双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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麗獣おとぎ草子なら若葉が好き。
もう人に勧めることができないのが悲しくて仕方ないので初投稿です。




70駅目 役割変更

 

7月9日(土)

 

 

 双葉の部屋から音が漏れ聞こえている。アニメでも観ているのかと思っていたけれど、どうも音声の調子が違う。

 

「双葉、おはよう」

「おはよう。何だ?」

「朝ごはん」

「食べる」

 

 ドアが開く。

 モニターの一つにはニュース番組が映っている。見れば、渋谷の犯罪組織の主犯が捕まったという話題だ。たくさんのコメントが流れている。

 ネットの海で拾える情報とテレビで報道される範囲をすり合わせていたのかもしれない。

 

「怪盗団、やったみたいだな」

 

 双葉はぽつりと言った。

 流れるコメントの中は、怪盗団に対する批判はあまり見受けられない。面白半分で怪盗団を応援するもの、とりあえず警察を叩くもの、キャスターのお姉さんしか見てないもの等で占められている。

 双葉はモニターを切って、のそのそと部屋から出てきた。外…と言っても家の中だが…のまぶしさに目を細めている。

 

「そうじろうは?」

「もう店」

「早いな」

 

 佐倉さんは出かけるときに双葉にも声をかけていたようだったけれど、集中しているときの双葉は周りの音をシャットアウトしているせいで、まったく認識されていなかったらしい。

 

「今日は?」

「ロイヤルなパン」

「わたしがやる」

 

 双葉は食パンをオーブンに入れて、タイマーを仕掛けている。得意料理その2、温めるやつ。お湯を注ぐやつより頻度は低いもののよく作ってくれる。

 その間にイチゴジャムと牛乳、それと8割レタスのサラダを出しておく。

 

「バターも塗ろう」

「ワルだね」

「悪の限りを尽くした」

 

 バターをたっぷり塗ったパンを渡された。これだけで充分な気がするのだけど、双葉はせっせとジャムも塗っている。昨夜は特に何も食べていなかったのでお腹が空いているらしい。

 

「金城だっけ、渋谷のやつ。気になってたの?」

「気になるのは怪盗団の方だ。

 影響を与えれば与えるほど、揺り戻しが来る。まだ大丈夫。でも、長続きはしない」

「評判はそうだろうね」

 

 経験的に知っている。大きくなれば、中枢が捕捉できないところで多数の面倒事が発生するものだ。

 けれど、メジエドのときと違って、怪盗団の改心は手段が特殊だから、模倣犯は出てきそうにない。

 

「捕まるって意味でも、警察側に一人でも自力で入れるやつがいたらアウト」

「僕みたいな?」

「そう。ペルソナ使いでなくても、認知世界に侵入することだけならできる。銃とか…武装すれば、ある程度は化け物たちとも渡り合える」

 

 警察が認知世界に入れさえすれば、現行犯逮捕なんてこともできるのかもしれない。

 何罪にあたるのか謎だけど、その辺りは後から捏造されるだろう。こと認知世界に関しては、そういう処理が施されると思ったほうがいい。

 

『向こうに行けるニンゲンなんて、ほとんど居ないわよ。そうなら普通、幼いうちに異界へ引きずり込まれてマルカジリだもの』

 

 妖精はこう言うけれど、何事にも例外はあるし、確率は低くてもそれを引くときは引くものだ。

 

「怪盗団を心配してる?」

「…他人事じゃないだけ。

 怪盗団が活躍すれば、おかあさんの研究を盗んだ悪者も、しっぽを見せるかもしれない」

 

 それは、あるかも。

 母の研究を奪ったものが、怪盗団を確保…あるいは、殺害しようと動いてもおかしくない。

 認知世界関連のことを人一人殺してまで独占したいと思った存在が、そのくらい躊躇うとも思えない。同業他社ではないけれど、おそらく別ルートから認知世界に干渉できる術を得た存在に注目しないというのは不自然な話。

 

「認知世界のことは警察上層部は把握している。ううん、それ以外も。

 おかあさんの事故を調べた人、情報を受け取った人、握りつぶすように指示した人…間に何人挟まってるか分からないけど」

「警察の機密情報を漁るとか言わないよね」

「やればできる。一葉が嫌ならやらない」

 

 双葉なら本当にできてしまいかねないのだけど、思いとどまってくれた。危ない、本当に悪の限りを尽くすところだった。

 

「向こうのこと、そんなに気になる? もう吹っ切れたのかと思ってた」

「家族のことまで無関心じゃない。

 分かる範囲でいいから、おかあさんの件は自殺じゃなかったって証明したい」

 

 それはリスクとリターンが見合っていないのではないだろうか。記録が書き換えられるとは思えないし、死んでしまったという結果は何をしても覆らない。

 

「悪者の正体を知りたい。

 仕組んだのが誰なのか分かれば、おかあさんのせいでも、そうじろうのせいでも、わたしのせいでも、一葉のせいでもないって証になる」

 

 そう単純な話ではないと思うけれど、それなら、うん。双葉の気持ちも分かる。輪郭が定まらない悪者より、自分の瑕疵に目が行くこともある。

 

「ごちそうさま」

 

 双葉は椅子から降りるとさっさと部屋に引っ込んでしまった。

 準備するところまでなら双葉も協力してくれるけれど、片付けはそうはいかない。さしたる手間ではないのでいいのだけど。2人分の皿を洗ってから家を出た。

 

 

 

 学校でも、あちらこちらで怪盗団の話題で盛り上がっている。むしろ、世間一般よりも噂の広がりは早いだろう。

 鴨志田先生の一件は全校生徒の知るところだし、ここが震源という認識も手伝って怪盗団に好意的な人も多い。

 

「聞いた? 渋谷の犯罪組織?のリーダーが捕まったって」

「あー、あれね。怪盗団からの予告状があったってやつ」

「やっぱいるんじゃね? 怪盗団」

「じゃ、明智くんの心を奪ってきてほしい〜」

「あんた1ヶ月後には別のイケメン推してるでしょうに」

「今は本気なの、今は」

 

 この手のやり取りは既に数回耳にしている。そろそろ飽きてきたので、意識から外す。

 後ろの席では飯塚さんと矢嶋が何やら話し合っている。

 

「また怪盗団の仕業のようだね」

「月一ペースで俺らと被ってるからな」

「我々も負けていられるものか。怪盗団と違って、我々は観衆の目の前で勝負することに意義がある」

「おー…」

 

 激励の言葉をかけているようだ。矢嶋はややげんなりしている。ここしばらくの間、この調子でみっちり練習に付き合わされたなら無理もない。

 次の休み時間には本番だからそれまでは耐えてくれ。放っておこうと視線をそらしたけれど、矢嶋の恨みがましそうな目線がついてきている気がする。気づかないふりをしよう。

 

「ちょっといい?」

「なに?」

「裏方の最後の仕事」

 

 今回は大きな舞台セットは何もない。衣装が一番手のかかるアイテムだった。その衣装も終わったから仕事はもうないと思っていたけれど、何か抜けていただろうか。

 

「花咲ロリータの時の個人的な反省。トイレとか行ってて遅れた人が何やってるのって遠巻きに見てたんだよね」

 

 教室後方にある黒板の空きスペースを使って、どのタイミングで見ても状況がわかるように役名やあらすじを書くつもりらしい。実際の舞台であれば、パンフレットのようなかたちで配布されるけれど、教室ではそうもいかない。

 

「黒板に字書くの、得意?」

「あんまり」

「じゃ、こっちで書くから遠目から見やすいかチェックして」

 

 眼鏡くんはすらすらと書いていく。

 題名、ミスコン花道。主演。飯塚、役名リボン。ミスコン優勝候補、周囲からの期待も厚い。矢嶋、役名ハナ。姉の失踪の真実を知るためミスコン優勝を目指す少女。

 

「読める?」

「うん。字綺麗だね」

「そんなことないと思う」

 

 遠目で見てもはっきり読みやすい。紙に書くのとは違うのに。眼鏡くんの手先の器用さはピカイチだった。

 

「目立つように黄色で囲って…これでよし。事前にやることは全部やったから、あとは賑やかし?」

「そうだね」

「このメンバーなら矢嶋が一番適性あると思う」

「それはそう。まあ今回はこっちでやるしかないね」

「お互いやれる範囲で。じゃ、また放課後」

 

 放課後には公演後の反省会がある。眼鏡くんと別れたあと、次の授業の準備をしつつ頭を巡らせる。

 

 あとは飯塚さんたちが演じるだけとはいえ、自由に動ける面々は普段そういう役をやらない人ばかりだから、盛り上げるのはなかなか難しいかもしれない。

 ワーとかキャーとか言うだけならこっちでもできそうな気はするけれど、周りを集めて引き込むような陽キャムーブは僕や眼鏡ーズには簡単にできるとは思えない。

 

 矢嶋なら、事前に盛り上げるのが得意そうな人に声をかけておく気がする。

 つまりサクラの増員。陽キャムーブができないなら陽キャを巻き込めばよかろうと。幸いなことに、男子の陽キャ筆頭は劇団の初期メンバーで、当日の協力ならすると前に言ってくれている。

 

 陽キャふたりが揃って話をしていたので、思い切って声を掛けた。

 

「ふたりとも今少しいい?」

「ん? なんか用?」

 

 声のデカいやつが応じる。

 笑顔だし、おそらくその意図はないのだろうけれど、どこか威圧感がある。勘違いだと思うことにする。先ほどまでふたりで楽しそうに話していたのを遮ってしまったのを引け目に思っているせいかもしれないし。

 どこに地雷ポイントがあるのか分からない相手と話すときは緊張する。絶対に勝てないし。

 

「久しぶりに協力をお願いしたくて来ました」

「なぜに敬語だし」

「お前の声がデカすぎたんだろ。で、また何かやる感じ?」

 

 デカい音苦手だろ、と顔のいいやつに言われて曖昧に頷いた。声のデカいやつの機嫌を損ねたくないし、そもそも何で知ってるのかも謎だ。お台場旅行のときに話したっけ。それか、普段から観察されていたかも。あるいは矢嶋情報かもしれない。

 どうでもいい方向に思考が流れているので一旦止めて、目の前のことだけ考える。

 

「次の授業が終わったら教室で公演なんだけど、なんかやってるから見てみよう、みたいな流れを作ってほしい」

「任せとけ」

「これくれんの? おっ、揚げ煎餅助かる。美味いよな」

 

 お願いするのに向こうに何のメリットもないのは良くないだろうと、手土産に丸喜先生印の横流しお菓子をいくつか使うことにしたのだ。

 このために何か買っていれば良かったのだけど、思い立ったのが直前だったのでそうもいかなかった。

 

「それと、後ろの黒板に基本情報書いてあるから、みんな気づいてなかったら初めて気づいた人の役もしてほしい」

「デカい声で言うわ」

「お前の普通の声は充分デカい声なんよ」

 

 わははと笑っている。

 若干…いや、かなり、彼らの会話のペースに乗り切れていない感じはするけれど、気にしないようにしよう。会話に乗りに来たのではなくお願いをしに来たのだから役割は果たせたと思う。

 

「てか、今回お前がその役なん?」

「前は矢嶋が頼みに来たな」

「そんな感じ。今回、矢嶋は役もらってるから」

「マジ? 超気になるわ」

「お菓子ありがと」

 

 友達をやるのは難しそうだけど、事務的な話なら何とか。陽キャ2人とは、そんな感じだ。

 こっちとも話しつつ、平気で陽キャの群れにも入っていく矢嶋は正直意味がわからない。変幻自在か。

 

 

 

「ハナ、そろそろ決着をつけましょう」

「望むところよ。リボン」

 

 授業後、先生が退室したのを見計らって、飯塚さんが声をあげた。堂々と胸を張って教室の後ろへ進んでいく。それに応じるように矢嶋も立ち上がる。

 

 授業中は普通に制服だった筈なのに、いつの間にか2人の服装が変わっている。眼鏡くんの特製衣装の上にペラいコスプレ衣装を着ている。

 劇に関しては大体何でもできそうな飯塚さんはともかく、矢嶋も早着替えができたとは…もしかしたら、比較的飲み込みの早そうな矢嶋が逃げ出したくなるくらい嫌だったのはこの特訓だったのかもしれない。

 

「なんか始まった!」

「えっ、あれ矢嶋…!? ウッソだろお前もそれやるん?」

 

 声のデカさに引っ張られてクラスメイトたちの注目が集まる。主に矢嶋に。

 

「あれは、一ヶ月前のこと…」

 

 そこで、矢嶋の番が回ってくる。特訓の日々を熱く語るシーンにここ数日間の矢嶋の苦労がにじみ出ている気がする。

 

「…そして、今日が決着の日」

 

 教室後方でハナとリボンが睨み合う。自然、配役の説明書きに目が行って、みんな状況を理解し始めたようだ。

 

「ミスコンは私の舞台。貴方の出る幕はないわ」

「私は勝つ。絶対に…!」

「随分自信がおありのようね。いいわ、やれるものならやってみせなさい」

「今の私は昔とは違うのよ」

 

 ふたりは本番衣装へと姿を変える。

 店売りのペラペラコスプレ服とは違って、潤沢な飯塚マネーによって生地からきちんと用意された専用衣装なのもあって、見た目はなかなか本気度の高い仕上がりだ。中身がどうしようもなく女装に向いていないことを除けば。

 

「深刻な配役ミス」「キメ顔、駄目だって。やめ、こっち見んなw」「服が可哀想」

 

 ここまで状況が掴めずにキョトンとした顔で見ていたクラスメイトたちも、耐えきれなくなって数名が笑い出す。

 飯塚さんたちは至って真面目にボケ続けるものだから、クラスメイトたちもつまりいつもの授業のようにツッコミ担当をすればいいのかと役割を理解したようだ。

 

「完敗だわ、ハナ…。あなた、変わったわね」

「ええ。私はもう貴方の後ろに隠れる妹じゃないの」

 

「どうみてもリボンの勝利だろ」「この世界おかしいよ」「絵面の破壊力で熱い展開が何も入ってこない」

 

 

 

 放課後、劇団メンバーは教室後方に集まった。口火を切ったのは飯塚さん。

 

「反省会の時間だな。皆の目から見て、今回はどうだったかね?」

「はい、飯塚せんせー! 良かったと思います!」

 

 真っ先に手を挙げたのは矢嶋だ。わりとよく見る光景だ。事前に打ち合わせていたのだろう。

 

「今回誘導がいなかったけど、バラけることなくわりとみんな見てくれただろ。その秘訣をどうぞ、眼鏡ちゃん」

「あっ、えっと…その…脚本に、余裕を持たせました。

 人の集まり具合で、尺を伸ばしても縮めてもいいようにいくつかセリフ例を載せて…それで…でも、ちゃんとやってくれたのは飯塚さんや矢嶋くんのお陰です…私は何も…」

「てなわけで、眼鏡ちゃんの頑張りがありましたとさ。拍手」

 

 これをやりたかったらしい。

 眼鏡ちゃんは恥ずかしそうにうつむいて小さくなっている。耳の先まで真っ赤に茹だっている。これ以上褒め称えたら、蒸気でも吹き出しそう。

 

「こっちからもいい?

 眼鏡くんが後ろに配役書いてくれたんだよ。お陰で短時間でも状況が伝わった」

 

 矢嶋はにんまり笑う。

 

「かく言う樋口はサクラ担当として外部の協力を取り付けていたのでした。

 終わった後、声のデカいやつが撮影したの絶対にネットに載せるなよって言ってくれたのも、お前の仕込み?」

「あー…そこは陽キャ2人の機転」

「じゃ、眼鏡くんと樋口、それから心優しき元メンバーに拍手!」

 

 …何かに負けた気がする。勝とうとしていたつもりではないけれど。

 それに、この感じだと全員褒め称える空気だ。自分で褒めるのはおかしな話だから他の人が話の流れを持っていくべきで…。眼鏡ちゃんは茹でダコ状態なので論外として、眼鏡くんがやってくれたりは…しなさそうだ。眼鏡ちゃんのことを気にしているようで、こっちまで気を回す余裕はない様子。

 

「最後。主演として、日々の練習に取り組み、最後まで演じ通し、舞台を成功に導いてくれた飯塚さんと矢嶋に拍手!」

 

 これでいいのか、と目線を送ったら良い笑顔で矢嶋は頷いた。

 

 この感じだと、僕が陽キャ2人に声を掛ける前に、矢嶋が手を回していたとしてもおかしくない。そこまで考えてなかったけれど、矢嶋ならやりそうだ。わざわざ聞かないけど。

 今回、役割配置が変わったおかげで、今まで気づかなかったことがいくつも見えた気がする。その意味でも今回は収穫があった。

 

 飯塚さんから見ても満足が行く出来だったようで、わざわざ反省点を募るようなことはしなかった。

 

「今日は解散だ。打ち上げをするとしたら後日。テスト勉強がしたいメンバーは残ってくれたまえ」

 

 飯塚さんの言葉で、浮かれ気分だったのが一気に引き締められた。

 来週の水曜から期末試験だ。まだ1年生とはいえ、中間試験のときよりも皆本気を出している。

 

 眼鏡ちゃんは今日も勉強会に参加するつもりらしく、飯塚さんの発言に小さくこくこくと頷いている。眼鏡くんは…帰り支度をしている。前回もあまり人に聞くこともなかったし、勉強“会”に意味を感じていないのかもしれない。

 そして、このメンバーの一番の懸念点は……

 

「やったぜ自由だ!」

 

 矢嶋は にげだした!

 

「ああ、矢嶋は強制参加だ」

「ぐえっ」

 

 しかし まわりこまれてしまった!

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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