♢マナ
一週間ほど前、M市で起こった大量魔法少女化テロ事件。この事件を収集するために様々な部門の魔法少女が駆り出され、監査部門からはマナと、魔法少女が1人現場へと赴くことになった。
突然人知を超えた力を与えられたことで、混乱しその場に立ち尽くす人間。こちらは対処は楽だった。捕獲してしかるべき場所へと送り届ける。原因が分かり次第、記憶を消去したうえで元の生活に戻ることもできるだろう。
しかし、中には、力を得たことで自分が選ばれた存在であると勘違いし、暴走する奴らもいる。幸い、魔法少女へと変身したばかりの彼女たちを捕まえるのは難しいことではなかった。同伴した魔法少女がそこそこ戦える奴だったこともあり、参加者リストに載っていた名前はほぼ全て確保することが出来た。
唯一、まだ見つかっていないのは、中学生の少女だ。本来、会場に入るチケットは持っていなかったらしいが、あまりにも悲壮な雰囲気を漂わせていたので、元々イベントに参加する予定だった一人がチケットを譲ったことで紛れ込んでしまったらしい。そういった特殊な経緯もあり、まだ名前も特定できていない。
中学生の少女と聞くと、マナがかつて経験したB市での悲惨な出来事を思い出してしまう。あのような悲劇は、2度と起こしてはいけない。何とか特定して確保を急がなければとしていたところに、第二の事件が発生した。
なんと、このテロを起こした魔法少女集団と思しき存在が、網走にある特別監獄を襲い、囚人を逃がしたのだ。しかも、その後、逃がした囚人の1人である
記憶の消去を行おうにも、拡散された範囲が広すぎる。魔法の国もすぐにこれはフェイク画像であるという情報を流して拡散の打ち止めを図ったが、#♡ちゃんの投稿は止まることはなく、トレンドは魔法少女集団一色。もうどうすることもできない状態だった。
マナは、持っていたスマホを苛立ちに任せて地面に叩きつけようとして、すんでのところで踏みとどまった。スマホは何も悪くない。悪いのはこいつらだけだ。それに、事態の確認のためだけに購入したばかりのスマホを壊すのは少々勿体ない。
「マナさん、これ、流石に現場に行った方がいいですよね?」
同行していた魔法少女が話しかけてくる。この魔法少女は、仕事は早いし無駄な会話もしないので、マナにとってもありがたい存在だった。彼女の上司が嫌な奴だったのでこれまで偏見であまり関わってこなかったが、既に認識は改められている。マナは、少し思案した後、首を縦に振った。
「ああ、そうだな。ただ、まだ見つかっていない中学生の捜索もやっておきたい。こちらに関しては私が進める。お前は専属の足もいるんだろう? 任せていいか、レイニー・ブルー」
レイニー・ブルーは、マナの指示に優雅に一礼し、承諾の意志を示した。その仕草は、この状況では少しばかり腹が立つほどに美しいものであった。
♢レイニー・ブルー
マナから指示を受けた後、レイニー・ブルーは現場から立ち去り、すぐに自分の専属の運転手でもある魔法少女、ハンドルピースに連絡を入れた。連絡を入れて数分後、指定した時間ピッタリに、ハンドルピースの乗った魔法の車がやってくる。
「お待たせっす、レイニー」
「いえ、時間ぴったりです。流石ですね。可能な限り最速で、網走の特別監獄へ向かってください」
「了解っす!」
助手席に乗り込むなり矢継ぎ早に目的地を告げたレイニーに、何の疑問も挟むこともなくハンドルピースは答え、アクセルを踏む。猛スピードで発進する車体、しかし、レイニーの身体に反動はない。ハンドルピースの魔法は、『安全運転第一だよ』だ。ハンドルピースがハンドルを握る乗り物と中にいる乗客は、どんなことがあっても傷つくことは無く、目的地まで運ばれる。魔法の国産のこの車なら、目的地まで1時間足らずで到着するだろう。それまでの間、レイニーは今回の事件の犯人に関する資料を確認する。
#♡ちゃんの投稿により、その素性が確認できた魔法少女は、全部で6人。1人目は、シャドウゲールという魔法少女。彼女に関しては、人事部門から無関係の被害者であるという情報提供がなされている。しかしながら、謎に魔法の詳細に関しては伏せられていたため、正直怪しんでいる。あそこのトップの魔法少女は、あまり信用できるタイプではない。黒い噂もたくさん聞いている。
2人目は、ブルジョワーヌⅢ世。かつて、魔法の国の財源確保に一躍買っていた大物魔法少女だ。レイニーがかつて関わった事件で死んだと思っていたが、どうやら生きていたらしい。彼女が生きていることは喜ばしいことなのだが、つるんでいる連中が良くない。何とか助け出したいところだ。
3人目は、#♡ちゃん。『自分の好きを皆に広めるよ』という魔法で、今まさに魔法の国に混乱をもたらしている張本人だ。その魔法の危険性を危惧した魔法の国が、魔法の詳細を確認したタイミングで特殊監獄に放り込んだと聞いているが、今起こっている事態の大きさ的に、当時の魔法の国の判断は間違っていなかったようである。
4人目は、貴腐人メサメサ。『死体を墓から引きずり出すよ』という固有の魔法を危惧され、#♡ちゃんと同様に特殊監獄へと収監されていた魔法少女だ。#♡ちゃんと比べるとまだ目立った動きはないが、メサメサの魔法は、彼女が直接会ったことのある魔法少女、もしくは彼女がいる場所で過去に死んだ魔法少女を、地面から引きずり出し現世へと蘇らせる凶悪な魔法だ。これで、過去に大罪を犯した魔法少女が大量に蘇ったりしたら大事である。
5人目。RB・フィッシュ。彼女は、前者4名と比べるとやや事情が異なる。というのも、フィッシュは既に死んだはずの魔法少女だということが分かっているからだ。かつて起こった大量殺人事件の犯人が、このRB・フィッシュだと記録されている。その事件が起こったのは、今から120年も前の話だ。
6人目のイニミニマニ・モニカも、フィッシュと同様に過去に犯罪を犯し、死んでいるはずの魔法少女だ。この2人が今生きているのは、メサメサの魔法によって蘇ったからなのか。詳細は分からない。
そして、データにはないが、確認できる魔法少女があと2人。1人は、真っ白な容姿の魔法少女。もう1人は、黒色の包帯で全身を覆った魔法少女だ。この2人は、#♡ちゃんの投稿によればそれぞれジェーン・ホワイトとトラちゃんという魔法少女なのだが、該当する魔法少女の記録は存在しなかった。この魔法少女のどちらかが、今回の事件の発端となった首謀者なのではないかというのは、魔法の国でもある程度共通認識となっていた。
「そろそろ着くっすよ~」
一通り資料を確認し終えたタイミングで、ハンドルピースから目的地が近いことを告げられる。もうそんなに時間が経っていたのか。資料から顔を上げて確認すると、確かに監獄の塀らしきものが確認できた。
「ピースさんはここに待機をお願いしますね」
「了解っす。あ、でも何かあったらすぐ連絡するんすよ!」
心配性なハンドルピースに苦笑しつつ、レイニーは車を降り、監獄の中へと足を踏み入れる。監獄という名前の印象がそうさせるのか、どこか不気味な雰囲気の漂う場所だ。投稿があってから可能な限り早くやって来たこともあり、死体や血だまりはそのまま残っている。
注意深く周囲を観察していたレイニーは、ふとある一点で視線を止める。血だまりの中に、足跡が1つ。実行犯のものではない。それは、ここから出て行く際についたであろう足跡と照合して確認済みだ。しかも、この足跡はレイニーと同様に、特殊監獄のある地下へ続く道へと向かっている。レイニーより先に、誰かがここに来たのか。目的が同じならばいいのだが、そうでない場合は戦闘になる可能性もある。警戒心をさらに高め、レイニーは先へと進む。頭上には、いつ戦闘になってもいいように小型の雲を浮かべておく。
足跡は、それからもぽつぽつと続いているのが確認できた。その足跡が途切れたドアの前で、レイニーは一度大きく深呼吸をし、そして一気にドアを開けた。直後、のど元に刃物の切っ先が突き出される。それを寸前のところで回避し、反撃に雷撃をぶち込もうとしたところで、攻撃を加えてきた魔法少女の姿を見て、レイニーは目を見開いた。
「ま、魔法少女狩り、スノーホワイト!?」
「⋯⋯ごめんなさい。監査の人だったんですね。ここ、魔法が通じにくくて」
武器を下ろしたスノーホワイトは、そう言ってぺこりと頭を下げた。レイニーも慌てて頭を下げ、頭の上の雲を霧散させる。そして、改めて目の前の魔法少女のことを見た。
魔法少女狩りの噂は聞いていた。同じ監査部門に所属している魔法少女。数多くの魔法少女を捕まえた功績から、尊敬と畏怖の意を込めて”魔法少女狩り”の二つ名で呼ばれている。直接話したことは無かったが、顔は見たことがあったのですぐわかった。しかし、咄嗟に2つ名の方で呼んでしまったのは失礼だったろうか。
スノーホワイトは、『困っている人の心の声を聞く』魔法を使うということも、噂で聞いている。先ほど、すぐこちらが監査に所属している魔法少女だと分かったのも、その魔法を使ったからだろう。ここに居るということは、スノーホワイトもレイニーと同様に、この事件の調査のためにやって来たのか。もしそうならば、ここは協力して貰った方が助かる。
監査部門内ではスノーホワイトへの評判はあまり良くないが、レイニーは個人的にスノーホワイトのことは尊敬にたる人物であると評価していた。悪を許さない魔法少女としての姿勢はとても美しいし、見習いたいとも思っている。そこで、早速協力を申し出たところ、スノーホワイトは少しだけ困ったように眉を下げたものの、承諾してくれた。
そして、そのまま2人で地下へと続く扉を探し当て、階段を降りていく。その途中で、色々なことを話した。スノーホワイトは、魔法少女狩りのイメージとは裏腹に、かなり話しやすい魔法少女だった。自分のことはあまり話してくれなかったが、こちらの話をにこやかに微笑みながら聞いてくれた。ついつい、尊敬する自分の上司のことまで話してしまったくらいだ。
しかし、目的の最下層が近くなると、流石にお互い口数が少なくなる。風が運んでくる血の匂いが、この下で何が起こったかを告げていた。
そして、たどり着いた最下層。そこには、開け放たれた牢屋と、その前で倒れる一人の女性の姿があった。血の量と怪我から察するに、既にこと切れているだろう。隣のスノーホワイトの表情からも、それは察することが出来た。
「この人が誰かは、知っていますか?」
「はい。資料によれば、囚人の世話をしていた魔法少女の名前はシキシヨミチ。かなりの手練れと聞いています。この様子だと、最後まで#♡ちゃんと貴腐人メサメサを逃がすまいと戦ったんでしょうね⋯⋯」
スノーホワイトの問いに答えながら、レイニーはシキシヨミチと思わしき女性の死体に近づく。せめて、汚れた身体を雨で洗い流してあげよう。そう思い女性の顔に触れた瞬間、女性はかっと目を見開いた。そして、一瞬のうちに魔法少女に変身すると、レイニーとスノーホワイトの顔を見て、血を吐きながら言葉を紡ぐ。
「あい、つらの⋯⋯手を、汚させないでく、れ。たの、んだ⋯⋯」
最期の力を振り絞ったのだろうか。それだけ告げたシキシヨミチは、ぐはっと大量の血を吐き、再び変身を解いた。慌てて脈を確認するも、既に止まっている。いや、それどころか、この感触は死後硬直も始まっている。死んでいたはずの彼女を動かした思いとは何だったのか。それは、レイニーには分からない。しかし、ここにはスノーホワイトがいる。
シキシヨミチが生き返った瞬間、彼女の心の声を聞いたスノーホワイトは、ぐっと唇をかみしめて天井を見上げていた。その表情を伺うことは出来なかったが、レイニーは何となくスノーホワイトが泣いているように見えた。