双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ハーヴェステラならエモちゃんが好き。
ソシャゲは出てもハーヴェステラ2は一生出ないのが悲しいので初投稿です。




67駅目 SF

 

7月4日(月)

 

 

「本日の本占い…表紙が暗いから運勢はよろしくないでしょう」

 

 矢嶋は適当なことを言っている。

 先ほどから机の前にしゃがみ込んで、表紙を眺めていたので、いつもの雑占いがいつ飛んでくるかと思っていたが、今日はわりと時間がかかった気がする。矢嶋のことだから興味を惹かれた、なんてことはないと思うけれど。帯の煽り文句でも読んでたのだろうか。

 何か話でもあるのだろうか、キリのいいところで栞を挟んで顔を上げると矢嶋はにっと笑って、隣の席に目線をやった。先生に質問があるとかで先ほどまで離席していた芳澤さんが戻ってきていた。

 

「でも、この表紙は星がたくさん描かれていて綺麗ですよ」

「ほんじゃ、煌めく良いことがおこるでしょう」

「クイックターン決めたね」

 

 端から真剣味の欠片もないので、掌返しが早い。

 

「あれだよ、セイウチとギャクイチ?を見間違った」

「泳いでますね」

「逆位置は矢嶋の教科書でしょ」

 

 本当に授業者の先生は泣いていいと思う。今日の矢嶋は授業を受けている振りですら適当だった。班で話し合いをする場面になって、こっちが指摘してようやく上下が戻ったくらい。

 

「それで、今日はどんな本を読んでいたんですか?」

「宇宙に進出する系のSFだね」

「どこかで見覚えがあります。本屋でしょうか…?」

 

 双葉が勧めてきた本だから、どこかのタイミングで芳澤さんにも勧めたのかも知れない。この感じだと読んでいなさそうだ。

 

「火星とかに住むってこと?」

「だいたいそう。太陽系は飛び出してるけど」

「遠くに住めるかもしれない星が見つかった、みたいな話はたまに聞きますよね」

「これは近場の星で済ませようって話だった」

 

 手ごろな星を見つけてテラフォーミングする感じの話である。移住を試みるチームは幾つかの星に散って、それぞれ頑張っているみたいだけれど、今のところすべての星で開拓は難航している。

 一番うまく行きそうな星でも、持ち込んだ生き物が少なかったために生き物の種類が偏って大変なことになっている。なんかこれ箱庭実験で見たな。間違いなくその辺りが元ネタだろう。

 

「ほーん。宇宙よく分からん。ビックバンだけ知ってる」

「食欲ってすごいな…」

 

 ビックバンバーガーのお陰で、どんなに小さい子でもビックバンという言葉は知っている。さすが全国チェーン店。

 

「てか、そもそもなんで宇宙とか行くの? 旅行?」

 

 現実的にはそれもありだろうけど、旅行のために宇宙に行くのでは話を作りづらいだろうなと思う。宇宙のことが分かっていなさすぎて、余白を恋愛もので埋めたものか、ただのファンタジーになりそう。

 

「強いて言うなら本能…?」

「どういうことですか?」

「個体数が増えたから生息圏を広げよう、でも地球は既に場所がないから別の星に行こうって流れだった」

「それ本能か?」

 

 矢嶋は首を傾げた。

 本能というのは言い過ぎかもしれないけれど、未知の場所にいきたい欲求は歴史上でも見られる。

 

「生息圏はいつも広げたいでしょ。現状維持でいいなら大航海時代とか存在しないと思う」

「そういや何等航海士とか称号あったな…あれってそこから…?」

「新天地と聞くと行きたがる人はいますよね」

 

 地球をいくら住みやすく維持できても、50億年後には太陽に飲み込まれるので、宇宙進出には人類の存亡がかかっている。地球のリソースが尽きないうちに新たなステージを開拓するのだ。…本ではそんな感じのもうちょっと後ろ向きなノリだった。

 それ以前に地球内で自滅しそうという問題は、あくまでSFなので見なかったことにした。

 

「で、その本だと人類は宇宙進出できてる感じかね」

「今のところどのチームもダメそう。どんでん返しに期待」

「ダメなんだ。そこは頑張ってほしかった」

「それでも挑戦するんですね」

 

 中盤でこのムードということは、どれかはうまくいってエンディングを迎えるのではないだろうか。

 それにしても、こんな未来が来るのだろうか。月面着陸こそできたものの、宇宙進出系のSFは長らくSFのままだ。昔の未来予想ならこの年代には月へ出張も当たり前だろうに。

 

「うん。

 あれに似てる。ちょうど今くらいに飛来するウスバキトンボ。あれ、毎年南国から飛んできて毎年冬が越せなくて全滅するんだよ」

「地元で大人しくしてろよ」

「上京したいんだって」

 

 あちこちに離散するけど。

 

「山の向こうに本当の幸いがあると思っているのかもしれませんね」

「なら仕方ない」

「さっきから掌返しが早くない?」

 

 別にどこに行っても体の性能が変わるわけではないのだから、個体で見れば自分たちが適応した土地にいるほうが子孫を残せていいのだけど、虫にそんな難しいことは理解できないので毎年懲りもせずやってくる。偉大な冒険者たちだ。

 

「もうちょっと温暖化が進んだら日本にも定着できるかもでしょ。そのためには常日頃から偵察隊を送り出さねばってこと。大丈夫、三万個くらい産卵するらしいからどれかは生き残る」

「自然の掟は厳しいですね」

「いのちが軽い」

「一寸の虫には5分しか魂ないらしいから」

 

 数撃ちゃ当たる戦法の生き物は設計からしてそういうところがある。

 一匹一匹は儚いけれど、引きで見ればかなりしぶとい生き物だし、よく機能しているので凄いなぁと思うばかり。

 

「お前って本当に虫好きなん? 毎回思うけど」

 

 よく言われる。

 “動物が好きです”と“生物が好きです”はよく似たフレーズだけど、明確に意味が違っている。

 前者は大抵の場合、犬猫などの哺乳類…せいぜい鳥類くらいまでを指す。人を愛する感覚を拡大して、人に近しい生き物を愛している人々だと思う。

 そちらのほうが市民権があるので、大抵の場合、後者もそちらの亜種と捉えられることが多い。しかし、後者は人という評価軸を置かずに、その生物が好き、あるいは自力で増えるタンパク質の構造体に魅了されている存在なので、発言こそ似ているが発想は対極に位置している。

 

「好きだよ。よくできてるなぁと思うし」

「冷たい。工場のロボットを見つめるときくらい目線が冷たい」

「人から遠い生き物に心を寄せるときは、人の感覚から離れるものだから…」

 

 犬猫を愛するように虫を愛するのは無理だろう。

 羽化してすぐに虫瓶で〆て、展足して、標本箱に並べて飾って…というのが昔ながらの一般的な虫の楽しみ方だ。あとは戦わせることもある。間違っても博愛精神からきた行動ではない。

 

「いや、人なんだから人に寄ればいいじゃん」

「それは矢嶋の担当で。ほら、人だけじゃ生きていけないって」

 

 ここで、黙って聞き手に回っていた芳澤さんが正答をポンと出した。

 

「もしかして、個人種目ではなく団体の評価の話をしていましたか?」

「あー、それかも。たぶん単位が違うんだ」

 

 人間は色々な生き物を活用してきたし、文明が進んだ今でも手放せない家畜や作物も多い。消化管にも細菌はたくさんいるし、ウイルス由来の機能も身体に備わっている。細胞のエネルギー工場ことミトコンドリアなんて、元は別の生命で、かつ今も独自の遺伝子を有する自治区のようなもの。

 そんな始末だから、どこからどこまでを一匹の生物と捉えるかというのも曖昧だ。

 

「人も多くの生き物を含んだ巨大システムの一部だと思うんだよね」

「駄目だSFに染まって会話が成立しない」

 

 そっか。残念。

 ここからが面白いのだけど。まあ、端から矢嶋とその手の話をするつもりはない。矢嶋が人特化なのは元から知ってるし、その辺りは双葉と話すつもりだ。

 

「なんでそこで分かり合うんだよ、お似合いかよ」

「ありがとう。そうみたい」

「えっ…えっ…あの、そうなんでしょうか……?」

 

 芳澤さんは持ち前の天然っぷりをいかんなく発揮して、耳まで真っ赤になった。悔しい、矢嶋側に回ってしまった。軽口への反応がいいから、つい。

 ぷしゅーと蒸気を噴き出しているので、芳澤さんの再起動までは少しかかりそうだ。

 

「てか、お前が美味しそうな話するから、ポテト食いたくなってきたんだけど。油でシナシナになったやつ。帰り、ビックバンバーガー行かね?」

「食欲ってすごいな…」

 

 ここまで、食べ物の話は1ミリも入ってなかったのに。

 

 まあいいかと応じたはいいけれど、放課後の矢嶋はかなーり張り切っている飯塚さんに連れて行かれたので、結局話はお流れとなった。

 どうも練習から逃れるために、こっちと別の約束をして先約があると言い張るつもりだったらしい。しっかり見抜かれていて首根っこを捕まえられていた。あれは助からないだろう。南無。

 

 

 

7月5日(火)

 

 

 本を閉じた。

 あと数日かけて読むつもりでいたのだけど、思いの外、すぐに読み終えてしまった。

 

「…そう来たかぁ」

 

 現実的なライン…か?

 まあいいや、筆が上手かったおかげで、多少の疑問はなかったことにできた。勢いだけで押し切られた感はあるけれど。双葉にはなんて感想を伝えたものか、頭のなかで文章をこねくり回す。

 

「あっ、それ…面白かったですよね」

「うん」

 

 ぼけっとしているように見えたのだろう、眼鏡ちゃんに話しかけられた。

 図書室以外で話すことはほぼなかったので多少驚いたけれど、最近の眼鏡ちゃんは教室内でも頑張ってあちこち話しかけに行っているので、その一環かと納得した。

 

「眼鏡ちゃんもSF読むの?」

「はい。ええと、たまにですけど」

 

 20冊に1冊くらいです、とつけ足された。

 

「ちなみに年間どのくらい読むの?」

「へっ、あ…そうですね、それ言わないとわかんないですよね。120冊くらいでしょうか。えっと、今はあまり読めてないですが…」

「忙しくなったもんね」

「はい」

 

 中学時代と違って移動で自由時間が圧迫されるので、帰宅部でもそれなりに忙しくなってしまう。運よく座れれば本も読めるけれど、それも毎日じゃないし。比較的近くてもこうだから、1時間とかかけてくる人たちは大変だ。

 

「えと、佐倉くんはSF、お好きなんですか?」

「結構好きなつもり」

 

 わたしがSF好きだから一葉も好きって思っているだけだぞ、と脳内双葉に言われてしまったのでギリ断言できなかった。

 

 自分では好きだと思うのだけど。

 これから先の未来予想はもちろん、過去にされた未来予想もワクワクする。過去の予想に関しては、ちょっと外しているところも愛嬌があっていい。電話線のある固定電話で電話していたり、ロボットに太い電源ケーブルが繋がっていたり。技術の進歩の答え合わせをするみたいで心が躍る。

 

「わあ…いいですね。私もたくさん読みたいんですけど、まだ楽しみ方を理解しきれてない気がして。

 完全に空想として見ているので、実際この機械ってできそうなのかなとか、まったく見当もつかないんです」

 

 つまり知識不足ですね、と眼鏡ちゃんは小さくなっている。とても学習意欲が高い。矢嶋に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 正直なところ、こちらも全部分かったうえで読んでいるわけないので、適切な参考書籍を挙げられなかった。

 

「分からないが分かるかな。フィクションだしそのくらいでいいと思う」

「意外です。

 そういうものなんですね。サイエンス部分がからっきしなので、勝手に半分しか楽しめてないと思っていました」

「えっ、いや分かんない。リアリティを重視してる読者もいるんじゃない?」

 

 宗派の違いだと思う。少なくとも双葉も僕もそこまで厳密にやってない。うっすら科学っぽければ、ほぼファンタジーでも許容しているし。

 

「まあでも、推理小説を推理せずに読んでても罪には問われないし」

「…個人的ギルティですね、それは」

「そっかぁ」

 

 ちゃんと理解して読みたいタイプの人だった。

 今確信した。眼鏡ちゃんは元ネタをしっかり調べるオタクだ。主に沼底に生息している。たぶん。好きなものに対する几帳面さは飯塚さんに通ずるところがある。

 

「佐倉くんはSFなら、どういうのがお好みですか?

 私、一時期古典SFをちゃんと読もうと思ったんですけど、途中で諦めてしまって」

「難しかった?」

「そうですね…難しかったのかもしれません。

 その、古典〇〇はまだ整った型がなくて読みづらいものも混ざっていますし。それに、…ええと、キリスト教的価値観をまだ肌感覚で得られていないので、悪魔の姿をした宇宙人を何故そんなに忌避するか今ひとつ理解できなかったんですよね」

「幼年期のない人種には分からないよね」

 

 ちゃんとファンタジーは読めるのに、その部分は無視できなかったらしい。

 よくわからないけれどそういうものらしいと思って読み進めていたけれど、そこで引っ掛かると難しいだろうなと思う。和訳されたところで、端々の空気から自分たち向けの作品ではないのだろうと感じてしまうのは、ままあることだから仕方ない。

 

「もういっそ、その辺の価値観も滅んでいるポストアポカリプスものとかどう?」

「今度読んでみます」

「逆に眼鏡ちゃんからのオススメはある?」

「そうですね…えと、これは面白かったです」

 

 スマホの画面でいくつか購入済みの作品を見せられた。映画だとこの辺り、と映像作品もいくつか紹介された。

 紙媒体へのこだわりはないらしい。前にもアニメがどうとか言っていたから、良質な物語が得られるのであれば何でもいいのだろう。

 

「じゃあ、次はそれ読もうかな」

「はい。あの、もしお嫌でなければ感想を教えてもらってもいいですか?」

「うん」

 

 双葉にも感想戦をよくせがまれる。

 気持ちはすごく分かる。自分が注目しなかったところでも複数人で読めば誰かが気づいてくれるので、一粒で二度美味しい感じだ。

 我が家は双葉と僕とでやり取りするだけだけど、思考が似通っているせいで注目ポイントもほぼ一致してしまう現象がたびたび起きていた。そろそろ新たな風が吹いてほしいと思っていたところだったので、その提案は非常にありがたい。

 

「やった。えへへ、他人が真剣に書いた読書感想文っていいですよね。たくさん読みたいです」

「そういうことなら、あと一人仲間に入れてもいい? 本人がOKするか分からないけど、たぶん参加したがると思う」

 

 多分、眼鏡ちゃんなら双葉からの仲間認定も早いと思う。きちんと元ネタを勉強するオタクを良いと見做す傾向にあるので好感度の初期値は高めだろう。

 

「はい、構いませんが…えっと、私が知っている人でしょうか?」

「ううん、知らない。僕の妹、双葉って言うの」

 

 二人で写っている写真を見せると、眼鏡ちゃんは目を丸くした。

 

「えっ、その、あの…妹さんがいたんですね。知らなかったです。生花咲ロリータだ…」

「うん、言ってなかったし」

 

 双葉の大きな問題が片付いて初めて外で話ができるようになった部分はある。

 少し許された気分になったのだと思う。双葉が家で引きこもっているうちは他所の誰かには優しい言葉だって掛けられたくなかった。

 

 純粋に心配してくれていた小中の先生には、冷たい態度をとって悪いことをしたかも知れない。

 メッセンジャーもやったし、最低限は求めに応じたから許してほしい。いや、あれはただの生存確認だったのかも。そういう人も時折家に来たし。双葉は引っ込んだまま出てこなかったから、やりとりには苦労した。

 

「心配しなくても、気が合うと思うよ。アニメとゲームとラノベで体の6割くらいが構成されている感じだから」

「お、お仲間ですね…?」

 

 と言っていいのだろうかと、眼鏡ちゃんは恐る恐るこちらの顔色をうかがっている。恐がらせる要素がどこにあっただろう。双葉の顔が整っていることくらいしか思いつかない。

 双葉が好むタイトルをいくつか挙げると、ビクつきも収まった。眼鏡ちゃんも通ってきた作品があったらしい。

 

「帰ったら聞いてみる。そっちにメッセージ行くかも」

「はい、えと…楽しみにしておきます…!」

 

 こうして、SFを語る会が結成されたのだった。

 

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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