双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ボク姫PROJECTならアキラが好き。
あの頭の悪い世界(賛美)が好きなので初投稿です。




82駅目 停滞という選択

 

7月27日(水)

 

 

 朝、双葉に声をかけたけれど、反応がない。朝ご飯は要るのだろうか。仕方ないので、一応ノックをして部屋の中を覗いた。鍵はかかっていない。

 見慣れた栗毛がベッドに寝転んでいるのを見つけた。完全に寝ているかと思ったら、別にそうではなかったようでモゾモゾと動いている。

 

「今日はのんびり?」

「うん」

 

 寝返りを打って、こちら側を向いた。のそのそ起き上がるが、すぐに定位置の椅子に収まって動く気配を見せない。

 

「1日立ってるのが疲れた。こう…脚が変な感じ。あと腕も」

「まあわかる」

 

 多分それ筋肉痛だ。

 基本的に部屋の中で生活しているので、昨日1日のアルバイトでもくたびれてしまったらしい。無理もない。

 

「朝ご飯どうする? 昨日の今日で出てこないと、佐倉さんが心配するよ?」

「…一葉がやって」

 

 左様でございますか。

 この感じだと、目の前に出せば食べるだろうけど、自分から取りに行くのは面倒くさがりそうだ。

 そのくらいならいいか。今日のところは前みたいに持ってこよう。非常食のおかげで、最悪お湯だけ魔法瓶で持ち込めば何とかなる。

 

 そうと決まれば取りに行こう。部屋の扉に手をかけたあたりで双葉がぽつりと言った。

 

「そのうちね、またアルバイトやる」

 

 モチベーションが高い。

 ここまでやる気になるとは思っていなかった。一通りやってみて分かったからもういい、とか言い出しても驚かないのに。

 

「カフェ店員が気に入った?」

「ううん。

 …でも、一葉の言いたいこともわかるから。そうじろうもいるし、できたし」

 

 できた実感があったことはもちろん、佐倉さんに喜んでもらえたのが大きかったのかも。

 

 

 

 居間では佐倉さんが家を出る準備をしていた。ぎりぎり間に合った。

 こちらに気付いた佐倉さんが口角を上げた。

 

「昨日はありがとよ」

「あ、いえ、全部双葉がやりたいって言い出したことなので。伝えておきますね」

 

 双葉が褒められるのは気分がいい。佐倉さんがお礼を言っていたと教えたら喜ぶだろう。

 

「今日は疲れたみたいで出てこなさそうです。機嫌は良さそうなので心配ありません」

「そうかい。半日にしとくべきだったか…?」

「昨日はあれが良かった気がします。

 接客する覚悟を決めるのに半日じゃ短かったと思うので」

 

 実際、最初の注文をとったのは夕方だったし。やることは覚えられても、やる覚悟ができるかは別問題だ。ショック療法じゃないけど、1日中その場で働く状況に置かれたからできたのだと思う。

 

「僕らにやらさせてくれてありがとうございました」

「また頼む」

 

 店は一人で回せる作りになっている。三人もいるのは正直邪魔としか言えない。やらせてもらえたのは本当にありがたかった。

 

「朝飯はそこに」

「ありがとうございます」

 

 

 

 朝食のお盆を手に部屋に戻ってくると、双葉はアニメの録画ファイルを見ていた。

 暇なときにCMを切って保存しているものだ。いつの間にか大量のストックが溜まっている。今日はこれを消化して過ごすことになりそうだ。

 

「持ってきたよ、朝ご飯一号」

「置いといて」

 

 一号があるということは二号もあるということ。一回で運びきれなかったので、もう一往復する。

 二回目は部屋のドアが開けっ放しだったので苦労なく持ってこれた。

 

「はい、二号」

「やったー、食べる」

 

 喜びを表現しようとして筋肉痛に阻まれて奇妙な姿勢で止まった。あ、引っ込んだ。

 

「映画見よ、劇場版。大画面に耐えうる圧倒的作画だから」

「見る見る」

 

 

 

 

7月28日(木)

 

 

 借りていた本の返却期限が迫っている。

 別に予約が入っている本でもないし貸し出し延長してもよかったけど、読んだのに延長するのもどうかと思って出かけることにした。

 留守番をさせることになるので、部屋にこもっている双葉にも声をかける。

 

「ちょっと図書館行ってくる」

「いてらー」

 

 一瞬だけ画面から目を離して、雑に手を振った。

 筋肉痛からは復活しつつあるようだけど、今日も部屋でのんびり過ごすつもりらしい。

 やる気を取り戻すのはいつになるやら。急かしても仕方ないし、またやりたいと言い出すまでゆっくり待つことにした。

 

 

 

 四軒茶屋の道を歩く。昼の時間は静かでいい。

 見知った顔の猫がこちらを見下ろしている。前に佐倉さんに話したら、すぐに逃げていくと言っていたので、自分相手ならギリ勝てると思われているに違いない。これだから猫という生き物は。

 

「ん…?」

 

 見慣れた顔を見つけた。今度は猫ではない。人だ。

 怪盗団の仲間になった喜多川先輩だ。雨宮先輩にでも会いに来たのだろうか。それか、ルブランに飾られているサユリ。あれを見に来たのかもしれない。

 無視するには少し近すぎるところまで来てしまった。この人とは変なところで縁がある。気まずいながらも挨拶した。

 

「こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 

 これで通り過ぎればよかったのだけど、そうは問屋が卸さない。

 

「どこかに行くのか?」

 

 双葉のことで命をかけてもらっているのに、おしゃべりをするつもりはないのでさようなら、と立ち去れるはずもなく足をとめた。

 メジエド(偽)の対処をしないと怪盗団の未来はどうにもならないから、双葉の困りごとを解決するのは正当な取引だと言われそうだけど、別に解決しなくても後始末はできるし、双葉もするつもりでいる。

 だから、やっぱり一方的にやってもらっている側だ。

 

「え、あ…図書館に」

「俺はサユリを見に行っていた」

「そうですか」

 

 なにこの気まずいだけの時間。

 

「すまない。話が得意な方ではなくてな」

「…お互い様ですね」

「それで、克服しようと思っている」

 

 そう来たか。

 謎に引き留められたのはそのためだったらしい。てっきり双葉のパレスの件で何か知りたいことがあったとか、そのあたりだと思っていた。

 双葉といい、喜多川先輩といい、最近は努力する…良くなろうとする人とばかり一緒にいる気がする。

 

 こうした浮世離れしている人間の相手というのは慣れている。その意味なら、俗世の人間とうまく話せるようになるなんていう目的には沿っていない気がするけど。

 

「図書館なら俺も行っていいか?」

「まあ、いいですけど…」

 

 拒否する理由はないので頷いた。

 

 喜多川先輩と並んで歩く。昼間の四軒茶屋はろくに人もいないので通行の邪魔にならない。

 先輩はすらっと背が高いので、近くで話をすると見上げる形になって首が疲れる。少し距離を取ることにした。

 

「図書館にはよく行くんですか?」

「たまにな。無料で資料が見られて冷房も効いている」

「なるほど」

 

 確か彼は斑目のもとで貧乏暮らしをしていたのだったか。それなら、図書館がいい資料室兼避暑地になるだろう。

 灼熱地獄の屋外で熱せられた状態で入って涼しいかと言われると微妙なところだけど、長居するぶんには良い場所だ。

 

「本は買わないのか?」

「はい。自分の持ち物を増やしたくないので」

 

 充分なお金を持つ前に図書館に行くのが習慣になったというのもあるし、本は場所を取るので置いておきたくないというのもある。

 今のところ佐倉さんの家に置いてもらえているけれど、そのうち居所が変わるかもしれないし。

 それに、便利な記憶力のおかげで覚えておけるので、知識が目的なら手元に持っておく必要がない。

 

「先輩も身軽でいたい人ですか?

 前に会ったときは、スーツケースひとつに荷物を纏めてルブランに来てたみたいですし」

「その節はマスターに迷惑をおかけした」

 

 それほど迷惑とは思っていなさそうだったし気にしてないと思う。たぶん。

 

「俺は単に持ち物が少ないだけだ」

「意図的ではない感じでしたか」

 

 サユリも手元に置いておかないし、最低限でいいと思っているから最低限しか持っていないものだと思っていた。

 

「妹もそうなのか?」

「いえ、双葉はコレクター気質ですから…」

 

 身軽とは対極の位置にいる。

 怪盗団のみんなで来た時は、双葉の部屋の中まで入れなかったから、一目見ていたら絶対にしない誤解をしている。見られる程度には整えたから、見ていても同じ結論に…ならないか。物が多すぎる。双葉の名誉のために部屋の惨状は黙っておこう。

 

「物持ちがいいので、押し入れは物だらけなんですよ」

 

 双葉的には要る物らしいから片付けられないけれど、価値があるんだかないんだかよく分からない物ばかりだ。やたら大きい被り物とか入ってるし。後は何かのフィギュアの箱とか、その他諸々。

 部屋に置ききれなかった宝物たちが行き場をなくして押し込まれている。

 

 今でさえキャラもののグッズの山が形成されているのだ。下手にお金持ちになったら蒐集癖が爆発しそう。

 

「王の間は伽藍としていたが」

「まあ…いや、そういえばそうですね」

 

 片付けをしたからと言おうとしたけれど、常に王の間は広々とした空間だった。宝物庫みたいになっていてもおかしくないけれど。 

 双葉からしたらそこまで大切にしていない…のか?

 そんなことはないと思うけど、でも双葉の精神と結びつくほど重要なものであれば向こうでも形を持っていてもいいのに。

 

「返すのがあって。あ、待ってなくていいですよ」

 

 普段行かない本棚の方に行ったと思ったら、仏像の写真集を抱えて帰ってきた。そんなのあるんだ。こちらも似たようなものを借りることにしているので人のこと言えないけど。

 ちょっと見せてもらったら、知っている寺の名前がちらほら出てきて面白かった。たまには馴染みのないジャンルも見てみるのも面白い。

 

「それは図鑑か」

「虫は平気な人ですか?」

「慣れている」

 

 …何に?

 隙間の多い家は家のなかに侵入してくることもあるけど、それか…? 絵画を保存する環境としてどうなんだそれは。絵のモチーフとして見慣れているという意味であってほしい。

 

「アゲハ蝶だけの本です。絶版になってますけど、ここの図書館にはあるので」

 

 本をパラパラ開く。

 クロアゲハにしておこうか。日本にいる種だし、優美さから絵画に描かれることも多い。

 

「成長段階によって見た目がかなり変わるんですけど、並べて描いてあるんですよ」

 

 昆虫全般を広く浅く紹介するタイプの昆虫図鑑ではこうはいかない。

 実物を見るほうが面白いのは言うまでもないけど、生息地がそもそも日本ではなかったり、日本でも遠方だったりして、そう簡単に手に入れられるものばかりではないから、やっぱり図鑑をめくるのはやめられない。標本も悪くはないけど、綺麗に展足されたものは好みではないので、正直に言えば絵や生体の写真の方が好きだ。個人的な好みだけど。

 

「古い図鑑って好きなんです。

 オール手描きのイラストだったりして。絵の出来栄えもそうなんですけど、執念がこもっているのが伝わってくるので」

 

 辿り着いたところまで記録して保存しておこうとする営みは好きだ。後から辿ってみるのも。下手すると今現在生きている人と話すよりも。

 

「綺麗ですよね」

 

 そういうのは多分作った人にとってのオタカラになりそうだ。

 双葉が集めているグッズの類には、そういった執念のようなものは籠っていないのかもしれない。双葉が作ったものではないし。

 向こうで宝と呼ばれていたのはアルバムだった。人生の足跡とでも呼べるものがオタカラになると考えてよさそうだ。

 …いや、知らないままでいようと決めたのだった。よくない、気づいたら探っている。

 

「自然の中に息づく美をそのまま写し取っている」

 

 何かのスイッチが入った音がした。

 

「俺は純粋な美を求めている」

 

 なるほど?

 駄目だ、よくわからない。わからないけど、何か語りたそうなのでとりあえず聞くか。双葉相手にたまにやっていることだ。

 

「見る者の国を、年齢を、性別を選ばず、ただ美しさでのみ語りかけてくるもの。時代を超越した美が…」

 

 何やら熱く語っている。が、いまいち理解できなかった。

 

「人が何に美しさを感じるのか…俺は知らねばならない。この本を借りてもいいか?」

「え、あ、はい……?」

 

 勢いに押されて承諾してしまった。

 何も理解できないまま布教が成功した。こんな事あるんだ。

 普通に借りたかった本だけど、好きな本が広まるのはよいことなのでよしとする。今日は写真集の方を借りよう。

 

「感謝する」

 

 何だったんだろう。

 

 

 

 貸し出し処理を済ませて帰路につく。

 その場で別れてもいいのに、駅までは同じ道だったので惰性で一緒に歩くことになった。

 

「向こうの妹に命を狙われていると聞いた」

 

 やっと本題に入ったか。

 道でする話でもないと思うけど、しんとした図書館でする話でもなかった。道のほうがマシだ。

 

「そうみたいですね」

「他人事だな」

「思い当たる節もないので…」

 

 僕があの時外出を止めていれば、とは思うけれどそれが殺意に結びつくとは考えづらい。今の双葉はきちんと世界を認識できて、感情を向けるべき相手も分かっている。

 

「戦う手段…リャナンシーも奪われたという」

「今のところ、いてもいなくてもあんまり変わらない気がしますけどね」

「そして、現実では何も知らないままでいてほしいと望まれている」

「…何が言いたいんですか?」

 

 およそ想像がつくことを、あえて聞いた。言葉にさせて否定したかった。

 

「目と耳を塞ぎ、言われたことを盲信するのか。かつての俺自身のように」

 

 他人事ではない、と言いたいらしい。

 たった一人の母を他者の悪意により失ったという点では境遇に似ているところもある。

 

 でも、決定的に違う。

 双葉が隠すと決めた理由は、まず間違いなく悪意からではない。

 

「双葉が知らない方がいいと言うことは、知らない方がいいんです」

「妹の記憶を見た。実の兄でさえ知り得ないことを…心の中を、部外者に踏み荒らされても、いいのか?」

 

 部外者側が言うことか。

 いや、でもそうか。怪盗団というチームでは納得していても、個々人のレベルでは思うところがある人もいるということらしい。

 

「僕の意思がそんなに重要ですか?」

 

 良い訳ない。

 けれど、双葉が良しとするなら仕方ない。既に決めたことを、今さら揺さぶらないでほしい。

 

「俺は顔を知っている相手が死ぬかもしれないと聞いて、今回の作戦に同意した」

「…えっと」

 

 メジエドの件は…関係なく?

 顔を知っているだけだ。さしたる関わりもなく、少し話をしただけ。この人の人生において、重要な人間ではないはずだ。

 それでも介入を選んだのは、彼にとって“死”というワードが強すぎる力を持っていただけに過ぎないと…思うのは……穿ちすぎだろうか。

 

「だが、このやり方には納得していない。

 真意はどこにある」

「そんなものありません」

 

 こう言うしかない。

 なんのやる気も熱意もないものだと思わせて、失望してくれればいい。そうすれば、僕の意思など関係なく、怪盗団の仕事として双葉のことは解決してくれる。

 

「…いるだけでいいと言われました。何もしなくていいと」

 

 考えることも、知ろうとすることも求められていない。

 

「うまくいかないことばかりです。

 自分ではできなくて、困っていると途中で双葉が取り上げて、僕よりもっと上手く、解決するんです」

 

 いるだけでいい。

 双葉にとって僕は、人形かぬいぐるみと同じ立ち位置にある。それなら、それでもいい。双葉がそう望むなら、大人しく従うのでいい。

 

「だから、取り上げられていいんです。知らないままで。

 代わりをしてくれるのが、あなた方でよかった」

 

 分かっていたことだ。

 枷がはめられていたから、今まで双葉に手が届いた。そうでなくなったら、相応の能力があるものしか双葉を捕まえることなんてできない。

 なら、人形にでもなるしか方法がないじゃないか。

 

「知って壊れるものがあったとしても、知らねばならないことがあることを俺は知っている」

 

 よく考えてくれ、そう言い残して彼は去っていった。

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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