ぽこあポケモンならモジャンボ博士が好き。
後のポケダン世界であると言うことで、ポケダン新作が来ない苦しみを誤魔化しているので初投稿です。
夢を見ていた。
「知らない。お前なんて知らないっ。お兄ちゃんはどこ? 返してっ!」
双葉のパレスで見た光景と、そっくり同じ。
葉に残された記憶を呼び水として、この僕に至る前の記憶までもが呼び覚まされていく。
はじまりは暗闇の中。
己は周囲の闇との境界を持たず、したがって自己を持たないものだった。周囲を知覚する術は、“本”に記された文字をおいて他になかった。
だから、これより先は後付けの“想像”である。
己が端から解けていきそうなほど侘びしい場所だった。どこまでも続きそうな線路だけが伸びている。光源は今にも寿命を迎えそうな蛍光灯の灯りだけ。己はそこに向かってまっすぐに進んでいた。
走光性があったわけではない。目を持たないのだから明るさなど認知できない。己が引き寄せられたのはもっと別のもの。
明滅する灯りの下に、小さな体が横たわっていた。
人間の子ども。無傷のようだ。
誰にも目をつけられていない。
理由は明白だ。ここに住まうものには分かる。
だって、生命力や魂はすっかりなくなっている。ほんの一滴残っているか否か。この場所に住む体を持たない存在たちにとって、何の力も宿ってない肉の塊は搾油済みの菜種と同程度の価値しかなかった。
だらりと伸びた四肢。血色の悪い顔。
通常、生命が持つような活力の一切が感じられない。
しかし、生きている。
服の柄の重なりが繰り返し変化している。腹が動いているのだ。
首筋に指を触れれば、途切れることのない鼓動を感じ取れただろう。意識こそ失っているようだが、全身の細胞は活動を続けている。筋肉は弛緩しきることはなく、彼の尊厳を守っていた。
丁度いい。これにしよう。
ずっと体が欲しかった。
これがあれば、己は完成に近づく。
なぜ、人の心の海に子どもの体が落ちているのか、そんなことも知らぬまま、己は“彼”に成り代わった。
(やった…! やった……!!)
人の体は素晴らしかった。
まず、境界がある。己の他の者を間違うことはないだろう。
次に、感覚がある。光を、音を、匂いを感じ取れる。目を閉じていたって、肌に触れる風の強さを、温度を、己の手や足や心臓がどこにあるかだって分かる。
ことばがある。記憶や思考力もある。意思が、欲望が、ありとあらゆるものが人の体にはある。
この地に住まう誰からも見向きもされなかったこれは、けして無価値なんかじゃなかった。
世界を捉え、世界を変えるに足る資格。生命とはきっとそういうものだ。
伊達に38億年かけて最適化していない。
ただ存続することを望んだ物質の集合体が、その為だけに全てを注いで辿り着いた一つの境地。緻密に組み上げた、この世で一番精巧な機構。
そして、素晴らしいものには神が宿る。
心。
人格。
あるいは、幻想。
それは、自分とは異なる新たな生命を生み落とすほどに力強く息づいている。ほんの子どもである“彼”にさえ。
今までの物事がほどけ、“彼”の知性が己を作り変えるようだ。
僕はこの日に生まれた。
“彼”の脳で、“彼”の枠組みで捉え直した世界は、刺激に満ちたものだった。
自分がいる場所が分かる。仰向けになっている。線路の上だ。そう、これは線路といった。指に触れるざらざらしたものは枕木。それからゴツゴツしたのは砂利。光っているのは蛍光灯。電車が通るための設備だ。
見たこともないけれど、“彼”が知っている。
(…双葉。血を分けた特別)
とりわけ、“彼”の記憶に鮮烈に刻まれているのは“彼女”だ。
思い浮かべるだけで、どこかホッとするような気持ちになる。口元が緩む。想像だけでこれなら、会ったらどんなだろう。
「ふたば」
発声してみる。世界に音が増えた。好きなものを呼ぶ音だ。こんなこと、今まではできなかった。嬉しい。
何度か繰り返して、やっぱりやめた。それは幼稚なことだ。“彼”の理解するところでは。頭の中で音をなぞるだけでいい。
(双葉を守らないといけない)
“彼女”は少し、他の人と合わせるのが苦手らしい。普通にしているだけで周りとの摩擦を生む。妹がうまく人の間で生きていけるようにするのは、いつも兄の役割だった。
決まっていることだ。
“彼”の理では、それをするのが当然であって、自分も妹も母も他の誰も曲げられない。
そうするべきだと信じるから、自らの中に巣食う自明の理に従わなければならない。その対象が、他者からよい行いとされる行動であったことに感謝さえする。
“彼”だって、別に他の人間との付き合いが得意なわけではなかったけれど、幸いにも“彼”は生き物に興味があった。
生き物を愛する以上、動物であるヒトの行動学に興味を抱かない理由はない。分かりたいと思った。観察と模倣…それと母への質問を繰り返し、人並みとはいかないまでも他者の感情の機微を推測できるようになっていた。
ああ、落ち着かない。
決まりごとに背いている。ここに双葉はいない。
“彼”は驚くほど多くのことを知っていた。
自分の種族…今まで過ごしてきた人間としての生活経験。学校での勉強。本やテレビで見た知識。
それらによれば、母を亡くした自分たちは離れ離れになっているのだという。
自分は病院に。
双葉がどこにいるのかは分からない。おそらく、どこかの保護施設だろうと予測は立てられるものの場所までは知りようもない。
(僕はどうして、こんなところに…?)
直前のことは思い出せない。
入院が決まった自分は病院のベッドで眠っていたはずだ。
双葉を捜しに行くにしても、失敗のリスクが大きすぎると判断してやめた…のだと思う。病院からいなくなったと知れたら大きな騒ぎになるに決まっていた。
それなのに、なぜ人の心の海に?
なんにせよ、こんなところで寝ている場合ではない。
起き上がってみる。やり方は“彼”の体が覚えていた。歩くのもできる。あっちに行こうと思うだけで、半ば自動的に動くのだから面白い。
唯一の難点はバランスが悪いこと。子どもは頭でっかちだからか、ふらふらして転びそうになる。線路をよく見たまま歩こうとしたのがいけなかったみたいだ。
“彼”はそんな動きをあまりしたことがなかったのだろう。人の体は複雑で、意識して動かすのは難しい。
行き先は分かっていた。上だ。“彼”のあるべきところは、この上にある。体さえあれば這い上がれる。
調子に乗っていた。
それまでの己は弱く、この世界の住人にとって価値のない存在だった。この体もまた、生命力と魂をほとんど失って価値がなかった。しかし、己は“彼”の体に価値を見出したように、自我を持つ人間を価値あるものとして捉える存在はいた。
ここは人の心の海。人間に対して何かをする、という伝承を持つ存在は多いのだ。
『オマエ、美味そう。マルカジリ』
例えば、人間を食べる、とか。
必死に走って逃げた。
人間の体はすぐに疲れてしまって、そう遠くまでは逃げられない。息が苦しくなって、普通に逃げても振り切れないと気付いた時、曲がり角に逃げ込んだ。
息が変だ。勢いの強いのが多く混じるようになってきた。咳といったっけ。
隠れなきゃいけないのに、これでは見つかってしまう。止まらなくて、目の端に熱いものが滲んだ。意思とは関係ない動きのようだ。胸が痛い。これ以上は逃げられない。
背中に嫌な汗が流れて、体をこわばらせた。
(…怖い、んだ)
そうだ。
怖い。終わりが怖い。いつまでも世界に存在し続けたい。心臓が煩くて、どんな小さな音も聞き逃すまいと耳が敏感になっている。
早く何処かに行ってくれ。知らず手を合わせていた。自分の力でどうしようもないものに出くわしたとき、人は祈るのだと“彼”の知識が言う。
(かみさま…)
自分を追い立てているものも神かもしれないというのに、何とも分からぬものに祈った。
『あなた、弱いのね』
一人の女妖精がこちらを見下ろしていた。
終わりを覚悟した。見つかってしまった。さっきのとは違うけれど、さっきのよりも強い。
本能的に理解する。圧倒的な格上。勝てる見込みなど万に一つもない。この妖精にとって、己など吹けば飛ぶような存在と言えた。
『でも綺麗よ。ねえ、あなた。私の恋人になってくださらない?』
「…へ?」
そのまま、契約を結んだ。
生命力を対価に力を貸す。至極単純かつ僕に都合がいい契約だったが、妖精は満足げだった。どうも、その行いが彼女…リャナンシーの伝承そのものらしい。
妖精の力を借りて、僕は現実世界へと戻った。
“彼”の記憶によれば、この白とクリーム色のカーテンに囲まれた空間は病院のベッドだ。入院しているから自由に何処かには行けない。
ここで目を覚ましたら、ナースコールというのを押すものらしい。何かのドラマでやっていた。
「一葉くん、おはよう」
やってきた看護師の人に、おはようございますと返した。
「双葉は?」
「双葉ちゃんは今は安全な場所にいるよ」
嘘だ。“彼”はそう確信した。
今すぐにだって、ここを出て双葉を捜しに行きたい。しかし、脱走なんてしたら大変な騒ぎになって、双葉の安全に支障が出る。
大人しくしていよう。言うことを聞く、素直で扱いやすい可愛い子どもを演じていよう。“彼”の結論をなぞるように、決定を下した。
それから、いくつか質問をされた。
「一葉くんは今どうしてここにいるか分かる?」
「入院しているから…?」
「そうよ。じゃあ、今日は何月何日?」
「8月22日」
「今日は23日。昨日のことは覚えてないかしら?」
ああ。そうか、記憶が1日分抜けてるのか。入院することになった21日の夜ではなく、22日の夜の出来事だったらしい。道理で記憶が繋がらないはずだ。その一日に何かがあったのだろう。
決定的なことは分からなかったが、その後、看護師たちが噂話をしているのを耳にした。
「昨日のこと、覚えてないみたいよ」
「肝が冷えたわ。神隠しみたいじゃない。エントランスに一人でいたの。あたし、これからなんて報告書いたら…ああもう」
「熱せん妄じゃないの? 家に帰ろうとしたとか、その辺だと思うけど」
「でもほら、あの子は」
何かとても大変な仕事を増やしてしまった気がする。
昨日の記憶が曖昧だ。認知世界から病院の入り口まで戻って、巡回していた看護師に保護されたということなのだろうか。
あとで妖精を問いただしたら、次のようなことを言っていた。
『突然消えたこと、怪しまれたくなかったのでしょう? 魅了をかけておいたの。上手く誤魔化せたようね』
便利だ。魅了状態。
契約した相手に平気で攻撃に類する行動をとってくるあたり、油断ならないけれど。
それから数日、僕は双葉と再会した。
看護師たちの噂話になるくらい派手に罵られて呆然としていたら、僕は双葉と再び引き離された。
双葉は記憶の中の“彼女”とは違って、どこか怯えていた。最後のほうは、何も言っていないのに煩いと耳を塞ぎ、半ば狂乱状態に陥った。“彼”の想像通りなら、“彼女”は酷い目に遭っていたはずだ。既に他者の手によっておかしくされていたのだ。
守るべき対象だった。なのに、僕は“彼女”を傷つけるだけだった。
病室で一人考える。
なぜ、“彼女”は泣いたのだろう。
“彼”の脳はすぐに回答を出した。悲しませたのだ。“彼女”が会いたいと願っていたのは、この僕ではなくて“彼”だった。同族と似て非なるものを人間は嫌う、と。
己は“成り代わり主”と呼ばれるものだ。
人に成り代わり、別の世界より渡った存在であると自己認識する怪異。新たに人の心の海に生まれ、ここに根付くかもしれないもの。
人の心の海に生まれ落ちたものの端くれ。ここの存在は自らの伝承に従った姿形、行動をとるものだ。むしろ、若輩者の己を形作る根拠はいまだ薄く、存続するためには伝承通りの行動を取って存在強度を高める必要があった。
かつての己に、思考と呼べるほどの知性はなかった。
歳経た幻想と異なり、己を記す“本”はまだ紙切れと言ったほうが適切で、使えたものではない。高度な動物のように演算装置…脳を持つわけでもない。
しばらくの間、何食わぬ顔で群れの中に留まって、得られるものをすべて得たら次の獲物を探す。これを繰り返して力をつける。生まれたての幻想である己が持つのは、その機能だけだった。
だから、望むまま、欲するままに手を伸ばし、“彼”から全てを盗り上げた。
本来、己は自我の未熟なものに成り代わる存在だった。そうでなければ、己の入り込む隙間はない。
赤子や幼児くらいなら、前の存在はまだ世界と相互の関わりが薄い。親と子だけの世界に彼らは生きている。違和は生まれないか、少なくて済んだ。
(けれど…)
“彼”は既に、ひとりの人間だった。
それまでがあった存在に成り代わるということは、単にその人間を殺めることとはまるで違う。
分かる。分かってしまう。
“彼”の体を得た今なら、自分にも理解できた。得られるはずだったものの損失も。積み重ねてきたものを掠め盗られる苦痛も。
今の自分に与えられるもの全て、本来は“彼”が受け取るはずのものだった。
なんて、罪深いことを。
「…償わなきゃ」
そして、幼い“彼”は逸失利益に対する補償という考え方を既に知っていた。
なんとしてでも、“彼”を見つけ出して、この体を返すのだ。そうでなければ、申し訳が立たない。
次は行方不明にならないように、時間を決めて人の心の海へと潜ることにした。ここ数日で巡回時間は把握していた。
妖精を説得するときに生命力を一気に持っていかれて大変だったけれど、それも必要経費だ。
『ああ、来たんだ。思ったより遅かったね』
果たして、心の海の表層に“彼”はあった。
駅の入口。たくさんのエスカレーターが並ぶ空間で、“彼”は止まった手すりのうえに座って足をブラブラさせていた。こちらに気づくと、ぴょこんと降りて笑顔を浮かべた。
『君の言いたいことは分かっている。ぼくだからね』
「ごめんなさい。すぐに体を返します」
“彼”は首を横に振った。
『その上で、お願いがある。君が代わりにぼくを続けてくれないか? 双葉を一人にするわけにはいかない』
「どうして? できません。だって、双葉に泣かれちゃった」
『やることができたんだ』
頑な姿勢から、彼の中の決まり事が一つ増えたのだと分かった。
それに従わねばならないから肉体を捨てた。普通ではないけれど、人とは少しズレた位置にいる“彼”ならやりそうに思える。
「やることって? 双葉よりも大切なこと?」
『質問が成立していないよ』
煙に巻かれてしまった。質問が成立していない=双葉のための行動だ、とでも言いたいのだろうか。
“彼”はそれ以上は言及することなく、ひらひらと手を振った。
『君もぼくなら上手くやれるはずさ。そのために必要なことは全部残しておいた』
「でも…」
“彼”と違って、僕はあくまで偽物だ。
生まれたての伝承において、成り代わり主というものは、もともとの性能より劣化するものである。
“彼”はどう思っていたのか分からないけれど、僕は“彼”ほどこの体を上手く使いこなせない。体を受け取ってもらえなかった以上、僕が僕のまま双葉を守らなければならなくなってしまった。
双葉との関係は修復不可能に思えた。
既に偽物だと見抜かれている。この先、どうして許されることがあるだろうか。
『いいかい、君は残った一枚に宿ったかみさまなんだ。
ぼくでは双葉の支えとなるには足りない。けれど、君にはできる。君は人を生かすための存在なのだから』
全部、“彼”の企みだったらしい。
騙したの、と言おうとして、その時の自分には騙されるほどの知性もないことを自覚した。説明を求めるなんて高度なこと、人間じゃなきゃできない。
「もともとそのつもりだった?」
『そうだね。でも、良かったでしょう? 君は少しばかりの罪悪感と引き換えに、人になることができたのだから』
「少しって」
『少しだろう?
うーん、差異が出ている? 君自身の性質かな? それか、使い方の問題か…記憶喪失になった人物が全くの別人格になるなんて話、聞いたことあるな…それに近いかも』
たちの悪い冗談かと思ったけれど、“彼”はそういうことはしない人間だ。残された記憶によれば。
本当に僕が“彼”ならば、確かに思い悩むことなどないのかもしれないと思った。
『ああ、ごめんね。
君がつらいなら、その記憶もぼくが引き受けよう。君はただの一色一葉となる。
…うん、名案だ。そうしようか』
何やら考えていたけれど、“彼”の思考は一人で完結したらしい。
“彼”の手に一枚の葉が浮かび上がった。記憶が少しずつ葉へと書き写されていっているのを感じる。
『リャナンシー、お願い』
妖精は“彼”の言葉に頷き、魅了の呪文を唱えた。やけにあっさり仲魔になったと思ったら、“彼女”もはじめから“彼”の手下だったらしい。
きっと、それも忘れてしまうけれど。
穴開きの記憶は、人の心の海から吸い上げた常識や自分自身による推論によって埋められて、違和感のないものへと改変されていく。
人はしばしば記憶を作る。
昔なじみと過去の話をしたときに整合性が取れない、なんてことは誰しも経験することだ。筋の通らないことを、存在しない記憶で補完する機能があった。
そうして、僕は自分が何者であるか忘れてしまったのだ。
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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