双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

78 / 81

スライムもりもりドラゴンクエスト2のスライバが好き。
頭に乗っけて遊びたい可愛さがあるので初投稿です。




78駅目 夏休みの計画

 

7月24日(日)

 

 

「夏休みだ」

「そうだね」

「一葉が家にいる」

「特に用がないからね」

「うふふ」

 

 双葉の機嫌がいい。

 いつもの椅子に座ったまま、くるくる回って喜びを表現している。ちょうど反対向きで止まりそうになったので、もう半周足してこっちを向いた。よく目がまわらないな。

 

 一家のなかで夏休みというものを一番心待ちにしていたのは双葉だ。

 毎年、行事予定を眺めては夏休みまでの日数を指折り数えているくらいにはウズウズしている。

 

「ずっと一緒だ…!」

 

 夏休みは双葉と過ごす日々になる。

 どこに行くでもなく何をするでもなく、時が止まったみたいな場所で双葉とふたり、一番小さな世界で完結した時間を過ごす。

 

 双葉の生活は夏休みだからといって変わらない。不定期に起きて、何か食べて、ネットの海に潜って。

 それでも、僕より夏休みを歓迎するくらいにこの時間を好いていたのは、世界に置いていかれないで済むからなのだと思う。

 なにせ、平日の昼間から子どもが出歩いていても、声をかけられない。双葉は外に出るわけではなかったけれど、外に出ても誰かに咎められないと分かっている期間は、見えない監視が薄らいで、どこかホッとするところがあったのだと思う。

 

「一葉は学校の友達とどこかに行くんだろ? あと芳澤と」

 

 むむむ、と目尻が吊り上がった。非常に分かりやすく腹を立てている。

 

「芳澤はずるい。お泊り会もしたし」

「してないよ、別棟だし。双葉とは一つ屋根の下でしょ」

 

 たまに引っ付いて寝るときもあるし。どういう理解がされているのか、何度弁解しても納得してもらえない。

 双葉は机の上のごちゃごちゃから見覚えのある小さな木箱を取り出した。

 

「あ、補充しておいたぞ。たぶん効果あるな。これ」

「怪奇現象あったけど…?」

「消費アイテムだから消費したら消えるのは当然だ」

 

 どこまで本気なのか分からないようなことを言いながら渡してきた。どうやって開けていたっけ。逆さにしてみるなどする。

 

「なんかチャリチャリ音しない?」

「カッターの刃が一片入ってる」

「こわ…」

 

 それも何かのまじないか。

 金属は魔除けになるとか何とか聞いたことがあるような気もするけれど、果たしてカッターでいいのだろうか。しかも欠片で。

 …まあいいや。

 

「ところで、出かける日は決まってるのか?」

 

 結局休みに入る前に決まらなかったので、メッセージアプリのグループで日程調整をしている。対面でなくても約束ができるのだから、文明様々だ。

 

「未定。今決めてる途中」

「決まったら教えて」

「了解」

 

 どちらもお盆前に済ませておくべきだ。

 その後は休業期間と決まっている。よその人たちと一緒に過ごせるほどの余裕がなくなるから。双葉も僕も。

 8月21日…例の日は、僕らにとっては特別な意味を持つ。母が帰ってこなかった日。生まれてはじめて双葉と別々の場所で夜を越した日。

 

 

 8月の最終週から登校するタイプの中学校に在籍していたせいで、ここ3年は不安定になった双葉の相手をろくに出来ないまま新学期になってしまっていた。

 今年は8月末まで休みだから、少し猶予がある。

 

 新学期というのは酷く憂鬱なものだ。

 僕らと世界とのズレは、日々降り積もっていく埃か何かのようで、夏休みの終わりにもなると驚くほど大きくなる。同じ国に生きているはずなのに、使う言葉も生活も異なるのだから。それをまざまざと感じさせられる時間が僕にとって何より苦痛だった。

 

 双葉は僕よりも自分と世界がズレていく感覚を常に持っていて、その差が決定的なところまでいっていないことを確かめるように、僕と話したがる。

 だから、僕はどっちつかずのところに立っていて、いつでもその先にある本流に辿り着けるようにしておなければならないし、その役目を負わせてもらえるのは光栄だった。

 

 とはいえ、年を追うごとに差は開いてきて、それも難しくなっていたのだけど。

 ほとんど双葉としか話していなかった後に、教室で何を話したらいいのか。どこか行ったの?なんて聞かれて“どこにも行かなかった”なんて返答はおかしいじゃないか。

 

 クラスメイトたちに罪はない。

 だって彼らは、知らないだけなのだ。歩けるのにどうして家の外に出られないのか、彼らは本当に分からない。どこかへ連れて行ってなんて親でもない人に言い出せる訳もないけれど、そんな状況を彼らは体験したことがない。知れと言う方が無理な話。

 なら、楽しい思い出話の一つくらい作っておけばいいのに、嘘の記憶で双葉との日々を塗りつぶすなんて裏切り、許せるはずもなくて何も答えられなくなる。

 だから、母の件を口実に落ち込んでいるふりをして、周りと毛色がなじむまで息を潜める。最悪な行いだ。母はそんなことのために命を落としたわけでもなければ、本当に落ち込んでる双葉が家にいるのに。

 

 それでも僕は双葉のようになれないから、そこらの子どもと同じように学校に行く。そうしないと、二度と普通の生活に戻れないと、心のどこかで思い込んでいた。

 それが毎年嫌でたまらなかったけれど、今年ばかりは違う。そういう方向で、なんの気負いもなく夏休みを迎えられたのは不思議な感覚だ。

 

 もっとも、パレスが未だ残っている=双葉が歪んだ欲望を持っているという件は依然として存在するのだけど。

 

「そういえば、あれどうなったの? 怪盗団に頼んだやつ」

「明日から取りかかってもらう。その間はわたしと一葉は待機だな」

 

 ということは、あのメンバーが家に来るのか。

 最低限、お客さんを迎えられるようにしておかないと。外部の人間にピラミッドの中枢に入らせるには、やはり双葉の部屋まで上げる必要があるだろうし。

 双葉の部屋は形状記憶型汚部屋…前の片付けから時間が経っているから、ほとんど元通りになっている。今は辛うじて椅子が自由に回れるくらいの空間はあるけれど、それもしばらくしたら埋まるに違いない。

 

「少しは片付けたら? 手伝うよ?」

「?」

 

 ダメだこれ、意味がわかってない。

 汚い部屋を客に見せるのが良くないという感覚がないみたいだった。

 

「いや、ほら、アニメにも今部屋汚いからって慌てて片付けるシーンとかあるでしょ」

「…アレって実在する概念なのか?

 隣の家の幼馴染が窓から入ってきて毎朝起こしてくれるくらいのリアリティだと思ってた」

「やるよ、片付け」

「むー…」

 

 小さい頃も佐倉家も客らしい客は来たことがないから仕方ない。

 双葉の担任や生存確認に来る人はいたけれど、鍵をかけていたから部屋までは入って来られなかった。

 

「とりあえず廊下に出すから選別して」

「わかった」

 

 久々の大掃除になりそうだ。

 主にペットボトルだの、プラ容器だのがゴミの大半を占めている。うず高く積み上げられたカップ麺の空容器は迷わず捨てたいところだけど、選別前のものを勝手に捨ててはいけないので一旦部屋の外に出した。あとで床も拭いておこう。

 

「毎日コツコツやっておけばこんなことには…」

「たまにやってるぞ。いくらかは袋に入ってる。エントロピーは増大していくものだ」

「そういう話かな…?」

 

 双葉基準ではこれでもやっている方らしい。歩くスペースはギリのこっているし、ペットボトルも転がっているのは2本くらいで済んでいるから、綺麗な方と言えば綺麗な方なのは確かだ。

 良くも悪くも見慣れてしまうので、まだ片付けなくていいか、なんて思ってしまっていた。

 

「ありがとう怪盗団…」

「???」

 

 怪盗を世間様の基準にしてはいけないけど、おかげで一般常識を取り戻せた。

 

「礼代わりにメジエドのことは何とかするつもり」

「匿名の敵にめっぽう弱そうだもんね、怪盗団」

 

 確か、見せてもらったイセカイナビは名前で検索するような仕様だった。

 同姓同名とかどうやって弾いてるんだろう。某死神のノートみたいなセキュリティシステムなのだろうか。まあいいや。

 

「例の偽メジエドの方は何か分かった?」

「抜けるところまで抜いたけどダメそうだ。

 私的端末で秘密のやりとりなんてポカはしてない。そうなると警察内部のことになるから、お手上げだな」

「流石に対策してるか」

 

 内部の情報はイントラ等で管理してるだろうし、外から見えるのはそこまでか。末端のことを知ったところで、大本にはたどり着けないらしい。

 

「うん。勤めてる場所とか家の場所は分かるから、やろうと思えば凸れるよ」

「お巡りさんこの人です」

「お巡りさん家なんだよなぁ」

 

 ふざけつつも作業は進めている。

 やるとなると進められるのだ。普段はやるためのスイッチが入っていないのか、そのままだけど。

 前の双葉がものを片付ける余裕もなかったのは分かるけれど、立ち直ったように見える今の双葉も同じなのはどうしたことか。

 

「心を盗んでもらったらさ、双葉は今より安心して過ごせるの?」

「うん…? 分からない。

 ただ、わたしの欲望が正当でないからパレスがあるんだと思う」

 

 それとこれとは別個の問題なのかもしれない。

 心の病と歪んだ欲望は、重なるところはあれど同一ではない。パレスがあったからといって、何が何でも消さなければならない理由にはならなさそうだ。今回は実害が出そうだから消すというだけで。

 パレス攻略は汚部屋化問題の解決には何も寄与しないことだけ分かった。

 

「片付け疲れた」

「まだ部屋の半分くらいしか終わってないんだけど」

「全部きれいにしなきゃダメなのか?」

「うーん……まあいいか、これで」

 

 時計を見たらもう昼ごはん時だ。

 とりあえず床は見えてるし、立ち入る分には安全になっているしここらで切り上げてもいいのかも。お昼食べたいし。

 

 それにしても、どこからこれだけのものが湧いて出るのか不思議でならない。

 空き缶とか放置しているので、夏場は本当に危険だと思う。空き缶を拾い上げた。よくわからん蛍光色の文字が書かれたエナジー飲料はこれで3つ目だ。砂糖入ってるし、いろいろ良からぬものが発生しそう。足が六本のやつとか、それを食べに来る八本のやつとか。

 

「あのさ、自分で片付けられるようになってよ。今と同じ事するだけだから」

「ゴミ捨て場、知らない。曜日も分かんない」

「ググってどうぞ」

「やだ」

「シンプルな拒絶」

 

 そんなに嫌か。

 嫌でもゴミ捨てくらいは出来ないとこの先困るだろう。

 今回は一緒に捨てるところまでやろうか。それで、次は自分で捨ててみてもらう。そうしないとずっと現状維持な気がする。

 

「だって、一葉と片付けやるの楽しい」

「なら仕方ない」

「これも捨てといて」

「うん」

 

 …あれ?

 

 

 なんかうまく使われてしまった気がする。

 操縦方法が完全に見抜かれている。強かだ。もしかして、ゴミ捨てを知らなくても双葉は生きていけるのでは?

 

「お昼何がいい?」

「カップ麺」

 

 即答だった。

 もっとこう栄養的に…何か……いや、何がいいと広く質問したこっちが悪かった。

 

「じゃあさっき掘り当てた味噌ラーメン」

「それよりあっちに埋まってるやつの方が期限近いぞ」

「一つ所に纏めてよ」

 

 そのための非常食袋じゃなかったのか。まだあちこちに埋まっていそうだ。抜群の記憶力が変なところで発揮されている。

 

「冷蔵庫にキャベツとネギともやしがあった」

「全部追加」

「了解」

 

 野菜類を取り出して台所へ。さっさと茹でてしまおう。

 微妙に持ちにくかったので2往復した。頑張れば1回で行けた気がする。落とす自信があったのでやめておいたけど。

 これで少しは許された。たぶん。栄養学の神とかに。

 

 

 

 

 空のカップ麺容器2つを床に置いた。

 ゴミ袋の口を縛ってしまっていたので、うまいこと開けるのに苦労する。何とか結び目がほどけて、たった今発生したゴミを重ねる。

 

「うーん…」

 

 段取りが悪かった。

 カップ麺を要求されることを想定して、固結びにまでしなければよかった。今更だけど。次のゴミの日までに、まだカップ麺の抜け殻が生産されそうなので今度は1回だけ結ぶ。いけない、崩れた。詰め込みすぎた。

 

「一葉」

 

 ゴミ袋と格闘していると、部屋に引っ込んだはずの双葉に声をかけられた。スマホ片手にニヤニヤしている。

 

「メジエドに動きがあったみたい」

「どんな?」

 

 何となく表情から察するところはあったけれど、一応聞いてみる。

 

「読み上げるぞ。

 “我々は日本の大衆に失望した。いまだ彼らは偽りの正義を信じている。我々は日本を浄化する計画を進めている。Xデーは8/25。これにより日本経済は壊滅的な打撃を受けるだろう”」

「日本好きだねぇ。3回言ったよ」

「大事なことだから?」

 

 新しい玩具が降って湧いてきたと面白がりながら、双葉は続きもつらつらと読み上げた。内容はまあ…とても格好が悪かった。

 

「つまり、“怪盗団が人気なのが嫌だから暴れるぞ。嫌だったら顔と名前を晒せ。無視したらお前のせいな”ってこと?」

「すごいよな。掲示板の民ですら自分で特定しようとするぞ」

 

 これ、名乗り出なかったら本当に何かやるつもりなのだろうか。経済にダメージを与えるって何するつもりなんだろう。自作自演はバレそうな気もするけど。

 

「日本経済ねぇ。もともと低迷してるし大打撃食らったらまずい?」

「失われた何十年? 生まれてこのかた、好景気というのを見たことないな」

「だね。経済政策の失敗ってやつ?」

「政策…そっちの線もあるな」

 

 双葉は閃いた、と手を打った。

 

「気づいてるか?

 精神暴走事件で死んでるの、勘のいい研究者の他に、そこそこ名の通った人が混ざってる。政界の有名人もちらほら」

「まあ警察と仲良し()でもおかしくないか。容疑者多いなぁ」

 

 政界と一口に言ったって、党も派閥もたくさんあるし、いまいち詳細は知らない。まだ選挙権ないし。

 そのパターンもあるだろう。仮に精神暴走事件を認知訶学の悪用とするなら、そいつが得をするように死者に偏りが出るはずだ。もちろん、そうと分からないように偽装もするだろうが…。もちろん、特に何も関係なく認知世界の住人の仕業という説もある。

 何にせよ、あまり絞り込めそうにはない。

 

「まあ、気になりはするけどさ」

「分かってる。安全第一」

 

 今の生活のほうが大切なので。

 話はこれで終わりとばかりに、双葉はスマホを持つ手を後ろに引っ込めた。

 

 

「それより、夏休みの計画立てよう。わたしと遊びに行くぞ」

 

 こちらの意思を確認するとかそういうのはないらしい。出かけるのは双葉の中では確定事項のようだ。双葉からの誘いなら、先約があっても断らないけど。

 

「どこか行きたいところあるの?」

「動物園」

「真夏に?」

 

 外の暑さを分かって言っているのだろうか。

 せめて水族館とか屋内施設にしないと暑さにやられるだろう。それに、見にいったとしても暑すぎて動物も大体厩舎に引きこもっていると思う。

 花火大会の件があのノリで決まったので予想していたけれど、今回も計画はふわふわしているようだ。

 

「…の昆虫館。一葉そういうとこ好きでしょ?」

 

 急に具体的になった。

 

「そりゃ好きだよ。間違いなく閉園まで入り浸るね」

「知ってる。決定だな」

 

 前に行ったことがあって好評だったところを選定したということだろうか。

 双葉自体はどこかにいきたいという希望はないけれど、どこかに行くと喜ぶことがわかっているから誘った、みたいな。

 

「夏休みは長いし、他にもいろいろ行けるよ。双葉は行きたいところとか、やりたいこととかないの?」

「前にアキバに行ったぞ。あれは楽しかった。うーん、もう一回アキバもいいけど……あ、中野、中野に行ってみたい」

「じゃあそれも決定」

 

 となると、予算が必要だ。

 双葉とのお出かけだけではないし、なんだかんだお金はかかるものだ。年齢的に許されるようになったのだし働こう。

 今度、佐倉さんに相談してみよう。

 

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
  • その他(感想へ)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。