双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ほの暮しの庭ならリンが好き。
永遠に初期リンであってほしいので初投稿です。




81駅目 前進

 

「戻ってきた」

「戻ってきたね」

 

 周囲が現実の景色を取り戻した。自分たちを取り囲むのは、古代の建造物ではなく、ごく一般的な日本家屋だ。

 

「一葉の部屋に出たな。…怪盗団は?」

「入り口同士で繋いだんじゃないかな」

 

 イセカイナビはそういう仕様になっている。前回の自分たちのように玄関の外にいる可能性が高い。つまり、締め出したような形だ。

 

「ちょっと様子見に行くね。このまま帰ってっていうんじゃ流石に悪いし」

「うん。わたしも行く」

 

 発言は平静そのものだったけれど、服の裾を皺になりそうなくらい強くつかまれた。

 迎え入れるときは覚悟を決めていたから思い切ったことができたけれど、時間が経って冷静になったら怖くなった、といったところか。

 指摘することでもないし、気づかなかったことにしよう。

 

 

 予想通り玄関の外に怪盗団一行がいた。

 雨宮先輩はこちらと連絡を取ろうとしていたようで、スマホ画面を覗き込んでいた。はじめにこちらに気づいたのは高巻先輩だった。

 

「あ、ふたりとも」

 

 言葉が続かず、沈黙が落ちる。

 沈黙に耐えかねた新島先輩が口を開いた。

 

「その、私たち中で記憶を見たの」

「そうか」

 

 別に驚くことでもない。心の中なのだから、印象に残った記憶が閲覧できるかたちで保存されているくらいありそうな話だ。

 双葉も同じように思っているようで、取り立てて大きな反応は返さなかった。けれど、その中身は気にしているようで、所在なさげにしている彼らに対して端的に問うた。

 

「何を見た?」

「ええと…」

 

 交通事故とされた事件の件、その後の洗脳の件、それらを壁画…というか映写画像として見たとのことだった。その辺りの話は既にしていたことだ。

 

「それだけか?」

「え、うん」

「分かった」

 

 ほっと息を吐いて、知りたいことは知ったのでもういい、とばかりに双葉は僕を盾にするように引っ込んだ。頭だけ脇から出して、怪盗団の様子を窺っている。

 

「ありがとうございます。今後も引き続きお願いします」

 

 呪文を唱えるみたいに言って、双葉は部屋に逃げ帰っていった。

 ここまでで限界だったらしい。家に招くところから気を張っていたわけだから、ここまできちんと振る舞えたのは、かなり頑張った方だ。あまり愛想はないけれど。

 

「色々とごめんなさい。

 でも、双葉の求めに応じてくれてありがとうございます」

 

 双葉が双葉のまま、他人に言うことを聞いてもらえる経験ができたという意味で、今回のことは他に代えがたい価値がある。

 パレス攻略は戦える人間がやっても簡単なことではないし、特にその部分の記憶を見たということなら、見ていて気分のいい絵面ではなかっただろう。それでも嫌な顔一つせずに双葉の相手をしてくれたのは、本当にありがたいことだった。

 

『正当な取引だ。ワガハイたちは、フタバが使えそうだから助けようとしているだけだぜ』

 

 双葉が使えそうでなくても助けるだろうに、黒猫は偉そうに言い放った。もっとも、双葉は双葉で怪盗団が問題を解決してくれなくてもメジエドの件を何とかしようとするだろうし、お互い様なのかもしれない。

 

「戻って行っちゃったけど、双葉ちゃんの気を悪くさせたかな?」

 

 高巻先輩は閉じられた玄関扉を見て、困り顔をしている。

 あれは単にこの場から逃げ出しただけで、機嫌を悪くした訳じゃないと思うのだけど。普段から双葉の様子を見ていないと分からなくて当然か。

 変に解釈されて双葉が悪いことにされては敵わない。弁解しておこう。

 

「怖がってただけだと思います。双葉は僕や佐倉さん以外とほとんど関わってきていないので」

 

 双葉の人付き合い経験値は小学校で止まっている。ここに至るまでに双葉の話を、双葉を脅かさずにきちんと聞いてくれる人はほとんどいなかった。年相応に見えないから初手で警戒されるのもあって、同年代から人並みに接してもらえる機会が少なかったのもある。

 ああ、でも芳澤さんも言っていたな。周囲も高校生になっているのだから、なんて。多少のことは飲み込んでもらえるようになってはじめて、双葉は安心して人と関わる練習ができるというわけだ。

 

「双葉のことを気にしてくれてありがとうございます」

 

 長らく双葉は外から見えない子だった。

 僕を通してしか外と関わることはなかったし、その代わりに外から干渉されることもなかった。安全な停滞のなかで、双葉の顔を、声を知っている人はほとんどいなくなっていた。

 だからこそ、いざ外に出ようというときに手を引いてくれる人がいるのはいいことだと思う。少し悔しいけど。

 

「ところで、パレスはどのあたりまで進んだんですか?」

『オタカラ部屋の手前だな』

 

 ルート確保まであと少しじゃないか。これは思ったよりも早く片付きそうだ。やっぱりプロに任せるのが手っ取り早い。

 

「一日でそこまで。凄いですね」

『心にもなさそうなこと言いやがって』

「人の機微は猫には難しいのですね」

『猫じゃねーし!』

 

 本当にすごいと思っていたんだけどな。

 まるっきり上家は違うけど、自分で進めていたときは1日目なんて辺りを把握するだけで終わっていた気がする。まあ、目に見える態度に出ていないなら本気では思っていないのかも。

 

「オタカラ部屋には行けなかったんですね。あっちの双葉に妨害でもされました?」

「入り口が見つからなかった」

 

 双葉の部屋の鍵は開けておいたはずだ。

 こちらの疑問が伝わったのか、黒猫が口を挟んだ。

 

『王の間はフタバの部屋なんだろ? そこから行ける場所で隠されている場所があるはずだぜ』

「心当たりは?」

 

 宝物入れが真っ先に思い浮かんだけれど、あれは僕に見られる前提でしまっているものなのだろう。

 双葉の部屋から行けて僕が見ない場所といえば、一つしかない。

 

「そういうことなら、押し入れの中だと思いますよ。

 よく部屋の片付けを手伝いますけど、押し入れはノータッチですから」

 

 部屋の片付けは、あくまで双葉の部屋のみの片付けだ。普通に部屋にいられるスペースを確保するのが目的なので、おそらく異界と化している空間をわざわざひっくり返さない。とても1日じゃ片付かないと容易に想像できるし。

 

「次は押し入れの戸も開くように伝えておきますね。

 何かあったら連絡ください。僕でも双葉でも」

 

 そろそろ帰ってもらおう。もう日が傾いてきている。あまり遅くなると佐倉さんと鉢合わせるかもしれない。

 

「またね」

 

 友達にするみたいな挨拶をして、先輩たちは帰っていった。

 あ、次がいつなのか聞いておけばよかった。まあ双葉に聞けばいいか。スマホで聞いてもいいし。

 

 

 定位置の椅子の上で、双葉は膝を抱えていた。座面に収まりきらなかった髪先が落ち着かずにゆらゆら揺れている。

 

「帰っていったよ」

「うん」

 

 やめると言い出すかも、と思いつつ聞いてみる。

 

「怪盗団の件、次はいつにするとか、決まったの?」

「来週のどこか」

「そっか」

 

 このまま進めるつもりらしい。

 時間が開くのはいいのか悪いのか。色々と準備があるのだろうなと想像した。武器やアイテムの仕入れとか、メメントスでの別の依頼とか。何にせよ、自分ではどうしようもないことを焦っても仕方ない。

 

「押入れ「開けとく」

「うん」

 

 聞いていたみたいだ。

 

「一葉は見ないで」

「分かってるよ」

 

 押入れは片付けのときに取っておく判定を食らった大量のアイテムで埋め尽くされているので、中を見ようにも一苦労だ。こっそり盗み見るような真似はできないし、するつもりもない。

 双葉はしばらくの間じーっとこちらを見ていたけれど、信用することにしたらしく、視線を外した。

 

「一葉こそ、出かける日取りは決まったのか?」

「クラスの人たちとは金曜日、芳澤さんと行くのは日付指定チケットらしいから4日で確定、双葉とのは未定。いつにしたい?」

「8月28日」

 

 決め打ちで来た。一ヶ月以上先の日付じゃないか。スマホのカレンダーを確認すると日曜日だった。

 この日、何かあっただろうか。特に思いつかない。

 

「ずいぶん先だね。混むし、休日は避けたほうがいいんじゃない?」

「全部片付けてからがいいから」 

 

 それなら別に平日でもいい気がするけれど、双葉が考えた上でのことならいいか。

 

 早めにパレスの件が片付く可能性もあるけれど、一月まるまる使ったと想定したほうがいい。認知上の存在とはいえ双葉があの時点で一月と言ったのだから、締め切りは8月21日か、その前日。僕らにとって、それ以外の日付を設定する理由がない。

 メジエドの件は…片手間に片付けられそうな気がするけど、直前になると思う。準備を重ねたところで台無しにするのが一番効くので。

 

「分かった。来月ね」

 

 双葉は頷いた。

 

「楽しみ?」

 

 はいかイエスかどちらかで答えないといけない質問だった。実際楽しみなので問題ない。

 

「そうだね、楽しみ」

「うふふ」

 

 

 

7月26日(火)

 

 

 何をするにも先立つものが必要だ。

 そういうわけで、例のごとくルブランに働きに来ている。

 

 ルブランの繁盛具合を考えると、他のバイトの方がよさそうな気もするけど、双葉が自分も働くと意気込んでいる以上下手なところには連れ出せない。

 今はカネシロが捕まった影響で、今までわりと統率が取れていた怪しいバイトの中枢部が分散しているとかいないとか。悪はしぶといものだ。警察は頑張ってほしい。

 

 

 開店前の店内は明かりも少なく、いつものルブランとは少し雰囲気が違う。テレビからも厨房からも何の音も聞こえてこないのが原因だろうか。今日は雨宮先輩も出かけているらしく、屋根裏部屋は静かなものだ。

 

 佐倉さんが仕込み作業をしている側で、僕らは作戦会議をしていた。

 バイトでは先輩になるのだから仕事を教えるのはこっちの役割だろう。佐倉さんも特に口を挟まないのでこの役回りでいいはずだ。

 

「…って感じかな。その他、たとえば電話が来たとかその辺りは僕か佐倉さんがやるから、今は一旦いいや」

「うん」

 

 かなり人に慣れてきたとはいえ、双葉が店員としてやっていけるかどうかは少し不安に思う。

 とはいえ、言うこともやることも基本的に決まっていることばかりだから、同年代と楽しくおしゃべりするなんてことよりは双葉にとって簡単かもしれない。

 

「お客さんを近い順に入れて、注文取って、紙渡してそうじろうに伝える。終わったらバッシング、布巾はそこで、あと皿洗い…」

 

 言ったことは一発で覚えてくれるので、すぐに一通りのインプットは終わった。

 ルブランは規模も小さいので昔ながらの注文伝票を使っているけれど、メニューをざっと見ただけで金額を覚えられる双葉は全く苦労しなさそうだった。

 

「出来そうなところからでいいからな」

「大丈夫。やる…やります」

 

 やることがなくなったので手分けしてカウンターの掃除をしていたら、佐倉さんが双葉に声をかけてくれた。

 双葉はやる気充分のようでいつにも増してキリリとした顔をしている。ガチガチになっているとも言う。

 

 心配ではあるけれど、平日のお客さんの大半は常連さんが占めている。佐倉さんと今までの関係値がある分、多少失敗があったとしても大目に見てくれるだろう。

 そう思ったら大丈夫な気がしてきた。

 

 

「一葉くんじゃないか。学生は夏休みだね。

 ところで、あっちの女の子は誰?」

 

 常連さんだからこそ駄目だった。

 いつもと違うことに敏感で、僕と双葉を見て物珍しそうにしている。

 平日の昼間から数時間居座っているので、たまに顔を合わせる…毎日が夏休みの可能性もある職業不詳の人。その後の関係値もあるだけに下手なことは言えない。

 

「妹です」

「へえ、こうしてみるとそっくりだな。一葉くんをそのまま女の子にしたみたいだ」

 

 しぶしぶこちらが答えると、常連さんは厨房を覗き込んで双葉の顔をしげしげと観察し始めた。

 好奇の視線は双葉が最も嫌うものだ。数秒も保たずに、双葉は溜まってもいない皿洗いに逃げていった。

 見かねた佐倉さんが間に立った。

 

「そのくらいにしてくれ。うちは純喫茶なんでね」

「嫌だなぁ、このくらい世間話じゃないか」

 

 助かった。正直この常連さんは苦手だったので。

 佐倉さんが適当に相手をしているうちに常連さんの興味はテレビの話題に移ったようで、コメンテーターの発言に文句をつけては笑っている。

 

「あー…砂糖が切れそうだな。双葉、これと同じのを買ってきてくれ。そこのスーパーでいいから。領収書を忘れずにな」

 

 おまけに逃がしてもらえていた。

 いつもならコーヒー1杯で数時間コースの常連さんだったけれど、普段と店の様子が違うからか想定より早く帰ってくれた。それでも1時間半かかったけど。

 それからしばらくお客さんがいなかったので、掃除をしつつ佐倉さんからコーヒー雑学を聞いた。あまり何かの役に立つ気はしないけど、知らないことを知るのは楽しい。

 

 夕方になるとポツポツと来店があった。といっても、一度にたくさん訪れるなんてことはなく、佐倉さんだけで回せるな、という印象だった。

 

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 

 新たに来店客の相手をしているうちに、双葉が二人組のお客さんの前に立っていた。

 

「ご、ご注文は?」

 

 緊張していますと顔に描いてある。

 それを読み取ったらしいお客さんは、メニューを指さしてゆっくり注文してくれた。

 

「ブレンドニつ、カレーも二つ、お願いします」

「承りました」

 

 お決まりの台詞を言って、愛想笑いもそこそこに、ぴゅーっと逃げるように佐倉さんの方へ向かっていったけれど、正直そんなことはどうでもいい。

 あの子新人かな、と二人組のお客さんが話をしている。

 

 

「もうそろそろ上がっていいぞ」

 

 日が落ちてくる頃になると、お客さんもみんな帰ってしまって、店内は三人きりになった。佐倉さんは僕と双葉に封筒を渡してきた。

 

「ほら、今日の分の給料だ」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 給料というよりは、お小遣いに近い分類でお金を貰った気がする。双葉は無邪気に喜んでいたのでよしとする。

 まだ締め作業も残っているけれど、帰っていいと言われてしまったので双葉と一緒に店を出た。

 

 四軒茶屋の道を歩く。

 まだ帰宅ラッシュの時間とは被っていないためか、すれ違うのは猫くらいなもの。平和だ。…だから、先に帰してくれたのかも。その後だと遅くなってしまうし。

 

「注文取れた」

「うん。見た」

「…やった」

「やったね」

 

 双葉は手応えを感じているようで、にまにましている。受け取った封筒を大事に携えている。

 出かける資金も手に入れたし、双葉の挑戦も上手くいった。

 

 まだ家にはつかないのに、双葉は立ち止まって店を指さした。

 

「ね、スーパー寄っていい?」

「いいよ」

 

 何か足りないものがあったっけ。…確か、レトルトの味噌汁が底をついていた気もする。買い足しておこう。いつもお世話になっているレトルト食品売場で手頃な価格の味噌汁パックを買うことにした。

 いつの間にか別の売り場を見に行っていた双葉が、あまり好みではなさそうなウインナーなどを手に取っている。

 

「それ、食べるの?」

「ううん。そうじろうにプレゼントする。たくさん助けてもらったから」

 

 なるほど。

 助けてもらったというのは、今日のことだけを指しているのではないだろう。

 

「そうじろう、自分のために使えって言いそう」

「言うね。きっと」

「だから、断れないように料理してから渡す」

「名案」

「手伝って」

「もちろん」

 

 そうと決まれば、他にも色々買い込もう。久しぶりにちゃんとしたものを用意してみようか。

 佐倉さんは何が好きだろうか。何でも食べるイメージなので逆に好き嫌いが分からない。二人であれでもないこれでもないと言いながら、食材を籠に放り込んだ。

 

「ふふふ、楽しい」

「ね」

 

 双葉と二人、健全な悪巧みをしながら帰宅した。

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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