♢切斬舞
切斬舞は通話の切れた魔法の端末を机の上に置き、むむむ⋯⋯と眉間に皺を寄せた。端末越しではあるが、雪美ふくふくは明らかにいつもとは様子が違った。こちらが話した後のレスポンスが0.1秒ほど遅く感じたし、声のトーンも僅かに低かった。そのことを直接本人に伝えるのは、気持ち悪がられる気がして控えたのだが、やはり気になるものは気になる。
「うーん、気になる。磯野、お前はどう思うと?」
「そうですね。重い女同士、お似合いだと思いますよ?」
部屋の中に控えていた側近の磯野に話しかけると、不愛想にそう吐き捨てられた。思わずむっとして睨みつけるも、磯野は無表情のままだ。
「あんな、あたしのことを言うのは勝手やけれど、雪美を馬鹿にするのは許せんばい。それに、魔法少女は太らんけん、重たくなかよ」
「体重ではなく精神の話です。雪美さんのことはお嬢からの又聞きでしか知りませんので想像の範疇を出ませんが、ほぼ週5の頻度で通話をしてきて、なおかつ毎日長文メールを送ってくる女性は十分重いかと」
「分かっとらんね磯野は。最近の女子ではこれくらい普通たい。これだから三十路は⋯⋯」
わざとらしくため息を吐きながら首を振ると、磯野は無言でかつかつと近づいてくると、そのまま関節技をきめてきた。どうやら三十路煽りで怒らせてしまったらしい。切斬舞は普段から魔法少女の姿で生活しているので、魔法少女ではない磯野の拘束を解くのは容易いことだが、それをすると磯野が怪我を負ってしまうためできない。結果として、痛みに悶えることになってしまった。
「痛い痛い痛い痛い!! わ、悪かったから離してくれんね!」
「お嬢はデリカシーを産まれた時に子宮の中に置いてきたんですか? そんな無神経だと、そのうち雪美さんにも嫌われてしまいますよ?」
「いやいや、雪美にそんなこと言うわけなかろうもん。磯野以外の奴には言わんけん、安心してよかよ!!」
「そういう問題では⋯⋯。はぁ、もういいです」
切斬舞は、極道の家で産まれた一人娘だ。霧雨一家の首領である父親は、一人娘の舞を溺愛し、赤子である舞の傍に同性の護衛兼使用人を一人付けた。それが磯野である。磯野は、舞が成長して小学生になっても常に一緒にいる。小学校に登校する際も、非常勤の教師として学校の中から見守る徹底っぷりだ。
そんな磯野にだけは、切斬舞は自分が魔法少女となったことを明かしていた。他の一家の連中は、グラサンのせいで視界が悪いのか、魔法少女に変身した姿で登校するようになっても誰も気づかなかったが、流石に常に傍にいる磯野の目を誤魔化すことは無理そうだったので、自分から打ち明けたのだ。本来魔法少女が一般人に正体を明かすのはご法度だが、身内には別に構わないだろうと切斬舞は思っていた。
「てか、真面目になんであいつらはあたしが魔法少女に変身してるの気づかんと? 親父も気づいとらんし」
「親父殿も含め、組の連中は皆お嬢のことを世界一可愛いと思っている節がありますので。変身前も変身後も認識が変わらないのではないかと」
「いやいや、あたしが言うのもなんやけど、身長以外かなり変わってるけんね? 特にこのハサミとかどうして誰も突っ込まんと? 学校でも触れられたこと無いんやけど」
「ガキどもは皆お嬢の面の良さに騙されてメロメロですからね。先公どもは私の方で口封じをしていますから」
「初耳なんやが!?」
「言ってませんので」
無表情でしれっととんでもないことを言ってのける磯野が、何とも憎たらしい。これで有能で乳がデカくなければ、すぐ別の奴に護衛を変えていたところだが、今のところ候補がいないのでしばらくは変わることはないだろう。
「まあ、馬鹿どものことは今は関係なか。やっぱ問題は雪美のことよ。磯野、どうすればよいと思う?」
「結局その話に戻るんですね。そうですね、そんなに気になるなら、会いにいけばいいんじゃないですか?」
「会いにって⋯⋯。学校があるやろが。流石に、学校サボって北海道まで行くのは無理があるっちゃない?」
「ヤクザの娘が何サボりを恐れているんですか。学校の単位くらい何とかなりますので、気にする必要はありません。というか、いつまでもうじうじ悩まれていると面倒臭いのでさっさと会って悩みを解消しちゃってください」
「おまっ!? 絶対後半のが理由やろ!! あんま生意気言うとると、ハサミでその口切りさくけんね!?」
「そうしたら令和の口裂け女の爆誕ですね。冗談はさておき、本当に会いに行くつもりなら自家製ジェットを飛ばす準備はできてますよ。今から出せば今日中には北海道に余裕で着きます」
「マジ!? うーん、よし、決めた!! それなら、サプライズで会いに行って雪美を驚かすたい!! 磯野、今すぐジェットを出して⋯⋯」
「お嬢ーーーーー!!!」
少し悩んだが、磯野の言う通り直接会いに行くのが一番手っ取り早い悩みの解決方法だ。すぱっと決断して磯野にジェットを出すよう頼もうとしたところで、階下からグラサン部下が駆けつけ、部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた。
「大変ですお嬢!! 鬼灯組の連中がうちにカチコミを⋯⋯ぐへっ!?」
「ノックもせずにお嬢の部屋に入るな馬鹿。⋯⋯お嬢、どうします?」
「流石に、無視するわけにはいけんやろ。ちょちょっと、あたしがしばいてくるか。さっさと片付けて、雪美のところへ行かんとね」
「お嬢が暴れたら人死にが出ますので、自重してください。馬鹿どもも、馬鹿ですが腕は立ちます。お嬢が出る幕はないかと」
部屋に入ってきた組のメンバーの1人の顔面を磯野が蹴り飛ばし、その上を踏みつけながら、切斬舞は磯野と共に部屋を出る。確かに、磯野の言う通り、一般人に対し魔法少女である切斬舞の参戦は過剰戦力だ。しかし、敷地内に踏み込まれた以上片付けなければジェットを出せないだろうし、何だか嫌な予感もしている。
「切斬舞!! いるんだろぉ!? 私は、先日鬼灯組に雇われた傭兵、
どうやら、嫌な予感は的中してしまったようだ。名前には聞き覚えはないが、こちらを切斬舞と呼んでいるということはおそらく相手も魔法少女。ヤクザとはいえあくまで一般人の部下たちでは相手にならないだろう。現に、ちらほらと悲鳴が聞こえてきている。
「どうやら、あたしが出なきゃいけんくなったみたいやね」
「⋯⋯お嬢、どうか無理はなさらぬよう」
「はっ! あんなふざけた名前の奴、あたしのハサミで瞬殺たい。磯野はジェットを出す準備でもしとき」
切斬舞は、背中とランドセルで挟んでいた巨大ハサミを、右腕を肩の後ろに回して一気に引き抜き、胸の前に構える。そして、そのまま目の前の壁を切り裂き、外へと飛び出した。
すると、視界の先に金ぴかな派手な衣装をまとい、手にギザギザの独特な形の刃を持った魔法少女の姿を発見した。あれが松剣散罵だろう。松剣散罵もこちらを見つけたようで、その独特な刃をこちらに向けてきた。
「出てきたなぁ切斬舞ぃ!! あんたを倒して、九州最強の魔法少女の称号は、うちが頂く!! 覚悟せぇ!!」
敵を目の前に無駄口を叩くとは、何とも馬鹿な奴だ。切斬舞の攻撃は、既に始まっている。空中でハサミをジョキジョキと動かし、空気を切り刻む。一瞬で粉みじんに切り裂いた空気は、まるで霧雨のごとく松剣散罵へと降り注ぐ。松剣散罵も、ただではやられず、その独特な形の刃を分解、松の葉のように尖った無数の刃が空中を舞い、空気の刃を防ごうとするが、残念ながら斬撃の細かさではこちらが上だ。防ぎきれずいくつもの切り傷が松剣散罵の肌に刻まれる。
「ぐおおおおお!? なかなかやるな、切斬舞!! しかし、うちはこれくらいじゃあまだ倒れんぞ!!」
「⋯⋯いや、もう終わっとーよ」
切斬舞は、開いたままにしていたハサミを、ほんの少しだけ閉じた。その瞬間、松剣散罵の切り傷が、一斉にぐっとその深さを増し、血を噴き出す。コスチュームもバラバラになり、すっぽんぽんだ。切斬舞の魔法、『魔法のハサミで何でも切り刻むよ』は、少しでも切り傷が付けば、どんなものでも切り刻む。それが例え、頑丈な魔法少女の肉体であったとしても変わらない。
「あたしがこのままハサミを閉じれば、あんたの肉体はバラバラになる。このまま降参して帰ってくれれば見逃してやるけん、負けを認めてとっととお家に帰ることやね」
切斬舞はそう言ってハサミをずいっと松剣散罵の目の前に突き出す。その鈍色に輝く刃を見た松剣散罵は、全身から液体を流しながら、「参りました」と土下座した。その瞬間、勝利を確信した霧雨組の面々は、勝利の雄たけびを上げたのであった。