双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ポップアップストーリーならルークが好き。
腰羽は素晴らしいので初投稿です。




76駅目 再始動

 

7月21日(木)

 

 

 目が覚めると、当然のように部屋に上がり込んでいる…というかベッドに乗っている双葉と目が合った。

 

「おはよう」

 

 手元には携帯用ゲーム機。あとスマホ。充電器ごと持ち込んでいる。簡易的な巣といった様相だ。まさか、一晩中いたのだろうか。

 いや、何か妙に不安になって自分から双葉の部屋にお邪魔した記憶がある。つまり、それで一緒にいてあげようなんて発想になった…とか。申し訳なさが心の淵からじわじわと這い上がってきて目を逸らした。

 

「調子は?」

 

 双葉は僕の手を捕まえて、じっとこちらを観察している。心配されている。もしくは信用がない。

 居心地の悪さを感じながらも、それは主に自分のせいなので文句は言えない。

 

「まあまあ」

「そうか。よかった」

 

 全快とは言わないまでも、昨日に比べればだいぶ調子は取り戻してきていた。武見先生の薬のおかげだろう。相変わらず不思議なくらい効き目がいい。

 双葉は念の為と体温計を渡してくる。体感は何ともないと思う。液晶に浮かぶ予想通りの数字を見せると双葉は満足して、電子機器とコードを抱えて撤収準備を始めた。

 

 こっちも身支度を整えないと。

 画面を伏せておいていたスマホに通知がいくつか入っている。昨日は結局、ほとんど寝ていたから見ていなかった。

 

 1件目は芳澤さんから。

 昨日の夕方に“お見舞いに行ってもいいですか”それから夜に“おやすみなさい”。両方未読無視してしまった。双葉ともつながっているから、そっちともやり取りをしていた可能性もあるけれど、悪いことをした。

 タイミングを逃してしまったものは仕方ないので、“おはよう” “連絡見られなくてごめん” “今日は学校に行く”の3つ、メッセージを送った。

 

 2件目は矢嶋から。

 “生きてる?”とだけ。主にこっちの機嫌の悪さで迷惑をかけたのに、連絡を残してくれるなんて。“生き返った”とだけ打って、感謝のスタンプをつけておく。

 …一瞬にして既読がついてちょっと引いた。そのマメさの1割でも勉強に向けば赤点を恐れることなどないだろうに。

 

 

 今日も佐倉さんが待ってくれている気がする。あまり待たせても悪い。一通り支度をして居間に行くと、やはり出る時間を少し遅らせてくれていたようで、居間に佐倉さんの姿があった。

 

「もういいのか?」

「はい。ご心配をおかけしました」

 

 佐倉さんはなにか言いたげに口を開きかけて、やっぱりやめた。学校はどうだとか、双葉と上手くやってるのかとか、そのあたりのことを聞きたかったのだろうか。

 

「双葉なら、すぐに来ると思います」

「来たぞ」

 

 突然、両腕で腹が締め付けられた。双葉が後ろから引っ付いてきたらしい。結構力が込められていて振りほどけそうにない。まあそんな気はないけど。

 佐倉さんは団子になってる僕らを見て、笑いにも呆れにも満たないくらいに息を吐いた。

 

「俺はもう出るよ」

「「いってらっしゃい」」

 

 二人一緒に手を振って、佐倉さんを見送った。

 

 

 

「メジエド、怪盗団がちやほやされてるの見て顔真っ赤なんだって」

 

 朝の番組でメジエドがどうとか報道されている。

 過去のサイバー攻撃のリストなんかもある。この辺から毛色が変わっているとかなんとか、どこの馬の骨ともしれない解説者が話をしているけど見当外れだ。本当の初期は僕らも偽物を把握できていたので、謎の優越感がある。

 

「器が小さすぎる」

「大の大人が僕らの使い古しの玩具に振り回されてるの、正直面白いよね」

「性格悪いぞ」

「性格は今のメジエドにも引き継がれてるよ、一部」

「ダサいところだけな」

 

 メジエドだなんて名乗って僕らがとうの昔に通り過ぎた地点で踊っている人間がいるのを見ると、微笑ましく思える。やってることが可愛くないけど。

 

「でもさ、なんで怪盗団なんだろ。

 メジエドならさ、どうしようもない俺等でも世界をよくできるんだって見せつけたいだけでしょ」

 

 本題に入ると双葉は悪い笑みを浮かべた。

 

「言うと思った。

 真実を確かめるため我々はアマゾンの奥地へと……一度、メジエド内部に潜ってみた」

「軽く言うね。てか地理的にズレすぎてない?」

「いつでもどこでも望む場所まで行けるのがネットの強み」

 

 そういう問題…なんだろうな。双葉だし。物理的な話じゃない以上、現実世界以上にやろうと思えば悪いことができる。

 

「結論だけ言うと、たぶんメジエドじゃない。トーシロだ」

「そうなの? 逆に何で? 何かの癒着?」

 

 メジエドを買収するのは難しそうに思う。今のメジエドはカウンターカルチャーそのものみたいな存在だし。

 組織が大きくなって拝金主義者が紛れ込んだのだろうか。それにしたってホームページに“怪盗団に嫉妬してます”なんて文を掲載するのを許すとは考えづらい。ネットに生息するあの手の連中はプライドだけはエベレストを超えてるので。

 

「やもしれぬ…? 身辺調査はこれから」

「それ、大丈夫なやつ?」

「分からない。違うかもしれない」

 

 視野を狭くするべきではない。

 けれど、もしかしたら。

 

「“心の怪盗団”が狙いなんだよ?」

 

 もし、メジエドでない存在が怪盗団を狙うなら、それは認知世界を知っている存在の可能性もある。

 それを理解しているから、放置していたメジエド関連の動きを、今になって調べようとしているのでは。

 

「慎重にやる」

 

 やめてと言えば、やめてくれるのかもしれなかった。危ない真似はさせたくない。

 

「…えっと」

 

 けれど、ここで野放しにして、今の双葉が抱える問題を解決する前に心の怪盗団に何かあったら、双葉が望む方向での解決は見込めなくなる。だからなのか、双葉は引くつもりがないように見える。

 今の双葉は、以前よりは安定している。引き際を見誤ることはないと信じたい。

 

「気をつけて」

 

 止めなかったのは、双葉を信じていたからではなかったのかもしれない。無防備にも尻尾を見せた何者かの正体が知りたいとか、そういった理由でもない。

 双葉が自分ではなく怪盗団に頼る現状で、自分の言葉にどれだけ双葉は耳を傾けてくれるだろう。

 

 もし、全く取り合ってくれなかったら。そう思うと怖かった。

 双葉から向けられた好きという言葉を疑うつもりはない。一方で、双葉は僕に何も望まない。きっと、僕ができることは双葉はもっと良くできることだから。ならば、その好きは下のもの…お気に入りの毛布や飼い猫に向ける感情とさして変わらないではないか。その疑いを晴らす根拠を僕は何一つ持っていなかった。

 

「行ってくるね」

「うん。いってらっしゃい」

 

 

 

 通学路を歩いていると、後ろから軽快な足音が聞こえてきた。足音は半歩前でくるっと回り、こちらにほほ笑みかけた。赤髪のポニーテールが元気よく跳ねている。

 

「おはようございます」

「おはよう。

 昨日はごめんね、連絡くれたのに」

「あっ、いいんです」

 

 芳澤さんは手をパタパタさせて、申し訳なさそうに続けた。

 

「むしろ謝るのは私の方です。

 双葉ちゃんから様子を聞いて、伺うのはやっぱりご迷惑だと思いまして。ゆっくり休めたみたいでよかったです」

 

 満面の笑みを浮かべる。

 芳澤さんの足取りは軽い。うさぎが飛び跳ねているみたい。

 

「何かいいことあった?」

「はい。朝から一葉くんに会えました!」

 

 あまりにもストレートな物言いにたじろいでしまう。

 予想外の方向からの言葉に何も返せずにいたら、芳澤さんの方までじわじわ赤くなっていく。やがて、耐えきれなくなったようで両手で顔を覆った。

 

「照れないでください。その、本当のことを言っただけなんですが…後から恥ずかしくなってきました」

 

 芳澤さんは咳払いをして、まだ赤みの残る頬をなかったことにした。

 

「佐倉くんが休んでいた間のノート、取ってあります。プリントは机の中に入れておきました」

「ありがとう。大変だったよね?」

「ふふ、大丈夫です。いい復習になりましたから」

「それにしても、2日分もでしょ?」

「そうですけど、あの矢嶋くんも手伝ってくれたんですよ」

 

 芳澤さんをして“あの”と言わしめる矢嶋が、授業でノートを…? ちょっと想像がつかなくて困惑した。

 会ったらお礼を言うついでに話を振ってみよう。

 

「そういえば、もうすぐ夏休みですね。一葉くんは何か予定は立てているんですか?」

 

 …これはお誘いだろうか。

 

「まだ特に何もないかな」

 

 劇団メンバーでの打ち上げは一応案として上がっているけれど、まだいつどこに行くか決まっていない。その辺りもそろそろ決めないといけない。誰も口には出さないけれど、矢嶋が本当に補習コースの可能性があったから、下手に日程を決められなかったのだ。

 

「そうなんですね。

 もしよかったら、私とディスティニーランドに行きませんか?」

「行きたい」

「えへへ、嬉しいです」

 

 芳澤さんは小さくガッツポーズを作った。

 

「一度も行ったことないかも。初ディスティニーランド」

「本当ですか? 楽しいところですよ。家族で何度か行っているので、案内なら任せてください」

 

 ディスティニーランド。

 夢の国。テレビでもよく見るし、およそどういうところか知ってはいるけれど、行ったことのない場所だ。

 

「なんだか特別な気分です」

 

 芳澤さんは照れくさそうに目線を彷徨わせた。

 

「だって、ディスティニーランドについて、私が一葉くんの最初の思い出になります。そんな素敵なことってないと思うんです」

 

 今日はなんだろう、羞恥心で人が殺せるか試しているのだろうか。もともと直球で好意を示してくる方だけど、今日はやけに…。

 また黙り込んだら、芳澤さんが恥ずか死してしまうかもしれない。

 

「ちょっと悔しい。逆はそうじゃないんでしょ?」

「じゃあ、気が早い話ですけど…連れて行ってくださいね。私の行ったことのないところに」

「うん。約束する」

 

 …ダメだ。顔を真っすぐ見られそうにない。

 

「先に照れないでください…もうっ」

 

 あんまり無茶なことを言わないでほしい。 

 

 

 

 教室に入るとぼけっと宙を見つめている矢嶋を見つけた。腕を伸ばして机に伸びている。完全にだらけている姿勢だ。

 

「おはよう」

「おはよう。生き返ってよかった」

「勝手に殺さないで」

「お前が言ったんだよ。発言に責任持てよ」

 

 我がクラスの担任くらいには責任を持っているつもりだ。

 茶化したおかげで、変な空気になることもなく、いつも通りの日常に合流できた。

 

「ありがとうね。ノート取ってくれたんだって?」

「んあ…そういうこともしたかもしれなくもないかも」

「どっちだよ。自分の行動に責任持って」

 

 矢嶋はむくっと体を起こした。

 

「それより、芳澤さんと遊園地デートするってマジ?」

「今朝決まった話だよ…!??」

 

 矢嶋の謎情報網は何なんだ。もはや妖怪とかなにかのレベルじゃないか。

 というか、話の詳細まで知られていたら…まあ既に双葉に聞かれている可能性はあるのだけど、色々と無理だ。

 

「いや、幸せオーラがダダ漏れてたから…?」

「怖い。で、タネは?」

「どうやって誘おうかって飯塚女史に相談してたのを横で聞いてた」

「あー……まあ双葉には聞けないか」

 

 となると芳澤さんの交友関係的にクラスのギャルか飯塚さんの二択になる。選ばれたのは飯塚さんでした。妥当な判断だ。

 

「いいよな、遊園地」

「そうなんだろうね」

「なにそれ?」

「いや、行ったことないから。本当にちっちゃい頃は分からないけど」

「そうなん。休み中は混むけどイベント満載だから、幸せの方から歩いてくる感じだぞ」

「さすが夢の国」

 

 良かった。会話の詳細まではバレていない。

 

「そっちも遊園地とか行ったりするの?」

「あー、うん。浅草旅行のついででな。スカイツリーも行くぞ。何か何らかのコラボ広告が見られるらしい」

「微妙に遠くない?」

「わかる。でも、そこは何とか」

「そっか。楽しんできて」

「おー」

 

 話が途切れて、少し気まずい空気になる。

 一度リセットしておかないと、ずっとこの調子かもしれない。

 

「あのさ、ごめん。こないだのは矢嶋は何も悪くないから」

「お前、変なところで律儀よな」

「それは矢嶋もでしょ」

 

 ノートを取ってくれたのは、そういうことなのだと思っていたけれど。

 双葉相手にはできないくせに、矢嶋とは簡単に仲直りの儀式ができた。

 

「授業やるぞ〜」

 

 と、そこで、教師が入ってきて教材入りのかごを教壇に置いた。おしゃべりに勤しんでいたクラスメイトたちが各々の席に散っていく。

 

「じゃ俺寝るから」

「ええ…」

 

 

 

 

 

(警視庁か…)

 

 当然といえば当然か。

 双葉はため息とともに椅子にもたれ掛かった。進展なし。進展の見込みなし。

 

 母の件を揉み消したのは警察だ。警察を顎で使うような真似ができる黒幕がバックにいるのは自然な話。

 実行犯のことは分かったとして、命令したのが誰かまでは特定できない。単純にやりとりの数が多すぎるし、総当たりするほどの余力はない。

 

(やけに簡単に辿れると思ったら、ここまでは辿られる前提だ)

 

 一葉の指摘通り、今回のメジエドの動きは不自然に過ぎた。

 実行犯はあくまで末端の人間だったにしろ、一国の警察権力がちょっかいを出してきた以上、それ以上深入りするのはまずいとメジエドも出方をうかがっているのかもしれない。あるいは、面白いことになってきたと傍観しているか。

 おそらく後者だろう。彼らは警察を恐れない。むしろ、自分たちが公権力を振り回しているという実感で増長するタイプだ。

 

 認知世界の秘匿と利益の独占が黒幕の目的なら、派手に動いている心の怪盗団はさぞ目障りだろう。

 心を盗むなんてことが本当にできると人々に思わせてはいけない、認知世界に気づく人間が現れてはならないと、潰しにかかっていると見るべきか。

 

「むーん……」

 

 事が認知世界で起きている以上、そう簡単に心の怪盗団を捕らえられるとは思えなかったが、この十年弱で母の研究がより進展しているならば、認知世界に侵入する術を黒幕たちが持っていないとは言い切れなかった。

 

 それに、イセカイナビなしでも認知世界に入る方法がないわけではない。

 現に一葉は自分で向こうに行ける。一葉は例の妖精から“現実世界との結びつきが弱いから”と言われていたらしいし、そういう人間は稀にいるとかなんとか。100%信頼できる情報ではないけれど、その手の人間を向こうが擁している可能性もある。

 

 なんにせよ、今はこれ以上何もできそうにない。

 

「腹いせに、またしても何も知らないメジエドでもボコボコにするか…」

 

 名案だ。

 怪盗団に助けてもらうなら、それなりの礼は必要だろう。

 とはいえ、自分が真のメジエドだなんて名を晒すのは格好がつかない。メジエドを嫌う第三者ということにでもして、怪盗団に助力するというのはどうだろう。うん。かなり格好いいかもしれない。

 

 そうと決まれば行動あるのみ。

 身元が割れないように偽装して、怪盗団のグループチャットを覗き見る。

 相変わらず覗き見られているかもなんて危機感はなく、オープンに話をしている。これが見られてしまったら一発で色々とバレてしまう。自分たちが怪盗であるという設定で盛り上がっていました、なんて言い訳は通るのだろうか。

 

(ちょっと脅かしてみるか)

 

 適当なところで種明かしをすればいいだろう。

 相手を驚かせるのは楽しいので。

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
  • その他(感想へ)
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