双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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フォレスティアならノーティが好き。
レインボーが好きだっただけなのでは?と娘に亡き妻の面影を感じる父の気持ちになったので初投稿です。




フタバ・パレス(7月10日〜8月20日)
71駅目 再訪


 

7月10日(日)

 

 

 コンコン、と部屋の扉がノックされた。

 

「一葉」

「どうしたの?」

 

 佐倉さんは出かけているので、部屋を訪ねてくるのは双葉しかいない。予想通り、聞き慣れた声が聞こえた。

 部屋にくるとは珍しい。何かあっただろうか。少しだけ開けたドアの隙間から顔を覗かせて、双葉は小さく手招きをした。

 

「来て」

「?」

 

 来てと言われたので、よく分からないままついて行く。

 双葉の背を追いかけて、廊下を通り、双葉の部屋に入る。部屋の扉が閉められた。モニターの明かり以外は真っ暗だ。こちらの目が慣れる前に、外から開けられないように双葉は扉に鍵をかける。

 

「…内緒話?」

「うん」

 

 電気くらいつければいいのに。部屋の壁に手を伸ばして手探りでスイッチを探り当てて、明かりをつけた。

 

「うおっまぶしっ」

「それ本当に眩しいと思ったときに使っていいんだ」

「ダメか? じゃ、四角い顔の大佐の方にする」

 

 パチンと電気が消された。

 

「リテイク?」

「ううん。暗いほうがうまくいく」

 

 何が、と聞こうとしたけれど、双葉はパソコンの前で屈んで何やら真剣に操作をしている。椅子に座ればいいのに、すぐ終わるからと横着しているものと思われる。そういうことなら事情はあとから聞けばいいか。双葉のしたいようにしてもらうのがいい。

 少しの間があって、双葉は口の中だけでよし、とつぶやくと身を起こした。

 

 

“ナビゲーションを開始します”

 

 無機質な音声が流れて、世界が切り替わる。

 

 

「……は?」

 

 砂色をした石材の壁。砕けた壺や柱。光で構成された無数のウィンドウと数字。本来ならフローリングを踏んでいるはずの足に、さらさらとした感触が触れる。

 現実ではほぼ姿を晒さなくなっている金髪の妖精はつまらなそうに周囲を見回したあと、宙に浮いたまま足を組み替えた。

 

『何を驚いているのかしら?』

「いや、だって…ここはもう……」

 

 壊したはずだ。双葉と一緒に。

 オタカラであった、こちらの双葉を連れ帰ったことで、パレスであるこの場所が残っているはずがない。

 妖精は嘆息する。

 

『盗ってないじゃない、オタカラ。

 あなた、あんな茶番ですべて終わったなんて思っていたの?』

 

 何となく腑に落ちるところはある。

 だから、約一ヶ月前の戦いのときも、妖精だけはつまらなそうにしていたのか。それに、そう…何度か出先で認知世界に入ったけれど、あれは双葉に促されて外出したのだっけ。

 

 双葉は?

 同じ部屋にいたのだから当然ここにいてしかるべきだ。あたりを見回すと、周囲の暗がりの中に見慣れた姿を見つけた。良かった。近くにいた。

 

「双葉、これはどういうこと?」

『…あなた、警戒心というものはないの?』

 

 妖精が言わんとすることは分かる。

 この場所が存在するということは、双葉にはまだ歪んだ欲望があるということだ。それに、今までパレスを消したふりをしていたことも気にかかる。わざわざそんなことをするのだから、何か目的があってのことだろう。

 双葉のやることなすことに大体GOサインを出す僕に話がいかないということは、とてもよろしくないことを企んでいるのではないか、と。

 

「不本意だがソレの言うとおりだ。

 わたしが悪いやつだったらどうする?」

「でも双葉は僕のこと好きなんでしょ?」

「……はあ」

 

 呆れられた。

 

「一葉は普通に暮らしたい、でしょ?

 今のわたしなら叶えてあげられる。ここの王はわたしだから」

 

 双葉が右手を上げると、緑色の光がフレームを作り、瞬時に棺の形を取った。

 無骨な棺の中から細長い白布が現れて、妖精の四肢を縛る。

 

「リャナンシー…!?」

 

 妖精の体はあっという間に何十もの包帯と鎖によって巻かれていく。やがて、引き込まれるようにして棺に閉じ込められた。完全に封をされてしまったようで、蓋はびくともしない。

 あれほど強かったリャナンシーが、あっけなく。

 

「一葉はびっくりするくらい流されやすい。一葉に付き纏っていたコレも、一葉から契約を結んだ訳じゃない、違うか?」

 

 何もかも突然で、何の実感もない。

 双葉は落ち着き払っていて、普段と全く変わらない声音で淡々と問うてくる。

 

「一応自分からだよ。“駅”で化物への対抗手段がどうしても必要だったから」

「なら、その時どうして一人で“駅”に行ったか覚えてる?」

「認知世界の双葉と話せば、現実の双葉も正しい記憶を思い出せるかもって」

「順番が逆だ。

 今となってはコレは煩わしいだけ。厳重に封じておこう。代わりが欲しいなら好きなのをあげる。みんなわたしの言うことを聞くから、大丈夫」

 

 言っている意味がわからない。順番が逆とはどういうことだろう。

 双葉の言葉には有無を言わせぬ圧がある。怖いくらい。…怖い? 双葉が? そんなことはない。あってはいけない。

 

「これでやっとふたりきり」

 

 双葉は隣にやってくると腕に腕を絡めた。んふふ、と機嫌良さげに鼻を鳴らした。

 

「正直、今すごく混乱してるんだけど、事情を説明してくれる?」

「前に、一葉を自由にすると言った」

「言われたね」

「そのために、パレスが必要だった。だから残してある。今もパレスがあるのはそれが理由」

「黙っていたのは?」

「そのほうが都合が良いと思ったから」

 

 説明になっているような、なっていないような。双葉の中では十分な情報は伝えたつもりなのだろうが…。

 

「一葉は何も知らなくていい。全部、わたしに任せて。わたしは一葉のことが好き。一葉はそれだけ分かっていればいい」

 

 双葉は僕にそう信じ込ませたいみたいだ。耳元で囁いて、ぎゅうと腕に力を入れる。

 

「帰ろう。今はここに用はない」

 

 双葉に引っ張られるまま、部屋の端へ進む。どこまでも落ちていきそうな暗闇の寸前で立ち止まった双葉は、緑色に光るウィンドウの数値を書き換え始めた。

 先ほどパソコンを弄っていた姿と重なる。つまり、帰るための手段がそれなのだろう。

 

『ご苦労だった』

 

 ざり、と砂をふむ音がした。

 音のする方を振り向くと、額に黄金の飾りをつけた白布の服の少女がにこりと微笑むのが見えた。ギラギラと輝く金の瞳がこちらを射抜く。

 

「何の用だ。お前は引っ込んでいろ」

 

 双葉は語気荒く食って掛かる。自分相手だからか容赦がない。

 

『不思議なことを言う。わたしもまた“わたし”ではないか』

「聞こえなかったのか。わたしの言うことを聞け」

 

 認知上の双葉は、現実の双葉の命令を聞き流し、くすくすと楽しげに笑っている。

 

『それは、わたしの台詞だな。安心していい、王を傷つけるつもりはない』

「…お前、まさか」

 

 駄目だ。

 勘なんて生易しいものじゃない。首筋の産毛が逆立つような感覚が、ここから逃げろと叫んでいる。これは確かに妹の姿をしているけれど、けして気を許していい相手ではない。

 ポケットに手を伸ばす。リャナンシーがいない今、認知上の双葉に抗する手段なんてろくに残されていなかった。

 

「一葉、逃げて!」

 

 なにか超常の力が影響しているのだろう、風になびくように栗色の髪が広がる。空気が悲鳴をあげるように軋み、数字を並べていた光の窓が砂嵐となって、やがて途切れた。

 

『……死ね』

 

 咄嗟に、掴んだ玉を放った。

 奇跡的にコントロールが上手くいって、辺りは煙幕に包まれる。

 

 逃げなければ。

 双葉の手を掴んで、ほとんど体当りするみたいに大扉を開いて外に転がり出た。

 幸いにも閉じ込められてはいなかったようだ。部屋の入口の扉は、現実と同様で、内側からなら簡単に開くようにできているらしい。

 

「一葉、わたしは…っ」

 

 困惑した声が後から聞こえる。

 自分が攻撃した側なのにどうして、と言いたげだ。でも、どう見ても悪いのは認知上の双葉だ。

 

「要はあっちの双葉の機嫌が最悪ってことでしょ?」

「だけど、あれもわたしだ」

「気にしない」

 

 安全に逃げられそうな先は“駅”しかないが、今この状況では悠長に向こうと繋げられるほどの精神的余裕はない。踊り場を抜けて、大階段を駆けおりる。

 外に行けばなんとかなるかもしれない。

 入口同士を繋ぐのはそう難しくない。ここを飛び出すときに繋げば、佐倉家の前に出られるかもしれない。

 

「外に行こう」

「…ダメだ。逃げられない。あっちに制御が奪われている」

 

 出口の前、どこからともなく認知上の双葉は現れる。

 ここは双葉のパレス。どこに居ることも居ないことも主である認知上の双葉の思うまま。

 

『鬼事か。なぜ逃げる』

「説明もなしに殺しにかかってくるからでしょ…!」

『…説明があれば、死んでくれるのか?』

「話次第だよ」

 

 殺すというのも、やろうと思えば簡単にできるに違いない。何でもできる相手に今殺されていないなら、躊躇いがあるということだ。たぶん。

 だって、こちらの言葉に応じた。上手くやれば切り抜けられるかもしれない。

 

『…わたしは構わない。しかし、“わたし”は赦さないだろう』

「当たり前だ。そう決めた。お前もわたしなら、今になってなぜ逆らう?」

 

 問いかけに、認知上の双葉は金色の瞳を歪めた。

 

『正しくない行いだからだ。わたしを、自らの欲望を蔑ろにすることだからだ。分かっているだろう?』

 

 双葉がキッと睨みを効かせると、認知上の双葉は不敵に笑った。

 全身を包んでいた威圧感は徐々に薄れ、中に波打っていた髪も大人しく重力に引かれて落ち着いていく。予想通り、本気で殺しに来ていたのではなく、脅すつもりだけだったのだろう。

 

『……いい。分かった。遊戯をしよう。

 一葉。“わたし”の真なる宝を盗め。やりおおせれば、殺さずにいてやろう。期日は…一月もあればよいな?』

 

 それだけ言い残して、認知上の双葉は姿を消した。

 同時に、あたりが揺れはじめて、立っていられなくなった。大扉を含めて開いていた全ての扉が、さながら隔壁のように順に閉じられていく。頭上の石組みの隙間から砂が落ちてきて、崩落の二文字が脳裏をよぎったものの、何とか持ちこたえてくれた。

 ものの数十秒で、パレスはもとの要塞としての性格を取り戻していた。

 

「やられた…。あいつ、最初からこれが目的で…」

「双葉」

「話したくない」

 

 そうはいっても、この状況で何も聞くなというのは無理がある。

 

「ごめん、でも状況を整理させて。

 双葉は何をしようとしていて、今何が起きたの? あれも双葉なら双葉は…その、僕を殺したかったってこと?」

「そんな訳ない」

 

 双葉は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 不本意であることは明白だった。思い通りにいかなかったことに対してなのか、説明をすることに対してなのか。これまでの態度を思うに後者なのだろうなと思う。

 

「逆だ。一葉を死なせたくない。わたしは一葉と認知世界との縁を断ち切りたかった」

 

 双葉は観念したように話し始めた。

 

「仮説を、立てた。

 一葉がすぐ認知世界に行っちゃうのは、認知世界にアンカーがあるからって」

 

 リャナンシーが現実世界に現れるのと全く逆の話だ。

 

「それがリャナンシー…? いや、でもリャナンシーは現実世界との結びつきが弱いのが原因だって言ってたけど」

「相対的にそうなる。

 リャナンシーは碇と船を繋ぐ鎖みたいなもの。碇…本体は“駅”にいて、あれは連絡用の子機。あれの前で迂闊なことを言ったら、本体に届く」

 

 仮説という割には、やけにしっかりした話が出てきた。

 気になるところは多々あるが、ようやく話してくれる気になったのだ。ひとまず口を挟まずに最後まで聞くことにした。

 

「あれは一葉の言うことなんて聞いてない。初めから、一葉の言うことを聞くように、他のやつから命じられてるだけだ。本体の気が変わったら、何をするか分からない。

 だから、封じた。あんな使いづらそうな子機を使うくらいだ。本体はそう簡単に上がってこれないと見ていい」

 

 これで、ひとまずの安全は保てる、と双葉は続ける。

 

「情報は絞られていたみたいだから、最近まであれ自身も自分が子機だって自覚していなかったはず。

 大人しく封じられたあたり、どこかのタイミングで気づいたみたいだし、一葉のことはそれなりに気に入っていたんだと思う」

 

 ここまで話すと、双葉は押し黙った。

 

 前の契約が残っていることに最近気づいたとリャナンシーは言っていたっけ。自由になりたいのか、契約の破棄も持ちかけられた。となると、リャナンシー自身の意思はしっかりあるみたいだ。それも非常に妖精的な。そんな不安定さの塊のような存在を子機とするなんて、使いづらいに違いなかった。

 しかし、契約云々の話は双葉にはしていないはず。いつもの盗聴で聞いていたにしても、実体のないリャナンシーの言葉が届くとは思えないし、断片的な情報になるのではないだろうか。

 

「なんでそんな事がわかるの?」

「“わたし”に聞いた。もう一人の“わたし”はそういうのが得意みたいだ」

 

 双葉とともにここを訪れたとき、僕には読み取れなかった数字の羅列を双葉はじっと見ていた。そこに書いてあったのかもしれない。

 もう一人の“わたし”という言い方だと、ペルソナ能力みたいだ。いや、同じことなのか。自分の中で制御できているか、パレスにあって好き勝手しているかの違いだけで。

 

「あの“わたし”は、どんな嘘も誤魔化しも許さない。正しくない行いだから。

 だから、わたしの知っていることを一葉に開示しないまま全部終わらせるのを許せなかったみたい」

 

 ぐっと双葉は拳を握る。

 

「でも、双葉は言いたくないんだ。心がふたつある、的な?」

「そう。どっちもわたし。

 この場であのわたしを否定したら、ここの権限を失うのはわたしの方。あっちの方が一枚上手だった」

 

 双葉ではないと定義されたら、別個体というお墨付きを得た認知上の双葉は独立した存在になり、現実の双葉からは完全にコントロールできなくなるということだろう。

 確か、鴨志田先生のときも怪盗団から悪魔だと言われて、向こう鴨志田先生は悪魔の姿になったっけ。巨大人形との戦いの時も、双葉はあの人形を自分の弱い心だと定義づけていた。

 

「ここのオタカラが何なのか、わたしには想像がつく。でも、それを盗むのは秘密を明かすのと同じ。

 リャナンシーとプログラムがあっちのわたしの手にある以上、一葉を呼び寄せられると思う。殺すというのも、きっと実現可能。

 どっちにしても、わたしの負け」

 

 歪んだ欲望の、思考力まで歪んでいるとは限らないと。

 双葉は今にも泣き出しそうな様子だった。今すぐに解決するのは難しそうに思う。一月も待ってくれるというのだ。一旦仕切り直すのがいいだろう。

 

 パレスの出口と佐倉家の玄関を繋ぐ。

 手慣れてきたのもあって、かなり簡単に繋げられた。またこれをやることになるとは…。

 現実世界に帰る。ただの住宅街がひどく落ち着く。ほっと一息ついて、そういえば、と思い出す。

 

「ね、双葉。さっきのってイセカイナビ?」

「を弄って作った霊界通信?」

「そんな晩年のエジソンみたいな…よくできたね」

 

 天才かよ。天才だったわ。

 

「ホンモノを見る機会に恵まれたから。でも、完全に再現できたわけじゃない。なんで動くのか分からないところもある。

 ただ、今の時点でもあっちと家を繋ぐ分には問題なく運用できる。」

「やっちゃいけない方法で?」

「そうとも言う。持ってる人物は知ってたし」

 

 完成形があるとはいえ、認知世界に干渉する方法を手元で再現できてしまったというのは中々…。

 

「世界同士を繋ぐ演算は、脳でするのも機械でするのも同じだ。実際、イセカイナビはそうしてる。他の端末でできないはずがない」

 

 丸喜先生が聞いたら卒倒しそう。

 実証性がないだなんて、誰も言えなくなる魔法のアイテムじゃないか。

 

「そしたら、誰でも認知世界に干渉できるようになる」

「絶対にばら撒かないでよ。

 独占しようとした悪者の鼻をあかすと同時に世界がめちゃくちゃになりそう」

「うん。わたしも原因不明で動いているものを動いているから良しと運用するのは良くないと思う」

 

 そういうことじゃないのだけど、まあいいか、出力される結果が同じなら。動いてるから良し。……いや、良くない。

 

「認知を変えるのに実力行使が必要なら、そういう機能も用意すべきだな。仮称:悪魔召喚プログラム、格好いいだろ?」

「やめとこう。それ多分ダメなやつだ」

「そうかな」

 

 しっかり否定しておいたので一安心。なにか一つの世界を救った気分にさえなるのはどうしてだろう。

 

 佐倉家の玄関の前で、あちこち砂だらけだったのを払って、誰か見咎められないうちに、さっさと双葉の部屋に退散しようとして、内側から鍵を締めていたことに気づいた。

 というか、そもそも玄関の鍵を持っていない。

 

「締め出された…」

「嘘でしょ…」

 

 佐倉さんに怒られよう。

 言い訳を二人で考えながら、助けを求めにルブランに向かう途中、たまたま遭遇した雨宮先輩が何故かうまいこと鍵を開けてくれたので事なきを得た。

 こわ…。やらないだけでできるのか。それ。

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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