つながる新天地で自分に寝取られたので初投稿です
4月19日(火)
教室は、今日もどうでもいい話題に占拠されていた。
好きなアイドルの話、ゲームの話、ペットの話……昨日の戦争の話題は、いつの間にか消えていた。熱しやすく冷めやすい、みんなのスピード感についていけない。
ただ昨日のイベント(仮)の効果はあったようで、女子と会話をする芳澤さんという珍しいものが見られた。
相手は昨日芳澤さんを大いに活用して場を盛り上げていた演劇部?女子こと飯塚さん。気が合ったようで、というか芳澤さんが一方的に気に入られて、不思議ちゃんコミュニティが確立したらしい。
強いグループでないにしろ複数人でいられるなら、ひとまず安心だ。
今日も、金曜日の件ついての話題は、誰の口からも出なかった。
教室内でタブーということになったのが主な理由と思いたい。けれど、高校生という生き物がこのスピード感で生きているなら、すでに話題の鮮度が落ちたあとというだけなのかもしれない。
どちらにしても、クラスがある程度落ち着いているのは矢嶋の成果だと思う。
流されやすすぎるところしかないのが若干不安だけど。
変な噂も耳に入ってこなくなって過ごしやすくなった教室で、本のページを捲る。
モルガナ。
モルガン、モーガンとも呼ばれる妖精の名に近い。それはアーサー王伝説において、アーサーをアヴァロンなる楽園に誘ったという魔女を指す。
異界に連れて行くという性質を持っている…少なくとも猫ではない存在だ。
「よくわからん」
教室のざわめきの中で独りごちる。
昼休みに図書室に行って、アーサー王伝説についての本を借りたのだけど、特にめぼしい情報は得られなかった。
「てかエクスカリバーって岩に刺さってたやつじゃないんだ……」
湖の妖精のマジックアイテムとは知らなかった。
そういえば、リャナンシーも伝承からして湖の妖精属性だし、煙玉とかマジックアイテムをくれる。西洋では一般的な考えなのかも知れない。斧とか落としてみようかな。
こう、日本で言うところの、動物を助けたら美女に化けて嫁に来るみたいなテンプレ展開を感じた。
「アーサー王伝説ですか?」
ひとしきり話が終わったようで、芳澤さんが自分の席に戻ってきた。
「うん、図書室で借りた」
「確か美少女なんだろ。で、剣からビーム撃つ」
「最早そっちのが有名だよね」
ゲームといいアニメといい、神話や伝承を元にしたものは多い。元ネタよりも有名になったものは数しれず。
この場合、認知世界で立ち現れるのは美少女の方なのだろうか。
「佐倉くんは、こういうお話好きなんですか?」
「こういうのに限らず物語文はね。芳澤さんは?」
「童話は小さい頃に一通り読んだと思ってたんですけど、アーサー王伝説は読んだことないですね」
「僕も。だから今読んでる」
認知世界でそれっぽい化物に出会ってから調べるのじゃ間に合わないこともあるだろうから、あらかじめ一通り読んでおくべきなのは間違いない。
「樋口さんよ、それ面白い?」
「西洋文化圏出身じゃないからよく分かんない」
「面白くないわけね」
興味深くはある。
古い話は今のエンタメとしての物語文と違って、一貫性がなかったり文章構造上洗練されていなかったりするものだ。
だから、面白いかどうかだけで考えたら週刊漫画でも買っていたほうがいい。
「面白いから読んでるわけじゃないしなぁ。なんだろう、教養?」
「絶対使わねーじゃん」
使うんだなこれが。
最終的にはリャナンシーの力押しで済んでしまうけど、どんなことをしてきそうな相手か分かれば不必要な戦闘は避けられる。
「でも、飯塚さんも古典文学?をよく読むみたいです。基本を押さえるのは大事って言ってましたよ」
なんとなく、演劇部?女子の飯塚さんと新体操一筋の芳澤さんの、気が合う理由が見えた気がする。
ジャンルは違っても熱量が一致していれば仲良くなれる現象だ。
「劇の話じゃん。樋口、演劇するの? 女役?」
「せめて子ども役にしてよ」
「あはは、でも似合うかもしれないですね」
似合うから嫌なんだよ。
◇
帰りのホームルーム後、クラスメイトたちは各々散っていく。
矢嶋と芳澤さんに手を振って、僕は一人、校門付近で雨宮先輩を待つ。校舎から出てきた雨宮先輩を捕まえて、渋谷へ。
学校で雨宮先輩と内緒話なんてしたら一瞬であらぬ噂が立ちそうだし、パレスに引きずり込まれたらリャナンシーを見られてしまうだろう。
ある程度の事情は明かすつもりだけど、全部話すにはまだ雨宮先輩のことを知らなさすぎる。
先輩は今日も猫……モルガナを連れてきていた。鞄から物言いたげな視線を感じる。
「立ち話もなんですから、適当なファミレスに入りましょう」
看板通りファミリー層も多く来ている。常に騒がしいから聞かれたくない話をするにはちょうどいい。
「お時間いただいてありがとうございます」
『よく言うぜ』
「嫌なら別に来なくてもよかったんですよ。昨日も、ちょっとした親切心で脅かしただけですし」
あまりに無防備だったから、つい。
逆だった毛で膨れたモルガナはこちらをじっと睨みつけている。猫だし鞄の中からなので格好ついていない。
高校生らしくドリンクバーだけ注文して、さくっと本題に入る。
「まず、はじめに立場をはっきりさせておきましょうか。
僕は先輩たちのことを止めるつもりはありません。ただし、今の件が片付いたらそれでおしまいにしてほしいんです」
この台詞は予想外だったようで、モルガナは小首を傾げた。
どんな要求をされるのかと身構えていたのかもしれない。まだ何もしていないのだからどんな罪にも問えないし、何の脅しにもならないのに、昨日からかったのが結構効いているらしい。
「今の件?」
「ええ。これは僕の予想ですから、違ってたら言ってください」
モルガナとは対照的に、いたっていつも通りに見える雨宮先輩は話の続きを求める。
「まず、雨宮先輩と坂本先輩は、鴨志田先生から目をつけられていて、今は退学の危機にある。
もう一人、高巻杏という女子生徒は、金曜日の件で親友を深く傷つけた鴨志田先生に強い反感を持っている。
雨宮先輩はスマホを使って、鴨志田先生の心の中、パレスに入れる。
モルガナの入れ知恵かな?
先輩たちはパレスの鴨志田先生にとって価値ある宝を盗んで身の程を分からせれば、鴨志田先生を変えられると思った」
そこまで言って、どうですか、と聞いてみる。細かいところはともかく、大筋を外していたら赤っ恥だ。
「見てきたかのようだな」
「見てましたし。
城に行く先輩たちについて行っていたの、気づきませんでした?」
「気づかなかった」
『全部バレてるじゃねーか』
すっとぼけようとしてたな、これは。
きちんと尻尾を捕まえておいて正解だった。
「手を引いて欲しい理由は?」
「危険だからです。
戦いが、という意味だけじゃありません」
好き好んでしたい話ではないけれど、引き下がらせるには説得力が必要だ。
雨宮先輩なら根掘り葉掘り聞いてくることもないだろう。だから、いい。双葉のことは、知られたくないわけじゃないけど、話したくないから。
「以前お話しましたね。
母が他界した時、筋書きのある処理をされた、と。
母は認知訶学の研究者でした。人の心の世界、その変容をもって人を変える。そういった研究をしていました」
『きな臭い話になってきやがったな……』
モルガナは喉の奥でぐるぐる音を鳴らす。
「今回、強引な手段で先輩たちのことを調べたのはそれも理由なんです。
認知訶学の考え方ではね、認知世界を使えば、絶対に証拠が出ない殺人ができてしまうんです。たとえば、そうですね、現実で車を運転中の人を認知世界で縛り上げたらどうなると思います?」
『……事故になるって言いたいのか?』
「察しがよくて助かります。
ではもう一つ例を。
少し前の電車の脱線事故、精神暴走事件なんですって、覚えてます?」
ようやく、一人と一匹も事の深刻さが分かってきたようで、重い沈黙が場を包む。
「この件には深入りしないでください。
先輩のために。佐倉さんのために」
佐倉さんの名前が出ると、雨宮先輩はテーブルに目を落とした。
拾ってもらった恩義は僕も先輩も同じに感じているはずだ。
『……オマエの言い分は分かった。
だが、いいのか? 母親の仇かもしれねえヤツが平気な顔でのさばってるんだろ』
「仇討ちなんてのは柄じゃないです。」
僕にとっては死んでしまった母よりも、生きている双葉だ。
モルガナは納得いかない様子で、尻尾で椅子をパシパシ叩いている。
「前にやることがあるって言ってた」
「…記憶力いいですね。
認知世界について僕なりに調べているだけです。認知訶学が科学になればいいって思っていますから」
これは本当のこと。
母がなし得なかったことだ。誰にでも再現できるわけではなくて、既存の科学から地続きにない学問未満。
いつか花開くときが見られたらと思う。可能性に溢れた研究がこのまま人々に隠されるべきではない。
けれど、僕が認知訶学を調べるのは双葉の心に触れるためだ。
現実ではもう届かなくなった言葉も、認知世界でなら届くのではないかと思ったから。
「ところで雨宮先輩は、どうやってパレスに入れるようになったんですか?」
「アプリで入った」
「見せていただいても?」
イセカイナビ。
そのままなネーミングだ。アイコンは目玉のような模様。
設定からアプリの情報を見ようとしても表示されない。アプリのように見えるだけで、真っ当なプログラムではないのかもしれない。
「一葉のスマホにはないのか?」
『リュージやアン殿と、さして条件は変わらないはず。入っていてもおかしくないが……』
「初めて見ました。
何とかして僕の端末に移植できないかな。ペルソナ?を使えないとダメとかでしょうか」
『パレスに生身で入ったのかよ! あぶねーだろ! ……じゃなくて、証拠見せろよ』
「どうぞ」
一度切っていたスマホをつけて、確認させる。モルガナは、肉球じゃ操作できない、と雨宮先輩に操作させていた。
「もういいですね」
端末をポケットにしま落とす。
「イセカイナビは、いつから先輩のスマホに?」
「初登校の日だ。何度消しても、また入っていた」
「都市伝説みたいな展開ですね。……ああ、それで大遅刻した訳ですか」
謎が一つ解けてスッキリ。
パレスの中でも普通に時間が経過するのは罠だと思う。長期間迷子になったら神隠しみたいな扱いになりそう。多分その前に化物に襲われて死ぬけど。
おそらく、イセカイナビは人の手によって生まれたものではない。
少なくとも母が研究していた段階での認知訶学では、人の心の変容がもたらす結果について言及されていても、それをなす手段は白紙だった。だからこその学問未満だし、手段が見つかったとして一介の高校生にそれを漏らすことはないはずだ。
人ではない何かが面白半分に人の人生を狂わそうと押し付けた力だろうな、というのが現時点での予想。
そういう連中は人々の心の中で大人しくしていてほしい。現実世界に干渉してくる超常の存在など迷惑以外の何物でもない。リャナンシーのように比較的人に寄り添うタイプの妖精ですら、人の考えは理解できていなさそうだし。
触らぬ神に祟りなし。
超常の力を、使えるからと使ってしまったら、対価に何を持っていかれるか想像するだに恐ろしい。
「モルガナとイセカイナビには直接関係がないんですね」
「?」
「人と人でないものの道理は違います。雨宮先輩も、あまりモルガナの言葉を信じすぎてはいけませんよ」
『ワガハイはニンゲンだ! ……たぶん。今は猫だけど』
「なら猫でしょう。形や名前には、ある程度性質が縛られるものです」
人からどう見られるか、どう認知されるかで、そのものの本質までも変質する可能性がある。認知訶学の捉える世界では。
鴨志田先生を人々が疑いなく良い人だと思ったらそうなるのだろう。人々がモルガナを猫だと思えば、怪物ではなく猫なのだ。
「できることなら、先輩たちのことを止めたいです。
そうも言っていられないでしょうから、一度だけ、細心の注意を払って、やり遂げてください。くれぐれも盗み以上のことはしないように」
念を押して言う。
この国の警察は正しく機能していないくせに無駄に捜査能力は高いから、そんなことをしたら前歴が増えてしまう。いや、鴨志田先生くらいの知名度なら、お得意の隠蔽術で何事もなかったことにされるか。
「人は思い込みで死ぬ生き物です。
城で鴨志田先生を殺したら、きっと現実でも死にますよ?」
肝に銘じておく、と雨宮先輩は言う。黙ったままのモルガナも真剣な面持ちだ。……嘘、願望が入った。猫の表情なんて分からない。滑らかに落ち着いた毛並みから、一旦警戒は解かれたと思う。
「今日お話しておきたかったことはそれだけです。僕はお先に失礼しますね」
伝票を回収して席を立った。
二日連続で帰りが遅すぎると、また双葉が機嫌を損ねてしまう。もう遅いという説もあるけど。
◇
『アイツ、本当に信用できるのか?
普通の人間にとってパレスは危険すぎる場所だ。どこまで付いてきたのかは知らないが、ケガ一つなさそうだったろ』
「見つけた敵は全部倒したから、意外と安全だったのかも」
一葉が去った後、残された一人と一匹は言葉を交わす。
『それに、母親の件が本当なら、仇討ちの一つや二つしたくなるのがニンゲンってもんじゃないのか?』
「人によるのでは?」
『……まあ、叛逆の意思があるならペルソナ使いになっているか』
口ではそう言いつつも、モルガナは納得がいかない様子でしきりに耳をピクつかせている。
蓮が柔らかな毛に包まれたモルガナの背をなでると、やめろ、と尻尾がその手をはたいた。
「今やることは変わらない」
『ああ、そうだな。
ただ、言動には気を付けたほうがいいな。後輩に作戦がバレるようじゃ、本職の手にかかれば一瞬だぜ?』
◇
事前連絡のおかげで、今日も双葉からお叱りを受けずに済んだ。
が、週末に最高潮だった機嫌は徐々に降下しているようで、おかえりと言った唇は僅かに尖っていた。
部屋に引き込まれたときは、お怒りかと思ったけれど、特に小言を言われることはない。定位置のクッションに座ると、携帯ゲーム機を渡された。
「一葉、対戦しよ」
双葉が指差す画面には大乱闘なゲームが映っている。
僕の勝率は驚異の1%未満。純粋な経験値の差もあるけど、アクションゲームの上手さはリアルの運動能力に左右されるんだなって。
「いいけど、僕とやってもつまらなくない?」
「ぜーんぜん。ボコボコにする」
ボコボコにされた。
「満足した?」
「うん」
ならいいか。
ネットで対戦すれば丁度いいくらいの実力の相手も見つかるだろうに、わざわざ僕と対戦したのは俺TUEEEによるストレス発散か、自惚れていいのか。
「次は農業もできるギャルゲやるか?」
「思いっきり一人用ゲームなんだよな。あと農業がメインだからね、一応」
棚からいそいそとカセット入れを出してきて、双葉は僕の隣にぴたっとくっついた。一人用のクッションでは少し狭いけれど、問題なく収まった。
双葉はスマホでキャラ一覧を開いて、僕に見せる。
「一葉がどの娘を攻略するのか気になる」
「好みくらい知ってるでしょ」
「このちっこいのだろ」
「そうそれ。で、双葉はこっち」
双葉が一番可愛いのは自明の理だから、自然にそれに似たキャラを選ぶ。双葉が選ぶのは一番無害そうなキャラ。
ぱっと見でどのキャラが好きそうかなんて互いにすぐに分かる。
「…じゃあ二番目は?」
「二番目?」
レンズ越しの視線がこちらに突き刺さる。
これはアレだ。僕が双葉√を外れないか気になっているのだろう。そんな心配しなくてもそれ以外の選択肢を選ぶわけないのに。
「これかなぁ」
「ふーん」
長髪のキャラを指差すと、双葉は平坦な返事をした。細い指先がスマホ画面をスクロールする。
「こっちのポニテは?」
「活発そうなのはちょっと」
「そうだよね、そう思った」
まだ芳澤さん√疑惑が残っていたか。
学校で関わる女子なんて彼女くらいのものだけど、それは単に僕の交友関係が狭いだけだ。
「芳澤さんはそういうのじゃないよ」
「……うん」
疑いようもなく疑われてる時の返事をされた。
双葉はスマホを置いて、頭をぐいっと僕の方に押し付ける。撫でろと仰せだ。
艶々の髪を手で梳くように撫でる。母さんのようにはいかないけれど、双葉は機嫌よく笑う。
「下手くそ」
しばらくすると、体にかかる重みが消える。揃った髪先が指の隙間をすり抜けて、その場でくるっと回った双葉はベッドに寝転がった。
「…わたし、一葉の邪魔じゃない?」
そう来たか。
クッションに座ったまま、双葉の言葉を聞く。
「わたしがいなかったら、一葉はどうするのかなって思った」
その仮定には意味がないと思うけれど。
なんて答えれば、双葉に届くのだろう。分からなくて迷っているうちに、双葉は自己完結したようで、布団の奥に潜り込んだ。
「ごめん、忘れて」
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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