双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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グレンラガンならシモンが好き。
気づいたらグズグズしてる主人公が絶滅しかけてて大変生きづらいので初投稿です。




89駅目 二の矢

 

8月7日(日)

 

 

「一葉は知らなくていい」

 

 そう言われると思った。

 本人に聞いてみようという試みは以前失敗している。今はどうだろうと聞いてみたけれど、双葉の態度は変わらなかった。

 少し粘ってみて、嫌な顔をされるようなことになるなら諦めよう。

 

「迷ってる。

 双葉は知らなくていいって言うし、僕もそう思ってる。でも、怪盗団は秘密をあまりに慎重に取り扱われているから、それでいいのかなとも思ってる」

 

 いや、これじゃ駄目だ。自分の意志というのを双葉が重要視しているか分からないけれど、人に言われたからという理由が減点対象なのは分かる。

 

「僕らふたりに重要なことなら、僕にも負わせてほしい」

「一葉は認知世界のこと、わたしに内緒にしてたのに?」

「それは…」

 

 それを言われると弱い。

 あの時の双葉は不安定で、まだ過去の声に囚われていて、向こうに関わらせるのは難しかった…というのは言い訳だろうか。

 

「関わらなくていいことに関わらせないのは、優しさだ。わたしは、一葉に優しくされたんじゃないのか?」

「優しくしたつもりだった。一方的に」

 

 あれは、双葉にとっては納得のいかないことだった。戦力として数えていない…喜多川先輩の言葉を借りるなら“人として見ていない”から出た行動と言えそうだ。

 一度それを強要したなら、自分だけ強要されるのを拒むなんてわがまま過ぎる。

 

 やっぱり双葉の言うことを聞くべきなのか。

 双葉に改めて話を聞いたのは、知りたいという自分勝手な都合と人に流された結果。気の迷いでしかないのかも。

 本当は自分がどうしたいかなんて分からない。

 

「意地悪言った。中学生の一葉と今の一葉じゃ、考え方が違って当たり前だ」

 

 意外にも、双葉は押せば通る理屈を引っ込めた。

 

 きっと、双葉自身も迷っている。

 明かしたい心と秘密にしておきたい心と、双葉のパレスではその攻防が今なお続いている。

 

「わたしは自信がない」

 

 双葉はぽつりと呟いた。

 

「一葉に本当のことを伝えて、一葉が変な勘違いをしたとして、それを正せる自信がない」

「僕に嫌われると思ってる? それだけはないよ」

「違う。そんなことはじめから心配してない」

 

 言い切られた。すごい自信だ。事実だけど。でも、そうなると、双葉は何を恐れているのだろう。

 

 

 

8月8日(月)

 

 

 この日、双葉は部屋にこもっていた。

 

 日をまたいだら、ある程度前日までのことはリセットされるのに珍しい。

 やはり、変に刺激するようなことをしたのは間違いだったかもしれない。秘密は秘密のまま、気にしないことにすると伝えれば、元通りになるだろうか。

 あるいは単純に今日はご機嫌ななめなのか。何かやることがあるから閉めている可能性もある。うーん、分からない。双葉検定1級のはずなんだけど。

 

 そんなことを考えていたら、昼頃になって双葉の部屋の扉が僅かに開いているのに気づいた。

 昼食を用意しないとな、と思って声をかける。この感じだとお湯だけくれと言われるかもしれない。

 

「双葉、お昼どうする?」

「お湯だけほしい」

 

 やっぱりな。

 カップ麺コースだ。まあ、たまにはそういう日があってもいい。お湯を沸かして魔法瓶に入れて、双葉の部屋へ戻る。

 

「散らかってるからダメ」

 

 知ってた。

 部屋には入れてもらえず、かわりにカップ麺を両手に持った双葉が僕の部屋に押しかけることになった。

 

「醤油か味噌 」

「味噌で」

 

 ご相伴に預かることになった。

 お湯を注いで、双葉の部屋からやってきたフェザーマンにカップ麺の平和を守ってもらった。時間制限が3分ならもっと適任がいそうだ。

 

「一葉は昔のことどのくらい覚えてる?」

「そりゃ、双葉ほどは覚えてないけど大体は…前に話さなかったっけ」

「もう一度、話して聞かせて。

 一番古い記憶から、今に続くまでにあったこと」

 

 こう言うということは必要なことなのだろう。思い返してみる。

 双葉なら本当に昔のことから思い出せるのだろうけど、自分には難しそうだ。

 

「一番古いのは保育園の頃かな。公園で双葉と一緒にいたと思う。虫取りして、双葉の分も取って、母さんに持って帰っていいか聞いてた気がする」

「うん。懐かしい」

 

 誕生日会のこととか、お遊戯会のこととか、この頃あった他のことも芋づる式に思い出してくるけど、取り立てて重要そうには思えない。

 双葉もそんなこともあったね、くらいの温度感なのである程度省いて話を進めた。多分、双葉が聞きたいのはもっと後のことだ。

 

「小学校に上がったら、クラスが別々になった。僕も双葉もあんまり馴染めなくて、意地悪してくるのもいて、証拠を集めて吊るし上げたこともある」

「情報一つで状況がひっくり返るの面白かった」

 

 待って。メジエドを始めたのって僕の影響……いや、さすがにないと…ないよね? 元からそういう指向性があったということにしてほしい。

 別のクラスだったから、双葉が何かされていても、手を打つのが遅くなってしまったのは後悔するところだ。今思えば、小さい内に一人でいられるための練習として大人の意図で分けられたのだろうけど、学校の教室は双葉を一人にするには安全な空間ではなかった。

 

「児童館に行ったこともあったよね。年上の子相手にゲームで双葉が勝って、もう一回戦になりそうなところを止めた」

「あれ、なんで止めたの?」

「何度も負けさせたら、あの子たち機嫌悪くなるでしょ」

「うん。やっぱり、あの時から分かってやってたんだ。

 わたし、分からなくて…ううん、分かってたけど納得できなくて嫌なことしてくるなって思ってた」

 

 そりゃ年の功。はじめから知っていた一般常識だ。この頃、曖昧すぎる前世の記憶(仮)は、主に双葉のフォローに使っていた。

 この他にだって、双葉が変に目立ちそうなときは紛れだったとか、幸運だったってことにして連れ帰るなんてことはよくやっていたものだ。

 

「…それで」

「わたしはもう平気になった。言って」

 

 話そうとした内容に想像がついたのだろう。双葉は言い淀む僕の背を押した。

 

「夏休みに母さんが死んだ」

「もっと細かく」

 

 詳細な経緯を思い返すのは自分の落ち度を直視することだ。双葉にとってもそうだろうに、彼女は静かに僕が話すのを待っていた。

 

「この頃はもう、母さんは認知訶学の研究をしてて、僕らはこっそりノートを盗み見てた」

 

 核心に迫るような情報は、たぶんデータ上で管理されていて、僕らが見たのはあくまで断片だ。母さんが職場外で思いついたことを書き留めておいただけの読み手に親切でないノートだ。それでもまとめるのが好きな母が書いたものは、僕らが認知世界の存在を理解するには充分だった。

 

「忙しいのも、調べてることがすごく重要そうなことも分かってたから、僕らは面倒かけないように大人しくしようって話になってた。

 だから、具合悪いのも黙ってた。すぐ治ると思ってたし」

 

 実際それで何とかなることもあった。いつも酷いときは誤魔化して、気づかれても治りかけのときだけ。双葉も僕も何回かそうやって過ごしてきたから、いつも通りに見せる方法は熟知していたし、次もいけると思っていた。

 

「普通に拗らせて、母さんにバレた」

 

 タイミングが悪かった。平日ならまだ誤魔化しが効いたのだけど。

 

「日曜日だったからクリニックとか閉まってて、昨日の内に言ってよって言われるのも嫌で今日から具合悪くなったってことにした」

「わたしも共犯者だったから、おかあさんには軽めに申告した。本当は1週間くらい前からダメだったよね」

「そこまでは覚えてないけど、うん。

 そしたら、少し様子を見ようってことになって。薬だけ買ってくるって言われた」

 

 このとき、母を家から出すべきじゃないと確信めいたものが自分のなかに湧いて出た。

 ただ、この時がはじめてで、その正体がつかめなかった。単純に心細く思っているのか、虫の知らせ的なものだったのか。判断に迷った結果、消極的な対応に落ち着いた、

 

「母さんに行かないでって言ったけど説得できなくて、双葉と母さんとで出かけていった。細かい経緯は忘れたけど」

「わたしがわがままを言った。

 おかあさんに付いていくって。ただでさえ、おかあさんと一緒にいられる日は少ないのに、上手く演じられなかった人のせいでもっと時間が削られるのが嫌だったから」

 

 不味いかも、と思って双葉の表情を見たけれど、いつも通り落ち着き払っている。自分が悪かったループに突入する気配はない。

 大丈夫になったと双葉も言っていた。気にしすぎているのは僕の方だけだ。

 

「薬局まですぐなのに全然帰ってこなくて。インターホンが鳴って、普通じゃないことが起きたって思った。来たのは警察の人だった」

 

 母がインターホンを鳴らすわけがない。玄関から様子を見に行くときは、悪い想像で頭がいっぱいだった。そして、予想は的中した。

 

「病院に保護されて、治療と聞き取りと色々あって、気づいたら1週間くらい経ってた。やっと双葉と面会ができるって聞いたのもそのくらい」

「その時のこと覚えてる?」

「曖昧。

 大人たちが僕らの知らないところで色々決めて、退院したら施設行きだった。再会した双葉はいつもと違ってて、どうにかしなきゃって思ったのだけ覚えてる」

 

 この辺りのことが一番はっきりしない。

 普通に具合が悪くて夢現でいたのもあるし、処理しきれないほどの環境変化が急に降ってきて混乱していたのもある。

 

「それで、そのうち伯父さんが引き取りに来て、学校も変わった。双葉は一回も行かなかったけど。

 僕は認知世界に出かけることもあって、でもどれだけ捜しても向こうに双葉はいなかった」

 

 メメントスでの振る舞い方はかなり身についたけど、それだけだ。特に何か成果が得られることはなかった。

 

「はじめは伯父さんも優しかったけど、段々上手くやれなくなって…結局、双葉が証拠を集めて法的に吊るし上げた。それで、ここに来た」

 

 だから、次は上手くやろうと思って、ここにいる。幸いにも佐倉さんは優しくて、今のところ平和にやっていけている。

 

「うん。一葉の認知は分かった。

 …少し待ってて」

 

 この日は珍しく、双葉がカップ麺の片付けまでした。

 

 

 

8月9日(火)

 

 

 この日、双葉は外出した。

 考えをまとめてくる、とのことだった。

 

 少し待ってての少しは、思っていたよりも長いスパンのことを指していたようだ。

 仕方ないので僕も図書館に出かけて暇をつぶしていたら、閉館時間間際になってマナーモードにしていた携帯に通知の光が点滅しているのに気づいた。

 明日空けておいて、とだけメッセージアプリを通して送られてきていた。その言葉だけを信じることにした。

 

 

 

8月10日(水)

 

 

 翌日、状況が動いた。

 

「来た」

「ええと、いらっしゃい…?」

 

 双葉の中で結論が出たのだろうか。

 僕の部屋に二日連続で侵入してきた双葉は、後ろ手に隠した一枚の紙を僕に見せた。

 

「予告状。今朝、クロネコで届いた」

 

 モルガナのことだろう。その話の流れで本当に黒猫が運んでくることあるんだ。確かに郵便受けは佐倉さんの領域だ。直接受け渡しの方が安心できる。

 細かい文言までは見せてくれなかったけれど、これが手元にあるということは結構日は今日ということになる。

 

「…知らないままが一番。でも、このままだと一葉は勘づく。なら、わたしから話す方が、不用意に露見するよりはマシだ」

 

 この言葉は己に信じさせるためか、ほとんど呪文みたいに口にして、双葉は僕の左手を捕まえた。ひんやりとした指が絡まって指先の温度が奪われた。

 冷房効きすぎかな。設定温度を変えようかと思ったけど、捕まっているので叶わない。

 

「一葉が知りたがってるのも、わたしのために知らないままでいようとしてくれてるのも知ってる。無理はいつか破綻する。平気だって思っててもおかしくなることもある。

 不確定要素も増えた。怪盗団は仕事以外の領域にまで踏み込んでくる。

 …わたしも、覚悟を決めないといけない」

 

 長々と述べたのは、自分の中の納得していない部分を黙らせるためだ。

 

「知りたいなら、約束して。

 わたしは何があっても一葉を選ぶ。それを信じてほしい」

 

 いつになく真剣な言葉に頷いた。

 

「ここから先は、全部まだ仮説。本当かどうかは分からない」

 

 怪盗団を待つ間、双葉は僕に引っ付いていた。左手だけだった拘束範囲は左腕まで拡大している。

 

「認知世界に行けるようになったのは、いつ? あの妖精と契約を結んだのは」

 

 いつだったっけ。

 認知世界に初めて入ったときのはずだ。そうでなければ、今はマルカジリされて怪物たちの腹のなかでもおかしくない。

 

「双葉をどうにかしなきゃって思ってからのはずだから…施設時代?」

「違う。現実世界との結びつきが弱まったのは、もっと前でしょ」

「母さんを亡くしたタイミングってこと…?」

「そう。わたしとも引き離された」

 

 妖精の言葉は要領を得ないが嘘はない。現実世界との結びつきが人間関係のことを指すなら正しそうに思える。

 双葉も今から話すことは仮説と言っていたが、裏付ける証拠がないだけで、これが真実と思って話しているに違いない。

 

「世界からの孤立が、向こうに行くための必須条件」

 

 双葉は続ける。

 

「それが、研究者が認知世界の存在を確かめられなかった理由の一つ。現代の研究者は一人で研究しない。チームを組む。

 素質があって、単独かつ、親を…世界との繋がりを失った子どもなら条件が揃う」

 

 ありそうな話だ。

 珍しくはあるけど、誰も満たせない条件かと言われればそこまでではない。他の例を知らないから、何とも言えないけど。

 芳澤さんとかは近いかもしれない。芳澤さんには親が居るし、そんなことないか。

 

「身体感覚と自分の認知上の世界との乖離も影響すると考えていい。ナビの補助なしで向こうに行けるとしたら、初回は入院中のはず」

「その時はまだ双葉のことを知らないはずだよ」

「状況や大人たちの話から、おかあさんのことが不運な交通事故として片付けられそうなことも、わたしがどういう目に遭ってるかも、気づけていた可能性がある。そして、認知世界のことが頭をよぎった」

 

 …はっきり覚えていないから、双葉の言うとおりだった可能性を否定できない。

 

「誤算は、認知世界が危険すぎたこと。

怪物の蔓延る場所に人間は長くいられない。普通なら死ぬ。だから、運良く好意的だった妖精と契約をした。

 そして認知世界で、ある仕掛けを施した」

「仕掛け…?」

 

 世界がぐにゃりと歪む。

 左腕にしがみつく腕の感覚以外がすべて狂って、少しすると景色は認知世界のそれへと変わっていた。

 

 双葉と話をしているうちにかなり時間が過ぎていたらしい。

 怪盗団がやってきてイセカイナビを起動させたのだとすぐに理解した。僕の部屋は双葉にとってアウェイな空間で、だから敵が現れることもない。

 

「約束通り」

 

 部屋の中心に枯れ葉が落ちている。いや、置かれているのか。双葉はそれを拾い上げた。

 

「約束…? 怪盗団との?」

「違う。こっちのわたしとの約束だ。昨日の内に仕込んでもらった」

 

 昨日も双葉は僕の部屋に押しかけてきた。その時にこちらの双葉が置いていった、ということだろうか。それが可能なら、今この場所は安全とは言えないのでは…?

 

「危なくない?」

「ここは一葉の部屋だ。わたしは掌握できない。入れるのは一葉か、一葉の許可を得たものだけだ」

 

 つまり、こっちの僕がパシられたと。

 よくよく考えれば、僕の持ち物というだけで、双葉の部屋に置いているクッションは、こちらの世界ではテクスチャが剥げてバグってた。双葉にとって、その境界ははっきりしているのだろう。

 

「これの本質は情報媒体。ばら撒かれた記憶の欠片。読み解くのに、わたしが二人いても苦労した」

 

 以前にも見たことのある蔦の葉だ。情報媒体と呼ばれたが普通の枯れ葉にしか見えない。

 ただ、経験上納得できる。認知世界で枯れ葉に接触したあと、夢として昔の記憶を思い出していたのは、そこに情報が記されていたからなのかもしれない。

 

「そして、一葉を殺すかもしれない毒だ」

 

 双葉は部屋の扉に手をかけた。この部屋の外は、認知上の双葉の領域だ。

 つまり、その…すごく危ない。雨宮先輩からリャナンシーを返してもらっていないのに、歩き回るなんて。

 

「これを渡せるか、確かめる。着いてきて。

 たぶん邪魔はしてこない。こっちのわたしは、何もかも知った一葉がおかしくなって死んじゃうのが望みだから」

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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