無職転生ならシルフィエットが好き。
緑髪と白髪の両立なんて何かの法に触れるんじゃないかと本気で思っているので初投稿です。
7月30日(土)
朝、双葉の部屋の扉をノックすると、しっかり目覚めていたらしい双葉がおはようの言葉と一緒に顔をのぞかせた。
「早いね。どこか行くの?」
既に身支度が済んでいる。すぐにでも出かけられそうな出で立ちだ。
「バイトをする」
ルブランでのバイトに違いない。前回からインターバルを挟んで、再びやる気を見せている。
特に金銭面での不自由はないのだから、これは対人経験を積むための修行みたいなものだ。自分も付き合おうかと口を開く。
「僕も「一葉はいい」
2秒で撃沈した。
「いってくる」
ててて、と脇をすり抜けて、双葉は玄関に向かっていった。
そうじろう、待って、と声が聞こえてくる。佐倉さんと一緒に家を出るつもりらしい。佐倉さんが応じる声はここまでは届いてこない。
なんだか急に一人にされたみたいで、いや、実際取り残されているのだけど、釈然としない気分だ。
双葉が自立しようとしているのだから、いいことじゃないか。佐倉さんがついているのだから大丈夫。…このところ、こうした言い訳ばかりするものだから手慣れてきているのが悲しい。
暇になってしまった。
双葉を構ってうだうだしていようと思っていたけれど、肝心の双葉がアルバイトに出かけてしまってはそうもいかない。
双葉の部屋の鍵は空いている。押し入れも、見ようと思えば見られる。見られてしまう。家主不在の状態で変な気を起こしてはいけない、思い切って出かけることにした。
外出するからといって、遊びに誘う相手もいない。
矢嶋あたりに声をかければ、楽しく過ごせるかもしれなかったが、昨日の今日で声をかけるのも悪い。
芳澤さんは相変わらず練習で忙しいようだし、事前に言っておかないと双葉が自分のいない間に事を進めるなんて、とへそを曲げそうだ。
そもそも双葉の代わりにしているようで芳澤さんに悪い。結果としての行いがよいことなら、代わりにするのも悪くないと言ったのは自分だけど、芳澤さんはそう思っていなかったようだから、その当人を誘うのは流石にどうかと思う。
そういうわけで、一人遊びに興じることにした。
けして、ボッチだからということではない。…などと、特に否定せずとも受けるダメージなどないけれど強がった。
四軒茶屋で遊ぶとなると、少し手狭だ。
近所の映画館はやってるんだかやってないんだか判然としないし、バッティングセンターに運動音痴が一人で行っても楽しめるとは思えない。
大人しく渋谷に出よう。いつもの結論に達した。電車で一本なので行きやすい。定期圏内だし。
双葉に“出かける”とだけメッセージを送った。アルバイトに精を出しているのだろう、いつもなら数秒でつく既読はつかない。
街をぶらつくのもいいけれど、外は相変わらず暑いし、そこまでのアクティブさを持ち合わせていなかったので、適当に見たい映画でも見ることにした。
大画面はいい。双葉の部屋で、二人でやいのやいのいいながら見るのもいいけれど、たまには大きなスクリーンで見たくなる。騒がしいのだけはいただけないけど、イヤホンを持っているので耳栓代わりに使う。視聴態度としてはアレなのでこっそり。
なんとなく度胸が磨かれそうなアクション映画にのチケットを購入した。
特に興味のあるジャンルというわけでもなかったが、今やっているものの中では一番評判が良さそうだったので見てみたい気もしたから。
ちょっと気になるなぁくらいのものは、やっている間に見ないと永遠に見なくなる。
仮に人気になってリバイバル上映されたとて見ないと思う。それに、学生料金のうちに見ておかないと、大人の料金はなかなか馬鹿にならない。
思ってたのと違った。
見た目の派手さが売りなのかと思っていたけれど、ちゃんとシナリオが良かった。シナリオが良くなきゃ、今の時代人気になんてならないか。いい方向で裏切られて満足。
映画館内では切っていた携帯を起動し直すと、双葉からメッセージが入っていた。
“一葉、何かおやつ買ってきて”
まだ昼を少し過ぎたところだ。この時間に連絡が入っているということは、今日は前にも佐倉さんと話した通り半日でバイトはおしまいだったらしい。
デパ地下で双葉にお土産…お菓子類を買って帰ることにした。
ちょっとお高めのスーパーで、外側がパリパリしているタイプのグミを手に入れた。なんだか都会っぽい。安価なスナック菓子には勝てないけれど、普段見慣れないお菓子は喜んでくれる。
7月31日(日)
「つかれた…」
「半日にしてもらったんじゃないの?」
「うん。半日だ」
双葉は伸びている。それはもう見事に伸び切っている。
ベッドの上で端末を弄って…あ、諦めた。寝返りをうって、昨日渡したお菓子を潰しそうになったのだけ避けて、特に何をするでもなく天井を見上げている。
ルブランのアルバイトで相当エネルギーを使ったらしい。双葉は頭の中だけで完結できる遊びをいくつも持っているし、何もしていないように見えるだけなのかもしれないけれど。
この感じだと、バイトの時間を短縮しても、復活までの時間が半分に短縮されるだけで、くたびれ度合いは固定なのかもしれない。
「一葉、ご飯」
「はいはい」
昨日、お客さんに給仕してただろうに。
貯めたエネルギーを消費しきってお客さまモードになっている双葉に、食事を運ぶことになった。この落差は何なんだろう。
居間では佐倉さんが待っていた。今日は早めに起きて、双葉の様子を見てくると先に伝えたので、待ってくれていた。
「双葉は…今日はダメそうか?」
「ですね。完全に伸びてます」
長年のひきこもり生活で体力が落ちている。一度何かする度にこれでは先が思いやられる。もっとも、こればかりは外出に慣れていくしかないだろうけど。
「朝ご飯、持っていきます」
「頼むよ」
天岩戸(仮)に籠もっている双葉の部屋に持って行く用のお盆は、双葉が出てくるようになってから使用頻度こそ減ったものの、今なお現役である。普通に便利なので。
とはいえ、長年使ってきたので角の塗装が削れている。細かいひび割れもあるし、プラスチックの耐久性の限界を感じる。そろそろ買い替えるべきか。
「おー…豪華。豆腐ついてる。あ、醤油かける」
双葉はお盆からひょいと小鉢と醤油を取った。
「途中で取らないで、落とす」
「…両手で持ってるのに?」
運動音痴を舐めないでほしい。置こうとして遠くで持ってるところで重さが急に引かれたら落っことしかねない。まるで伝わってなさそうだけど。
第一、お盆の上に一式おさまっているのだから置いてから取るのでもいいでしょうに。
「お腹空いてるなら、先に食べてていいよ」
もう一往復して、自分のも持ってくる。
部屋に戻ると、双葉はいつもの椅子に座ったままこちらを向いて、にこりと笑った。朝ご飯には、まだ手はつけていない。律儀に待っていたらしい。
「待ってなくてよかったのに」
「待ってたかった」
「そっか」
ならいいか。
いただきます、と手を合わせた。
「昨日はどうだった?」
「外が暑かった」
最初に出るのがそれか。確かに外に出るたびに衝撃的な暑さを感じるし、印象に残るのは分かるけども。
「夏だからね」
「うん」
会話の方向性が求めていたものと違う。もっと具体的に聞かないと駄目だ。お客さんの注文をうまく取れたか、とか、前よりうまく回せるようになったか、とか。
学年が何度も上がって、学校であったことを話さなくなった小学生に質問して嫌な顔をされる親の図が頭に浮かぶ。…しつこいだろうか。
「他にはね」
ためらいが顔に出ていたのか、双葉はこれじゃなかったっぽいぞ、と判断して別の話題を探し始めた。
「外で蚊に刺された」
「災難だったね」
「うん。この部屋は完全防備。蚊取りは偉大」
ブタの蚊取り線香は今日も稼働中。基本的につけることはしても消すことはないので一晩中ついていたのだろう。
締め切っている部屋なのだから、もう切っても大丈夫な気がする。薬剤がもったいないし。ボタンを押すと、ランプが消えた。これでよし。
「一葉も知らない女にちゅーってされてない?」
言い方に語弊がある気がする。おおむね…というか全部合ってるけど。
「そこはほら、服でガードしてるから」
「おー…!」
「薄手のだとたまに貫通されるけど」
「あー…」
それでも長袖長ズボンは正義だ。
日焼け止め塗らなくて済むし。僕も双葉も日焼けで赤くなる側の人間なので。たぶん夏は夜行性が向いている。もしくは薄明薄暮性。
「素肌よりは安全だよ」
「安全かぁ」
「服買わないの?」
「今着てるので足りてる」
双葉は…なんというか、部屋着の延長みたいな服しか持っていないのもあって、かなり無防備に脚を晒している。
蚊からしたら、狙いやすそうな肌面積だ。狙うのが蚊だけなら、痒いだけで済むけれど…色々と自覚しているのだろうか。してないだろうな。双葉の言い回しにつられて心配になってきた。
服を買うくらいなら他の…趣味のものにお金を投じる性格もあって、着ろと服を渡されでもしなければ、今の服が着られなくなるまでずっとこのままかもしれない。
「復活したら、何か買いに行こう」
「えー…ならポチる」
「何かと外出るようにしないと、またアルバイトで2日3日溶けることにならない?」
ぷくーっと頬が膨らんだ。が、納得はしてくれたらしい。
「いいぞ。デートだな」
「そうだね」
「むむむ…適当に流された」
夏休みの間なら自由が利くので訓練に付き合えるし、普通にお出かけは嬉しい。
双葉に関しては、本当に服に興味がないので「どっちが似合う?」と聞かれて正解が分からずに追い詰められるなんて事態は発生し得ない。安心安全なデートだし。…デートかぁ。
「照れるの5テンポくらい遅い」
「ごめんって」
…今、謝る場面だっただろうか。まあいいか。
「あとね、そうじろうに褒められた」
何を、と反射的に返そうとして、単に元の話題…昨日はどうだったかという話題に戻ってきただけだと気付いた。
素に近い時ほど話がよく飛ぶので、いちいち驚いてはいけない。双葉の脳内できれいに繋がっているのを読み取れない他の人間からしたら唐突に思えるだけで、双葉に話を混乱させる意図はない。
「お客さんの忘れ物、届けたんだぞ。わたしが、だ。まだ店の前にいたから」
「それは進歩だ」
「うん…!」
鼻高々と昨日の功績を自慢した。やってやったぜ、と顔に書いてある。
「昨日褒めてもらおうと思ってたのに、一葉、家にいなかった」
「ごめん。留守番しててほしかった?」
うきうきして家に帰ったら、誰もいなくてがっかりしたとかだったら申し訳ない。おやつを買ってこいとだけ言われたけれど、あれもやつあたりだったのかもしれない。
「ちがう」
予想に反して、双葉は首を横に振った。
「思う存分褒めるがよい」
褒められ足りなかったらしい。
満足のいくまで…というか、照れくさくなって逃げ出すまで双葉を褒めたたえておいた。
8月1日(月)
今日も今日とて双葉の部屋に入り浸っている。冷房が一部屋で済むので経済的なので。
まあ、特に空調を使わないシーズンでも入り浸るけど。
図書館で借りたものを消化しておこうと、本を持ち込んで読んでいる。
一方、昨日は疲れ切ってほとんどベッドで伸びていた双葉もかなり復活してきたようで、定位置に収まっている。画面を盗み見ると、なにやらPCゲームを漁っているようだ。これはそのうち一緒に遊ぼうなどとお呼びがかかるな。早く読み終わらないと。
変わった本というのはあるもので、図書館には他に借りる人がいるのかも分からないようなものも所蔵されていることがある。
この本もその手の本の一冊で、名前も知らないようなプランクトンについての本だった。
一般的な人はたぶん借りることはないと思うのだけど、どうやら一般向けを目指しているようで、分かりやすく説明しようとしているのが伝わってくる。
思いやりなのかもしれないが、用語説明だけで数ページ割いていた。こういうのは見てて面白い。幸いなことに知っていることばかりだったので流し読みしたけれど、面白い説明の仕方もあるものだなぁと感心する。
たぶん作者しかこの生き物を研究していないのでは…?と思いながら読み進めていたら、普通に最後の方で複数の著者による参考文献が挙げられていてひっくり返った。深淵を見た気分だ。
本を閉じて伸びをしていたら、どうやらこちらの読了まで待っていてくれたらしい双葉が椅子をくるっと回してこちらを向いた。
「一葉、ホラゲやろ」
「怖いのパス」
二人しかいないからって、あまりにも無茶な人選をしないでほしい。
向き不向きがあることも、不向き側の人間であることも双葉は知っているだろうに。というか、双葉もホラゲがとりわけ好きというわけではないのに、なぜ仕入れたのだろう。
一応画面をみると、安価な割に良シナリオだと評価されている作品だった。好みとは違うジャンルでも、品質のいいものは良さが伝わるものだ。評判が聞こえてきて、つい買ってしまったのかもしれない。
「大丈夫だ、問題ない。わたしが既に一周してる」
「それ、大丈夫じゃないやつ。
一周してるならもういいよでは? ルート回収するにしても一人でやりなよ。分岐あるのか知らないけど。
念のため聞くけど、怖いシーンの前で止めてくれたりは…?」
双葉はにまーっと笑った。
「しない。一葉がビビるタイミングが分かってる状態で遊びたい」
「誰に似たんだろ…」
「一葉」
最悪だ。いろんな意味で。
自分に似て悪巧みをするようになってしまったとか、本当に嫌すぎる。
「冗談だぞ。サマーセールで色々手に入れたから、一緒にやろう」
「夏休みだねぇ」
それから、いくつかゲームで遊んだ。
サマーセールで買ったというゲームは、大体が安いインディーズゲームが中心で、短いものでは数十分程度でクリアできるものもある。
評判の良さそうなものを上から揃えていったようなラインナップだったので、結構楽しめた。
しれっとホラゲが混ざっていたのは許さない。躱したと思ったのに。隙を見せない二段構えだった。
「思うんだけど、二人プレイのゲームで実力差あるのキツくない?」
「? わたしは楽しかったぞ?」
「じゃあいいや」
双葉がご機嫌なので何の問題もなかった。
そこまで操作が難しくないものだったので特に待たせることなく進めたので助かった。これは両手で操作するソロプレイヤーが現れそうだ。
コントローラーを置いて、双葉は伸びをする。…中途半端な姿勢で止まる。何かあったのだろうか。
「どうかした?」
ギギギとこちらを向いた。
「筋肉痛が痛い」
「そうだね、頭痛が痛いだね」
何かと思ってびっくりした。完全復活にはまだ時間がかかるらしい。
双葉はふにふにと二の腕を揉んでいる。基本的に重いものを持つこともない双葉の腕は細い。半日のバイトを乗り切るのにも筋力が足りなかったらしい。
「むー…一葉が馬鹿にしてくる。ひどい」
「ごめんって」
双葉はもう知らない、とそっぽを向いた。
「夏休み中にはルブランバイトのプロになって一葉を見返す」
ルブランはコーヒー店だからまだマシな方だ。お客さんも少ないし。
目の前の乗り越えられそうな壁だけ見ている双葉には、遠くの大きな壁については言わないでおこう。
「じゃ、お客さんとして行くね」
「いいぞ…かかってこい」
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
-
カズハ
-
ヒトハ
-
イチヨウ
-
その他(感想へ)