双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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メガミデバイスならシャオが好き。
腰羽は素晴らしいので初投稿です。




75駅目 齟齬

 

7月19日(火)

 

 

 朝、いつもの時間に目を覚ましたのはいいけれど、何となく調子が悪い。うっすら怠いし、微妙に頭とか喉とか痛いし。

 

 雨に濡れただけなら夏なのでまだマシだったのだけど、電車の冷房がいけなかったと思う。あれは寒かった。

 帰ってきたあと、すぐに風呂に放り込まれたけれど、その程度でどうにかなる事ではなかったみたい。

 

 半分だけ体を起こして、引き出しから体温計を引っ張り出した。

 

「…うーん」

 

 体温計に表示された数字は平熱。

 一応声は出るし、怠いといっても少し疲れている日くらいの感じではある。今日は何かあったっけ。テストが返ってくる…くらいか。悩ましいラインだ。

 コンコン、とノックされた。ほとんど間を置かず、部屋の扉の隙間から双葉が顔をのぞかせる。

 

「一葉、おはよう。寝坊か?」

「いや、起きてる」

 

 双葉はじーっとこちらの様子を窺っている。やがて手元の体温計に目を留めた。

 

「具合悪い?」

「若干…? 平熱だった」

「ふーん」

 

 双葉は部屋に入ってくるやいなや、ぱっと体温計を掠め取って電源を入れた。言葉に信用がない。記憶されていた数字によって納得してくれた。

 

 双葉は元気そうだ。

 ほとんど家にいる双葉に体力面で負けるってどういうことだろう。今は妖精を養っているわけでもないのに。…素でこれだったら嫌だなぁ。

 

「学校は? 休む?」

「うーん、行くだけ行ってくる」

 

 微妙に調子が悪いくらいで休んでいるようでは先が思いやられる。特に秋以降。中学校ならいざ知らず、高校以降は進級に響きかねない。さすがに救済措置はあると思うけど。

 

「ダメなら抜けてこい。駅までなら迎えに行くぞ」

「ありがとう…?」

 

 仮に双葉が迎えに来たところで普通に歩いて帰るだけでは?

 まあいいか。双葉が何やら張り切って世話を焼こうとしているのに、水を指すようなことをわざわざ言う必要はない。

 

 

「そうじろう、一葉連れてきた」

「おう、ありがとう。それで、一葉は熱でも出たか?」

 

 佐倉さんは配膳の手をとめて、双葉よりは自然な感じでこちらを注視している。

 なるほど、部屋をのぞき込んできたときの双葉の態度は佐倉さんのまねっこだったか。

 そろそろ店に出かけていてもおかしくない時間だったけれど、今日はまだ家にいるらしい。昨日の今日なので、残ってくれていたと思われる。この信用度だし。

 

「いえ、そこまでじゃないです。少し風邪気味なだけで」

「一葉はひ弱だからな」

 

 言い返せない。

 

「双葉」

 

 佐倉さんはお口にチャックのジェスチャーをして見せて双葉を窘めた。事実だから別にいいのに。

 何も言わないでいると、佐倉さんは双葉に配膳の続きを任せる指示をして、こちらを向いた。

 

「大方、大仕事が片付いてホッとしたんだろ?」

 

 それはあるかもしれない。

 一緒にお出かけしようなんて、ここ10年くらいなかった一大イベント。楽しかったと思ってもらえるだろうかと、ずっと気を揉んでいたので。

 

「期末試験か…?」

「それもあったな」

「???」

 

 当の双葉は大仕事について、まったく見当もつかなかったようで首をひねっている。

 双葉にとってはその程度の位置づけになるくらいお出かけは当たり前になっているのだろうか。そうだったら、いいことだと思う。

 

「俺は店に行くが、双葉「一葉のことなら、わたしに任せろ」

「頼んだよ。何かあったら「電話する」

「…ああ、行ってくる」

 

 ただの留守番だけど、双葉は食い気味に買って出た。やたら気合が入っている。佐倉さんは器用にも喉の奥だけでくつくつ笑って出かけていった。

 誠に不本意ながら、このパターンは手慣れたもの。頼もしい限り。

 

 

 

 登校時、メジエドの話題を耳にした。怪盗団に宣戦布告したとかどうとか。

 自分の手を離れて久しいものだし、今までも度々偽物たちの活躍は耳にしていたけれど、今回は少し引っかかる。

 

 別に利益を食い合う仲でもないのに、何故怪盗団に執着するのだろう。

 いや、巨悪を勝手に断罪して賞賛を得るという意味では同じニッチを占めている。けれど、承認欲求だけで動くなら、もっとデカい相手を潰して分からせようとか、そっちに舵を切る気がするのだ。やり方がハッカーらしくないというか、何というか。

 数ある偽メジエドの新陳代謝の中で、僕らの真似をしていた古のメジエドは死滅したのかもしれない。時代の流れだ。多分。

 

 

「…ギリ載ってる」

 

 旧態然としたこの学校では成績上位者は張り出されているので、朝の時点で点数のネタバレを食らう事ができる。

 ちょっと上めに調整したので、今回はギリギリ張り出されるくらいの順位になったみたいだ。

 

 うちのクラスだと他には飯塚さんの名前があった。

 あれだけ劇にかかりっきりだったのに、いつ勉強していたのか本当に謎だ。授業さえ受けていれば、地頭の良さでカバーできるタイプだろう。

 

「どうしよう、赤点突破できた気がしない…補習……補習しかないのか……?」

 

 だが、赤点付近を漂っているような一番点数を気にしているメンバーは先生から返されるまで分からない。

 矢嶋は朝からこの調子だ。ダメならダメで諦めて補習を受ければいいだけだろうに、何を今更。

 

「せ、セーフ…!!」

 

 教壇の方から喜びに満ちた声が聞こえてきた。

 良かった。矢嶋は無事赤点ラインを突破できたらしい。

 

 こっちはすでに結果を知っているので、返されたテストと解答例をざっと見比べて、採点間違いのないことだけ確かめた。あとは間違いの多かったところの復習をして今日の授業はおしまいだ。これがあと数回繰り返される。

 脱線話もないのでつまらない。退屈だとほかのことに気がいってしまうもので、今日気になることと言えば体の不調だった。

 

 ズキズキと頭が痛い。

 机に伏せる程ではないので、頬杖をついて手で頭を支える。物理的な“手当て”によって少しばかりマシになった気がする。たぶん気の所為だけど。

 

「勉強会の成果出ちゃったか? マジ感謝なんだけど…って樋口…?」

 

 浮かれた様子で戻ってきた矢嶋は、こちらの様子に気づいて顔を覗き込んだ。

 

「おーい、生きてる?」

「うん」

 

 目の前でテストの解答用紙をひらひら振った。

 点数は34点。これで浮かれられるのは逆にすごいかもしれない。本人がいいならいいけど。

 

「元気ないなぁ。大丈夫か?」

「昨日思いっきり降られた」

「ああ…雷とかヤバかったもんな。警報とかでたし」

 

 ペタリと額に触れられた。別に熱はないと思う。朝から良くも悪くもなっていない。

 

「確か双葉さんと行ったんだろ」

「うん。あ、でも双葉は元気そうだった」

「そりゃよかった…?」

 

 返答を間違えたかもしれない。

 多分互いにそう思って沈黙が数秒。気まずい空気を率先して破壊するのはやっぱり矢嶋だった。

 

「いや、そうじゃなくて、進展はあったの? ほら、今ギクシャク?してるとか何とか」

 

 そりゃそうか。

 矢嶋の関心事は双葉ではなく普段顔を合わせている僕の方に寄っている。この間、相談したばっかりだし。双葉の話は僕が気になっているだけのことだ。

 

「楽しかったよ。問題に触れなければ楽しくやれる。昔からそう」

 

 少し前と同じような対応に戻っただけだ。問題の核心に触れずに、側で楽しい話だけする。

 何の不和も起きないし、何も進展しない。ただ、解決できる段階になるまで状況が整うのを待つ。

 

「解決になってないじゃん」

 

 それは、無責任なのだろうか。

 何かしないといけないのだろう。

 でも、何をしたらいいか。僕がよいと思った行動で、本当に良かったことはどれだけあるだろう。

 何だか咎められたような気がして、だよね、だなんて大人しく受け取る事も出来なくて刺々しい言葉を零してしまった。

 

「すぐ解決できるなら苦労ないでしょ」

「まあぁなぁ…」

 

 困らせたいわけではない。

 矢嶋は相談に乗ってくれる。その優しさはありがたいことだ。相談する側が感謝しなければならないことだと思う。

 ただ、もうこの話はしないでほしかった。

 

 家のことを人に話すのは、いつだってリスクがある。

 何でもない日なら何でもない言葉でも、今日は機嫌よく行儀よく応対するのは難しそうだった。

 

「それじゃ、誤答が多かった問2の(3)について…」

「あ、やべっ怒られる」

 

 普段は勉強なんて全く気にしないくせに、先生の声を聞いて、矢嶋は弾かれるように自席に戻っていった。

 

 

 

「ホームルームやるぞ。今日の話は2つ。

 1つ目、校長から注意喚起しろってお達しがあった」

 

 担任はペラペラと手元の手帳をめくる。…閉じた。

 

「あー、なんだ、お前らの目の前に転がってくるようなうまい話は詐欺だぞ。もしくは犯罪の片棒を担がせてくるやつ。変な気は起こさずに普通に高校生をやれ」

 

 メモ等は残っていなかったらしい。結局、担任は何の注意喚起なのか思い出せなかったようで、およそ当たり障りない話をした。

 仕方ない。校長先生の話はつまらなくて覚えられないものだと決まっている。特に、うちはその典型例みたいな校長なので。

 

「ネットで個人情報とか楽して儲けたいとか書くなよ。永遠に消えないし、カモにされるぞ。発言には責任が伴うからな」

 

 ごもっとも。

 メジエドとかね。本当なら厨二病とか黒歴史で済むはずのことが、本物の天才がメンバーにいたがために、鮮やかな活躍に脳を焼かれた連中が後追いを始めて、今なお現存してしまっている。滅びればいいのに。恥ずかしいし。

 

「2つ目、金曜日は防災訓練で学校に泊まるからな。各自怪談話をストックしておくように」

 

 ただの防災訓練ではあるのだけど、お泊りとなると生徒たちの反応が違う。

 今までテストのことで頭がいっぱいだったところに楽しげな話を聞いて、クラスメイトたちは一気に色めき立った。

 

「やるか、百物語」

「やめろ。お前らが寝ないと寝られないだろ」

「2秒で発言を翻さないでくれます…?」「この人さっき発言に責任がどうとか言ってましたよ」「含蓄のある言葉だなぁ」

 

 担任はいい加減なところで手を叩いて注目を集めて、ホームルームの終了を宣言した。

 

 

 

「な、樋口」

「なに?」

「いや、さっきの話」

「防災訓練?」

 

 ではない方だろうなと思いながら、話題をそらした。触れてほしくないというのは充分伝わっているだろう。矢嶋だし。

 

「あーうん。非常食の米って足りないよな。夜中にコンビニに行くやついそう」

「だね。それで翌朝みんなの前で吊し上げ」

「めっちゃありそう」

 

 どうでもいい言葉を重ねて、口を利く意思が失われていないことだけ再確認した。

 

「また明日」

「うん、また明日」

 

 

 

 

7月20日(水)

 

 

 翌日も体調は変わらない。

 相変わらず怠いしあちこち痛いけれど、特に熱はない。多分、行こうと思えば学校も行けるし、そのうち治るやつだと思う。

 

「一葉、起きてる?」

「起きてる」

 

 何も支度せずにぼーっとしていたら、双葉が部屋にやってきた。昨日に引き続き、じーっとこちらを観察している。

 

「まだ具合悪い?」

「…まあ」

 

 双葉はむむむと眉根を寄せた。

 

「今日も学校に行くのか?」

 

 行かせたくない、というニュアンスが声に込められていた。

 何が何でも行かなければならない理由もないし、ちゃんと治しておかないと防災訓練にかかっても良くないだろう。

 

 でも。

 矢嶋には悪いことをした。矢嶋は何も悪いことはしていないのに、不快な思いをさせた。それに、また明日と言って別れたのに、行けるのに行かないというのは気が引けた。

 

「どうしよっかな」

「…昨日より元気なさそうに見える」

 

 調子自体はそう変わらない。

 元気がないように見えるのは、やらなきゃいけないことが増えて気が重いからだ。

 

「そうじろうに伝えてくる」

 

 双葉はそれだけ言い残して部屋を出ていった。止めても良かったのだけど、そんな気も起きなくて、栗色の髪が扉の向こうに消えるのを見送った。

 

 

 

 いつの間にか寝ていたようで、次に目を覚ましたときには数時間経過していた。

 何となく寝る前より体が重い気がして、枕元に出しっぱなしの体温計を手に取った。

 

「……」

 

 37.7℃

 ダメだこりゃ。気が抜けたのかもしれない。ベッドに逆戻りした。

 まあでも、これで行かなくても良かったことになる。などと、しょうもないことが頭に浮かぶ。

 

 

 静かだ。

 昼間の市街地なんてそんなものだけど、昨日からの落差もあって一層そう感じる。

 朝と違って鳥もほとんど鳴いていない。双葉はテレビをつけないし、ヘッドホン主義者なのでアニメの音声も漏れ聞こえてくることはなかった。

 

 何となく落ち着かなくて寝返りを打った。

 シーツの上のスマホが目に入る。ピカピカと通知が光っているのに気づいた。画面をつけると、双葉から。

 

“部屋にいる”

 

 よかった。双葉は家にいるみたいだ。

 …いや、だからどうしたという話なのだけど。

 

 今までは双葉が一人でどこかに行くなんて可能性は万に一つもなかったから、静かな中で自室にいても何も気にならなかった。

 出かけたとしても、何か起きると決まっているわけではないし、嫌な予感がする訳でもない。大丈夫、なのだけど。

 

 

 双葉の部屋の扉を叩くと、想定の数秒はやく扉が開いた。

 

「一葉、どうかした?」

「なんとなく来た」

「そうか」

 

 いつものクッションに収まろうと思ったら、ひょいと奪われたクッションは細い腕でぺしゃんこにされた。

 

「これはわたしが使う。一葉はこっち」

 

 双葉は空いている片手で僕の腕をつかんでベッドに座らせた。そのままぐいと力が加えられて、簡単に転がされる。

 双葉の寝具はクーラーで冷やされてひんやりと冷たい。足元でくしゃくしゃになっていた布団を掛けられて、先ほどまでと同じような格好になった。

 

「休んで正解だった。わたしの言った通り」

「うん」

「午後診療の時間になったら武見医院に行こう」

「うん」

「眠いなら寝て」

 

 目を手で塞がれた。

 視界が暗くなると、すぐに意識を保っていられなくてすぐに眠りに落ちた。

 

 

 

 武見医院は相変わらず空いていた。

 午後一番に来たのに、待合室は無人である。暇そうに本の頁をめくっていた女医が目線を上げた。

 

「あら、今日は双葉ちゃんも一緒なの」

「こ、こここ…こんちわっ」

 

 挨拶だけ何とかやり遂げた双葉は僕の後ろに引っ込んだ。

 人を盾にして見上げてくる双葉が可笑しかったのか、武見先生はふっと口元を緩めた。

 

「そろそろ来るころかと思っていたわ」

 

 ほぼ毎年冷房に負けるので、6月くらいにお世話になることが多い。

 今年はうまく避けて通ったので、秋まではいけると思っていたのだけど。ここのところ調子が良かったし。

 

「今年は乗り切れると思っていました…」

「そう」

 

 こちらの見解など至極どうでも良いらしい。気のない返事をして、武見先生は診察室の戸を開けた。

 

「それで、今日はどうしたの?」

「一昨日雨に降られて、昨日から一葉の具合が悪い。熱は今日から。あとは?」

 

 ボケっとしているうちに双葉が大体答えていた。ちゃんとしているように見えて、しっかりとこっちの腕に引っ付いている。

 

「喉と頭が痛いです」

「そう。口開けて」

 

 武見先生は双葉の様子には特に触れることもなく、いつも通りの診察を始めた。

 双葉は終始緊張した様子で腕を握っていたけれど、やがて武見先生が離れるとホッとしたように力を抜いた。

 

「風邪ね。薬は出しておくから、大人しく寝てなさい」

 

 双葉は自分のことみたいにこくこくと頷いている。ありがとうございました、と頭を下げて、また僕に引っ付いた。

 武見先生は感情の読めない目で僕らの様子を見ていた。

 

「はやく帰るぞ」

 

 試練を終えた双葉は、ご機嫌で武見医院を出た。成し遂げたぜ、といった様子だ。

 普通に生活していたら何度か経験するだろうことも双葉にとっては初めてだ。こっちが思うよりも緊張していたのだろう。

 

 些細なことかもしれないけれど、こうした経験不足は生活におけるハンデだし、問題を見て見ぬふりをして何も手を打たずにいたことは、やっぱり良くなかったのかもしれない。

 いや、そんなことを考えるより、今は双葉だ。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 双葉はぽつりと零した。

 

「本当はずっと、ついて行ってあげたかった」

 

 もしかしたら、双葉も同じように考えていたのかもしれない。

 例えば、そう、家に籠もっていることを、引け目に思うようなことがあったのかもしれない。非があったわけでなくても、そう感じることはあるものだ。

 

「違う。そうしないといけないって思ってたんだ。だって、薄情でしょ」

「そういうのじゃないよ」

「うん。一葉はそう言う。だから言わなかったの」

 

 もし、そうだったら、双葉が欲しているのは許しとは正反対のものなのではないだろうか。

 

 いつもより働かない頭で双葉の言いたいことを推測する。合ってるかなんて、よく分からない。

 ただ、この予測が正しかったら、今のままを続けていても双葉は僕に本当のことなど言いはしないのだろうと、それだけは確かに分かった。

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
  • その他(感想へ)
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