魔法少女育成計画LastPage   作:赤葉忍

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おいしい朝ごはんと学びの時間

♢ジェントルマン光雄

 

 アンナと一緒に暮らすことを決めた日の夜は、同じ布団に川の字になり、魔法少女に変身したまま一夜を過ごした。アンナの事情は本人の口から聞いたことしかまだ分からず、無条件で信用して無防備な姿をさらすのは抵抗があったからだ。

 

 しかし、そんなジェントルマン光雄の警戒心を知ってか知らずか、アンナは布団の中に入ってから数分も経たないうちに変身を解いて寝てしまい、それを見たサブリミナル越子も、安心したように変身を解いて寝息を立て始めた。寝始めてすぐアンナの身体を抱き枕のようにして密着する越子は、どうやらジェントルマン光雄が想像していたよりもはるかに、アンナのことを庇護するべき対象として扱っているようだ。

 

 寝返りをうった拍子にずれた毛布をそっと掛けなおしてやりながら、ジェントルマン光雄は2人の寝顔を眺める。アンナの寝顔は、変身前だとより一層顔の青白さが目立つが、特にうなされている様子もなく安らかなものだ。こうしてみると、とてもじゃないが放火魔の正体だとは思えない。

 

 2人を起こさないようにゆっくりと寝室を出たジェントルマン光雄は、アンナに対する教育の準備と朝食の準備を始める。幸い、ジェントルマン光雄は魔法少女に変身する前は教師をしていた。魔法少女になってからはどちらも中途半端になるのが嫌でやめてしまったが、教師だった際に使っていた教科書などはまだ残している。その中でも特に、道徳や国語の教科書を中心に本棚から引っ張り出す。

 

 知識とは、財産だ。よく、学校で習ったことが社会に出て何の役に立つか分からないという人がいるが、ジェントルマン光雄の見解は違う。確かに、学校で学んだことで実際にそれを活かすことが出来るのはごく少数だけだろう。しかし、大事なのは知識を得る過程なのだ。学ぶことが無ければ、自分が『知らない』ということを『知る』ことすらできない。分からないことを分からないままにしてしまえば、人間は成長できない。

 

 アンナの口から語られた境遇が真実ならば、アンナはまともな教育を受けてこなかったはずだ。それ故に、おそらくただ単にアンナがしたことは悪いことだと教えても、理解はできない。何故それが悪いことなのか、それを理解するための学びが欠けているからだ。だからこそ、必要なのは『学び』だ。たくさんの知識を得て、考える力を身につけて初めて、アンナは自分のしてきたことが悪いことだと理解できる。

 

 そして、次に必要なのが美味しいご飯だ。頭を動かせばお腹が空く。健やかな精神は、健やかな肉体に宿るもの。当たり前のことだが、案外ちゃんとこれを実践できている人は少ない。アンナの身体を見るに、確実に栄養も足りてはいない。だから、美味しいご飯をいっぱい食べて、少しでも肉をつけることが大事だ。

 

 ジェントルマン光雄の料理のレパートリーは多岐にわたる。日本食から洋食、中華からイタリアンまで、長年の経験で積み重ねた腕前は、そこらのシェフにも負けないと自負しているほどだ。

 

 今日の朝食は、ベーコンエッグと自家製パン、そしてコンソメスープの洋風セットだ。教科書の準備をしていたらいつの間にか日付が変わっていたので、朝食の時間に間に合うよう早速こちらも手をつける。

 

 まずは、パン作りからだ。自家製のパンは、昨夜から寝かせておいた生地を使用する。手早く生地をこね、三日月型に形成。こういう作業はジェントルマン光雄の歳ではなかなかにキツイのだが、魔法少女に変身していれば問題ない。手早く一連の作業を終え、クッキングペーパーを敷いた天板の上に並べて二次発酵をさせている間に、コンソメスープの調理を開始する。とはいえ、仕込みは前日に既に済ませているので、こちらは温めるだけだ。沸騰させすぎないように温めるのが、黄金色の美しいコンソメスープを作るコツである。

 

 

次に作るのは、ベーコンエッグ。フライパンに油をひき、ベーコンを焼く。表面がかりっとし始めたところで、卵を片手で割り、フライパンの上に落とす。いつもは卵の黄身は固めにするのがジェントルマン光雄の好みだが、今日はアンナもいるので少しだけ柔らかめに。子供は半熟の方が好きだとこの前テレビでも言っていた。

 

そうこうしている間に、二次発酵も無事完了したので、あらかじめ220℃に温めておいたオーブンの中に、パン生地を突っ込む。12分ほど焼き上げれば、完成だ。

 

 リビングにパンの焼けるいい匂いが立ち込めはじめた頃、越子がアンナの手を引いて寝室からやって来た。越子の変身前の姿を初めて見たせいか、アンナが困惑した表情を浮かべているのが何とも面白い。ふと悪戯心が湧いて出たジェントルマン光雄は、ここで変身を解除してみることにした。

 

「⋯⋯!!!!?」

 

 アンナは、目が飛び出るほどに驚いて、隣の越子と、光雄のことを交互に見つめている。まあ、魔法少女がいきなり60代の爺さん婆さんになったら誰だってびっくりするだろう。それはそれとしてこの反応はかなり面白い。

 

「やあ、起きたかい。婆さんにアンナ。朝飯はもうできてるよ。あったかいうちに食べなさい」

 

「さすが爺さん。今日も豪勢だねぇ。朝食に普通手作りクロワッサンを出すかいな。まあ、美味しいから些細なことは気にならないけれども。さ、アンナはここに座りな」

 

 越子は、光雄が用意しておいた少し小さめの椅子に、アンナを座らせる。アンナは未だ混乱している様子で、目の前の朝食と、越子と光雄の顔に視線をぐるぐると巡らせていた。しかし、光雄と越子がいつものようにいただきますと言って手を合わせて朝食を食べ始めたのを見て、恐る恐るといった様子で朝食に手を付け始めた。朝食を口に運んだ瞬間、アンナの目は見開かれ、その後は夢中になって朝食を口に運んでいた。光雄は、その様子を見てひっそりと机の下でガッツポーズをしたのであった。

 

 

 朝食がよっぽど美味しかったのか、アンナはクロワッサンを2回もおかわりした。ただ、本人がおかわりを要求したわけではなく、食べ終わった後にオーブンにまだ残っていたクロワッサンにちらりと視線を向けたのに気づいた越子が、渡したものを受け取ったという形ではあったが。これが自分からおかわりを要求できるようになるまでは、まだ一緒にいる時間が短いということだろう。

 

 朝食の後軽く昼寝を挟み、用意していた勉強の時間になった。この時になりようやく、光雄はアンナの変身前の名前が幻燈河灯(げんとうが あかり)であることを本人から教えてもらった。

 

 灯は、光雄が勉強を教えようとした際にも、嫌がるそぶりを見せずにおとなしく座ってこちらの話を聞いてくれた。驚かされたのは、灯の記憶力だ。一度教えたことは、一言一句すべて覚えている。しかも、教科書も読んだページの内容を全て覚えているような素振りさえみせている。確かに、その片鱗はあった。碌に教育も受けていないにも関わらず普通に筆談が出来ているのは、この記憶力あってのことなのだろう。

 

「文字は、施設にあった本を読んで覚えたのかい?」

 

 光雄がそう尋ねると、灯は教科書に視線を落としながら、こくんと小さく頷いた。施設にどんな本が置いてあったかは定かでないが、おそらく教科書の類は無かったのだろう。灯は初めて見る本に興味津々といった様子で、真剣に読み込んでいた。

 

「ちなみに、灯ちゃんが覚えている一番古い記憶って、なんなんだい?」

 

 それは、灯の異常なまでの記憶力に触れ、興味本位で出た質問だった。しかし、灯が教科書を読む手を止め、メモ帳に書いた答えを見て、光雄は先ほどの質問を後悔することになった。

 

『誰かが、私を籠に入れて捨てた時のこと。たぶん、私の両親』

 

 がつんと、鈍器で頭を殴られたような衝撃。何故、この答えが来ることを予想できなかったのか。灯の異常な記憶力は、既に理解していたはずではないか。本来、子供が親から受け取るはずの愛情。それを、この子は受け取ることが出来なかっただけではなく、その真逆ともとれる行為を受け、その記憶が今でも残っている。光雄は、灯がこれまで子供を持つ家庭にばかり放火していたのは、何となくこの過去が影響しているのではないかと思った。

 

 灯にとって必要なのは、愛だ。今、改めてはっきり分かった。これまで灯が受け取るべきだった愛情を、自分たちで与えてあげなくてはならない。光雄は、壁にかけているカレンダーをちらりと見た。

 

 そこには、自分と越子の誕生日に、大きく花丸マークが付けられている。偶然にも、2人の誕生日は一緒だ。そのことがきっかけで話すようになり、結婚まで至った。当然、結婚記念日も同日だ。この日は、2人にとって何よりも大切な記念日。ちょうどあと3日で、その日がやって来る。

 

 光雄は、その日までに灯のために色々なことをしようと決めた。短いが、やれること、やらなくてはならないことはたくさんある。きっと、越子も賛成してくれるはずだ。カレンダーを眺めて一人決意を固める光雄は、灯もまた同じ方向をじっと見ていたことに気づけなかった。

 

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