♢サブリミナル越子
『続いてのニュースです。東京都の私立中学校で起きた事件を皮切りに多くの被害者を出している連続殺人事件の犯人ですが、先日N市においても同様の手口による犯行とみられる殺人事件が⋯⋯』
いつもの習慣で朝のニュースを聞いている最中に、寝室から小さな足音が聞こえてきた。なかなか物騒な事件だが、しばらくパトロールは自粛している身。殺人犯の逮捕は警察に任せることにしよう。越子がテレビの電源を消したちょうどそのタイミングで、灯が眠たげに目を擦りながらリビングに入ってきた。
「おや、起きたのかい灯。おはよう」
『おはよう』
灯はメモ帳を捲って、あらかじめ書かれていたページを見せ、挨拶を返してくる。相変わらずの無表情だが、挨拶をしてくれる程度にはこちらに心を開いてくれたようだ。
『”光雄”は、どこ?』
「呼び方はじぃじとばぁばでいいって昨日言っただろ? ちょっと野暮用でね。昼には帰って来るよ。それまではばぁばとお留守番さ」
越子の言葉が理解できているのかいないのか、灯はぼんやりとした様子でカレンダーを見ている。光雄曰く、灯は物凄い記憶力の持ち主らしいが、こうして見ると表情が少し乏しいだけの普通の女の子だ。この子に笑顔を与えるのが、自分たちの役目だろう。
『光雄が帰るまで何するの? またお勉強?』
「だからじぃじでいいってば。そぉだねぇ。私は爺さんと比べて学はない。そのかわりといっちゃなんだが、こういうのはどうだい?」
越子が灯の目の前に並べたのは、いろはカルタだ。絵柄は今どきの子供にとっては少し古いかもしれないが、遊び方は昔から何一つ変わらない。それに、いろは歌と絡めたこのカルタは、子供が文字やひらがなを覚えるにはぴったりだ。灯は文字は書けているようだが、こういう遊びを通じて何かを学んだことはないだろう。越子が睨んだ通り、灯はカルタを前にしてもピンとこない様子で首を傾げていた。
『これ、何? 絵と、ひらがなが書いてある』
「これはカルタっていう昔からある遊び道具さ。読み手が読み札を読んで、その内容に合う札を早く取った方が、自分の手札に加えることが出来る。最終的により多くの手札を集めた方が勝ち。どうだい、シンプルなルールだろ?」
『読み手と、取る人がいる。いっぱい札を取った方が勝ち。ねえ、これ、2人で出来なくない?』
「⋯⋯灯、あんたやっぱ頭いいね。じゃ、花札に変えよっか」
最初の目論見は外れてしまったが、まあ正直灯と遊べるならなんでもよかったのだ。その後、花札こいこいのルールを教えたところ、こちらも驚くべき速さでルールを把握した。流石に歳の功もあって1回目は越子が勝ったが、2回目は灯が最速で『花見で一杯』の役を完成させてあがってしまった。
「あ、灯、まだ場に札はいっぱいあるよ? こいこいしないでいいのかい?」
『しない。私の勝ち』
「くっそぉぉぉぉぉ!!!」
思わず本気で悔しがってしまった。台パンならぬ床ドンをする越子を見て、灯はどこか得意げに胸を張っている⋯⋯ように見えた。
「も、もう一回! もう一回やろう! な!?」
「⋯⋯おいおい、灯相手に何本気になってる。大人げないぞ?」
灯の肩を掴み、再戦を申し込む越子の背後から、呆れた口調の光雄が話しかけてきた。どうやら、用事を済ませて帰ってきたらしい。越子はごまかすようにこほんと咳払いをしてから立ち上がる。
「ふ、ふふ。まあ、さっきのは灯にも勝ちを譲ってやっただけの話よ。本気で負かして泣かれても困るからの」
『越子、本気だった』
「そうだなぁ。思いっきり本気で悔しがっていたしの。灯はこんな大人になってはダメだぞ?」
にやにやと笑いながらこちらに視線を送る光雄に対し反論したいところだが、ここで反論すればますます大人げないと言われてしまうだろう。何も言い返せずぐぬぬと唸る越子を横目に、光雄は灯の手を取って立ち上がらせる。
「さ、行こうか」
『どこに?』
先ほどの勝利が嬉しかったのか、役を作った花札2枚をポケットにしまうと、灯はメモ帳にそう書き、首を傾げた。そんな灯と視線を合わせ、光雄は悪戯気な笑みを浮かべた。
「楽しい楽しい、大人の魔法少女の遊び場さ」
☆☆☆☆☆
「いえーい、ストライク~!!」
全員で魔法少女に変身して移動すること数分。到着したのは大型のアミューズメントパークだ。そこのボウリング場で、ジェントルマン光雄は早速ストライクを取って大はしゃぎしている。
「やれやれ、さっき大人げないとか言ってたのはどの口だろうねぇ。アンナ、投げる球の重さは決めたかい? あ、投げる時は手加減するようにね。壊しちまうと弁償しないといけねぇからさ」
立ったままきょろきょろと辺りを見渡しているアンナに声をかけ、サブリミナル越子は舞ボウルを布でせっせと磨く。以前、調子に乗って備え付けの球を壊してしまって以来、こうして持ち込むようにしていた。話しかけられたことで視線をこちらに向けたアンナは、ぺらりとメモ帳を捲ってこちらに見せてくる。
『これ、何?』
「何って、ボウリングさ。さっきルールは説明しただろ? もっかい説明した方がいいかい?」
『違う。ルールは分かった。でも、これをする意味が分からない』
「意味? そんなのないさ。ただ、俺と爺さんがアンナと遊びたかった。それだけだよ。ここは、俺と爺さんのお気に入りの場所だからね。アンナにも教えたかったんだ」
そう説明してやってもまだアンナは納得いかなそうな顔をしていたので、サブリミナル越子は未だにはしゃいで飛び跳ねているジェントルマン光雄をと自分の顔を交互に指さしてみせた。
「俺と爺さん、変身前の姿見て驚いたろ? 普通、逆だって思うよな?」
『うん、驚いた。年齢にも、だけど』
「別に深い意味はねぇんだよ。俺は昔っからカッコいいものが好きで、爺さんは昔っから可愛いものが好きなんだ。個人の趣味主張に、性別や年齢なんてもんは関係ねぇ。ただ好きだった。それだけなんだ。そこに理由を求める必要はねぇ」
魔法少女に変身する際、コスチュームの希望を聞かれ、お互いにリクエストをした結果が今のサブリミナル越子とジェントルマン光雄の姿だ。ぴっちりした黒いライダースーツに、黄色のラインがアクセントになった最高にカッコいいコスチューム。ソフトリーゼントの髪型もこだわりだ。当然、ジェントルマン光雄のフリフリなロリータ服も本人の趣味全開のリクエスト。それを変だとは思わない。ただ、変だという人がいるのも自由だ。
「俺と爺さんがここにアンナを連れてきたのは、アンナと一緒に遊びたかったから。それだけじゃ理由にならねぇか? それ以上の理由が、必要あるか?」
『越子と光雄、変。大人っぽくない』
「当然さ。だって俺たちは、魔法少女だからな!!」
サブリミナル越子は、ボールを構え、綺麗なフォームで第一投を放つ。ボールが転がる様子を、自然とアンナも眼で追っている。この魔法少女が抱えている問題は、まだ分からないことが多い。でも、それすら個性として、受け止めてみせよう。何故なら、サブリミナル越子はもうアンナのことが好きになってしまっているから。それ以上の理由は、必要ない。
ボールは吸い込まれるようにピンの先頭に当たり、スコアボードはストライクを表示する。サブリミナル越子はガッツポーズをすると、アンナにハイタッチを要求した。アンナは、恐る恐るといった様子ながらもそれに応え、ぱぁんと小さなハイタッチ音が響く。心なしか、アンナは少し笑っているように見えた。
この日は、アミューズメントパークの閉館時間になるまで遊び尽くした。次の日は、3人で釣りに出掛けた。初めて釣る魚にアンナは興味深々といった様子で、小さいながらもちゃんと自分で魚を釣った時には、目を輝かせていた。その日の夕食、光雄が作ってくれた魚料理は絶品だった。
そして、越子と光雄の2人の誕生日を翌日に控えた今日。この日は、どうしてもやらなければならないことがある。そのため、越子と光雄は灯を家に残して外出することになった。
「お昼ご飯と夜ごはんは作って冷蔵庫に入れてるから、お腹が空いたら電子レンジでチンするようにの」
『わかった』
「怪しい人が来てもついていかないように! ばぁばとの約束だ」
『念のため、身を守るすべ、欲しい。魔法、使えるようにして?』
灯はメモ帳にそう書いて、こちらをじっと見つめる。越子は、素早く光雄とアイコンタクトを交わした。光雄は、頷き、くるんと回って魔法少女の姿に変身する。
「よし! じゃあ、念のため、制約を上書きしておくね。『この家から出るのはマナー違反、禁止』。よし、これでOK!」
これで、灯は魔法を使えるし、誰かに攫われるようなこともない。万が一、放火を試みていたとしても、ここから出れなければ心配はないだろう。越子と光雄には子供がいないし、灯が放火する対象には当てはまらない。
「それじゃあ、いい子でお留守番するようにの」
「少し遅くなるが、日付が変わるまでには帰るからなぁ」
越子と光雄、2人揃って手を振りながら玄関を出る。それを見送る灯は、片手を振りながら、もう片方の手でメモ帳のページを見せる。
『いってらっしゃい』
光雄以外に見送られるのは初めてのことで、何ともむず痒い。隣の光雄も同じ心境なのか、嬉しそうに顔をほころばせていた。
「さあ、灯のためにも、用事を済ませんとな」
「ああ、3人で、最高の誕生日を迎えよう」
──それから、数時間が経過した。必要な用事を済ませ、家に戻った越子と光雄。2人の目の前で、炎が燃えている。炎の中で一人舞うのは、お留守番を命じて残していた、アンナ。魔法少女に変身した姿で、見たこと無いほど楽しそうに、アンナは踊り、歌っている。
「ハッピーバースデー、トゥーユー♪」
初めて聞いたアンナの声は、炎の弾ける音にも掻き消されず、やけに鮮明に越子の耳に届いた。