♢雪美ふくふく
「ほらほら、そんなんじゃすぐ死んでしまいますよ?」
雪美ふくふくは、後方から聞こえる恐ろしい声から逃げるために、息を切らしながら全力疾走していた。右脚がズキズキと痛むのは、先ほどRB・フィッシュが投げた針が刺さったせいだ。真っ白な雪の絨毯の上に、赤い血がポタポタと滴って道を作っていく。その道の上を、雪を踏みしめながら近づいてくる足音は、着かず離れずの位置で雪美ふくふくを追いかけていた。
「貴女の血のシロップがかかったかき氷、大変美味でした。安心してください。先ほど刺した針には毒は塗っていませんから、それで死ぬことはありません。味が損なわれてしまいますからね」
RB・フィッシュが何を言っているか、理解できない。ただただ、雪美ふくふくを支配しているのは恐怖の感情だ。足を動かしているのは痛みを避けたいがためだけだ。風切音が背後で聞こえ、とっさにしゃがんだ頭上を、針が通過し、その先にあった雪像が破壊される。あれは、昼間にまちのお爺ちゃんが自慢していた自信作だ。
「ほら、貴女が避けたせいで、どこかの誰かが一生懸命作った雪像が壊れてしまいましたよ? 魔法少女ならば、命を張って夢を守るべきではないですか?」
「あ、貴女に、そんなことを言われたくない!!」
一瞬、怒りが恐怖を上回った。雪美ふくふくはこの雪祭りが大好きだ。魔法少女になる前から、たくさんの雪像を見てきたし、雪像ができるまでにたくさんの人が時間をかけてきたのも知っている。それを、こんな風に壊されて、怒りが湧かないはずがなかった。
正面に向けていたつま先を反転させ、RB・フィッシュの方を向く。RB・フィッシュが思ったよりも近くにいた。怖い。今すぐ逃げ出したい。でも、立ち止まったからには、意地を見せなければ。雪美ふくふくだって、魔法少女なのだ。
「えい!!」
両手を上から振り下ろし、その動作でもってRB・フィッシュの足元に巨大雪像を作り出そうと試みる。しかし、雪像の頭が地面から出た直後、RB・フィッシュはそれを踏み砕いてさらに一歩、雪美ふくふくへと近づいてきた。
「おや。反撃の意志があったとは驚きですね。いいですよ。運動した方が肉も引き締まりますからね。ただ、痛めつけるならもっと激しくお願いします。こんなふうに!」
ひゅんと耳元で風切り音が聞こえ、右耳が激しく熱を帯びた痛みが襲う。反射的に耳に当てた手は真っ赤に濡れていて、雪美ふくふくはようやく右耳が吹き飛ばされたことを理解した。
その瞬間、雪美ふくふくのほんの僅かな反骨心が、ぽきりと音を立てて真っ二つに折れた。
すばやく反転。バランスを崩して雪の上に倒れる。立っている暇はない。四つん這いの姿勢のまま、獣のように走る。雪が口の中に入ってきて苦しい。右耳が痛い。誰か、誰か助けて。
頭に浮かんだのは、大好きな魔法少女の友達の名前。ピンチになったら駆けつけてくれると言っていた。今は、間違いなくピンチだ。もう、気を遣っている余裕すらない。魔法の端末、早く取り出して連絡しなくては。
寒さと恐怖で震える手で、何とかポケットから魔法の端末を取り出す。そこに、再び聞こえる風切り音。鋭い痛みが手に走り、魔法の端末は血しぶきと一緒に雪の上に落ちる。魔法の端末に引っかかってるソーセージみたいなのは何だろうか。
「ああ、すみません。誰かに連絡を取ろうとしていたみたいなので、止めさせて頂きました。安心してください。指も美味しく頂きますので」
ああ、そうなのか。あれは、自分の指なのか。雪美ふくふくは、どこか他人事のようにRB・フィッシュの声を聞いていた。いつの間にか、涙で視界が滲んでいる。足は、もう動いていなかった。
滲む視界の先で、赤いリボンが見えた。茶色のツインテールが揺れ、風が巻き起こり、視界が白く染まる。
「⋯⋯おい、あたしの雪美をなんで傷つけてるん? しばいたるぞこら」
何度も端末越しに聞いた声。聞き間違えるはずはない。でも、ここに居るはずがない。死に際に聞いた幻聴だろうか。恐る恐る振り返った雪美ふくふくは、RB・フィッシュの前で仁王立ちする小さな背中を見た。赤いランドセルを背負い、ツインテールを揺らすその姿は想像していたものとは違ったが、何故かひどく頼もしい。初めて見る姿であるにも関わらず、雪美ふくふくはそれが誰であるか一瞬で分かった。
「ま、舞ぃぃぃ!!!」
涙でぐしゃぐしゃになりながら名前を叫んだ雪美ふくふくに、切斬舞はウインクで応える。そして、そのまま間髪入れずに目の前のRB・フィッシュにハサミを突き出したのであった。
♢切斬舞
雪美ふくふくにサプライズで会うために、磯野にプライベートジェットを飛ばしてもらって正解だった。磯野がジェットを停めている間に一足先に雪祭りの会場に来てみれば、雪美ふくふくらしき魔法少女が見るからにヤバい奴に襲われているではないか。慌てて割り込んで攻撃を防いだのでよかったものの、あと少し遅れていたら雪美ふくふくは殺されていただろう。
その事実が、切斬舞の怒りの感情に火を点ける。怒りに任せ突き出したハサミは、RB・フィッシュの肩を貫いた。
「痛っあ♡ おっ、これはなかなかの痛み♡ しかも、私好みの幼女じゃないですか。ふふふ、興奮してきました。あの、一つ尋ねたいのですが、生理はもう来ているでしょうか?」
「きっしょ。とっととくたばってくれん? この変態が!!」
先ほどは怒りに任せてついハサミで突いてしまったが、本当は真っ先に首を狙うべきだった。ハサミをRB・フィッシュの肩から引き抜き、刃を広げる。ジョキン!と音を立てて刃を閉じた先には、RB・フィッシュの姿は既にない。地面すれすれに姿勢を落としたRB・フィッシュが、蹴りを繰り出してくる。咄嗟にジャンプでかわそうとするも、慣れない雪で踏ん張りがきかない。脛に一撃を食らい、前のめりに転倒する。
RB・フィッシュが頬を上気させながら針を手に持ち、胸目掛け振り下ろしてくる。しかし、追撃が来るのは切斬舞も想定済みだ。地面をジョキンと切り裂き、地中へと避難する。そのままジョキジョキと地中を掘り進み、RB・フィッシュの背後から地上へと飛び出した。
居合切りの要領で、振りぬくハサミの一閃。しかし、それはRB・フィッシュの肉体に傷をつけることは出来ずに、突然生えてきた桜の木に防がれてしまった。
「うーん、初めて使ってみましたがこの魔法、なかなかどうして、便利ですね。本当ならば、もっと傷を受けたいところですが、何となくそれを食らうのは不味そうですからね。防御させて貰います」
「変態にしては勘がいいようやね。ただ、それしきの小細工であたしの刃は防げんとよ!」
ジャキンとハサミを閉じれば、傷口から桜が真っ二つに切断される。その先のRB・フィッシュに刃を届かせるべく、空中を切り刻んでかまいたちを生成し、飛ばす。だが、その刃も、桜の木からさらに生えてきた桜によって防がれてしまった。
桜の花びらが雪に混じり、視界が乱される。さらには、切り刻んだ木の欠片もそこに加わり、小さな嵐が切斬舞とRB・フィッシュの間に生成される。
RB・フィッシュは、その嵐の中に自ら身体を投げ出した。木片が身体に傷をつけるが、切斬舞の斬撃を直接受けたわけではないので、これ以上傷は広がらない。RB・フィッシュの本来の魔法は、『痛みを力に変えるよ』だ。そのダメージを糧にしてスピードを増した拳が、切斬舞の顔面を捉えた。
切斬舞は、咄嗟にハサミでガードしようとするも間に合わず、鼻から血を噴き出して吹き飛ばされる。予想以上に衝撃が強い。顔面を殴られたこともあって、視界が眩む。立ち上がろうとしたところに、関節目掛け針を投げられ、痛みで蹲る。雪美ふくふくの悲鳴らしき声が聞こえた。
「ああ、イイ痛みでしたよ!! 貴女の肉も、叩いて刺して、美味しくなるようにもっと痛めつけて差し上げますぅ!!」
RB・フィッシュが、奇声を上げながら宙に跳びあがる。その脇腹に、一発の弾丸が命中する。
「お嬢を傷つけてるんじゃねぇぞこのボケナスがぁぁぁ!!!!」
それは、ジェット機の窓から腕を伸ばした磯野が放った銃弾だった。超低空飛行で向かってきたジェット機は、RB・フィッシュに激突。そのまま地面に墜落し、爆音と共に雪煙を巻き上げた。