双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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リトルウィッチアカデミアならスーシィが好き。
ロクスタは刺さらなかったことから単に長髪が好きなだけな可能性があるので初投稿です。




87駅目 空白

 

8月5日(金)

 

 

 予告状が届くのはいつになるのだろう。

 ルート確保が終わっているならいつだっていいはずだ。雨宮先輩にまた連絡すると言われて以降、特に音沙汰がなかった。

 

 パレスでの戦闘に備えて、何か用意するものでもあるのかと思っていたけれど、単に放置されているだけな気もする。そういう遊びがある方が上手くいくものなのだろうか。

 つくづく怪盗団の面々は肝が据わっているなと思う。僕なら早く解決しないとストレスで死んでしまいそうだ。発表系の課題は全部トップバッターを選ぶタイプなので。

 

 まあ、とにかく、僕は空白に耐えられそうにない。

 何かすることがあって、それに没頭しているうちは少しは忘れられるけれど、何もない状態でただ漠然とした不安だけを見ているなんて、とてもとても。

 

 …こちらから聞いてみようか。

 双葉はしばらくスマホのやり取りを見ないとは言っていたけれど、実際見られる状況で見ないでいるのは結構修行めいたことだと身をもって知っている。

 犬に何もするなと教えるより、伏せをしろと教える方が上手くいくようなもので、動物は何もしないことを実行するのが困難にできている。人間は賢いので理性で我慢するだけで、本来そんなことは向いてない。

 

 スマホでは雨宮先輩が暇かどうか聞くくらいのことだけにしておきたいところだ。細かい話をするなら対面で。まあ、双葉に限って誘惑に負けるとは思えなかったけれど、念のため。

 それに、文字のログが残るのはリスクだ。何かの証拠として使われる事態は避けたい。まあ証拠なんて、なくても捏造されることもある訳だけど。

 

“おはようございます。今日はルブランにいますか?”

 

 送ったメッセージにはすぐに既読がついて、それから数秒で返信が来る。

 

“いる。何かあった?”

 

 特にない。

 変わったことも問題も、特にないから困っている。いや、あるといえばずっとあるけれど、今に始まったことではないので、返答に困る。何もないけど連絡した、なんて友達相手にするようなことじゃないか。

 

“もし都合がよろしければ、そちらに伺ってもいいですか?”

 

 思いきって、送信ボタンを押した。

 先の見通しが立てば、少しは不安も解消されるというものだ。直接行って、予定だけ聞いて帰ってくればいい。もとよりそのつもりで連絡したんじゃないか。

 

“いいよ”

 

 ホッと一息つく。

 怪盗団の仲間として他校の生徒や生徒会長まで捕まえてくるような人だ。交友関係は広そうだし、先約がある可能性も考えていたけれど、運良く予定のない日だった…あるいは僕が一番乗りしたみたい。

 

 

 そういう訳だから、今日は一緒に家を出ると伝えると、佐倉さんは目をぱちくりさせた。

 

「いや、アイツとそんなに仲良かったか?」

「若者同士を近くに置いておくと勝手に仲良くなるみたいですよ」

「そういうもんかね」

 

 これっぽっちも説得力のない適当な発言を、大人の入れない世界だと納得したのか深く追及することもなく、佐倉さんは顎髭を撫ぜている。

 

「いいことじゃないか。その分、自分の世界が広がるってもんだ。ま、世の中関わらねぇ方がいいやつもいるがな」

 

 前歴持ちの少年については、関わらないほうがいいやつとは思っていないらしい。自分が保護司をしているからというのもあるだろうけど、純粋に信頼し始めているというのはあるのだと思う。

 同感だ。雨宮先輩は悪い人ではない。暴行も冤罪だし。強いて言うなら、運とか間が悪い。いい人かどうかは見方によるだろうけど、少なくとも僕らにとっては善人に見える。そんな感じだ。

 佐倉さんにはどう見えているのだろう。大方違わないといいのだけど。

 

 遅れてやってきた双葉も合流して(驚くべきことに、時間になったら自分から部屋を出てきたのだ)朝食を摂った。

 双葉は聞き耳を立てていたか、また音を拾っていたかで、いつの間にか事情を把握していて、さっさと行けば、とばかりに自室に引っ込んでしまった。何だかな。

 

 双葉が残していった皿を回収して洗う。

 佐倉さんは双葉のこういうところを改めさせたいようだけど、すでに朝声をかける仕事がしれっと消滅している中でこれまで奪われるのは正直嫌だった。

 まあ、双葉のためになるかと言われたら多分そんなことはなくて、自己満足と言われればそれまで。必要ないどころか、事態を悪くするだけの行為なのかもしれない。

 

 引き篭もりにしてしまうのは家族だと聞いたことがある。普通は引きこもっていたら生活が成り立たなくなるのに、成り立たせてしまう周囲が悪いのだという言説だ。

 それが正しいかどうかはさておき、時折思い出す。昔いろいろ調べていた頃によく見かけた。親譲りの記憶力がなくても誰だって覚えるくらいには。

 それって、多分こういうことを指しているのだろうな、とため息が出る。

 

 

 

 ルブランまで、佐倉さんと四軒茶屋の道を歩

 外は馬鹿みたいに暑くて、暑すぎるからか蝉すら殆ど鳴いていない。

 

 最近はここらにもクマゼミが進出してきて、シュワシュワとあるいは◯ね◯ねと鳴いているけれど、それも朝晩だけの話だ。

 日が昇りつつあるなかで、まだ暑さに耐えられると思ってメス探しに励んでいる数匹の蝉たちは、メスも暑さで動きたがらないだろうとは思わないのだろうか。まあ、そんな知性はない生き物だけど。

 

「手応えはどうだった?」

「?」

 

 目的語が何だか分からなかった。考えているうちに、佐倉さんは言葉を足す。

 

「昨日はデートだったんだろ」

「ああ…」

 

 手応えと言われても。

 …楽しかったなぁ、と思う。芳澤さんもそう思ってくれているはずだ。あんなにはしゃいでいたのは初めて見た。

 普段行かないところに行った興奮もあるし、高校生といえば夢の国みたいなところもある。流行りに乗るのが楽しい、なんて感覚は曖昧だけど、活気のある場所にいるとこっちまで影響されて元気になるものだ。

 

「楽しかったです。すごく」

「そうかい」

 

 そういえば、感想はろくに伝えていなかったっけ。お土産のお菓子は渡したし、金銭面のお礼も言ったけど。

 双葉がいるときに、芳澤さんとのデートが良かったなんて話をしたら、機嫌が地の底を越えてブラジルまでいきそうな気がしていたもので。

 

 

 

 佐倉さんが店の準備に取り掛かる前に、僕は屋根裏部屋を訪ねた。

 ボロいのはともかくとして、前に見たときより格段に掃除が行き届いていて少し驚いた。綺麗好きなのだろうか。

 

「おはようございます。…あれ、お供はいないんですね」

「集会に顔を出すそうだ」

「猫ですね」

「猫だな」

 

 猫の集会は基本的に夕方開催だ。

 そもそも人間を名乗る不審猫が猫の集会に行くとは思えない。普通に気を利かせて出ていってくれたか、いけ好かないやつとは顔も合わせたくないと思われているかのどちらかだろう。

 

「座ったら?」

 

 ソファを指している。

 

「いつになるのか予定を聞きたかっただけなので、そんなにお時間を取らせるつもりはないんですけど…」

 

 とは言ったものの、下に佐倉さんがいるわけで、あまりにも短時間で済ませるのはどうかな、とも思う。わざわざ訪ねて行ってすぐに帰るなんてかなり不審だ。

 

「ありがとうございます」

 

 まあ、いい機会か。

 この人とゆっくり話すなんて随分久しぶりだし、その時とは立場も取り巻く状況も変わっている。

 

「麦茶でいい?」

「あ、はい」

 

 自分の行動圏内と思っていた場所で、人からお茶を出されるというのも何か変な感じだ。ここはもう、雨宮先輩の部屋なのは分かるのだけど。

 麦茶が注がれたグラスはすでに結露していて、お盆に小さな水たまりを作っていた。

 

「ありがとうございます」

 

 屋根裏は所詮、屋根裏だ。

 この部屋自体に空調はないので、下の階の冷房が僅かに伝わってくるだけで基本的に暑い。居られはするけど、冷房がしっかり効いた双葉の部屋に慣れていると、この暑さは堪える。

 

「暑くないですか?」

「暑い。前に一葉が言っていた通りだ」

 

 夏は地獄だとかそんなニュアンスのことを言った気がする。よく覚えているものだ。

 よそに行ったほうが良かっただろうか。とはいえ、誘い合わせてどこに行くというのだろう。やっぱなしだ。

 

「プランが2つある」

「はい」

 

 今後の予定についての話だろう。大人しく話を聞く。

 

「1つは、こちらだけで終わらせる方法。もう1つは、一葉を連れて行く方法だ」

「?」

 

 何故、自分を連れて行くなどという選択肢があるのだろうか。親族でないと通れないギミックとか…双葉にはそういうのはなさそうに思うけれど。

 

「まだ全会一致がとれてない」

 

 あー…ったな、そんな掟。掟?

 誰か一人でも間違っていると思うこと、やりたくないことはやらないのだとメメントスの探索の時に聞いた覚えがある。

 

「リーダーが一言言えば決まる話でしょう」

「全員の意見を聞いていない」

「怪盗団のメンバーなら揃っていたでしょう」

 

 雨宮先輩は首を横に振る。

 

「一葉の意見を聞いていない」

「……」

 

 双葉が含まれていないあたり、すでに聞いているのだろう。昨日か、一昨日のうちに。双葉がどう答えたのかは知らない。でも、断固拒否じゃないかなと思う。

 

 双葉が訳知り顔だった理由に察しが付いた。双葉は初めからこうなるだろうと予測していたらしい。

 何もない日になったら僕が双葉のパレスのことを気にして、実際どうなっているのか聞きに行く。もともと話すことがある雨宮先輩は受け入れる。スムーズに行くように、自分の予想を雨宮先輩に伝えていた可能性すらある。

 

「僕の意見なんて聞いても仕方ないじゃないですか」

 

 何もできない人間の意見なんて聞いて、どうするつもりなのだろう。

 全会一致だなんて言うけれど、たったふたり、最小単位だって意見が合わないことなんてたくさんある。強い方の意見が優先されることに異論はない。波風も立たないし。

 

「家の問題じゃないのか」

「そんなことも言いましたね」

 

 以前、手を差し伸べようとしてくれたときに、こちらが突き放した時の言葉をそのまま持ってこられた。

 やりにくい。的確にこちらの逃げ道をつぶしてくる。

 

「もう、問題は僕の手を離れています。双葉は自分で解決することを選んだのに、今さら何が変えられるって言うんですか」

 

 能力もなく、資格もない。

 なら、双葉の意見に従うだけでいいじゃないか。強いものに従っておけば、おおよそ間違いないのだ。

 群れの一員はボスに従う。犬や猿なんかと同じ。最も原始的で、動物としてのヒトの作りに適合した正しいやり方じゃないか。

 

「パレスの住人に会って、一葉をよろしくと言われた」

 

 こんな言い方をするということは、向こうの自分ではないだろう。

 となると、双葉の認知の中でパレスに…家に残っている住人は双葉しかいない。でも、あの威圧感と敵意が剥き出しの向こうの双葉のイメージとは重ならなくて、不思議に思う。気になりはしたが、それ以上に続く言葉の方に気を取られた。

 

「住人から、妖精を預かっている」

 

 妖精。

 心当たりは一つしかない。向こうの双葉が封じた、認知世界の存在。

 

「一葉はまだ、自分の意志で舞台に戻ってこられる」

「自分の力じゃありません」

「それの何が悪い?」

 

 そりゃそうか。

 この人はそう言うはずだ。

 

 イセカイナビは与えられた力とも言える。人の生み出せるものではないのは明白だった。言ってしまえば、認知世界に手を出す資格のある人間などはじめからいないのかもしれない。

 それでも、力の所在で怖気づいたりしないのだ。力を使って何をするかということしか、彼は考えていないようだ。

 

「秘密を見た」

 

 それ以上は話さなかった。

 双葉が知られたくないと言っていた秘密。

 

「一葉はどうしたい?

 何が理想で、絶対に避けたいことは何?」

 

 沈黙が落ちる。

 雨宮先輩は僕が何か言うのを待っている。空白だ。誰も何も言わない空間で、自分の言葉だけが、この場を次に進めるために必要な要素だった。

 

「…知りたいですよ。そりゃ、双葉のことなら何でも。でも、駄目です」

 

 互いのことをすべて知っているなんて、普通ではない。

 ここまで歳を重ねて、秘密のひとつやふたつあって当然。佐倉さんだって同様のことを言っていた。

 

「どうして?」

「双葉が望んでいません。

 双葉は一人でやっていけるようになろうとしてるのに、その邪魔ばかりしてる。よくないと思うんです。それに、双葉が必要を隠そうとするのは、悪意からだとは思えません。それを踏みにじるなんて、悪いことです」

 

 言いながら、言い訳じみているな、と思う。言おうと思えば、他にもたくさんの理由が口をついて出てくるだろう。けれど、そんな枝葉のことを聞きたいのではないはずだ。

 

「穏やかに過ごしたいだけなんです。…双葉と一緒にいたいだけなんです」

 

 そばにいてくれるだけでいい。その言葉を踏み越えて、見るなと言われた姿を見てしまったら。お伽噺の住人のように、取り返しのつかない別れに至るのではないか。

 

 関係を、修復不可能なほどにまで壊してしまうかもしれない。それが、何より恐ろしい。

 

 双葉を失いたくない。

 

 

「…待ってください。今までのなしで」

 

 ふと、気づく。

 

「秘密を知らないままでいたら、取り返しのつかないことになりそうですか?」

 

 ここにきて、先輩がこの場を設けたということは。そういう可能性もあるのではないか、と思い至ったのだ。

 全会一致ではない、というのの内訳も聞いていない。双葉はあくまでメンバーではないし、全会一致というワードを出したなら、怪盗団内ですら意見が割れているのかもしれない。

 

「分からない」

 

 ならない、とは言わなかった。

 

「祐介が一葉と話したがっていた」

「喜多川先輩が?」

「それと、モルガナも」

「?」

 

 どういう取り合わせだろう。

 

「意見が対立しているふたりだ」

「喜多川先輩が知るべき派ですよね」

 

 怪盗団に身を置くことに決めたあたり、斑目の件を彼は受け入れているらしい。周りで騒いでいる無関係なネット民よりよっぽど大人だと思う。

 彼は何も知らないままより、傷ついても知る方を選ぶ人間だから、僕らの問題も同じように捉える。

 

「いえ、前に会ったときにそういうニュアンスのことを言っていたので…」

 

 となると、あの黒猫は知らなくていい派らしい。猫のくせに双葉と同じ結論に至るとは…。

 

「言いたいことは分かります。結論を出す前に、ふたりの話を聞いてみたらどうか、ということですね」

 

 急いで決めることではないか。即決を迫る商法とか信用ならないし。

 

 双葉が何を隠そうとしているのか、僕には見当もつかない。

 ふたりに関わることで、無視するには大きすぎることなのだろうということくらいは察しがつく。

 そして、怪盗団の中でも意見が割れるくらいには、扱いが難しいことだというのも分かった。

 

「他のメンバーと話してもいい。ただ、結論を出すとき、それが一葉の意見であってほしい」

 

 双葉の意見でも、喜多川先輩の意見でも、黒猫の意見でも、受け取るつもりはないらしい。

 

「…難しいこと言いますね。僕、影響されやすいみたいですよ」

 

 この短時間の会話でさえ、気持ちが揺らいでしまうくらいには。

 雨宮先輩が特別、人の意見を変えさせるのが上手いということにしておこう。敵対関係の相手だって、少し話せば味方にできるような特異能力があるわけだし。うん、そうに違いない。

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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