双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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狼と香辛料ならホロが好き。
新版アニメで狼形態がねっとり描かれてて嬉しかったので初投稿です。



9駅目 相似

 

4月20日(水)

 

 

 今日はいつもより少し早く登校した。

 昨日の今日で、雨宮先輩と通学路で出くわすのも気まずい。

 

 口では深く関わるのはやめておけと雨宮先輩たちに言ったし、そう思ってもいる。

 けれど、本当に浅ましくも、認知世界に関して彼らが得た情報は僕も知りたいと思う。自分が調べられたことだけでは限界があるし、イセカイナビは彼らの手にしかない。

 

 雨宮先輩たちが、鴨志田先生の件で認知世界関連から手を引くにしろ、イセカイナビ製作者(人外)に唆されて関わり続けるにしろ、リャナンシーをつけて動向をよく追っておこう。

 佐倉さんの前ではいい子でいようとしているくせに、双葉の盗聴器とさして変わらないことをしているのだから酷い話もあったものだ。

 やめるつもりはないけど。

 

 

 もし先輩たちがパレスに入るというなら、今度は別の実験もしたい。

 

 前回は雨宮先輩たちが脱出しただろうタイミングで、城からはじき出されるように学校内に戻された。つまり、自力で帰れないところまで行ったとしても生きてさえいれば雨宮先輩たちがパレスを抜けたときに脱出できる。

 突然職員室に現れるみたいなことになりかねないから、場所はできる限り選びたいけれど。

 

 次回は、いざ殺人が起きそうなときに実力行使で止めるという副案を達成できるように、城の深いところに出られる場所からパレスに入ってみようと思う。

 イセカイナビがあれば自分でパレスと現実世界の重なり方を調べられるだろうけど、ないものは仕方ない。雨宮先輩たちに便乗するかたちしかとれない。

 

 他力本願で中途半端なのはいつものことと。もう少し何かしたいと思ったところで止まるべきだ。体力的に。

 城関係はそもそも雨宮先輩の側の問題だし、勝手に心配してくちばしを突っ込んだとはいえ、やれるかぎりは向こうで解決してほしい、と思うことにする。

 

 そんな訳で、雨宮先輩たちに動きがない限り、学校ではゆっくりできるようになった。

 

 

 

 リャナンシーが言うには、今日の雨宮先輩たちは自由行動らしい。

 

 そろそろ双葉の機嫌を取らないと、また痛い目を見そうだと思っていたところだったからちょうどいい。

 中学までは学校が終わったらすぐに帰るのが当たり前だったのに、いつの間にか早く帰れる日が珍しくなっている。双葉も不安に思って当然だ。

 

 帰宅部らしくさっさと帰ろう、なんて思っていたら、帰り際に矢嶋に捕まった。

 

「おーい飯塚さん、樋口も劇やりたいって」

「一言も言ってないんだけど」

「照れ隠しはいいって。子役希望だってさ」

 

 矢嶋に引っ張られて行った先は、例の演劇女子こと飯塚さんの席だった。

 

 芳澤さんはともかく、僕が彼女と関わる理由が分からなくて困惑しているうちに役者志望ということにされていた。

 矢嶋の割といい加減な言葉を聞いて、飯塚さんはぱっと顔を輝かせる。

 

「いいね、その背丈は才能だよ。後はダイナミックな動きさえ出来れば君は立派な子どもだ!」

「もしかして馬鹿にされてる?」

「飯塚さん、こいつチビだけどチビな事を気にしてるタイプのチビだからチビを自覚させるようなこと言っちゃダメだって」

「馬鹿にしてるよね」

 

 150cmはあるから。本当に。測るときによっては。

 いけない、完全に流れに乗せられている。そんなことしてる暇は、たぶん今後もないと思う。断るなら今だと口を開く数瞬前、狙い澄ましたかのように飯塚さんは高らかに宣言した。

 

「よし、君を新入劇団員として迎え入れよう」

「よかったな、樋口」

「ええ……?」

 

 当然のようにグループチャットに招待された。

 入ってみると、飯塚さんや矢嶋の他、先日の一幕を盛り上げていた面々の名前が並ぶ。

 この一連の流れも予定されていたのかも知れない。いやにスムーズだったし。

 

「あー、そういう集まりかこれ」

「そういうこと。次はお前もこっち側な」

「第二回の演目は?」

「お花見パーティーと冒険活劇で割れてる」

「意味不明…」

 

 もう葉桜だし、学校でどう冒険するというのか。いや、冒険はしてるのがいるけど。

 

「私としては劇ができればなんでもいい。どんな題材でもそれなり以上に仕上げよう」

「飯塚さんは職人気質なんだよな。

 そろそろ始まるな……。じゃ、俺は先帰るから頑張れよ」

 

 連れてきたくせにぬるっと話の輪から外れて、矢嶋はあっという間に姿を消した。なにが始まるんだよ。

 

 

「やるからには本気で演技をしたいと思ってほしいんだ」

 

 よそ見をしないで。

 なんて、演技なんだか本気なんだか分からないことを言って、飯塚さんは目を細めた。

 蛇に睨まれた蛙とでも言えばいいだろうか。 

 飯塚さんには凄みというか迫力みたいなものがある。矢嶋がさっさと逃げ帰った理由が分かる。

 

「そう怯えないでおくれ」

 

 ふっと圧力が霧散した。

 年相応の笑みを浮かべた飯塚さんは、歌うような調子で囁く。

 

「私はね、人は誰しも演技をしていると思っている。

 そう見られたい自分として振る舞うのは自然なことだ。今の私も、今の君も、本質から滲み出た一側面に過ぎない」

 

 楽しげな声音とは裏腹に、話す内容は現実的すぎて冷淡にも思える。

 彼女の言うことは正しい。現実世界の姿と駅での姿は必ずしも一致しない。それは実例をいくつも知っているから分かる。

 

「君に才能を見ているのは事実だ。これは背丈の話ではないよ。

 私には特技があってね。人がする演技の度合いが分かるのさ。君はこのクラスで飛び抜けている人間の一人だ」

 

 それは、どうだろう。話していないことが多いだけで、演技と呼べるものではないと思うけれど。

 飯塚さんの顔から笑みが消え、真剣な面持ちに変わる。

 

「だから、君を口説き落とす言葉を私は知っている。

 君に更なる技術と力を与えると約束しよう。もし望むなら、この手を取ってくれ」

 

 ゆっくりと差し出された手を、気づけば取っていた。

 取らされていた。

 それだけの説得力が飯塚さんにはある。凄いものだと思う。意図的に人の心を変えるのだ。現実世界でも認知世界でも、そんな事ができるならと思わずにいられない。

 矢嶋の口ぶりからして、全員にこのような寸劇をやっているということに違いない。

 

「君は悪魔の誘いに乗るタイプだな」

「さすが演劇部、負けたよ」

「残念、帰宅部だ。昔、子役をやっていた。無名のまま背だけ伸びてしまったがね」

 

 飯塚さんは苦笑する。同じ帰宅部だったとは知らなかった。

 

「矢嶋から聞いたよ。君が発案者なんだって?」

「まあ、そうなるのかな。矢嶋を焚き付けて色々やらせた感じ。ここまでとは思ってなかったけど」

「世界は幸運な玉突き事故で成り立っているものだ。私も望まれなければ何をするつもりもなかった」

 

 矢嶋が捕まえたのが飯塚さんで良かった。矢嶋は周囲が見えていると踏んだけれど、期待も想像も上回る人を見つけてみせた。

 

「これも巡り合わせだ。これからよろしく頼むよ」

 

 

 

 

「飯塚√」

「断固として双葉√だね」

「ふふふ、知ってる」

 

 帰宅直後にこれである。

 ギャルゲ脳、もしくは現実の学校に対する経験値の乏しさが全面に出ている。

 

「双葉、もしかして今日一日聞いてた?」

「うん」

 

 これは、もうやることがなくなっていると見た。

 

「裏掲示板は?」

「それなら、根こそぎやったからしばらく生えてこないと思うぞ」

「農業ゲームと混ざってない?」

「そっちはエンディングまで行った。いまやり込み中」

 

 暇を持て余していらっしゃる。

 裏掲示板なんて生徒が作っているものだから、授業やら通学やらで縛られながら弄るものだ。追いつかないのは当然だ。

 かといって、今は双葉に頼むこともない。

 

「わたしのことは気にせず、お好きな女の子を攻略してくれ」

「ダウト」

 

 気にしている結果が盗聴だと思うんですがそれは。

 双葉は高校に入ったら自動的に彼女ができるとかいう幻想を信じている節がある。それは顔と社交性が一定以上の水準にあるやつだけだから。

 

「バレたか」

 

 まあいいか。

 ほか√を否定するたびに、双葉はニマニマとご満悦だ。わざわざ口に出さなくても決まりきっていることではあるけれど、言葉にするだけで安心するならいくらでも言おう。

 

「一葉はわたしのこと大好きだもんな」

「うん」

 

 

 

 

 

 

4月21日(木)

 

 

 今日も雨宮先輩たちは城に向かわないらしい。

 

 リャナンシーが言うには、坂本先輩と遊びにいくとか何とか。悠長にも程がある。そんな暇あるのだろうか。

 物事を進める権利が自分の手にはないのがもどかしい。

 

『気分転換に、駅の有象無象をミナゴロシにしましょうか?』

「しない」

 

 相変わらずの物騒な提案を却下する。今回の件が片付くまで駅に行くのは一旦やめておこうと話したのに。

 リャナンシーは退屈そうにあくびをする。

 

『なら、勝手に行くわ』

 

 腹ペコなだけだったか。

 たまにこうしてリャナンシーは一人で駅に行く。血と精を補給するとかなんとか。僕から生命力も吸い取っているのに、まだ必要なのか。

 

 

 

「今日も芳澤さんのお弁当すげー!

 ね、肉団子一個ちょうだい」

「はい、どうぞ」

「やった! 言ってみたもん勝ちだな!」

 

 自分の弁当もあるのに、まだ必要なのか。

 雑な称賛とおねだりで、矢嶋は芳澤さんの肉団子を獲得した。とんでもない暴挙だ。六つしかないのに。……しかって何だっけ。

 

「うわあ…」

「ドン引くなよ。俺も貰えるとは……ちょっと思ってた」

「なお悪いわ。芳澤さんもやめなよ、こういうの放っておくと付け上がるから」

 

 頼めばくれそうな感じは確かにある。だからって、たかりにいくのはどうかとおもうけど。

 

「別にいいですよ。誰にでもあげるわけじゃないですし」

「ちょ、それもう一回言って」

「えっと、別にいいですよ…?」

「その後!」

「うわあ……」

 

 芳澤さんは、もう少し、こう、危機感を持ったほうがいいんじゃないかと思う。

 これで今までよく潰されてこなかったものだ。誰かしらに丁寧に守られてきたか、あるいは全て跳ね除けてきたか。

 

「樋口もなんか頼んどけよ、貰えるって」

「いや、悪いし。これ栄養バランスとか考えられてる訳で」

 

 それと単純に同類になりたくない。

 上がった株をすごいスピードで下げてくる。半分以上冗談と分かっていても、誰が言うかって大事だ。

 

「マジか。一流アスリートすげー。

 確か芳澤さんって中学の時も大会とか出てたんでしょ?」

「はい。秋の大きな大会で成果を出して、それでここに。私、勉強の方はそこまでですから」

「などと言いながら、入学直後のテストでは優秀な成績を修めている謙虚な芳澤さんなのだった」

 

 しれっと人のテストの結果知ってるのもどうなのかと思う。斜め後ろだから見えたのかもしれないけどさ。

 

「そういや樋口は休んでたから、あのテスト回避したわけか。羨ましいぜ」

 

 自称進学校にありがちな、勉強をしっかり教えていますよ感を出すための工作活動の犠牲者がなんか言ってる。

 休んでいたくらいで回避できるテストならその程度のテストということだ。

 

「春休みの宿題も回避した?」

「そっちは出した」

 

 元から適当にやってたし、業者の教材だったし。途中から双葉と問題の粗を探す会になっていたけど。

 たぶんこれを回避できたのは特待生の芳澤さんだけだ。

 

 クラス内では、表だって芳澤さんのことをどうこう言う人はいなくなったけれど、一歩クラスを出ると安全地帯ではなくなる。

 裏掲示板が滅んでも、ひそひそ噂話をしたがる人間は残っていて、文字という手段を奪われても悪評は残留している。

 

「あの子よ、噂の特待生」

「ふーん。でもさ、あの子、ホントに優遇してもらえる価値あるの?」

 

 こういうのが群れるとロクなことにならない。気が大きくなって、相手の反応を見るためにわざわざ聞こえるところで悪口を言う。

 芳澤さんが反論しないのもあって、放置すれば確実にエスカレートするだろう。

 

「おーい、芳澤さん。先生が呼んでたよ」

「はい、すぐ行きます」

 

 僕が割って入っても殴り合いになったとき勝ち目はないので、適当な理由をつけて芳澤さんを避難させる。こういうのからは逃げるのが一番だ。

 この世は最終的に腕力がものを言う。

 人の目の前で悪口を言えるくらい想像力のないやつでも、目の前のやつが自分より強そうか否かの判断くらいはできる。勝てると踏んだら戦いを挑んでくるし、腕力で劣るやつに負けを認めない。

 

「あの、佐倉くん?」

 

 しばらく廊下を行って、芳澤さんは立ち止まる。職員室とは逆方向だと気づいたのだろう。

 

「先生云々はその場しのぎの嘘だから」

「そうなんですね、ありがとうございます」

 

 どこか白々しさすらある台詞とともに芳澤さんは礼をする。

 そうさせたいわけじゃなかった。けれど、彼女に非があるわけでもないから何か言うのも違う。

 

「…芳澤さんは言い返さないの?」 

「はい。

 気にしません。やるべきことをやって、結果を出す。それだけの話じゃないですか」

 

 それが一番難しいだろうに。

 努力に結果が見合うとは限らない。努力はあくまで前提条件だ。

 僕は新体操のことはよく知らないけれど、これはどんなものにも言えると思う。スポーツ競技、それも世界を目指すともなれば尚のこと。余人を押しのけて、ほんの僅かな席に座らなければならない。

 

「今はあまり上手くいってないですけど、立て直して、次の大会を頑張って、それで」

 

 結果を出したら評価される。

 競技でも入試でも。そういう場所で彼女は生きてきた。

 

「それに、一部の人が言っているだけです。

 佐倉くんも、矢嶋くんも、飯塚さんも、優しくしてくれますから」

 

 優しくされる根拠が欲しいんだ、と直感する。

 芳澤さんの中では、結果を出していない自分が評価される筈がないから。矢嶋に肉団子を渡したのも、それが理由にあるのかも知れない。

 

「友達だからさ、優しくするのは当然」

「…はい」

 

 これじゃダメか。

 ならもう少し厚かましく、要求をしてみることにする。対価のある関係なら芳澤さんにも馴染み深いだろうから。

 

「あのさ、前々から思ってたんだけど、芳澤さんなら僕の運動音痴どうにかできないかな?」

「…! 考えてみます!」

 

 手応えあり。

 ちょっと無茶なことを言ったけれど、安心材料として提示しただけだし、達成できなくても構わないだろう。

 

「そんなに気負わなくていいからね。正直生まれ持ったものな気もするし」

「いえ、やるからには本気でやりたいです。それに、やってみたらできるかもしれないじゃないですか」

 

 似たような台詞を昨日も聞いたような気がする。飯塚さんとあっという間に打ち解けたのも納得の親和性だ。

 

「コーチからも言われているんです。スランプのときは、少し新体操から離れたほうがいいって。

 でも、気づくと競技のことばかり考えていて……」

 

 一つのことに身を捧げると、誰でもそうなってしまうのかもしれない。

 覚えのある感覚を人の口から聞くと、なんだか同族意識みたいなものさえ湧いてくる気がする。僕みたいなのと一緒にしちゃ、芳澤さんに悪いけど。

 

「私が力になれるなら、頑張りたいです」

 

 けれど、やる気になっている芳澤さんを見ていると、自分も頑張らないといけないという気持ちにさせられる。

 そういうのは、嫌じゃないなと思った。

 

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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