双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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牧場物語コロボックルステーションならレタスちゃんが嫁。
forガールで百合婚できるのが本当にえらいと思うので初投稿です。




68駅目 リヴァイアサン

 

7月6日(水)

 

 

「ここは、テストに出るからな。

 さて、前回の話の続きだが、もうこいつ一人でいいんじゃないかことオイラーが発見した数式の中には流体力学の…」

 

 テスト前であろうとも、変わらず一定時間は脱線していくのが秀仁クオリティ。そして、この雑談ですら睡眠学習によって完全にスルーをするのが矢嶋である。

 

「…ということで、そんな素敵なオイラーさんには来年会えるので楽しみにしていてください。今日は解散。はい、号令かけて」

 

 今日も今日とて矢嶋は寝ているようで、すでに前の時間に2回ほどチョークがクリーンヒットしている。一度痛い目を見て覚えたらいいんじゃないかとも思うけれど、チョーク程度の威力では改善されないらしい。

 そろそろ期末試験もあるし、なんとかしないと不味いだろう。普段つるんでいる手前、見捨てるのも忍びない。

 

「一葉くん、さっきの問題って…」

「ああ、テストに出る方ね」

 

 授業は脱線したまま終わってしまったのと、そっちの印象しか残っていない。

 自称進学校は自称進学校らしく、進学に必要そうなテクニック等を教えればいいのに、私立特有の先生の質の偏りがこんなところに出ている。

 芳澤さんはきちんと要点を聞き取っていたようで、図と式を見比べている。

 

「ありがとうございます。この問題は分かりました。応用は…勉強しないとですね」

 

 言って、芳澤さんはいくつか付箋を貼った。こうしたドリルや各教科のノート、教科書などにはカラフルな付箋が貼られている。

 教科書とノートとドリルの分からなかったところがセットで貼られるので直ぐに確認できるらしい。マメだ。

 綺麗に整える習慣が学習面にも出ているなぁと思う。こちとら不器用さによって付箋の管理ができないので、長さも向きも揃って貼られている付箋たちを前にすると壮観だなぁと感心するばかり。

 

「一葉くんはテスト勉強、順調ですか?」

「まあまあかな」

 

 嘘だ。

 本当はほとんど何もしていないけれど、そういうことにした。長年染み付いた癖のようなもの。窮屈そうだと双葉が不満に感じていることだ。

 

 目立たないようにと縮こまる必要なんて、もうないのかもしれない。

 もっと自然体でいてもいいだろうに、以前の戦略を当たり前のように続けているのはどうしてだろう。単なる惰性か、何かを怖れているか、他の要因か…。

 

 考え始めたら、なかなか解決しないだろうなとあたりをつけて、思考は一旦ストップする。

 

「そっちはどう?」

「私は、最近練習にかまけてばかりで…そろそろ本格的にやらないととは思ってるんですけど」

「よければ今日やる? 勉強会」

「いいんですか?

 助かります。誰かとやるのって大事ですよね。監視の目じゃないですけど、しっかりしなきゃと思いますから」

 

 特にそういった動機づけがなくても芳澤さんはテスト勉強をきちんとやる側だし、本人がどう思っていようと特待生措置もあるから、何の憂いもなく夏休みを迎えられる。

 どちらかというと、睡眠学習しかしていない矢嶋の成績のほうに危機感が働く。後の席はいつも通り空っぽ…と思ったら今日の矢嶋は机の上で伸びていた。

 

「あれ? 今日は校舎裏に連行されない感じ?」

 

 ここ数日は飯塚さんに引き摺られていくイメージだったので驚いた。

 声をかけると、矢嶋は半分溶けたまま顔だけ上げた。

 

「連行されるのが当たり前みたいに言うなし。演技は形になったからテスト勉強をしろって放り出されたの」

「ああ…」

 

 劇>期末試験なのが飯塚さんらしい。

 飯塚さんは多分放っておいてもそれなりの点数をしっかり取ってくるから心配いらないだろうけど、矢嶋は普通に赤点の危機だ。

 

「で、その飯塚さんは?」

「消えた。衣装の最終チェックがどうとか言ってたから眼鏡くんのとこじゃね?」

 

 矢嶋はようやく液状化から脱却すると、両手でこちらを拝んで縋り付いてくる。中間試験の前にも見た光景だ。

 

「なあ助けてくれよ樋口。俺、今でも全く焦ってないんだよ、ヤバくね?」

「ヤバい」

「だよなぁ…」

 

 そこの自覚はあるんだ。

 芳澤さんと顔を見合わせる。彼が心配です、と顔に書いてある。優しい。女神か何かだろうか。いつもノートを貸したり答えを教えたりと何かと世話を焼いているのにテスト勉強の面倒まで見るのか。

 ともかく、何とかしてあげようということで合意した。

 

「助けるからちゃんと助かろうとしてね。あと覚えるだけの教科は教えられないから飯塚さんにでも泣きついて」

「ネ申」

「発音に堪えないこと言わないで」

「ねしん、ってなんですか?」

「ああもうほら、こういうことになる…」

 

 純真無垢な芳澤さんが困惑している。そうやってからかうの好きだなこいつ。

 “かすみ”はともかく、“すみれ”はその辺のネット言葉も知っていて“かすみ”なら知らないだろうとこの発言に至っている可能性もあるので普通に笑えなかった。

 

「ほら、溶けてないでやるよ」

「やるー……」

 

 だるーと言ったのかと思った。

 勉強するにしても、もう少しシャッキリして欲しいところだ。教室は寝る場所と矢嶋の脳は思っているのかもしれない。やだな、それが一学期の成果なの。

 …ひとまず、対症療法的に場所を変えてみるか。

 

「じゃ、図書室にでも行く?」

「騒がしくて迷惑にならんか。ほら三人寄ったらかしましい?」

「文殊の知恵じゃないでしょうか」

「姦しいだと男女比狂ってるから」

「えーん」

 

 適当なことを言うのが悪い。

 

「というか、ただ勉強するのにそんなに騒がしくなることないでしょ…」

「ほら、途方もない苦痛を前にしてうめき声の一つも」「あがらないよ、普通」

 

 テスト勉強は拷問か何かか。

 とはいえ、図書室が勉強会をやるのに適した場所かと言われると微妙ではある。

 テスト期間は、どこか空気がピリついているので小声で談笑程度でも避けたいところだ。特に真面目な生徒が集まるから、そうでもない人が入りづらい。

 

「どこならやる気出そう?」

「うーん……お前んちの店とか?」

「わあ、ルブランですね。でもご迷惑ではありませんか?」

「万一お客さんいたら営業妨害だし、本当に行くなら確認取る」

「万一て」

 

 閑古鳥の喉が心配になるレベルなので。

 もっとも、昼から夕方にかけては常連さんがやってくることもある。席が埋まることはほぼないとはいえ、複数人がワイワイやっていたら嫌がられるだろう。

 

「じゃ、ビッグバンバーガー」

「そういや行けてなかったね」

「あれがここ最近で“一等後悔し”た事件だったわけ」

 

 そんなに行きたかったのか。いや、1回行けなかったから逆に意地でも行きたくなってしまったのか。

 芳澤さんが軽く腕をつついてくる。

 

「……ええと?」

「あー…ビッグバンチャレンジっていうのがあってね、大食いに成功すると◯等航海士って称号がもらえるんだよ」

「あっ、だから“こうかい”なんですね」

「コソコソ話で解説しないで」

 

 通じないボケをするほうが悪い。

 と思ったけど、“かすみ”モードの芳澤さんに通じるボケってなんだろう…。やっぱり、このおふざけが最良かもしれない。

 

 渋谷のビッグバンバーガーはいつもながら賑わっている。ルブランとはえらい違いだ。昼時は基本的に座れないし。

 各々注文して、席に着いた。芳澤さんは、おそらくカロリーを気にして、飲み物だけの注文だったので何となく合わせた。夕飯入らなくなっても困るし。

 

「てか飯塚女史怖いわ…なんであれだけ劇に夢中なのにテスト勉強もできてるわけ? 実は5人くらいいる?」

「戦隊ヒーローみたいですね」

「真面目に授業受けてるだけだと思うよ」

 

 集中力が違う。彼女は毎日6時間、教室で自動的に発生する劇を全身で楽しんでいるので。

 みんな飯塚さんみたいに興味の方向が求められる方向と合致しているといいのだけど。

 

「あ、そうそう、これ過去問。ちゃんとコピー取ったからあげる。これで俺の仕事終わりな。あとは樋口、俺に赤点ラインを超えさせてくれ」

「大縄跳びみたいですね」

「縄が来たらジャンプしてよ」

 

 接地してたらどんなにうまく回しても跳ばせられない。回す側に回ったことないけど。

 

「じゃ、一旦過去問解いて分からないところ洗い出して」

「おー…」

 

 声からしてやる気がない。相当嫌みたいだ。

 一応言われた通りに過去問を開いているので、まあ良しとする。こっちも過去問を開いてみる。しっかり書き込みと落書きが残っている。よくこれを提供する気になったな。

 

「この、これなに? こんなのやった?」

 

 しばらくして一通り解い…てないな、諦めた問題が多数あってすぐに終わらせたように見える矢嶋が、過去問の後半のページを指差している。

 

「そこは芳澤さんのノート写してたときに一回通ってる。当てられて答え丸パクリして答えてた」

「どれ…? いつのやつ…?」

「先週の火曜」

「わりと最近だから、教科書のこの辺か。あったあった。てか、お前のその記憶力はなんなんだよ…」

 

 逆に自分が答えた問題をどうして存在ごと忘れられるんだ。

 

「なんかすまんな。俺が不真面目なばっかりに」

「そう思うなら普段の授業受けなよ」

「昼間って眠いから」

 

 改善する気はないようだ。なら謝る必要もないと思う。時間の無駄だ。

 

「ヒトは昼行性なの」

「俺は高校生だよ」

「高校生は中高生に含まれていますよね」

「うっ、集合…片方だけ当てはまるのも入ってるのはUの字のほうだっけ」

「すごい。合ってる」

「だろ。上から物落とした時にUなら全部乗っかるからって先生が熱弁してたのだけ覚えてるわ。数Aは余裕だな。がっはっは」

「すごい。だめそう」

 

 よくそれだけでテスト範囲を網羅できた気になったな。

 矢嶋が解いた過去問は空欄だらけだ。これを今からなんとかするのか…。初っ端の一学期はまだそこまで難しくないからいいとして、二学期以降は苦労しそうだ。本当に態度を改めさせないと、こんな小手先の対処じゃどうにもならなくなる。

 

「じゃ、教科書出して。その前の前のページ、それ。真ん中あたりに書いてあるでしょ」

「あー…問2かこれ。ってことは…」

 

 すらすらと書き進めている。これなら解説もいらなさそうだ。

 芳澤さんも自力で勉強を進めている。たまに質問が飛んでくるので、教科書の該当ページを開いたり、応用の仕方を教えたりした。

 そのうち、矢嶋が解き終わった問題を見せてくる。

 

「でけた」

「おーよしよし、すごいなぁ」

「ワン」

 

 適当に褒めたら犬になってしまった。一応外で…他人様がいる前でやっているのに、それでいいのか。

 こんなのと一緒にされかねない芳澤さんの身にもなってあげてほしい。

 

 ふざけないとやる気が続かないらしいことだけは理解したので、今日のところはお利口な犬に関数を教え込むことにした。

 授業内容を本当に一からやり直す羽目になったけれど、芳澤さんの理解が怪しかったところも矢嶋に教える流れの中でちゃんと復習できたので良かった。

 

「これでテストはバッチリだな。ヨシ!」

「犬か猫かハッキリして」

 

 今日は数学しかやっていないのにどこからその自信が湧いて出てくるのだろう。一種の才能だ。

 

「今日はありがとうございました」

「それじゃ、また明日」

 

 軽く手を振って別れた。帰る方向はてんでバラバラなので渋谷解散だ。

 

 

 

 電車に揺られながら、一度止めておいた思考を再開する。気になったことを気になったまま放置するのは、あまり好きではないので。

 

 双葉から指摘されたこと。

 縮こまっていて楽しそうじゃない、なんて風に言われたけれど、確かにそうかも知れない。

 今日ついた嘘だけではない。

 いつも普通でいようとするのは、どうしてだろう。

 

 怖いからじゃないかと仮定する。

 恐怖や危機感は一番の行動原理だから。そうだとしたら、何を怖がっているのか。

 

 人間関係が壊れる可能性?

 芳澤さんは話を変に受け止めることもないだろうし、クラスも比較的平和になってきている。出る杭は打たれるなんていうけれど、杭が邪魔なところになければ放置されるものだ。

 

 それなら、母の命と研究を奪った者を恐れているのだろうか。

 何年も前の事件について事実とされたことをひっくり返す能力はないし、能力がないなら誰かに見張られているんじゃないかなんて疑うのは被害妄想だ。認知世界のことにさえ口を噤んでいれば、致命的にはならないと思う。

 

 それなら、何を?

 嘘を重ねるくらいなら本当のところに近い言葉を使ったほうが自由で気持ちがいいはずだ。双葉の言いたいことはそんなところだろう。

 素直に頷けない。

 幼い頃の双葉ほど、バカ正直にすべて開示する必要はないと思う。それをしたら群れにいられなくなる。

 

 ……群れに埋没したいのだろうか。

 浮かんだ考えが直感的に正しいと感じた。

 

 それは、楽だから?

 大きなものと契約を結び、その意思の一部になれば、自分は決定せずともよい。巨体を動かすための一部分の機能だけ果たせばよい。

 なるほど、確かに楽だ。楽な方に流されている、そうかもしれない。が、しっくりこない。

 

(…自然なかたちだと思うから、かもしれない)

 

 一個体が細胞一つのように振る舞うのは、きっと美しいのだ。

 

 前提として、生き物はよくできている。

 気が遠くなるほどの時間をかけてよいものばかりが選別されてきた。

 おかげで鳥の翼の形を真似すれば効率的に揚力を生み出せるし、カタツムリの殻を真似れば汚れのつきにくい塗装ができる。あるヤママユの餌となる木を探すのに、人が一からレーダーを作るより、ヤママユの脳と機械をつないで触覚で探したほうがいいじゃないか、なんて研究すらある。

 

 多細胞生物の細胞一つ一つは、基本的にそれぞれの役割に分かれて戻らない。

 当然、固定された役割を獲得してしまえば細胞一つでは生きていけないが、たくさん寄り集まることで、単細胞のときとは比べ物にならないほど複雑なことが可能な一つの生き物として振る舞う。

 スケールだけ変えれば個体と群れも同じことだ。ヒトも分業によって一個体ではたどり着けないところまで手を伸ばし、知識を積み上げてきた。

 

 問題は、大きなものが優先されること。たとえば全体を生かすために自死を求められたとき、おとなしく死ぬしかない。自分の体のなかで日々起きている些細な問題は、ヒト一個体のスケールになったとき、わりと甚大な被害を発生させる。

 だからといって、細胞一つが生き延びるために群れに反抗するようになったら、それは癌だ。

 

 仕方ないのだ。

 群れで生きることを選択した生き物は、完全に分化して、個では生きられなくなってしまった。

 だから、群れに貢献するか、そうでなくても無害でなければならない。そのためには、群れに馴染まなければならない。

 

 それは、きっとよくできている仕組みと言える。

 大きな生き物の一部になる喜びは、群れで生きると決めたヒトの遺伝子の中に組み込まれている。

 

 個体の幸せと群れの幸せは完全に一致しないにしても、近似した値を取る事が多い。

 外れ値はどうしても出てしまうし、群れに適合するために相応に苦しむけれど、それは大きな力からは知覚できない。僕らが死にゆく一つの細胞を認識できないように。

 

 それが、ヒトの野生動物としての、あるべきかたちだ。

 多分、今までだって言葉にしないまでも、それが自分の性根に刻まれている考えだった。大きなものと結ばれた絆によって自由になることはない。かわりに、その一部として存在できる。

 

(…それが終点なのは嫌だなぁ)

 

 獣の世界は弱肉強食でも、人の社会はそうあってほしくないというなら、この極めて自然な構造は人間として否定しなければならない。

 

 今のところ、自分には方法が思いつかない。

 群れのなかにありたいという本能に抗って、ヒトであることを捨てられない人間は幸せになれるのだろうか。

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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