

 今日は芳澤さんの練習を見に来ていた。双葉に背を押されてではなく、自分の意志で。

 

 どこか気恥ずかしいから来なくてもいいと芳澤さんは言っていたけれど、なら知りません、というのは冷たすぎると思っていた。

 事前に行ってもいいかと聞いてみたところ、文字上は喜んでくれている感じだったので、駄目ではないと思って行くことにしたのだ。

 

 どこに行くのか聞いてきた双葉に、芳澤さんのところと伝えたら、にこにこと嬉しそうにしていたので、やっぱり全て手のひらの上なのかもしれない。

 というか、これは怒らないんだ。嫉妬ポイントがまるで分からない。ともかく、今日は余裕のある正妻ムーブで送り出された。

 

 

 休憩時間になって、芳澤さんが体育館を出ていったので、どこに行くのだろうと思って廊下に出たら、赤い髪の少女が軽やかな足取りで館内の階段を上がってくるところだった。

 

「一葉くん」

 

 練習着のままの芳澤さんが駆け寄ってくる。息の乱れなどは全くない。基礎体力の違いを感じる。

 人の判別はかなりの部分を髪型に依存しているので、芳澤さんが赤っぽい髪色をしていなかったら、すぐには見分けがつかないところだった。

 

「いつ来てくれたんですか?

 ふと視線を上げたら、観客席に一葉くんがいたのでビックリしました」

 

 聞いていた開始時間の少し前に着いたのに、今日はすでに練習が始まっていた。

 普通にコーチの人もいたけれど、今思えばあれは自主練習だったのかもしれない。どちらにせよ邪魔になってはいけないと、前回同様に2回の観客席に収まったのだった。

 

「真剣にやってるところに声をかけたら迷惑かもと思ったから」

「もう。次は着いたら教えてください。危うく下手な技ばかり見せるところでした」

「いいのに」

「好きな人の前ではとびきり良い私だけ見せたいです」

 

 そういうものだろうか。

 練習なのだから下手な技に挑戦して習得できるようにするものなのでは?

 

「それなら、本番だけ見ればいいって話になるよ。

 練習を見に来たんだから、上手くなろうとするところも見たいと思う。良くなろうとするのは良い人なんでしょ」

「…そうですね」

 

 あまり納得いってなさそうだ。理解はできる、と頷いているけれど。

 もしかすると、これも“かすみ”が“すみれ”に言っていた言葉なのかもしれない。なんとなくそんな気がする。“すみれ”の方は結果にこだわるタイプに思えた。

 

「それにしても、休日も一葉くんの顔を見られるなんて、不思議な気分です」

「同意見。その格好だといつも以上にしゃんとしている感じがするね」

 

 練習着姿で髪をまとめていると、雰囲気がかなり変わる。

 こちらも制服ではないし、芳澤さんもそう思っているようで少し照れくさそうにしている。いつも顔を合わせているのに本当に不思議だ。

 

「気づいてくれて嬉しいです。

 いつもより歩き方に気をつけてるんですよ。天井から吊り下げられているみたいにするのがコツです」

 

 動きが軽やかに見えたのはそれが理由か。

 

「今日は父も来ていませんから、その…ゆっくりお話できます。えへへ…」

 

 芳澤さんは手すりに組んだ腕を乗せて、吹き抜けの下を眺めている。隣で同じように下を眺めると、お団子頭の少女たちが思い思いに過ごしているのが分かった。

 

「あっ、でもあまり遅い時間までお引き留めしてはいけませんね。来週もありますし」

「それは芳澤さんもでしょ」

「はい。ですから早めに解散ということで。終わるのを待っていては駄目ですよ」

 

 信用がない。前回落としてしまった分はまだ回収できていないようだ。今週はそこまで疲れていないから、多分大丈夫だと思うけれど、駄々をこねることでもないし大人しく従おう。

 芳澤さんは約束ですよ、と小指を差し出した。こういうことをせがむこともあるのか。双葉みたいだ。

 

「最近は調子がいいんです。一葉くんのおかげですね」

「本当に何もしてないんだけど」

「はい。それでいいんです」

「双葉も同じこと言うんだけど」

 

 これまた双葉から聞いたようなことが芳澤さんの口から発せられた。二人が普段どんなやりとりをしているのか、とても気になる。

 

「こう言うと一葉くんの困った顔が見られるよ、と双葉ちゃんが。本当でした」

「双葉め…悪い遊びを教えたな…」

「ふふっ、意地悪しちゃいました。でも、双葉ちゃんの言うこと、確かにそうだなと思うところもありますよ」

 

 こちらを向いてにこりと笑う。演技で磨かれた満面の笑みではなくて、唇だけの微笑み。

 

「大変な時に助けてもらえたら、それは確かに嬉しいですけど、そんなに単純なことばかりじゃありません。

 側にいてくれるだけでいいんです。頑張らないといけないことも、難しいことも…結局は私がどうするか、ですから」

 

 芳澤さんはぐっと拳を握る。

 仮に、芳澤さんが結果にこだわるタイプだとして、これは心からの言葉と言えるだろうか。

 今の芳澤さんの言葉を少し不服に思うけれど、何も言わないことにした。“すみれ”を肯定するために“かすみ”を否定したいわけではない。

 

「確かに見る側じゃ競技の点数は上げられないからね」

「それはどうでしょう。私、応援があると頑張れます」

 

 それに、似た境遇の芳澤さんに自分を投影しているのではないか、と疑っている面もある。

 あの時、双葉が僕を自由にしたいと言ったとき、4割の困惑と5割の申し訳なさがあった。残りの1割は…やはり、喜びだったのだろうと思う。自分が双葉に思っていた気持ちを双葉から自分に向けてもらえたのは、認めてもらったみたいで嬉しかった。

 あれが嬉しかったということは、誰かに自分を救ってほしいと思っていて、人を救えばその気持ちが慰められると思い込んでいる、と考えられないだろうか。…よく分からない。けれど、そんな理由だとしたら、あまり引っ掛かってばかりいるのは良くないことだ。

 

「…ね、……だよ、あたし…」

「そうそう…、前も…迎え……」

 

 他の人の話し声が聞こえて視線をやると、お団子頭の少女らが気まずそうに目を逸らした。

 

「少し、場所を変えましょうか」

 

 芳澤さんに手を引かれて、別のホールの観客席の入り口付近へ連れて行かれた。柱に隠れるようにして息をつく。

 今日は何も予約が入っていないようで、この通路を通る人はいないようだった。ここならトイレからも離れているし、人目もない。

 

「気恥ずかしいの意味って「みんな悪い子じゃないんです。インターハイが見えてきて、ピリピリしてきているだけですから」

 

 それ以上言ってくれるなと、芳澤さんはこちらの口元を指差した。

 

「こういう言い方は良くありませんが…ここでは私が一番上手いので、表立って何か言ってくることはありませんよ」

 

 芳澤さんが標的にされるのは、どうやら学校だけではなかったらしい。

 実力と数字があれば、捻じ伏せられる。思い込みなどではなく、芳澤さんの生活圏ではそれが全てなのかもしれなかった。

 

「そんなことより、今日の演技はどうでしたか? 私、最後のはなかなかうまく決まったと思うんです」

「すごく良かったと思う。他のより動きが滑らかだった気がする」

 

 素人の見方だから合っているか分からないけれど、クラブを取り落としそうになることもなく安心して見ていられた。

 長年見てきたわけではないので何とも言えないけれど、芳澤さんの演技のなかでもかなりいい部類のものだったのではないかと思う。

 

「あれ、実を言うと、あの子が得意だった技なんです。

 最近気づいたんですけど、今の私はあの子みたいな演技の方が上手にできるみたいです」

「そうなんだ」

 

 芳澤さんはこくりと頷く。

 最後にやったのは過去の大会で“すみれ”が決めた技だったのだという。

 

「インターハイでも、予定のない技でしたから、最近はほとんど練習もしていなかったんです。

 でも、一葉くんにいいところ見せなきゃって思って久しぶりに挑戦しました。私も決まるとは思ってなくて驚いたくらいです」

 

 身体が覚えているということなのかもしれなかった。

 でも、そう…“かすみ”の演技を目指しているから思い通りにできずにスランプ気味だと感じているという予想は合っていそうだった。

 

「無意識に避けていたのかもしれません。コーチも指摘してくれなくて。私に気を遣っていたんですね、きっと。

 少しおかしな話ですけど、私の体を使ってあの子が演技しているみたいな感覚で。だからでしょうか。あの子も、もっと新体操をやりたかったのかなって思ってしまって」

 

 芳澤さんは思考を頭から追い出すかのように首を振った。

 

「私、甘えちゃってますね。こんなこと言えるのは一葉くんくらいで…」

「いいよ、そのくらいさせて」

「…はい」

 

 話題を変えられる前に、“すみれ”の話を少ししておきたかった。話の持っていき方は事前に考えていた。

 

「あのさ、言いたくなければいいんだけど、その子はどんな人だったの?」

「え?」

 

 困惑気味でこちらを見る芳澤さんに、前提の確認から始める。

 

「“かすみ”にとって大事な家族なんだよね」

「はい」

「なら、僕にとっても大事な人だし、“かすみ”が気にかけてることなら、僕も気にかけたい」

 

 この方向からの言い方なら、“かすみ”は答えると思った。大事な人だと先手を打って定義したので、“かすみ”は“すみれ”のいいところを挙げるはずだ。

 

「真面目な子でした。

 あの子は…“すみれ”は、新体操のことも学校で習うことも私よりたくさん勉強していたんですよ。目標が高くて、いつも頑張らなきゃって思っていたんだと思います」

 

 予想通り、家族を大切にするよき姉…“かすみ”のフィルターを通しているからか、“すみれ”の評価は高い。

 

「“かすみ”が認めるほど努力家なんだ」

「そう、だと思います」

 

 ちょっと踏み込みすぎたと思う。

 ここらで撤退するべきだ。多少強引でと話を変えよう。双葉の相手をするうちに鍛えられたセンサーがビリビリ反応している。

 双葉のときと違って、こちらが少し冷静な分、爆発させるようなことはなく退けるはず。

 

「そういえば、あのボールを投げて回ってキャッチするスゴいやつってどうやってたの? 特に回転するところ。ボール見失わない?」

「実はそれにもコツがあるんですよ。最初は…」

 

 

 

7月3日(月)

 

 

 モニターには多種多様な浴衣が並んでいる。

 

「いっぱいあるな…」

「いっぱいあるね…」

 

 いざ買おうと調べてみたはいいけれど、双葉と二人、検索結果を前にうろたえることになった。

 色や柄の豊富なこと。女物はどうしてこんなに種類があるのか。

 一つのショッピングサイトだけでこれだ。あちこちのサイトを見比べて吟味しようなんて言っていたら、時間がいくらあっても足りなさそう。

 

「とりあえず、この中でいいやつを決めよう」

「そうだな、うん」

 

 何を基準に選んだらいいのだろう。双葉もそうだけど、別に自分も選んだことがあるわけでもない。

 まあ、どれを選んでも、着るのが双葉だから一定以上の可愛さは保証されているのだけど。

 

「……全く違いが分からないぞ」

 

 明るい色と暗い色があるのは分かった、と双葉は何も分かっていないことを表明した。

 

「間違いなく何でも似合うから、双葉が好きなやつでいいと思う」

「何の役にも立たないアドバイスだな」

「言ってて思った」

「なら言うな」

 

 その通り。お口にチャックすることにした。沈黙は金。

 

「うむむ…難しい…」

 

 双葉は画面をスクロールして奇妙な唸り声を上げている。一番下に次ページへのボタンがあったのは見なかったことにしたみたいで、すぐにトップに戻ってくる。

 

「じゃあ、その蝶々のやつ」

「了解」

 

 少しだけ悩んだあと、双葉はスクロールバーをピタッと止めて、サイトの真ん中くらいにあった浴衣を指さした。

 暗い感じの色合いの下地に、デフォルメされたカラフルな蝶がプリントされている。羽根の部分に放射状に模様が入っているので、遠目から見たら花火柄みたいだ。

 

「一葉が出すのか?」

「え、うん。着てほしいって言い出だしたのこっちだし」

「わたしの服だ。自分で買う」

 

 こう言って聞かないモードになったので、浴衣代は双葉のお小遣いから捻出されることになった。

 

「明後日には届くらしいぞ。着た姿、見たいか? 見たいだろ?」

「見たい」

「うふふ、任せろ」

 

 双葉は自信満々だ。

 長らくいつもの服しか身につけていないのに、どこからその自信がわいてくるのだろう。

 

「自分で着れるの?」

「浴衣だしイケるだろ。子ども用のとそう変わらないはずだ。昔着せてもらったから分かる」

「そんなことあったっけ」

「忘れん坊。その頃はもう4歳だった。覚えててもいいんじゃないか?」

 

 4歳は厳しい。しかし、言われてみればそんな事があったようななかったような…駄目だ、思い出せない。

 大方の作りは双葉の言う通り変わらないだろうけれど、本当に大丈夫なのだろうか。まあ、晴れ着でもないし、そこまで難しくないか。

 

「でもその頃ってふわふわの帯じゃなかったっけ?」

「そこは抜かりないぞ。帯の結び方の動画を見た。1人で結べるやり方があるらしい」

「そのくらい手伝うのに」

「一葉に任せたらリボン結びが縦になる」

「返す言葉もございません」

 

 手先の器用さが絶望的に足りなかった。

 

「なんなら一度練習するか? 昔、スーパーで花火のパックが売ってたの見たぞ」

「練習とかあるんだ…」

 

 見せびらかしたくてたまらない様子だ。あんまり気にせず選んだみたいだったのに珍しい。悩んだのは時間にして30秒程度、わりと即決だったと思う。

 

「そんなに浴衣が気に入ったの?」

「うむ」

 

 双葉はいつもの椅子から降りて、脇に立っていたこちらにすり寄ってくる。

 というか、突撃してきた。腹あたりに頭突きを食らって呻いたら、ぱっと顔を上げた双葉にけらけら笑われた。衝撃でズレた眼鏡を直してやると、嬉しそうに目を細めたので全てが許された。可愛いは正義。

 

「一葉は蝶々好きだろ」

「好きだよ」

「好きなものと好きなものを掛け合わせたら最強」

「カツカレー理論だね」

 

 なるほど、完璧な理屈だ。

 浴衣そのものは何でもよかったみたい。

 

「しかし、そうか。一葉はわたしの浴衣姿を全く覚えていないのか」

 

 双葉は眉根を寄せた。かわいい顔が台無しになるので、眉間を指で小突いたら、今度は頬が膨らんだ。おまけに足を踏まれた。痛い。

 

「もったいないな。写真も現物も残ってないし…。あれも蝶柄だったんだぞ。大きい花に親指の先くらいの蝶が二匹、一葉もかわいいって褒めてくれた。蝶を」

「言われても思い出せないよ」

「むむむ」

 

 それは花柄なのでは?

 過去の自分が蝶柄と言い張った可能性を否定しきれなかったので、突っ込まないでおくことにした。

 

「夏祭りに行ったんだ。

 出店であんず飴を買ったら、一葉のあんずの方が大きくてわたしのと取り替えてもらった」

「うわ、それ覚えていたかった」

「わたしも一葉も太鼓の振動が嫌で、お神輿の行列から逃げ回ったのも忘れたか?」

「綺麗さっぱり忘れた。てか、たぶんそのお神輿がメインだよね、逃げ回ったんだ」

 

 ここまで言われても一切記憶が蘇る気配はないので思い出すのは諦めた。悔しいので、脳内の小さい頃の双葉のイメージに、先ほどの浴衣を着せてみるなどする。

 

「一葉が金魚すくいで全然すくえなくて、代わりにおかあさんに取ってもらったのも…?」

「それは忘れてていいよ、恥ずかしい」

「えー」

 

 全く記憶にないけれど、幼い頃から手先の器用さは全く足りなかったので、その展開は容易に想像できた。

 

「目に焼き付けておけ。今度は忘れないように」

「そうする」

 

 写真もたくさん撮っておこう。

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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