双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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プロメアならリオが好き。
バーニッシュ側がみんな貧相な体格をしてるのがツボなので初投稿です。




88駅目 原点回帰

 

 

8月6日(土)

 

 

 それぞれ話を聞いてみたらどうかと言われて、喜多川先輩の連絡先をもらった。

 聞かずに決めてもいいのだろうけど、きちんと考えて決めたという儀式が必要だろうと思って、連絡をとることにした。他にやることもなかったし。

 

 会う約束はすぐにできた。“渋谷にいる”とメッセージが送られてきたので、あの巨大な絵の前だろうと見当をつけた。

 

「出かけてくる」

 

 双葉の部屋からは、あえて文字にするなら“うー”とか“むー”に近いような返事が返ってきた。半分寝ていたらしい。悪いことをしたかも。

 身支度を整えて家を出た。

 

 

 渋谷はいつも混んでいる。

 土曜日なのも要因だろう。この時期の平日なら学校だけが休みの状況だから、ここまで人が多く…あんまり関係ないか。渋谷に集まるのは日本人だけじゃないし。

 

 絵の前で待ち合わせをする人たちは、みんな壁に背を向けてスマホを弄っていて、絵を見上げることもない。最近は電車の吊り広告もすっかり減ってきているし、この絵も昔ほど視線を向けられる機会は減っていることだろう。

 そんな絵画を眺めているのは、相当なかわり者か、スマホの充電を気にして暇つぶしを探している人くらいなもの。

 

 かわり者の方の青年は、爆発力に満ちた絵を静かに見上げていたが、こちらに気づくと視線を下ろした。

 

「来たか」

「こんにちは」

 

 喜多川先輩は背が高い。対面だと見上げるような形になって首が疲れる。横に並んで壁画を眺めることにした。

 場所を変えようとか、そういった話にはならなかった。喜多川先輩は人目を気にするタイプではなかったし、こちらとしても話をするなら静かな場所に行くよりも、話し声が紛れる雑踏のなかのほうが落ち着く。

 

「お前はサユリだ」

「違いますけど」

 

 いや、隠喩だろうとは分かるけれど、あまりに唐突かつ意味が分からなすぎてつい反射的に否定してしまった。

 

「人の目に映るところに在るだけで、心を動かし、支え、奮起させる。それは芸術品のあり方だ。人のそれではない」

 

 喜多川先輩は気にせず話をしている。こういうところは少し双葉っぽさを感じる。

 大人しく話を聞くのに徹してもいいけれど、以前話した時の余韻がまだ残っていて、つい口を挟んだ。

 

「それを求められています」

 

 喜多川はああ、と首肯した。

 

「つまり、お前の妹はお前を人間として扱っていない」

「……っ」

 

 耳に痛い言葉だった。

 薄々感じていたことだが、言葉にされるとこれほどまでに質量を持つのか。

 

「パレスで見たものを俺なりに考えた。

 以前のお前は、知らないまま、取り上げられたままでいいと言ったな」

 

 双葉の方が上手くやるのだから従うだけでいいのだと、勢いに任せてそう言った。

 失言だったなと思う。隙を晒した。だって、今の喜多川先輩は、兎の喉元に食らいつこうとする狐みたいで少し恐ろしくもある。

 

「俺は認めない。他者の歪んだ欲望を受け入れて得る偽りの平穏など、到底受け入れられるものではない」

 

 何故、と思う。

 喜多川先輩は何故それほど自分に拘るのだろう。

 境遇に似たところがあるのも分かる。先輩自身と僕とを重ねている、というのも分かる。

 自分自身を助けるつもりで動いているなら、こんな風に気にかけることもあるかもしれない。

 

 でも、命を懸けるほどのことなのか。

 そこまでして、擬似的に自分自身を助けることに執着できるものだろうか。

 

 理解しがたい。

 ただ良いと思ったことをやっている感じの雨宮先輩と違って、自分自身に起きたことを良かったと捉えるために成功例を増やそうとしているようにも感じられる。

 下手すると、喜多川先輩は雨宮先輩よりもやりにくい相手かもしれない。

 

 …なんて、いくらなんでも被害妄想が過ぎるか。

 

「妹を悪く言わないでいただけませんか?」

 

 口をついて出たのは抵抗と言うには、ささやかすぎる文句だけだった。

 

「気を悪くさせたならすまない」

 

 意外にも、喜多川先輩は素直に引いた。こちらのことを無視して、話を押し付けてくるだけかと思っていた。

 

「俺は事実と俺の話をしている。

 善悪の裁定を下すのは怪盗の役割ではなく、するつもりも毛頭ない」

 

 お節介はするようだがな、と喜多川先輩は付け加える。それは知っている。

 

 …嘘だ。分かっていなかった。

 この行動が、喜多川先輩なりのお節介なのだ。恐ろしく感じられるのは、その踏み込み方がまだ不慣れで、僕の領分に無理やり入ってきたように見えたからだ。

 それが良いと思うから良いことをする。そんな、リーダーの基質が団に反映された、良心に根ざした行動。悪意はない、と思う。たぶん。

 

 そんな良いものを、何も返せない僕に向けるのは勿体ないような気もする。そんな事を言ったら、損得勘定で動いていないと返されてしまいそうだけど。

 

「斑目との日々は苦しくもあったが…実際のところ、心地よくもあった。俺だけではあの生活を捨てるなどできなかっただろう。

 太陽のもとに引きずり出されたことを、俺は良かったと思っている」

 

 多少の痛みを受け入れてでも、いつか未来に起きる決定的な破綻をさけるべきだと彼は言いたいらしい。

 僕が芳澤さんの件に首を突っ込んだ理由と近い。僕の方は膨らんでいく風船を見ていられない、そんな恐怖からだったけれど、喜多川先輩は違いそうだ。もっと前向きな動機に思える。

 

 以前も、双葉の秘密を目にしてからも、先輩は同じ意見を持ち続けている。

 今後、何かがあっても喜多川先輩は立場を変えることはない気がする。

 

 信念が一貫しているのはすごいと思う。

 びっくりするほど流されやすいと評された自分は、この話を聞いただけで、知らないままでいるという決断が本当に正しいのか、疑いを持ちそうになってしまう。

 

「失礼なことを聞くかもしれませんが…その」

「俺に気を使う必要はない」

 

 我が道を行くタイプなのは知っている。

 でも、そうか。それなら思ったことをそのまま聞いても、変に揚げ足を取られることもないか。

 この人は、言葉こそ川の流れに丸められていない剥き出しのものだけど、ぶつけてきているのは善意からそう遠くない感情のはずだ。傷つけようとか、利用してやろうとか、そうしたことは考えない。怯える必要はない。

 

「今が良いから、今に至る決断を下す場面が正しかったに違いないと思っていますか?」

「俺が幸運だったのは事実だ。その疑いを俺が晴らすことはできない」

 

 それはそうだ。今、見えている世界でしか物事は考えられない。

 斑目氏がああなったことで、彼の立場が以前より悪いものになったとして、その場合の気持ちを今ここにいる道筋の喜多川先輩は想像することしかできない。そこまでいくと自分のことではなくなってしまう。

 

「メメントスは人の心が形となって立ち現れた場所だ。禍々しく、閉鎖的で、恐ろしい怪物が跋扈する。

 俺の心もそこにあった。周りすべてを敵とすら思っていた。はじめは怪盗団を追い返したほどだ」

 

 それを強引に突破して、本当のところを突きつけてきたのか、怪盗団は。夢に裏打ちされた行動力には目を見張るものがある。

 

「自分の正義を持てば、そうした怪物から身を守ることも誰かを守ることもできる」

「…ペルソナですか」

 

 自他を隔てる心の鎧。

 ペルソナ能力として目覚めるかどうかはさておき、しっかりした人は自分の軸となるものを自分の内に持っているのかもしれない。

 

 そうでなければ…怪物から身を守る力を持たないなら、他者の欲望に良いように使われて利益だけ奪われて後は始末される、なんてことも起こり得る。

 

「……」

 

 最悪だ。

 弱かったら食い物にされて当然だと認めるようなものじゃないか。

 

 自分の正義を持てとは言うけれど、全員が強くいられる筈がない。母が死ななければならなかったのはペルソナがなかったから、なんて結論にするのは間違っている。

 怪物が母を殺したなら怪物が悪いのだ。怪物から身を守れなかった母ではない。

 

 偏った見方だ。

 性根がひねくれているから、まっさらな布に染みを見つけようとしているに過ぎない。

 喜多川先輩には悪意がない。弱かったものが強くなって自らの力で立つ。良いことだ。美談じゃないか。ケチをつけるなんてどうかしてる。

 

「お前はどう思った」

「また、僕の意思を聞くんですか?」

「人と心を交わすなら、一方的に意見をぶつけるべきではないらしい。お前は自分と異なる意見を前にしたとき、身を引くか黙る。だから聞いている」

 

 逃げ道をふさがれた。怖い。

 いや、怖くない…はずだ。さっきだって平気だったじゃないか。

 喜多川先輩に悪意がないなら、僕が自分の意見を口にしても、鬼の首を取ったかのように考慮漏れや問題点を指摘して扱き下ろすことはないと思う。きっと。

 

「…僕には分かりません。

 ただ、思うのは個々人の能力に依存した正義なんて危なっかしいってことだけです」

「そうか」

 

 ほら、大丈夫だった。

 

「…あの、ありがとうございます」

 

 安心した。いまだに心臓はドキドキしているけれど。

 

「礼を言われるようなことをしたか?」

「はい」

 

 強引で痛みを伴ったとしても、良い方向に働くお節介もあるみたいだ。それが分かっただけでも収穫だったと思う。

 

 

 

 その足でルブランに向かった。

 モルガナの話も聞いたらどうかと言われている。雨宮先輩に連絡を入れると、モルガナに伝えておくと返信が来た。

 

『おい、来てやったぞ』

 

 偉そうな猫だ。

 四軒茶屋の駅改札を出たら、黒猫が柱のかげから現れてわざわざ横切ってみせた。不吉すぎる。喋るし。

 

『路地裏でいいか?』

 

 猫と話す異常者にはなりたくなかったので頷くだけに留めた。

 モルガナの後をついてやってきたのは武見先生の医院の前だった。路地裏判定なんだ、ここ。表通りとは言わないまでも、多少は人通りのある道だと思っていた。今は誰もいないけど。

 黒猫は塀の上に飛び乗ると、両前足を畳んで香箱座りをした。尻尾が塀の上と側面を交互に叩いている。

 

『秘密が何か不都合なことだってことくらい、気づいているだろう?』

「それは、まあ」

 

 軽く済むことならこんな手順は踏まない。

 

『本当のことを知ったら、受け入れて進むしかないんだぜ? やっぱりなかったことに、とは行かない』

 

 今まで拍子を取るようにぱたん、ぱたんと動いていた尾がぺたりと下に垂れて、動きを止めた。

 

 斑目氏の件がそうだろう。

 あれだけ報道され、ネットのおもちゃにされ、罪を問われている。心地よく捨てることもできなかった生活を彼は二度と選択することはできない。

 世間を騒がせるほど大きな波風は立たなくても、もとには戻れないだけの力があるから、双葉は秘密にしているのだ。

 

『不確定のまま、曖昧なままでいるなら、一番いい可能性を信じることが許される』

 

 事実とは違っていても、見えないことにしている自由はあると。

 

『ワガハイは、もしワガハイがニンゲンじゃなかったら…それが変えられない事実だとしたら……恐ろしいと思う。

 まあ、ワガハイはニンゲンに決まってるが』

 

 などと言いつつ、喉を鳴らしたり毛皮を舐めたりする仕草はどこからどう見ても猫だった。

 流石に指摘するのはやめておいた。気遣いというよりは、与えてもらったものに対する礼という意味合いのほうが大きい。

 

 双葉が隠そうとしている秘密が、自分がどういう存在か知るというモルガナにとって最重要課題と同等なことだと分かった。

 喜多川先輩も斑目氏のことを持ち出していたから今更だけど。

 

「怪盗団全体としては知らせる派が優勢でしょ?」

『ああ』

 

 上り調子の怪盗団が止まる判断をするとは、あまり思えなかった。

 前に触れるなと言ったら触れずにいてくれた雨宮先輩がどう出るかいまいち分からないけど、喜多川先輩があの態度を隠そうともしないなら、他のメンバー…ひいては怪盗団全体は自分の正当性を信じ切って進む方向に行くはずだ。

 

『…反対しているのはワガハイだけだ。怪盗団の足を止めていることは、ワガハイも分かっている』

 

 あ、猫一匹だけだったんだ。

 それだけ少数派とは思わなかったが、まあ、理解できなくもない。

 

 怪盗団は特殊な集団だ。彼らは自助組織であり、他の人々にも進んで手を伸ばす。

 本当のことを白日のもとに晒したことで良かったと考える人たちの集まりだから、喜多川先輩の方の立場が優勢になる。

 今回もモルガナがストップをかけなければ、無理やりにでも秘密を知らせようと動いたに違いなかった。

 

「別にいいと思うけど」

 

 確か、前に武見先生が言っていた。

 場所が場所だから関連する記憶ばかり惹起される。

 

「小さい子ども相手でも、どの治療を何のためにするのか可能な限り説明するのが今の医療なんだって」

『ワガハイの考えが間違っているって流れじゃねーか』

 

 インフォームドコンセントとか言うんだっけ。何かの必殺技みたいなカタカナ文字だ。

 

「でも、それは昨今の流行りってだけで、少し前までは癌の告知をしたらショックを受けるからって言わないのが当たり前だった」

 

 その時次第で善悪は変わるものだ。

 今の風潮に沿わないというだけで、モルガナの意見が間違っているという証明にはならない。

 

「あと、ついでに思い出したんだけど、疫学的には数が多いものが正常で、少ないものは異常…病気と捉えるみたい」

『やっぱりワガハイの考えが間違っているって流れじゃねーかっ!』

 

 それはそれとして、少数派は肩身が狭いものだ。

 現代で病名を教えない医者なんていたら、引くほどネットで叩かれるだろう。

 

『マジメに聞いて損したぜ…』

 

 黒猫はぶつくさ文句を言っている。人の集団のなかに猫の身で参加するのはさぞ大変だろう。

 でも、異質な存在が紛れているからこそ怪盗団は今の形でいられるのだとも思う。

 

「喜多川先輩にも話を聞いて思ったんだけど、本当にこれでいいのか迷う役割は必要だと思った。

 最終決定は雨宮先輩だとしても、メンバー内にブレーキ役がいないと、怪盗団が大きくなったときに手に負えなくなる」

 

 黒猫は文句を止めて、耳だけをこちらに向けた。うん、猫らしい動作だ。

 

「さっき喜多川先輩に、僕自身はどう思うのか聞かれた。

 何か迂闊なことを言ったら、酷い目に合うんじゃないかって前提で考えてたから困った。杞憂だったけど」

 

 恐れるのが普通だった。

 建前では人権だの平等だのと言うけれど、弱いもの…子どもの言葉は簡単に封殺されるのが当たり前。言うことを聞くよい子が認められる。自由を奪われて見下されても、よい子として自分と双葉を守る必要があった。

 僕が見てきた世間の多くはそうだし、そこで生き延びる方法ばかり考えていた。

 

「考えてみれば当然だった。だって、全会一致じゃないと動けないんでしょ。

 そりゃ、なんて言っても聞いてくれるはずだ」

 

 全員が正しいと思わない限り、集団として身動きが取れなくなるのは欠点だけど、判断に迷うときに立ち止まれる仕組みを残したのは正解だったと思う。

 よく考えて答えを選び取る猶予を与えてもらったことは、感謝するべきことだ。

 

「ありがとう、モルガナ」

『……!?』

 

 ぞぞぞ、と真っ黒な毛皮が膨れ上がった。そんなに気味悪がらなくてもいいだろうに。

 

 家族でもないのに、自分以上に自分のことを考えてくれる存在がいるというのは変な感じだ。

 それなりの過程を経てから結論を出さないといけない気分になってくる。

 

 …双葉の意見も聞いてみよう。

 やっぱりこれは、僕と双葉の問題なのだし。

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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