新世紀エヴァンゲリオンなら碇シンジが好き。
歌だけ知ってる実母にどういう話なの?と聞かれて何も答えられなかったので初投稿です。
双葉に導かれて、パレスの中を進む。
僕の部屋にあたる安全地帯を出てすぐ、大扉のある王の間へ。王の間の中は相変わらずだ。虚無の暗闇に、謎の数字の群れ。とりあえず床と足場を設置した、みたいな訳の分からない景色に迎えられた。
敵はいない。
遺跡は不気味なほどの静寂で、他に誰もいないみたいに感じられる。
無論こちらの双葉は、僕らが意に沿わない行動をしないか目を光らせているのだろうけど。
「あっち。行けるようになってる」
双葉が指さした方向には、RPGでよく見るような足場が浮かんでいて、その先には扉が見えた。どことなく部屋の襖とダブって見えるのは、そこが押し入れにあたる場所だからだ。
下は怖くて見られない。そのままバランスを崩して真っ逆さま、なんてことも僕の運動神経の悪さではあり得そうだった。
果ての見えない暗闇の中に、行くべき道だけが最短で提示されている。不思議な気分だ。広い空間にいるはずなのに逃げ場のない閉塞感を感じさせられる。
双葉はこの光景に困惑はないらしい。自分の心の中だからか、それよりも秘密を見せることへの緊張が勝っているのか。
「落ちそうなんだけど。これ落ちても大丈夫なやつ?」
「復帰技できるなら大丈夫だぞ」
「駄目ってことね」
冗談めいた口調で冗談じゃないことを言い放って、足場の継ぎ目を兎みたいに跳ねて突破して双葉は道を進んでいく。
こちらは万一にも足を滑らせないように慎重に進む。双葉と同じ調子で行ったら痛い目をみそうだ。
幸いにも足場はしっかりしていて、びくともしない。どう見ても宙に浮いているのだけど。謎だ。
「昨日とか一昨日とかさ、何か言われた?」
「うん」
十中八九言われていると思って聞いたら、案の定双葉はこくりと頷いた。
怪盗団の面々はおせっかいの塊みたいな人たちだ。依頼者ではない僕にも時間を取ってくれていたのだから、双葉の方はもっと深い話までしていてもおかしくない。
だって、あれほど頑なだった双葉が秘密を教えると言っている。僕としては嬉しいような、不安なような。これで良かったのだろうか。
「…こうなるって分かってた」
双葉は歩調を緩めることなく、真っすぐに扉へ向かって歩いている。僕もまた、なるべく真ん中を通るようにして双葉の後を追う。
「わたしの知らないところで正しいことが決まっていて、ルール違反は処罰される」
双葉にとって、他所の人との関わりは常に理解不能なものを押し付けられることでしかない。
双方の譲り合いは成立せず、双葉が“普通”に合わせるのが当然だと、子ども特有の同質性の高い群れは双葉に強いた。
悪気はない。親に躾けられたことを概ね律儀に守っている彼らは、ルールを無視しているように見える双葉を裁く権利があると本気で信じていた。
「わたし一人が抵抗しても、大人数の意見には敵わない。この問題において一葉や怪盗団は多数派で、わたしは少数派だった」
同じ国で同じ言葉を使っていても、同じ世界を生きていない。
みんな別の世界の住人だ。他の人々より少し遠いところに住んでいた双葉は、彼らと同じ神を信じられなかった。群れに帰属できない双葉はどこまでも一人だった。
片割れでさえ以心伝心とはいかない。他人なら尚更のこと。双葉からの歩み寄りなく意思の疎通が図れる人間を母以外に僕は知らない。その母ももう、この世にはいない。
「心の中でさえ、わたしのものではなかった」
扉の前に辿り着く。
少しだけ隙間が空いているところに手をかけて、双葉は躊躇なく扉を開けた。
少し焦っているようにも思える。何かに追いつかれまいとしているみたいだ。こちらの双葉か、怪盗団か。
「あれがオタカラ…?」
部屋の奥には黄金のマスクが鎮座していた。
ピラミッドといえばこれ。脳内のサジェスト1位と言ってもいいくらい有名かつどこかで見たことのあるアイテム。いかにもオタカラですといった燐光を放つそれは、どこか双葉と同じ雰囲気の顔をしている。
「一葉は盗らないで。見られてる」
誰に、とは聞かなくてもわかる。知るべきことを知らずにオタカラを盗って逃げるなんて、こちらの双葉は許さないだろう。
「見せないといけないのはこれ」
双葉が機械に触れると、部屋の壁に光が当たった。光はすぐに像を結び、一枚の壁画となる。
壁画には双葉との再会の場面が描かれていた。交通事故の日から一週間後、初めて面会が叶った僕らは二人きりになってしまったことを確かめ合った。
…でも、こんな光景には覚えがない。
絵の中の双葉は、怒りとも悲しみともつかないような顔で己の片割れを睨みつけていた。
絵のなかの僕は、困惑した様子で双葉に何やら釈明しているように見える。
そして、その背からは赤い蔓のような、血管のようなものが伸びていた。“駅”の深いところで見たことがあるような、背中全体に根を下ろした赤い管は、地面の下へと繋がっているようだった。
見ているだけで何もないはずの背中がゾワゾワしてくるような、不安を掻き立てられる描写だ。
『だれ…?』
『僕だよ。ねぇ、双葉。どうしちゃったの?』
その後、何が起こるのか双葉は憶えていたのだろう。強張った表情の双葉がこちらに手を伸ばし、少し冷えた細い指が僕の耳を塞いだ。
さほど力の込められていない簡易的な耳栓を貫通して、甲高い怒声が鼓膜に突き刺さる。
『知らない。お前なんて知らないっ。お兄ちゃんはどこ? 返してっ!』
あとは泣きじゃくりながら言葉にならない音を口の端から溢していた。
絵画に描かれた自分と同様に、僕は呆然としたままその場に突っ立っているしかなかった。
本当のことを理解するのに、さほど時間はかからなかった。
(…つまり、ニセモノだったと)
この体に双葉と同じ血が流れていることを、これほど嫌だと思ったのは初めてだ。
断片的な情報だけでも、仮説が組み上がってしまう。双葉の面持ちを見ていればわかる。おそらくそれは正解なのだろう。
真正面にいるはずなのに目線が合わない。
耳を塞いでいた手が下ろされると同時に、視線も床に落ちた。睫毛に隠された目から、感情を読み取ることは難しそうだった。
「その日、わたしは初めて一葉に会った」
双葉は淡々と言葉を紡ぐ。
「別人だってすぐに分かった。
お兄ちゃんは、どうしちゃったの?なんて聞かない。お互いに、相手のことなんて聞かなくても分かるはずだった。
わたしは、おかあさんだけじゃなくてお兄ちゃんも亡くしたんだって理解した」
僕の記憶はぼやけていて信用ならない。誰よりも明確に覚えている双葉がそう言うのなら、そうなのだろうと頷いた。
「多分、一葉は認知世界の存在だ」
「…どういうこと、って言ったほうがいい?」
「いらない。わたしの答えと一葉の答えを照合するだけの時間だからな」
人間らしい反応は不要だと言われたような気がした。流石にそれは被害妄想が過ぎる。頭に浮かぶ雑念を振り払った。
「チェンジリング…もしくは神隠し?
何でもいい。世界中に近い話がある。人の領域じゃないところに行って、帰ってきたものは元の存在じゃないって話は多い。
こちらとあちらの境界が曖昧になっただけで、すぐ認知世界に引きずり込まれるのは元々そっち寄りの存在だったからだと思う」
なんてことはない。
双葉の言うとおり、古今東西、人でない存在に取り替えられたり拐かされたりしたものが、その後、人の社会に紛れ込む話は幾つもある。
この僕はそうしたもののなかの一つだった…らしい。
…泣き叫んだりするべきなのだろうか。
こちらの双葉は僕が秘密を知って、おかしくなるのが望みだと、双葉は言っていたけれど。
自分が自分ではないと言われても、内面は穏やかなもの。自分に起きたことというより、それこそお伽噺を聞いたような気分だ。ショックを受けるよりもずっと前の段階にいて、現実味がない。
「お兄ちゃんと同じ姿をしていたから、中身がすり替わっていたなんて、他の誰も気づかなかった。
当の一葉すら自覚がなかったんだと思う。当たり前だ。お兄ちゃんの頭を使ってものを考えてるんだから、記憶だって本物のハズだ」
にわかに信じがたいことだけど、そう言われれば納得できることも多い。
双葉のパレスでは、こちらの僕が死んだら、次の怪物に僕の役割を被せて続きを演じさせるのだという。
替えの利くもの。あるいは、デコイとも呼べるようなもの。僕は…一葉は、双葉の認識の中で元々そういう人形として認識されていた。
それに、パニックに陥っていたとき、双葉が決まって呼んでいたのは僕ではなく、“お兄ちゃん”だった。
この僕とお兄ちゃんと呼ぶ存在を分けて考えていたことになる。
「姿形や名前には力がある。
怪盗団は“怪盗”のイメージを使って、映画の主人公みたいな振る舞いをしているし、猫がバスに化けるのは当たり前のこととして世界に処理される。
逆に言えば、認知世界では人々に膾炙した物語になぞらえて自分を改造できる」
多くの人のイメージが形を作るなら、多くの人のイメージに寄せて自分を変身させることさえできるという理屈はもっともらしく思える。
双葉の作ったお守りも、日本の古い信仰に基づいて力を持った本物だったと言える。
「初めて認知世界に足を踏み入れた一葉は、自分を装置に変えた。わたしが死を選べないように大掛かりなまじないを施したんだ」
「“最後の一葉”?」
その物語のことはよく知っている。宝物入れに仕舞ってある、数少ない母からの貰い物の一つ。
「そう。
病状に伏した娘が、窓の外の壁を伝う蔦の葉を見て、あの葉がすべて落ちる頃に自分は死ぬのだと信じた」
一枚、また一枚と落ちていくのを数えている娘に、他の人たちはそのような考えは持つべきではないと窘めた。そして、最後の一枚だけが辛うじて残っているところに嵐がやってきて…しかし、葉は落ちなかった。
「残った最後の一葉は壁に描かれた絵だった。
本物の蔦の葉じゃないから、落ちるはずもない。嵐の中で絵を描いた老画家は、娘を救う代わりに命を落とした」
物語が、まじないとして機能する。
「一葉がいる限り、わたしは死ねなくなる」
しかし、そこにある一枚の蔦の葉は、既にどこかへ散ってしまっている。後に残ったのは、精巧に描かれた絵に過ぎない。
「なんで、そんな事を…?」
本物はどこへ消えたのだろう。
双葉のことが心配なら、なぜ“お兄ちゃん”は自分を消し去ってまで、この僕を残したのだろう。再会した後に、支えて寄り添っていくのではいけなかったのだろうか。
「分からない。この葉にはあの壁画の場面が記されているだけだ」
双葉の言ったことの多くは仮定に基づいている。口にしたところまでは確信めいたものがあるようだけど、それ以外のことは分からないこともあるようで、はっきり認めた。
「この時のわたしは、わたしがおかあさんを奪った挙句、死なせちゃったから、お兄ちゃんは自暴自棄になってそんな大それた事をしたんだと思った」
「それは…」
「分からないって言った。一葉にも、お兄ちゃんが考えてたこと、分からないんだ」
「…うん。これまでの話すら実感ないし」
夢として記憶を取り戻せば、少しは実感を伴うのだろうか。
「どこかに、もっと肝心な記憶もあるはずだ。今の一葉は沢山の葉を散らして、大切な記憶…自分が何者かまで無くしちゃったから」
双葉は枯れた蔦の葉を両手で丁寧に持って、僕に差し出した。“駅”ではうっかり踏んだこともあったっていうのに、扱いに差がありすぎだ。
「返す」
「うん」
蔦の葉を手渡される。渡しても大丈夫と判断されたのだろうか。
ただの枯れ葉に見えるこれは、双葉が言うには情報媒体なのだという。乾ききって固くなった葉脈に指を這わせる。
…何も起きない。
双葉みたいに葉の状態で読み解けたら良かったのかも知れないけれど。
「昔は、ニセモノがお兄ちゃんのふりして暮らしてるの、不気味だったし許せなかった。一葉が諸悪の根源なのかもって思うくらい」
返してと怒鳴っていたのは、これが理由か。
ある日突然、双葉そっくりのニセモノが現れて、それが双葉だと他の誰も疑わなかったら…うん、同じ反応をする自信がある。いや、やっぱり怖すぎて怒鳴るとかできないと思う。
「今は、一葉には悪意なんてないって思ってる。ずっと側にいて、わたしがそう思えなくても、死んでほしくないって思っててくれた」
「まじないの機能かもしれないよ?」
「つまんないから茶化すな。娘の命を繋いだのは絵の方だ」
双葉は少し苛立ったようで、足先でこちらの脛を小突いた。痛い。
絵の具以上の価値がついてしまっている。高く買ってもらうほどのものでもないと思ったけれど、双葉の“お兄ちゃん”が自分と引き換えに用意した絵ならそのくらいの価値はつくのかもしれない。
それでも、絵は病を治せない。
絵などなくても娘は自分の力で病を治したのだろうし、回復したら病で気が弱って妙な思い込みをしていたのだと後で笑い話にするだろう。
まじないは、本来その程度の力しか持たない。
「言い忘れてた。…妖精のことは信用しないで」
「どうして?」
「お兄ちゃんの目的が何にしろ、一葉に自覚がないなら、自分が仕掛けたまじないがうまく機能しているか監視機能を別に用意するはずだ。わたしならそうする」
それが、リャナンシー?
確かに、前の契約が残っていることに気づいたとか何とか言っていたけれど。まさか、それが“お兄ちゃん”との契約ということなのだろうか。当人…当妖精がいないから問いただすこともできない。
「妖精が自ら一葉から離れようとしたんだろ?
単に監視が必要なくなっただけならいい。でも、必要なくなったのが一葉だったら、困る」
「ええと、月が綺麗ですねってこと?」
「だいたい合ってる」
合ってた。
いや。そうは言っても、必要なくなったからといって困ったことが起きるとは限らないのでは。
「何が困るの?」
「……ない」
「え?」
よく聞き取れない。
「二股は許されない」
「…なんて?」
今度は聞き取れたけど意味がわからない。今その話関係ある?と聞き返すより前に双葉は説明をつけ足した。
「わたしは、お兄ちゃんでなくて、一葉を選んだ。
だから、お兄ちゃんへの未練は捨てないといけない」
なるほど、分からん。
頭のなかで先の言葉を反芻していたら、双葉は僕の腕をつかんで自分の方に引き寄せた。腹側に抱え込むみたいに抱き寄せられた。急なことで頭の中が真っ白になる。
突如、風圧が髪を揺らした。
顔をそちらに向けたら、包帯のような白布が石畳を貫いているのが視界の端に見えた。物理法則…は認知世界には元々あってないようなものか。
少し遅れて栗色の長髪が一房床に散らばる。
こんなことができる存在は、一人しかいない。
『…骸に魂が還るとき、復活は果たされる。体は一つ。魂が二つ。余分は排除する必要がある。そうだろう?』
お出ましだ。
王の衣装に身を包んだ双葉がこちらを睥睨している。これまでの経緯はすべて見ていたのだろう。
冷たい金の瞳が、僕らを舐めるように観察している。
蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。全身の産毛が逆立って、ここから逃げろと本能が警鐘を鳴らす。
『わたしは兄を取り戻す。ニセモノには死んでもらう』
驚くほど冷たい声とともに、純粋な殺意の刃先がこちらに向けられた。
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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