「49点…だと…」
微生物が作った機械がよ。
ボクシングクリーチャーとの邂逅から数日。
俺はカラオケルームにて、膝から崩れ落ちた。
点数がまるで上がらん…!何故だ…!何故にきらきら星すらこの点数なのだ…!
俺が音感のおの字も知らない幼稚園児よりも音痴だとでも言うのか。…言ってるな!だって機械だもんな!正確だもんな!
だが、認めるわけにはいかん。俺はこの世界の造物主。微生物が作り出したものに負けるなど、プライドが許さない。
…いや、しょっちゅう負けてるけど。なんならもうプライドズタボロだけど。
「じゅーす…」
グラスの桃ジュースが切れてしまった。
荷物を手に個室を出て、ドリンクバーへと向かう。
ここのカラオケのドリンクバーはちょっぴり豪華だ。そこらのファミレスに引けを取らない。…あ、ソフトクリームまである。ホットチョコも気になるな。
不摂生がまるで気にならない体最高。セカイ系彼女に生まれて良かった。どんだけ食べても無に帰るから太らないし。
マグカップとトレイを取り、欲望のままに名だたる糖質将校たちを並べていく。
築くは糖質帝国だ。そんなことを思っていると、背後から声をかけられた。
「あれ、真白さんだ」
俺と同じくカラオケに来ていたのだろう。
そちらを向くと、吉良 アカリがにへらと締まりのない笑みを浮かべていた。
「吉良さん、しばらくぶり」
「しばらくぶりー。ヒトカラ?」
「うん。ちょっと、敗北感を拭いたくて…」
「あー…」
恐らくはコウくんから聞いたのだろう。
妙に納得したような表情を浮かべ、何度か頷く吉良さん。
「違う。機材が私にいじわるするんだ。決して私が音痴というわけじゃないんだ」
「その言い訳しちゃう時点で自己紹介してるようなもんだよ」
違う、俺の力はこんなものじゃない。前世はちゃんと点を取っていたんだ、多分。
通ってたかどうかすら曖昧だから自信を持って言えない。
記憶の穴が目立つようになってきた。
前世と似たような世界だからか?…それすらも曖昧なような気がしてきた。
俺の前世って、本当に存在したのか?
遠い昔の記憶。俺のことが記載されていたアカシックレコードを覗いても、俺の前世については書かれていなかった。
…いけない。そういうのを考えるのは1人きりの時だ。この世界に旅行に来てるんだ。わざわざナーバスになる必要はない。
そんなことを思っていると、吉良さんが「そうだ」と思いついたように口を開いた。
「よかったらコツ教えよっかー?」
「え?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……とまぁ、自分の声に合わせてキーをいじるだけでも結構点もらえるよ。
まずは自分に合ったキーを見つけよっか」
陽の者、恐るべし。
96点とかいう頭のおかしい数字を叩きつけられた俺は、生返事を返す。
入れる歌は、もちろんキラキラ星。
ネタに走ってるわけじゃない。これくらいしか歌えないのだ。この時代になると、大半の歌はパンピーに歌わせる気がないから。
カラオケに収録されることを考えろ、とタブレットに流れる人気曲たちに愚痴をこぼし、俺はマイクを握る。
「………キー以前の問題だったかー…」
そんな呆れが溢れる。
キーって結構基礎の部分ですよね?それ以前の問題ってなに?
俺は歌い終わるのを待たず、演奏中止ボタンを押す。
「ど、どこがダメだった…?」
「ちょっとテンション落ち着けてみよっか。
ノると高く歌っちゃう人いるから」
なるほど。カラオケに来たという感動が出てしまっていたのか。
心を落ち着け、もう一度キラキラ星を流す。
「お、うまいうまい。そんな感じ」
けっこうやれるじゃん、と褒め称える吉良さん…、いや、吉良師匠。
歌い終わった俺に待ち受けた結果は、75点。
その数字を見た途端、俺は年甲斐もなく雄叫びを上げた。
「っしゃァァアアアアアッ!!!」
「わっ、びっくりした」
見たか微生物が!俺が本気を出せば70点なんて簡単に超えられるんだよ!
達成感と勝利の余韻に浸り、俺はふとあることを思い出す。
あれ?コウくんが叩き出したの、86点とかじゃなかった?なんならイオちゃんは79点じゃなかった?
誰にも勝ててない、という事実に至り、俺は途端に真顔になる。
「次入れるね…」
「テンション落差すごっ。どしたの?」
「いや、守仁くんにもイオちゃんにも点数負けてるってことを思い出して…」
「あー…。アタシら、結構行くからね。
それなりに上手い自負があるよー」
それなりで96点とか出すな。
ツッコミを飲み込み、次の曲…大きなのっぽの古時計を入れようとし、止まる。
あれ?もしかして今、コウくんのことを聞くチャンスなのでは?
どうして忘れていたんだ。
俺の目的はカラオケで勝つことではない。
もちろん、憎き炭酸四天王を倒すことでもない。コウくんとお近づきになることだ。
自分の間抜け具合に辟易しながらも、俺は彼女に問いかけた。
「吉良さんって、このあいだも守仁くんと出かけてたよね?仲良いの?」
「うむ。実はツミキちゃんと合わせて3人の幼馴染なのだー」
身近に彼女候補が2人もいるじゃん。なんで彼女欲しいって叫んだんだよアイツ。
…いや、片方は避けたくなる気持ちはわかるけど。
あんなに発言がシモいとちょっと引くよな、と思いつつ、俺は吉良師匠に問いかける。
「ふーん…。それじゃ、2人とも守仁くんのこと好きなんだ」
「え、あ…、う、うん」
急にしどろもどろになり始めた。
顔を真っ赤にさせ、視線を泳がせる。
先ほどの余裕ある態度は何処へやら、そこには恋という感覚を恥じらう思春期の乙女がいた。
「…惚れたきっかけとか、聞いてもいいかな」
「……ちょっと重い話になるんだけどね。私たち3人、同じ養護施設の出なの」
「………なんか、ごめん」
「いいよ、別に隠してることでもないし」
気まずいことを聞いてしまった。
コウくんが養護施設出身なのは事前に把握していたが、まさかハーレムのうち2人が同じ施設の出だったとは。
もう少し詳しく見ておくべきだったか。
「最初はただの共感だったんだけどね。
ほら、守仁くんって面倒見いいじゃん?
悩み事とか相談してるうちに、いつの間にか好きになっちゃって。
多分だけど、ツミキちゃんもおんなじ感じじゃないかな」
なるほど。不幸な因果が集中する分、女に好かれる体質だったか。
彼の不幸に彼女が巻き込まれ、彼女の不幸に彼が巻き込まれ。
その繰り返しで好意を自覚していったと。
…本当になんで彼女が欲しいなんて叫んでたんだ、アイツ。
もしかして、タイプの女が軒並み脈なしだったとかか?それか、フラれることを「受けるべき不幸」として処理されているか。…後者だな、多分。
小さな不幸で分散させないと確実に死ぬような収束っぷりだったもんな。
そんなことを思っていると、吉良師匠が俺に問いかけた。
「それ聞くってことは、真白さんも狙ってるんだよね、守仁くんのこと」
「んー…。興味はあるけど、そこまでかな。
仲良くなりたい程度」
俺がコウくんを気にしてるのは、その不幸に対する同情と罪悪感だ。
どういった不幸がいつ起きるかなど、細かい部分は覚えてないが、大なり小なり数々の不幸が待ち受けているのは覚えている。
その不幸を未然に処理すべく、俺はコウくんとお近づきになりたいのだ。
なんでそんな大事なことを忘れていたんだろうか。…思い出した。自販機帝国に負けてたからだわ。
俺が1人納得していると、吉良師匠がほくそ笑む。
「ふっふっふっ。はじめはみんなそうなんだよ…。そこから段々と好きになっていく…。
それが守仁 コウという男の魅力なのだよ…」
自分の性別すら定かでないのに、微生物相手に恋ができるのだろうか。
そんなことを思いつつ、俺は「次入れるね」とタブレットを操作した。
この時、俺は気づくべきだった。
俺がここに来たことで因果律が変わる可能性。それを考慮し忘れていたことを。
世界のルールは、造物主である俺に対しても残酷なまでに公平であることを。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「はー…。80の壁は高いな…」
翌日。本来の目的を思い出したとは言え、カラオケで勝ちたい気持ちがあるのは確かだ。
大きなのっぽの古時計やキラキラ星なら、79点という高得点を叩き出せるようになった。
80点を超えるようになったらもう一度リベンジするか。
そんなことを思いつつ、会計を済ませると。懐に入れていた携帯が鳴った。
「あれ、コウくんからだ」
画面に映る文字列はコウくん。今日はイオちゃんとランニングじゃなかったか。
俺は訝しみながら、通話ボタンをタップする。
「はい、もしもし?」
『真白さん、小川さんのこと見てないか?』
「見てないよ。今日は守仁くんと一緒にランニングするとは聞いたけど」
『そうなんだけど…、待ち合わせの場所に来てないんだよ。電話しても出ないし。
最近、真白さんと仲良さそうだから知ってるかなと思って』
「ふむ…。私の方も知ってそうな人に当たってみるよ」
『うん、よろしく』
ぴっ、と通話が切れる音が響く。
…なんか嫌な予感がするな。千里眼でちょっと覗いてみるか。
イオちゃんの場所、イオちゃんの場所…。
うーむ。この千里眼、検索機能が使えないのが痛い。こと検索となると、どうやってもアカシックレコードの一部を使うから無理なんだよな。
それでもこの街くらいならどこでも覗ける。イオちゃんの気配を捉えれば一瞬だろ。
アカシックレコードにアクセスできるって便利だったんだな。スマホを取り上げられた子供のような気分だ。
広辞苑を引くのと同等の面倒臭さがあるな、などと思っていると。
「お。見つけた」
それらしき気配が見つかった。
ここは…、どこかの路地裏だろうか。イオちゃんの家からそれなりに離れてる。
人通りもなかなかに少なそうだ。
明らかに犯罪臭がするな、と思いつつ、その気配がよく見えるところまでズームしてみる。
「………………」
滅ぼしてやる。
…いけない。つい衝動的にこの世界を解体しそうになった。落ち着け。
自分に言い聞かせ、その光景をもう一度千里眼で映す。
櫛でとかし、いつもサラサラだった髪。それが今や、見る影もなく乱れている。
「ちょっと焼けてきたんだよ」と自慢してきた、焼いたにしては白い肌。健康的になってきた証左だった色は抜け落ち、青白くなっている。
喋ると必ず吃音が混じる、愛らしく小さな唇。そこからは嘘のように血が溢れている。
「ヒーローになるんだ」と純粋な夢を語り、精一杯鍛えていた小さな体。それが憎かったのかと思うほどに、夥しい刺創が残る。
言葉を交わすたびに小さいながらも、コロコロと変わった可愛らしい顔。お父さんという身近な夢を見ていた瞳は光を失い、夢を語る口は力を失って開くばかり。
間違いない。小川 イオはひっそりと、惨たらしく死んでいた。
郷に入っては郷に従え。