双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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モン娘☆は〜れむ なら すだちちゃんが好き。
多くのソシャゲで強化前の姿のほうを好みがちなので初投稿です。




74駅目 散々

 

 

7月18日(月)

 

 

 本日の教室内は花火大会の話題で持ちきりだ。あちこちで待ち合わせがどうだとか、話が聞こえてくる。

 

「一葉くん、少しいいですか?」

 

 芳澤さんに声をかけられた。

 ポニーテールが湿気を吸って僅かに垂れている。

 双葉が花火大会のことは芳澤にも伝えておいたとか何とか言っていたので、その話ではないと思う。けれど、それ以外に何の話題があったか思い浮かばない。

 

「何かあった?」

「お伝えしないと言えないことがあって」

 

 あまり人に聞かせたくない話題のようで、内緒話をするみたいに身を寄せた。

 

「昨日は都大会だったんです。新体操の。インターハイの前哨戦、みたいなものですね」

 

 芳澤さんは困ったように眉尻を下げた。

 前哨戦とは言うけれど、その舞台にも立てない人は多くいるだろう。東京の高校生での一番を決める争いな訳だし。

 このあたりで、およそどんな話が来るのかは予想できてしまう。

 

「今回は色々と散々だったので、インターハイもなしになってしまったんです。

 前に大会を見に来るって言ってくださったのに、期待を裏切ってごめんなさい」

 

 ほとんど一息に言って、笑顔を見せた。

 こちらを心配させないように、というよりはスッキリした感じの笑顔。もう芳澤さんの中では決着がついているような雰囲気さえある。

 

「驚いたけど、裏切られたなんて思ってないよ。頑張ってたの知ってるから。でも、呼んでくれてもよかったのに」

 

 翌日には切り替えられるというのは流石だなと思う。

 今日に関してだけ言うなら、結果自体より、僕に結果を伝えることの方が不安だったのかもしれない。

 

「最近、調子が良かったのでここで躓くとは思ってなかったんです。

 今回お呼びしなかったのはそれもあって…せっかく一葉くんが見に来てくれるなら全国を、なんて考えていたんです。驕りでした。一から鍛え直しです」

 

 “かすみ”としての言葉だろうけれど、イメージにそぐわない発言だと思った。

 中学時代にどれだけ活躍していたとしても、初めての高校生だけの舞台を、軽く突破できると舐めてかかるタイプには思えない。“かすみ”も“すみれ”もそこは同じだと思う。

 これは、邪推だけど、負ける可能性が頭をよぎったから呼ばなかった。なんてことは、ないだろうか。

 もしそうだったら、嫌だなと思う。失望されるかもなんて疑わせたということになるし、結果でしか物を見ない人たちと一緒にされているみたいじゃないか。

 

 あるいは、単純にこっちの体力不足を考慮して、かもしれない。今日は花火大会だし、まだ夏休みまでは少し期間があるし。うん、そう思っておこう。

 

「あっ、でもまだ秋の大会がありますから、そのときこそ応援に来てくださいね」

 

 芳澤さんは意気込み充分といった様子で、ぐっと拳を握りしめた。

 

 

 

 

 水筒、保冷バッグ、レジャーシート、虫除けスプレー、その他諸々……必要そうなものをカバンに詰めていたら、いつの間にか双葉が様子を見に来ていた。

 

「一葉は普段着だ」

「そういうものじゃない?」

 

 いつも通りの格好で出かける用意をしていたら、ご指摘を受けた。

 女子はともかく、こっちはそこまで気合を入れて行くこともない。そもそも女物以上に浴衣が手に入らないし。

 

「着たら似合うと思う。今度着て」

「買うの?」

「買っただろ」

 

 双葉は不思議そうに返した。

 買ったのは双葉のだけ…つまり、一度双葉が袖を通したものを着ろと…?

 

「さすがにアウト」

「? 小さい頃はよくやってただろ。今もそんな体格違わないからイケる」

「そこじゃない」

 

 物理的に着られるかという話はしていない。

 それにしても、まだ何も準備はしていないようだ。早めに出ると伝えたけれど、何時と言わなかったから伝わってなかったのかもしれない。

 

「そろそろ行かないと混むよ?」

「まだ明るいぞ…?」

「そうだけど、いい場所は早くから埋まっちゃうから」

「場所は何でもいい」

 

 花火というより浴衣の双葉が目当てな以上、双葉の言うことも分かるけれど、せっかく見に行くならちゃんと見えるところのほうがいいと思う。

 建物の影になって色のついた雲だけ見えるなんて状況じゃ楽しめるものも楽しめないし、それならテレビ中継でいい。群衆に潰されに行くようなものだ。

 しかしまあ、楽しいお出かけなのに脅して急かしても仕方ない。

 

「それに、暗いと浴衣がよく見えない」

「分かった。急ぐ」

 

 先ほどとは打って変わってやる気になっている。とたた、と軽い足取りで部屋に引っ込んでいった。

 

 

 

 一通り準備を終えて、双葉の部屋の扉をノックした。

 

「どう? 進んでる?」

「準備ばっちり」

 

 ドアを開けて、浴衣姿の双葉がにんまり笑った。

 浴衣は白地にたくさんのオレンジ色の花、黄色の蝶々が各所にちりばめられている可愛らしいもの。

 

「どやあ」

 

 多めに端折っているからか裾はやや長めの範囲に収まっているけれど、裄はどうしようもなかったようで親指の先が隠れるくらいのサイズ感だった。

 髪は下ろしたままだ。まとめる意思はあったけれど難しかったのか諦めたらしい。袖を見せたときに髪ゴムを手首につけているのが見えた。

 

「惚れ直したか?」

「うん。世界一可愛い」

 

 蹴られた。

 慣れない浴衣のはずなのに動きが素早い。両手で顔を隠した双葉は奥に引っ込んだ。隠れきれなかった口元がヘニャヘニャになっている。

 

「照れ隠しに暴力するタイプのヒロインは滅んだと思う」

「うるさい。М字の前髪キャラよりはいる」

 

 持つもの持ったら出られる、とそっぽを向いたまま双葉は報告した。カップ麺やらお菓子やらが詰まったビニール袋に手を突っ込んで何かを探している。

 準備ばっちりというのは荷物のことも指しているようで、モバイルバッテリーやらおやつやら、ベッドの上に雑多なものが乗っている。

 

「あ、そうだ。これ見ろ。

 じゃーん! 百均で買った」

 

 双葉はビニール袋の中から巾着を取り出して、見せびらかした。小道具まで手に入れているとは。

 さっそく巾着にスマホを入れようとして、微妙に入らなくて苦労している。大きいタイプの機種だったので仕方ない。

 

「ぐぬぬ」

 

 結局、大半のものは入らずに持っていくのをあきらめた。スマホは袂に入れておくことにしたらしい。財布は三つ折りだったのでギリギリ入った。

 こういったアイテムは見た目に振り切っているものが多い。百均だったのもよくなかったかもしれない。

 

「巾着持ったから完成」

 

 双葉はくるっと回って背中を向ける。若草色の帯は大きいリボンのように結ばれていた。

 

「帯、いい感じ?」

「ちゃんとリボンになってる。すごいね」

「動画の人がな。わたしは一人で結べそうなのの中で簡単なやつを選んだだけだ」

 

 こちらに帯を結ぶなんて役割が飛んでくることはついぞなかった。器用さが足りないので。

 

「うちわは置いてくの?」

「要らない。後ろにさしたら帯が崩れてやり直した」

「いや、実用面で」

「痛扇子がある」

「やめとこう」

「えー」

 

 開いた扇子には数年前に流行したアニメのキャラがでかでかとプリントされている。何かの特典だろうか。それ系のイベントに行くわけでもないのに持ち回して壊したらいけない。

 

「浴衣、そうじろうに見せる」

「そうだね、通り道だし。自慢しよう」

「うん。存分に自慢していいぞ」

 

 

 

 ルブランは今日も営業中。

 窓から中を窺ってみる。お客さんは入っていなさそうだ。この時間だから常連さんの一人や二人いるかと思ったけれど。

 

「いらっしゃ……双葉か」

「来た」

 

 双葉はするっと中に入ると、店の真ん中で回ってみせた。

 

「その浴衣、よく似合ってるじゃないか」

「むふふー。一葉と選んだ」

 

 ひとしきり可愛い可愛いと褒めてもらって満足したようで、すっかりご機嫌になった双葉は佐倉さんに軽く手を振った。

 

「じゃ、行ってくる」

「おう。気をつけてな」

 

 

 

 四軒茶屋の駅では、ちらほら浴衣姿の人たちが見られた。そうでなくても、花火が目当てだろうと思われるカップルや家族連れが多い。

 

「切符買わないとじゃない?」

「このカードが目に入らぬか」

 

 印籠かな?

 双葉の手には真新しいICカードがあった。いつの間にか手に入れていたらしい。切符で並ぶことはこの時代あんまりないけれど、チャージする人もいるだろうし、いちいち買うのも手間なので良かった。

 

 移動するにつれて、見物客と思われる人たちの割合が増えてきて、電車内も狭く感じるくらいになってきた。まだ真っすぐ立っていられるのでいいけれど、帰りはぺしゃんこかもしれない。

 

「…ものすごく混んできた」

「そりゃ、花火大会だし」

 

 右手をぎゅっと握りしめられた。

 逸れないように繋いでおこうと言ったけれど、そんな必要もないくらいには人混みに威圧されている。

 

「浴衣の人もいっぱいいる」

「うん。まあ双葉が一番可愛いけど」

「うひひ」

 

 もう耐性がついたようで、蹴られることはなかった。

 

 

「近くまで来たけど、どこら辺にしようか」

 

 早めに移動を始めたおかげで満席なんてことはなく、まだシートを広げられそうな場所は残っていた。

 僕らの場合、背丈が足りないので、目の前に人がいると何見えなくなってしまう。できれば前に人が来ないような場所に陣取りたい。

 

「こっちの方はもう場所取り厳しいかも」

「向こうは?」

「行ってみよう」

 

 双葉の人避けセンサーのお導きで、何とか座れそうな場所を確保できた。

 中心地からは少し遠いけれど、このくらいが丁度いい。あんまり近いと音が内臓まで響くみたいで好きじゃないし。

 

「つかれた…あつい……」

「まだ始まってないよ。分かるけど」

 

 レジャーシートを敷いて、日傘…にしているだけの雨傘をさして、二人座り込んだ。屋台やら何やらを見に行きたい気もしたけれど疲れが勝った。インドア派には色々と厳しい。

 

「なんか飲む?」

「飲む。…用意がいいな」

「こうなることが目に見えてたからね」

「外は暑すぎる。湿度がヤバい。サウナだ。入ったことないけど」

 

 日差しを遮っただけで逃れられるような暑さなら苦労はない。ただでさえ暑いのに、混雑で人いきれも半端じゃない。無風でないのが救いか。

 

「やっぱり髪上げる? ただ結ぶだけでいいならやるよ?」

「任せた」

「任された」

 

 くるっと巻いてお団子に、なんて器用なことはできないので大人しくポニーテールにした。風が通るので、ただ下ろしているよりは暑さもマシになっただろう。

 三つ編みか何かにしてからぐるっと巻けばうまく団子になるかもしれないと後で思ったけれど、どう考えても髪ゴムが足りないので諦めた。

 

「人増えたな」

「だね」

 

 のんびりしているうちに日も落ちてきて、日傘はお役御免になった。

 周りにはぎっしり人がいて、とても屋台を見て回るどころじゃない。まあ、おやつや飲み物はいくらか持ってきているし、浪費を防げたと思っておこう。

 

 それから間もなく花火大会の開始時刻になった。

 ひゅーと空に尾を引いて、花火が次々と打ち上がる。たちまち空が赤、黄色、緑と染まっていく。

 

「わあ…! 見たか、今のっ! でっかいぞ!」

 

 双葉が興奮気味に夜空を指さした。

 

「顔だ、ニコニコマーク! こっち向け…! むー…あれも斜め向いてる。うぬぬ、煙で隠れた」

 

 家のテレビで見るのとは違って、混雑してるし、蒸し暑いし、地面の座り心地はお世辞にもいいとは言えない。たまに今が稼ぎ時とばかりに働いている蟻ん子が登ってくることさえある。

 

「これ、あれだ! すごいやつ! 最後キラキラってなるやつ…! ほらっ!」

 

 それでも、夢中になって花火を見ている双葉と一緒にいられて、こんなに嬉しいことはない。

 こんな風に花火を見上げるのは何年ぶりだろう。思い出せないくらい昔のことなのだから、初めてみたいなものだ。本当なら、こんなに簡単なことなのに。

 

 

「土星だ! 輪があったぞ、見たか?」

 

 思い出したかのように双葉がこちらを向いて、固まった。

 そして、何を思ったのかこちらの耳を両手でふさいだ。

 

「なに?」

「うるさいのが嫌なのかと」

「違うよ」

 

 小さい子どもじゃないんだから。

 

「…しみじみしてたの。

 最近の花火はすごいね。見たことないのがたくさんある。それに、双葉も一緒にいるでしょ。だから、何か…」

「良かった。

 わたしだけ楽しいのかと思った」

 

 シートの上で双葉が身を寄せる。

 絡みつくなんてことはないから、いつもより遠いくらいだけど、外でするには近すぎる距離だった。

 肩が触れ合って、息をするたびにゆっくりと上下しているのが分かる。重ねられた手から体温が伝わってくる。

 

「一葉、わたし…」

 

 双葉が何か言いかけて、花火の音にかき消された。聞き直そうとしたとき、額に冷たいものが触れた。

 

「あれ?」

 

 思わず空を見上げる。

 

「どっ、どした?」

「いや、降ってきた?」

「…ホントだ」

 

 手のひらを翳すといくつかの雨粒が落ちてくるのが分かった。

 ぽつぽつと降り始めた雨は、数分もしないうちに土砂降りの雨に変わった。こんな時に降るなんてツイてない。

 

「わわっ! い、今、光ったぞっ」

 

 やや遅れて雷の音が響く。最悪だ。

 

「撤収…しようにもどうしようこれ」

「む、無理だ。今動いたらはぐれる、死ぬ。ひっ、また光った」

 

 スマホが鳴り出した。

 あちこちで鳴っているので、警報か何かだろうか。通知を見ると案の定、大雨洪水警報が出ていた。

 やがて、全体に放送が入って花火大会の中止が知らされる。

 

「中止だって」

「この降りじゃあ、そうだろうね…!」

 

 日傘のつもりで傘自体は持っていたものの、人混みの中ではとてもじゃないけれどさせない。

 僕らのような背丈の足りないものが傘をさすと他人の目の高さになってしまう。普通に危ないのだ。

 人の壁に遮られて、どこかの軒に駆け込むこともできないまま、散っていく人の流れに乗って歩く。そうこうしているうちに、あっという間に濡れ鼠になってしまった。

 

「これどこに行くやつ?」

「わかんない」

「一葉、なんとかして」

「無理。このまま駅まで着くのを祈って」

「ひー」

 

 手だけはしっかり繋いでいた…というか、ほかの人に押し潰されるようなかたちでほとんど抱きついていたので分断だけは避けられた。

 流されるまま、来たときとは別の駅にたどり着く。駅構内は混雑しているものの、さっさと帰る人たちのおかげか少し余裕があった。

 柱の陰に避難して、息を整える。

 

「そういえば、さっきは告白でもしようとしてたの?」

「…違う。前にやった」

「そだね」

 

 そういうことになった。

 

 双葉は髪の毛を上の方からぎゅっと握りしめて絞っている。かなりの水分量を保っていたようで、あっという間に水たまりができた。しまった、構内でやらせるんじゃなかった。

 

「それ、後から来た人が滑る」

「はっ…! 確かに」

 

 僕の顔をじっと見て言った。なんか悔しい。

 

「ゲリラ豪雨の直撃受けたのはじめてかも」

「レアだな。SSR」

「嬉しくない稀少性」

「気象だけに?」

「座布団を進呈しよう」

 

 浴衣もすごいことになっているのだけど、どうにかできるアイテムは持ち合わせていない。

 双葉も巾着をごそごそしていたけれど、かさ張るものが入るはずもなく、小さなハンカチくらいしか出てこなかった。中の財布だけ救出して手に持っている。

 

「くしゅんっ」

「いかん、一葉が風邪引く。一葉、タオルとか持ってない?」

「ないよ」

 

 あったら双葉の浴衣と髪の毛をなんとかしている。雨降りにしても、ここまでとは思っていなかった。

 

「じゃ帰るしかないな。うん、帰ろう」

「だね」

 

 まったく、酷い目にあった。

 ほとんど人生ではじめてのイベントでここまで降られるのは、一周回って中々の運ではないだろうか。

 

「なに笑ってるの?」

「いや、楽しかったなって」

「そうか」

 

 双葉はにへへと笑った。

 

「わたしもだ」

 

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
  • その他(感想へ)
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