♢サブリミナル越子
「お、目が覚めたかい?」
先ほどジェントルマン光雄と一緒に捕まえた少女が、布団の中でゆっくりと目を開く。声をかけてみると、少女はすぐさま魔法少女に変身し、布団から出ようともがくが、少女の身体はサブリミナル越子が布団の上から足で抑え込んでいる。
「あんまり無茶して身体動かすと骨折れるぞ? とりあえず、おとなしくしてくれや。爺さんも俺も、お前を傷つけるようなことをするつもりはねぇからよ」
サブリミナル越子は自分の見た目が幼子にとってはやや怖いことを自覚しているため、努めて優しい声色で呼び掛ける。その甲斐あってか、少女はすんっとすぐに落ち着いておとなしくなった。
「ねえ、君ってまだ幼稚園生くらいだよね? なんであんなことをしていたのかな? 両親は今、どこにいるの?」
少女がおとなしくなったのを確認したジェントルマン光雄が、正面に座った姿勢で問いかけるも、少女は何も答えない。何か言いたそうに口を開いてはいるが、声になっていないという感じだった。サブリミナル越子は、布団の中で少女が腕を動かそうとしているのを感じ取った。少女の視線は、ジェントルマン光雄が没収しておいた籠に向けられている。
「爺さん、その籠の中確かめてくれ」
「ああ、いいよ。うーんと、あ、籠の奥にメモ帳とペンがある。もしかして、これが欲しいの?」
ジェントルマン光雄が籠からメモ帳とペンを取り出して尋ねると、少女はこくりと頷いた。サブリミナル越子とジェントルマン光雄は、一瞬だけ視線を交わす。この少女が自分たちに何かを伝えようとしているのは確かだ。しかし、おそらく魔法のアイテムと思われる籠から出てきたメモ帳とペン、油断はできない。サブリミナル越子がそう思っていることがジェントルマン光雄にも伝わったのだろう。ジェントルマン光雄は元々少女にかけていた魔法の制約を上書きする。
「わたしたちに魔法を使用するのはマナー違反! 使ったらすぐ没収するからね」
そう言ってジェントルマン光雄が渡したペンを、少女は布団の中から腕だけ出して受け取る。サブリミナル越子は、少女が文字を書きやすいように拘束はいったん解除し、その上でいつ暴れても抑えられるように傍で待機しておく。
「まずは、あなたのお名前、聞いてもいいかな?」
『アンナ・シャルール』
アンナは、既にそう書いてあるページを捲り、2人に見えるように広げてみせた。このページが用意されているということは、アンナは喋ることが出来ないのだろうか。そのことには深く突っ込むことはせず、ジェントルマン光雄は笑顔で会話を続ける。
「アンナちゃんか! 可愛いお名前だね。アンナちゃんは今何歳なのかな?」
『6歳』
「6歳かぁ。その歳で魔法少女に変身できるのは凄いね。でも、あんなことしたらご両親も心配するよ? アンナちゃんのご両親は、今どこにいるのかな?」
年齢を尋ねられた時はすぐに動いていたアンナの手が止まる。少し躊躇うようなそぶりを見せた後、アンナはメモ帳にこう書いた。
『知らない。私は捨てられたから』
思わず息を呑んだ。変身前の外見から、家庭環境があまり良くないことは想像していたが、まさか捨て子だったとは。質問したジェントルマン光雄も、かなり気まずそうにしている。
「ごめん、話しづらいこと聞いちゃったね」
『なんで謝るの?』
アンナは、不思議そうに首を傾げながら、メモ帳にそう書いた。アンナは、話すことは出来ないが文字を書き、こうして普通に会話が出来ている。それだけで賢い子であることは確かだ。だが、どうも何か大事なものが欠落しているように感じる。この子は、誰かに心配されたり同情されたりした経験がないのだろうか。
「⋯⋯アンナちゃんは、今誰と一緒に暮らしているのかな?」
『先生と、同い年くらいの子たちと一緒にいる。でも、私がいなくなったことにたぶん誰も気づいていない』
先生とは、児童養護施設の職員のことだろうか。しかし、アンナの返答や、変身前の姿が随分痩せていたことから、あまりいい環境であったとは考えにくい。
「アンナちゃんは、どうしてあんなことをしていたの?」
『あんなことって?』
「この籠の中のマッチで、色んな人の住む家を燃やしてたでしょ? 誰かに命令されてたの?」
『ううん、違う』
「じゃあ、どうして?」
『⋯⋯』
ジェントルマン光雄は、アンナが何故放火をしていたのかの理由についても尋ねたが、そちらに関しては黙ったまま、何も書いてはくれなかった。答えたくないのか、それとも、ただ言語化ができないだけなのか。どちらにせよ、この場ではこれ以上の情報は出てこないだろう。
アンナは、何を思って家に火を点けたりしたのだろうか。おそらく、実の親に捨てられたことや育った環境などが関係あるのだろう。しかし、それはあくまで推測に過ぎないこと。アンナを真の意味で理解するためには、あまりにも出会ってからの時間が短すぎる。サブリミナル越子は、アンナのことを理解してあげたいと思った。目に光のないアンナが、その瞳の裏側で何を考えているのかを知りたい。知ったうえで、それはいけないことだと叱ってやる誰かが、アンナには必要なのだ。
「爺さん」
「なんだい、婆さん」
サブリミナル越子は、ある覚悟をもって、ジェントルマン光雄に呼び掛けた。この声色的に、ジェントルマン光雄はおそらくサブリミナル越子の言いたいことを分かっている。それでも、自分の口からはっきりと、サブリミナル越子は宣言した。
「この子、しばらくの間、うちで預かろう」
「それじゃあ、ご近所パトロールは少しの間お休みだねぇ」
何故などの疑問を挟むことなく、ジェントルマン光雄はサブリミナル越子の提案を受け入れてくれた。流石、長年連れ添った自分の最大の理解者だ。可愛いもの好きが乗じてフリフリのロリータ風のコスチュームに変身しているというのに、こういうところは本当にカッコいい。改めて惚れ直した。
「⋯⋯!?」
唯一、突然の事態についていけていないアンナだけが、困惑した様子で視線を右往左往させている。可愛そうに、おせっかい老人2人に掴まってしまったのがこの子の運の尽きだ。サブリミナル越子は、わざと乱暴にアンナの頭をぐりぐりと撫でまわした。
「覚悟しときな、アンナ。お前が自分の口から全部話してくれるまで、俺たち2人でびっしりしつけてやるからな」
「礼儀作法は私がしっかり教えてあげるよ。まあ、それより先に教えることはいっぱいありそうだけど」
頭に置いていた手を腰に回し、お姫様抱っこの形でアンナを抱き上げ、そのまま居間へと運んでいく。まずは、美味しいご飯を食べさせよう。魔法少女には食事は必要ないが、美味しいご飯は心の栄養剤だ。ジェントルマン光雄の手料理はとても美味しい。きっと、アンナも喜んでくれるはずだ。
腕の中で身を固めているアンナに笑いかける。前を歩くジェントルマン光雄も笑顔だ。アンナだけが、いまだに事態が呑み込めないまま、頭にクエスチョンマークを浮かばせ続けていた。
♢貴腐人メサメサ
「いいねちゃん、そっちはどうじゃ?」
「うーん、まだ見つからないねぇ~。ホントに、こんなところに魔法のアイテムが埋まってるの?」
メサメサと#♡ちゃんは今、ある一軒家の焼け跡の中を捜索している。シキシヨミチとの戦闘によってしばらく両手が使えないジェーンの代わりに、今は他のメンバーが中心となって動いている。メサメサと#♡ちゃんは、戦闘に参加しないことを条件に他の任務についている最中だった。
このN市で2人が行う任務は、大きく分けて2つ。1つは、有用な魔法のアイテムの回収。もう1つは、過去にN市で死亡した魔法少女をメサメサの魔法で蘇生させること。N市では他にもやるべきことがあるので、後からモニカとトラちゃんもやって来るようだが、それまでに果たして自分と#♡ちゃんの2人で任務を終えることが出来るだろうか。
「トラちゃんの魔法で探知した情報によると、この家で一般人が魔法のアイテムを使っていた痕跡があるらしいぞ? 火事になったのは割と最近のことらしいし、持ち出す暇なんてなかったじゃろうから、残っているじゃろという話じゃ」
「トラちゃんって話し方は変わってるけれど色んなことできて有能だよね~。最近になってようやくいいねちゃんも何喋ってるか分かるようになってきたし、う~ん、好き! お? メサメサ、これって魔法のアイテムかな?」
「奇遇じゃな。わらわもちょうどそれっぽいものを見つけたぞ」
メサメサが見つけたのは、シンプルなコットンバック。若干煤で汚れてはいるが、問題なく使えそうだ。何となく、持っているだけで清楚で清潔な印象を与えてくれる。#♡ちゃんが見つけたのは、クリアファイルだ。魔法少女らしきキャラクターが何人も描かれている。
「うーむ、何に使うかは全く分からんが、魔法のアイテムじゃし、きっと何かの役には立つんじゃろう」
「記念にパシャリ! #N市探索、#魔法のアイテム、#メサメサと一緒、で投稿しちゃう~♡」
#♡ちゃんは早速、いつものように写真を撮ってSNSに拡散している。これは本当に拡散していい情報なのか、メサメサは判断できないので止めたりしない。最悪、怒られるのは#♡ちゃんだけなので関係ないのだ。
「ねえメサメサ、アイテム探しはこれでおしまい?」
「モニカ達が来るまでだいたい1週間くらいかかるらしいからのぉ。それまではのんびり観光しながら魔法のアイテム探しじゃろうなぁ」
「観光!? 楽しみ~! いいねちゃん、噂の裏城南とか行ってみたいんだよねぇ。なんかかっこいい名前のヤクザ組織とかいるっぽいし! 写真撮らせてくれないかなぁ~?」
ワクワクした様子で、魔法の端末を掲げて目を輝かせる#♡ちゃん。そんな#♡ちゃんの様子を横目で見つつ、メサメサはのんびりと魔法のアイテム探索の続きを行うのであった。