双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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モンスター娘のいる日常ならパピが好き。
尾羽がある世界線も魅力的なので初投稿です。




73駅目 漂える日々

 

7月13日(水)

 

 

 玄関先で双葉が手を振った。

 

「いってらっしゃい」

「行ってきます」

 

 何も聞かずに普通に学校に行け、との仰せだった。

 大事なことほど双葉は一人で決める。信用がないからだろうか。本当に小さい頃と違って、双葉の決めたことは概ね正しくて、こっちがいつもその邪魔をしているみたいなもの。それなら、大人しくいうことを聞くのが一番いい。

 

(大丈夫かな、ここから離れて)

 

 認知世界に行ってしまったとして、今の自分はただの獲物だ。家の中なら双葉のパレスに降りるだろうけれど、他の場所ではそうも行かない。まあ、先輩たちも期末試験の最中になにか始める暇はないだろうし、急に巻き込まれる心配はないとは思うけれど。

 双葉もその辺りのことは理解した上でこう言っているのだから、こっちが気にすることではない。なるようになるのだし。

 

 

 

7月16日(土)

 

 

 何事もなくテスト期間は過ぎた。

 やはりというか、心配しすぎだったみたい。

 

 認知世界関係で特に動きはない。

 途中、雨宮先輩にでも双葉から何を頼まれたのか聞きたかったけれど、タイミングが合わなかったのか見つけられなかった。

 ルブランに寄ろうかとも考えたけれど行っていない。僕が事情を知っていようといまいと、特にできることも変わることもないと思うと気が引けた。…というのは言い訳で、単に平穏に見える状況を保ちたかっただけかもしれない。

 とにかく、話していないという事実だけある。

 

 

「解放されたぜ…!」

「おめでとう」

 

 放課後の矢嶋はそれはそれは嬉しそうにしている。夏休みの予定しか頭にないといった様子で、いつ何をしようかと算段を立てている。

 試験の日は早帰りなので、クラスの半分くらいは予定があるのかそそくさと帰ってしまっているみたいで、芳澤さんも飯塚さんも既に教室から姿を消していた。

 

「どこに行こう、海、山…プールとかもいいな。このために生きてると言っても過言ではない」

「過言では? あと、暑くて結局家に引きこもる未来が見える」

「最近の暑さ、頭おかしいもんな。屋内施設も候補に入れよう」

 

 出かけはするわけか。アクティブだなぁ。

 補習のことは一切考えていないようなので、赤点回避できた感覚があるのだろう。一応聞いてみる。

 

「試験の手応えは?」

「多分何とかなった気がする。多分」

「二回言ったよ」

 

 本当に大丈夫なのだろうか。

 

「あれだけ教えてもらったのに赤点だったら笑えないだろ。いけたって、多分」

 

 確証はないくらいの手応えだったことだけは分かった。

 というか、あれだけ自ら助かろうとしていなかったのに、助けられておいて赤点はマズイという意識はあったのか。

 

「そう言うお前はどうなんだよ、樋口。ビミョーな顔しやがって」

「いつも通り」

「ほーん」

 

 テストに関しては可もなく不可もなく。そんな感じに仕上げたつもりだ。人に教える側をやった手前、やや上めに調整したけれど。

 

「せっかく早く終わったわけだし、帰りどっか寄ろうぜ。ファミレスとか。奢るよ?」

 

 寄ろうも何も帰りの方向は全く別方向なのだけど、それとは話の方向も別方向と思われる。

 期末試験の勉強に付き合ってくれたお礼という体で誘ってくれているのだから、それに乗ることにした。

 

「戦勝会か。気が早いね」

「そうそう、先手必勝。で?」

「行く」

「おうよ」

 

 

 

 いつものファミレスは、今日はそこまで混んでいない。時間が少し違うだけで変わるものだ。ちらほら秀仁高校の制服が見える。帰り道に寄るとなると、ここかビッグバンバーガーかといった2択になりがちだ。

 角のボックス席が取れたので、少し嬉しい。端っこは特別感がある。ご飯を食べてから帰ると双葉に連絡を入れてから、携帯の電源を落とした。

 

 ドリンクバーで各々飲み物を貰ってきて、落ち着いたところで矢嶋が切り出した。

 

「それで、今度は何に杞憂してるわけ?」

 

 メロンソーダの泡が出ては消えるのを眺めながら考える。

 

 矢嶋に何が話せるだろう。

 具体の話は何もできないので、ぼやっと浮かんだ悩み事が口をついて出た。

 

「妹の考えが分からなくて…?」

「そういやシスコンだったなこいつ。

 ええと、確か……芳澤さんか双葉さんかって話だったっけ」

 

 そういえば、そんな話もしていたと思う。その辺の話はとうの昔に通り過ぎてしまっている。

 

「そこは芳澤さんの側にいていいって双葉の許可が出た」

「ほう」

 

 状況が複雑になっていて、説明もしづらくなっている。

 なぜその許可が出たのかという話は、芳澤さんに悪いので言えない。変に深掘りされる前に話を変えよう。

 

「そうじゃなくて、今双葉が何をしようとしてるのか分からない。

 立ち直ったのはいいんたけど、自分でやること全部決めてさ……今までと違いすぎる」

 

 口に出してみて思う。悩みの根幹は意外とシンプルなのかもしれない。要は双葉のことが分からないのが嫌なのだ。

 

「双葉さんがやりたいことをやりたいようにやるんじゃダメなん?」

「いいと思う。悪いことじゃなければ」

 

 わりと善悪の判定が緩かったりするので、そこはちゃんと見ておかないといけない。盗聴もハッキングもバレなければいいと思っているし。

 

 できることなら一緒に…学校に来てくれればいいけれど、どうにも難しそうだった。学校と言うと小学校の頃のことが浮かぶのだろう。必ずしもあの続きではないと伝えたかったのだけど。

 双葉は自分の考えは手ひどい失敗をしない限り曲げないから、僕のわがままが通る余地はなかった。

 

「だから、なるべく双葉が望むようにしようって思っていたんだけど」

 

 柄にもなく退かずにいたら痛い目を見た。何も言わずにどこかに行かれては敵わない。

 結局、今の双葉に僕は必要なくて、僕には双葉が必要だった。

 

「双葉から心配することは何もないって言われた。心配してたら、言うこと聞けてないみたいでしょ」

「何か心配なら本人に聞けよって言おうとしたら先んじて封じられたの巻」

 

 矢嶋はむーんとわざとらしく唸った。

 

「何ていうか、全ての評価軸が双葉さんなのな」

 

 極めて軽い調子で矢嶋は核心を突いた。こっちの様子をしっかり観察しているあたり、矢嶋的にもそれなりに勇気のいる発言だったらしい。

 

「当たり前だよ」

 

 前提条件だ。双葉がどうしたいか、双葉がどう思うか、双葉のためになるか、そこから離れるのは裏切り以外の何物でもない。

 それに、自分がどうしたいかで行動したところで、物事がよい方向に行くと思えない。

 

「俺にゃ何にもわかんないけどさ、もう双葉さんはそうじゃないんじゃないか?」

「もう、というか…最初からそうなの。双葉はね、本当は何でもできるすごい子だから」

「流石に言いすぎじゃね?」

「そうかな…?」

 

 思えばいつもそうだ。

 自分の考えがそのままの形でうまくいったことはほとんどない。うまく行かなくなって、途中で見かねた双葉が助けてくれて、それでうまくいったように見えることばかり。

 双葉にできないことがあるとしたら、できるようになる機会を奪った要因があると思う。つまり、母の件のせいで、研究を奪ったもののせいだ。そして、もっと直接的な意味では…

 

「僕が双葉から母さんをとったようなものだから、せめて、代わりと補償をしないといけない」

 

 それ、だろうか。

 双葉から死んでほしいと願われるなら、理由はそれしかないかもしれない。

 

「そうじゃないって意見は正しくて、双葉も望んでいないのは分かってる。でも、じゃあ他に…どうやって双葉に報いたらいいのか分からない」

 

 母親も普通の生活も与えることができなかったなら、他に何をしたらいいだろう。側にいるだけでよかったと、何もしなくていいと双葉は言う。

 でも、ダメだ。そんなのは双葉の側には要らない。

 

「何も言わずに何も考えずに言うことを聞くのが望みなら、従うのがいいんだと思う」

 

 杞憂民だから、そんな簡単なこともできない。

 

「双葉さんの為になりたいんじゃなくて、ならなきゃいけない訳か。でも、双葉さんのほうが何でもできるってお前は思ってると」

 

 改めて言葉にされると、耳を塞ぎたくなるようなことばかり。結局、双葉の助けがないと何もできないのに、思い上がりも甚だしい。

 

「…難儀だなぁ」

 

 困らせてしまった。そりゃそうだ。だって、傍目から見て変なことを言ってるのは自分だ。

 大人しく、波風立てず、物分かりのいいふりをしてやっていけばいいのに。分からず屋の部分は、覆い隠して見えなくしなきゃいけなかったのに。

 

「何にもならないことってないと思うんだよ」

 

 矢嶋は実例を思い浮かべるのにやや時間を要した。

 

「例えば、俺はお前がいてくれないと主に数学が終わるんだが、お前が勉強会を企画しなかったら今回は前日から対策を始めたはずなわけ。

 ほら、機械とかさ最初動かすときにエネルギー食うじゃん。だからギリギリまでできなかったね、間違いなく」

 

 気づいていないだけでそういう事がある、という主張は理解できる。単なる気にし過ぎで、気にするだけ無駄なことで、もっとその先のことを考えたほうがいいのも、分かる。

 

「ごめん。今は何話しても、ちゃんとするの難しそう」

「そっか。いいだろ、しなくて」

 

 矢嶋は炭酸がやや抜けてきたメロンソーダを指差した。

 

「な、これアイス注文して乗せたらクリームソーダにならね?」

 

 名案、とばかりにメニューのデザートのページを開いている。これ以上は触れないでおいてくれるらしい。

 その方がいいかも。分かってもらうことを求めているわけじゃないし、少し頭が整理されて落ち着いた。悩み事をいったん脇において、楽しいことを考えられそうだった。

 

「普通にクリームソーダ注文したら?」

「いやさ、普通のクリームソーダって氷だらけで飲み物部分が足りないじゃん。ドリンクバーなら調整できるし」

「沈まないように氷入れてるってのに」

「えっ沈むの? 最悪じゃん」

「比重考えて」

「なにそれ」

 

 

 

 

7月17日(日)

 

 

「ぐえっ」

 

 腹に回された腕に思わぬ力が加わった。双葉が椅子の上に置いたスマホに手を伸ばそうと身を乗り出したせいみたいだ。

 いつものように一人用のクッションに無理やり乗ってきて、僕に引っ絡まっている。外は暑いけれど、冷房を効かせた室内では関係ない。大きい猫みたいなもので、自分が構いたいときにはこうやってやってくる。

 

「ねえ一葉。明日、曇りだって」

 

 スマホ画面を見せる。予報は曇りマークで埋め尽くされていた。

 

「まあこの分なら中止にはならないでしょ」

「うん。でも、雲に隠れるの勿体ない。せっかく行くのに」

 

 双葉は頬を膨らませた。

 色とりどりに光る雲を見てもなぁというのは分かる。近くだったら少しは見えるだろうか。

 

「まあ双葉と出かけることに意義があるから」

 

 花火大会も今年しかチャンスがないわけではないし、ほかのイベントごとにだって今年は参加できるだろう。それに、どうしても花火がいいなら他の花火大会にでも足を伸ばすか、スーパーや薬局に並ぶパック花火でもやればいい。

 お出かけ計画が一発目から微妙な天気なのは幸先悪い気もしないでもないけれど、二人で出かけられる事自体を今は喜びたい。少し前までは考えられなかったことなのだし。

 

「君のほうが綺麗だよってやつか?」

「そうそれ」

「むふふー♪」

 

 ご満悦である。

 双葉が楽しそうなら細かいことはいいや。

 昨日、矢嶋にぶつけたおかげで、心配な気持ちを今は上手に仕舞えそうだ。矢嶋には悪いことをした。そのうち何かお礼をしよう。

 

 それにしても、明日はどう移動したものだろう。

 電車は例年のことを思うと多分ものすごいことになる。普段の比じゃない人数の、その路線に乗り慣れているわけではない人たちでごった返すのは目に見えている。しかも慣れない浴衣と草履で若干動きの鈍った人たちだ。

 僕も双葉も体格がいいわけじゃないので、うまく歩かないと流されて変なところに辿り着いたり分断されてしまったりするかもしれない。

 

「明日は手を繋いでいよう」

「急にどうした。愛の告白か?」

「いや、幼稚園的な解決策」

「ああ。一葉が迷子になったら大変だもんな。分かった。わたしがしっかり連れて行く」

 

 任せろ、と双葉は笑顔を見せる。

 実際の人出がどのくらいのものか想像がついていないのか、随分と強気だ。ビビりながら行くよりもいいだろうと思って、特に訂正は入れなかった。

 

「一葉、一葉は楽しみか?」

「うん。そりゃあもう」

「うふふ、同じだ」

 

 余計なことは何も心配することなく双葉に任せて、ただ側にいて楽しみを共有する。明日はそれだけ果たそう。

 

 

 

 

「最近、あの子たちはどう?」

「どうってのは?」

 

 武見の問いかけに、惣治郎は素っ気なく返事をした。女医は気にする素振りもなく、コーヒーカップを置いた。

 

「この間、外で双葉ちゃんに会ったの」

 

 ふうん、と惣治郎は返す。

 先ほどよりは関心のある様子で、武見に質問を返した。

 

「なんか言ってたか?」

「一葉くんの話をせがまれたわ。取り調べかと思うくらい詳細にね。何かあったのかしらと思って」

 

 とりわけ、一葉が保護されたときのことを入念に聞かれた。彼女の中で出来上がっていただろうイメージと武見の記憶はほぼ一致していた。知りたいと言うより、想像が正しいか確認したいという意図が強いように武見からは感じられた。

 

「さてな。放っておいてやれ」

「そう」

 

 あのくらいの年の子には保護が必要だから保護者が存在するのではないかと武見は思ったが、口にすることはなかった。

 外野の人間が考えるようなことを当人が考えていないはずもない。口を出すのは、優位に振る舞いたい人間の自己満足にすぎない。あいにく武見はそういったことには全く興味がなかった。

 

「ごちそうさま。じゃ、またね」

 

 コーヒーの代金を置いて、武見は店を出た。

 

 

 扉が閉まるのを待って、惣治郎は居候の少年に目をやった。

 

「なんだ、盗み聞きか?」

 

 こうは言ってみたものの、部外者として扱うには無理がある。

 一葉も双葉も彼相手には色々と話をしているらしいと惣治郎も把握していた。今のやり取りに対する疑問を解消するくらいはいいだろう。

 

「一葉が保護されたとき色々世話になったんだよ。こっちに来てからも、だが」

「武見に?」

「そう。まあ色々あったんだよ。その頃は先生もまだ開業医じゃなくて、病院勤めだった」

 

 この頃のことは惣治郎も多くは知らない。後から伝聞のかたちで知ったことばかりだ。

 

「保護されて1週間くらい離されていたらしい。

 子どもが複数人でいると、ないストーリーを補完しちまうんだとさ」

 

 捜査の過程で必要だったと言いつつ、実際はないストーリーを信じ込ませるために離していたのだろうが、確証があるわけでもない。

 相手は警察にいい思い出がないだろう居候だ。公権力に不信感を募らせて、反社会的な行動に…出るとも思えなかったが、何にせよ変に刺激するようなことは言わないでおこうと惣治郎は判断した。

 

「事件後に初めて再会したときは、双葉が癇癪を起こして大変だったと聞いている。双葉が聞こうとしたのは、大方、その前後の話だろう」

「仲が悪かったのか?」

「さてね。俺が見ている限りは、若葉が生きてた頃も今も変わらずベッタリだよ」

 

 にゃーんと鞄から鳴き声が響く。モルガナだ。

 

「おい、店に猫はないと言っただろ。屋根裏に上げるか外に出してくれ、営業中だ」

 

 惣治郎に促されて、蓮はルブランを出る。

 暴れもせずに鞄の中になぜか収まっている黒猫は、度々鳴き声を上げて主人に話しかけているみたいだ。まったく、よく鳴く猫だ。会話でもしたいのだろうか、自分を人間だと思っているように思えてきて、惣治郎は一人笑った。

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
  • その他(感想へ)
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