MAD RAT DEADのネズミの神さまが好き。
世界にはもっと多くの緑髪が必要なので初投稿です。
7月29日(金)
朝、洗面所で顔を洗っていたら、人がやってくる気配がした。
「おはよう」
「おはようござ…、あれ、双葉?」
想定していた声と違って驚く。
この時間に声をかけてくれるのは佐倉さんしかいないので、寝ぼけたまま反射的に返したので、変な返事になってしまった。
「珍しいね。先に起きてるの」
「うん。起きた」
おおむねオンゲによって生活時間が決定されているので、朝は声をかけるまで…声をかけても寝ていることもある。
何かあって目が覚めたとかだろうか。体調や機嫌が悪そうには見えないけれど。
「ご飯できてるって、そうじろうが言ってた」
「すぐ行く」
「うん」
双葉は廊下の奥へ去っていった。居間ではなく自室の方向だ。
話の流れからして朝ご飯を一緒に食べるものと思っていたので困惑する。定位置に戻ろうとしている栗色頭を呼び止めた。
「え、朝ご飯は?」
「もう食べた」
珍しいことが起きすぎて、今日は傘を持って出た方がいいかもしれないと本気で思えてきた。
手がかからなさすぎて肩透かしを食らったような感覚だ。
「どうしたの、突然」
「わたしが普通にするのがおかしいか?」
それを言われると何か悪いことを聞いたような気がしてくる。
ぱっと身を翻して部屋に戻って、おまけに鍵まで閉めてしまった。
「こっちこっち」
集合場所の改札脇で矢嶋が手を振った。早めに着いたので、他のメンバーはまだ来ていないようだった。
「早くない?」
「思いのほか早く出られたからね」
今日は珍しく朝から普通に起きてきていたので、双葉にお伺いを立てる必要もなかった。不機嫌とまではいかないものの、出かけるなら早く行きなよオーラを発していて、背を押される形で家を出たのだった。
「ほーん。何かあった?」
変な顔をしていただろうか。
「そう?」
「いや、久しぶりに顔見るから。刮目しないといけない感じを感じた、感じ?」
言ってて途中で訳わからなくなっている。相変わらずだ。しばらくぶりのこのテンションに懐かしささえある。
「やあ、待たせたね」
飯塚さんが声をかけてきた。
一瞬誰かと思った。髪が短く切り揃えられていたので、飯塚さんだと認識するのにやや時間を要した。
水色のワンピースを着ている。制服以外のイメージは全て劇用の衣装なので、私服なのが違和感だ。
「まだ10分前なんだよなぁ」
眼鏡ーズが合流した。同じ電車だったのか、二人仲良くやって来たようだ。
ボウリングのピンがトレードマークの建物だ。はじめて足を踏み入れる。縁のない施設なので、記憶にある限り初めて入店した。
「涼しい…天国…」
「ゲーセン、カラオケ、ドリンクバー…その他もろもろ。1日過ごすには充分すぎるでしょ」
外は暑い。ものすごく暑い。屋内以外の選択肢はなかったので、いくつかの行き先候補のなかでここに投票したけれど、本当に正解だったと思う。
ボウリングのレーンが奥に見えた。
「来たからには一応投げとく?」
矢嶋がみんなに問いかける。
「テンション低いなぁ。やったことある人ー?」
「……」
ひとつも手があがらなかった。
「誰もいないのかよ」
何というか、ボウリングはスキーなどと同じジャンルの遊びなのだ。最新の遊びとして流行した頃と違って、好きな人は好きでやっているだろうけど、みんなが当然遊んだことがあるものではない。
近場にあれば行くかもしれないけれど、四軒茶屋にはバッティングセンターこそあれ、ボウリング場はなかった。…近場にあっても行かなかったかも。
「まあ俺もやり込んでるわけじゃないしなぁ」
一番遊んだことがありそうな人間がそれならもう駄目では?
ボウリング目当てで来ている人がどれだけいるのか分からないけど、まだ出会ったことはない。矢嶋ですらついで派だったし。ゲームコーナーやカラオケの吸引力が強すぎるのが原因だろうか。
「えと…やってみたい、です…。その、何事も体験、なので」
眼鏡ちゃんがおずおずと手を挙げたので、やってみることになった。
「本当に玉に穴が空いてます…!」
「床がピカピカだ」
「思ったより広いな。お、向こうのレーンには有段者がいるな」
「段とは…?」
「駄目だこれ、お上りさんしかいないわ」
なお、全員東京出身な模様。
要はピンを倒せばいいくらいのふわっとした知識でやってきたために、レンタルエリアにずらっと並んだ玉の前で引っかかってしまった。
「これ、えっと…どれを選んだら、いいのでしょう…?」
「目安の表があるみたい」
人があまりいないのをいいことに、一番重いものと一番軽いものを持ち比べている。
「思ったより重かった…ご利益は得られなさそうです…」
「重軽石じゃないんだから」
「せめて投げて遊んでくれない?」
褒められた遊びではないけれど、入学式の看板の前で写真を撮るようなものだから許してほしい。
「重さと手の大きさ的に…うーん、これか? ちょっと持ってみて」
別の棚から、子ども用っぽいカラーリングの玉を渡された。軽いやつだ。大変持ちやすかった。なにかに負けた気がする。
「わ、私も同じやつが良さそう、でした…」
眼鏡ちゃんが同じ色の玉を見せてくれた。他のメンバーはもう少し見た目からして重そうな玉を持っていた。
眼鏡ちゃんはフォローしてくれたというより、単に同じだったからこう言っただけな気がする。楽しみだね、とか適当なことを言いながらレーンへ向かった。
「逆に才能あるのでは…?」
こんなの公開処刑じゃないか。
みんなで順番に投げて競い合っていたのだけど…当然のようにガーターを連発した。たまにピンに当たることもある。
未だかつてボールと親交を深められたことはないので、容易に想像できていたことだ。けどもうちょっと何とかならなかったものだろうか。お遊びでよかった。
「涙拭けよ」
泣いてないし。
「わぁ、スペア…です…!」
「慣れてくると楽しいね」
眼鏡くんはこの数十分でかなり上達していた。矢嶋はもともとできる側だったし、飯塚さんは特に何も言われなくても卒なくこなしている。翻って、眼鏡ちゃんと僕は全く上達の気配がない。運動神経が足りない。
体験程度にやってみてからは、早々に投げる側を諦めて三人の投げっぷりを観戦することにした。
個人で練習をすればそれなりに伸びるのかもしれないけれど、複数人で来ている場面で上達スピードが亀な人間に付き合わせてもいけない。
「あの、その…みんな、すごいですね」
「ね。まずピンに当たってるし」
こちとら、どれだけ倒せるか以前の問題で、真っ直ぐ投げられないので。
「わ、み、見てください。飯塚さんのとこ、全部、倒れました…!」
「何でもできるなぁ、飯塚さんは」
「ですね…」
本当に初めてやるのだろうか、経験者のはずの矢嶋が押されている。
それでも端のレーンでほぼストライクを決めている有段者(仮)を見ていると上には上がいるなぁと思う。
「あの、私たちも…もう一回、えっと…やりませんか…?」
しばらく歓声をあげていた眼鏡ちゃんは、ゲームに一区切りがついたところで再度ゲームをすることを提案した。
「見てるだけだとつまらなくなった?」
「えっと…はい。佐倉くんと、なら…いい勝負に、なると思います…!」
同レベル帯がいたのは良かったのかもしれない。勝ち負けが決まりきった勝負をしてもしょうがないし。
「じゃ、やろっか」
受けて立つことにした。
とりわけ観戦が楽しくてやっているわけではなかったので。言ってしまえば自分のできなさを見せつけられる空間だし。ただ、何もしていないと、こういった施設は居心地が悪いのだ。
やるからには真剣にやろう。
眼鏡ちゃんも言うとおり、下手同士ならそれなりに楽しめるだろう。
「…頑張ります!」
負けた。知ってた。
お試しのつもりだったのに、割としっかり楽しんでしまった。
ボウリングで一通り遊んだあと、ゲームコーナーにやってきた。クレーンゲームが所狭しと設置されている。ゲームセンター自体は渋谷にもあるけれど、外に遊びに行くこと自体ほとんどしないのでこれだけの筐体が並んでいるのを見ると壮観だなぁと思う。
昔流行ったキャラクターもののぬいぐるみやフィギュアも置いているようで、見ているだけでも楽しい。
「これもどこかで見たことあるなぁ…」
雪だるまに悪魔の仮装をさせたみたいな、ヒーホーと鳴きそうなぬいぐるみが並んでいる。色違いで悪そうなやつもいる。一抱えもある大きめぬいぐるみだ。
“駅”で見たような姿形をしているけれど、以前もその手の玩具は見たことがある。もうツッコむまい。割とカジュアルに異世界に迷い込む人間はいるのかもしれない。
「それやる?」
「いや、重そうだからやめとく」
見るからに重量感のあるぬいぐるみだ。アームがどのくらいの設定になっているのか知らないが、間違いなく取りづらいだろう。ほとんどあり得ないことだけど、万一取れてしまった時の処分にも困る。
「わっ、すごい…! すごいです…!!」
眼鏡くんが巨大なクラゲのぬいぐるみを抱えている。
当然のように頭より大きい。そんなの掴めるクレーンがあるのかと思っていたら、紐でぶら下がっているのをいい感じのところで切るタイプの筐体から手に入れたらしい。
取り回しが悪かったのだろう、あちこち持ち方を試したあと頭の上に乗せるかたちで落ち着いた。壺で水を運ぶ人みたいになっていて、小さい子どもからの視線を一身に受けている。
あれを持ったまま電車に乗って帰るのか…。
「前も取ってたけど、それどうするの?」
「しばらく飾っておいて、人にあげたりフリマで売ったり。これは多分だけど妹の枕になる」
「そのままでは邪魔だろう。しまっておいたらどうだね?」
飯塚さんの謎収納術によって肩掛け鞄に収まった。
相変わらず、圧縮したら入るとかいう次元を超越している。物理法則が息をしていない。取り出す瞬間が見たい。
「どれ、私もやってみよう」
これまた巨大なメンダコのぬいぐるみをとっていた。本当に何でもできるな、この人。
頭の上に乗っけると何かの寄生生物に操られているみたいな見た目になる。カラーリングもド派手な紫だし、どこか毒々しい。
「大きくない?」
「ポーチにしまっておくよ」
肩掛けポーチは縦10センチ、横20センチ程度のサイズ感である。もう何も言うまい。
眼鏡ちゃんのはしゃぐ声が聞こえてきた。手には三毛猫っぽいまん丸なぬいぐるみが収まっている。
「…! 言われたとおり、やったら…取れました…」
「これ、角で横から見られるから取らせやすい」
眼鏡くんに補助してもらって取ったらしい。目当てのものが取れたらしく、早速鞄につけていた。
教えるのも上手いとは。2人の様子を見て目を輝かせた矢嶋が別の筐体を指さした。
「俺もやってみてもいい?」
「まかせて」
矢嶋も謎の食品模型風キーホルダーの山からいくつか取るのに成功していた。
「佐倉もやる?」
「やってみようかな」
なんとなく取れる気がしてきた。
プロみたいなうまさを発揮している眼鏡くんが付いているし。成功例を2つも見てるし。
「あっ…」
取れなかった。知ってた。
矢嶋からダブったキーホルダーを貰った。優しさを感じる。焼き鳥のキーホルダーなんて初めてみた。
一応鞄に付けたけれど、なんだか不格好になった気がする。難しい。
「カラオケ、久しぶりだ」
「その、お友だちと、じゃないと…なかなか行かないです…よね」
「そういうものかね?」
「あ、えっと…、その…何でもない、です」
どうでもいい話題ではあるのだが、飯塚さんの圧に負けてる。フォローしておこう。
「いや、わりと普通の感覚では? 引っ込めなくていいと思う」
「飯塚女史は一人カラオケ常連だからな…」
初耳だけど、容易に想像できる。
好きに大きな声を出していい場所だし、練習にはもってこいなのかもしれない。
最初の1、2曲を適当な流行歌で乗り切った。後はひたすら歌っている飯塚さん、盛り上げている矢嶋、雰囲気でたのしそうにしている眼鏡ちゃん、その他2名に分かれていた。
食べ物も飲み物も揃っているので歌わなくてもなんとでもなる空間だ。助かる。
その他仲間だと思っていた眼鏡くんが、なにやら予約の機械を見ていた。
「何か予約いれてるの?」
「いや、前の人の履歴みてる」
そう来たか。
「てっきり歌うのかと」
「もういいかな。音痴だし」
よかった、仲間だった。
ここに紛れていよう。
「すごい、昭和歌謡だけで構成されてる。明らかに年配の人がいたね、これ」
「その親もいそうだね。これとか軍歌だ」
「おー…」
夏休みだというのに、なかなか珍しいパターンを引いた気がする。
盛り上げるのが得意なわけでもないし、それぞれ我が道を行くこのメンバーで盛り上げる必要性も特になかったので、二人で履歴を眺めて過ごすことにした。
「これ誰が入れたやつ?」
「私だな」
前の人の人物像妄想をしていても、勝手に歌って満足そうにしている飯塚さんがいるので安心だ。
「ほい、マイク」
ディスティニープリンセスを感じた。
セリフがあるタイプの歌を完璧に歌いきる人、リアルで初めてみた。
「おかえり」
「ただいま」
家の鍵を開けると、玄関で双葉が待っていた。
帰ってきた音を聞きつけてやってきたらしい。飼い猫か何かみたいな振る舞いをしている。
「ごめんなさい」
「えっと…?」
ちょっと心当たりがなくて、首をひねる。
まだ知らない何かを告白されるかと思って少し身構えてしまう。
「朝、意地悪言った。
一葉は出かける予定があるから、わたしの相手する暇がないと思った」
朝のことは、とっくの昔になかったことになっていると思っていた。いつもそうだし。
喧嘩未満をした時も、一度時間を空けたら済んだことと処理されて、その後のやり取りに反映されることはほとんどない。
「…忘れてた?」
「うん」
「一葉は忘れっぽい」
双葉はにへへと笑った。
手を洗って、いつものクッションへ。定位置に収まったのでホッと一息ついた。
「楽しかった?」
わたしと一緒にいるより、と副音声でついたような気がするのは気のせいだろうか。
「まあ、うん」
家で過ごすときとは違って、時間の流れが早いというか…激動? そんな感じだ。楽しかったのではないだろうか。少なくとも、新鮮な気分になったと思う。
たまにこういうのを正面から浴びないと、世界の中心からどんどん外れていってしまう気がするので、有意義だった。
「そっか」
椅子から降りた双葉が纏わりついてきた。半分うえに乗っかるような状態で、無理やりクッションに収まった。
「暑いって」
「わたしは涼しい」
帰ってきたばかりの人と、ずっと室内にいた人とでは条件が違いすぎる。表面だけひんやりした肌が触れて、すぐに温まった。冷房が効いていて涼しい部屋だけど、引っ付かれると暑くて仕方ない。
引っ剥がそうと格闘したけど、普通に勝てなかったので無事引っ付き虫が誕生した。
「今日の交友費はわたしと稼いだ」
「そうだね」
双葉の言うとおり、今日の分はルブランでのバイト代から捻出されている。
「つまり、実質的にわたしと遊んだのと同義だ」
「???」
「今日のことを思い出す時、わたしと働いたことも関連する記憶として引き出されるはずだからな」
そうかな。ちょっと無理があるような…。
「それ、貸して」
双葉が鞄に付けていたキーホルダーを指さしている。焼き鳥らしくテカテカに塗られたリアルな食品模型だ。
「ねぎま?」
「そう」
「欲しかった?」
「んー…」
欲しいわけではないのか。
貰い物の横流しになるからあげるのはちょっと…と思っているのを見抜かれて、貸してという表現になったのかと思ったけれど、違ったみたい。
「多分、一葉が踏んで痛い思いするから。回収」
「ええ…」
カバンに全く合ってないから外そうとは思っていた。
とはいえ、他に付けるものも飾るところもない。仕舞っておくことになるので踏むこともないと思う。…そのまま出すこともなさそうだけど。
そう考えたら双葉の申し出はありがたい話か。貸し出すことにした。
双葉が持っているならなくなることもないだろうし、フィギュアに紛れて飾ってもらえるはずだ。
「じゃあ、はい。貸すね」
「やったー」
双葉はさっそくフィギュア棚の端に焼き鳥を設置した。
戦隊フィギュアがとんでもなく大きい焼き鳥を前にしてかっこいいポーズを決めているのは正直笑える。
「ありがとう」
「むー…わたしの台詞をとるな」
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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