♢切斬舞
「磯野!? 磯野ぉぉぉーーー!!!」
切斬舞は、ジェット機ごとRB・フィッシュに突っ込んだ磯野の名前を叫ぶ。磯野は、護衛として、常にGPSで切斬舞の位置を把握している。その位置情報が激しく動いているのを見て異変を察し、ジェット機で駆けつけてきたのだろう。しかし、まさかジェット機ごと特攻するとは。ジェット機は既に墜落して炎を上げており、もしあの中にまだいるとしたら、確実に命はない。それでも、現実を認めたくなくて、切斬舞は名前を叫び続けた。
「磯野、生きとったら返事をせんね! こんなところで勝手に死ぬなんて、許さんよ!!」
「何勝手に殺しているんですか。あれくらいでは死にませんよ」
「えーーーー!? おま、なんで生きとーと!?」
頭上の方から聞こえてきた声に慌てて顔を上げると、そこには、雪像の上に落下してピンピンしている磯野の姿があった。てっきり墜落に巻き込まれて死んだとばかり思っていたので、嬉しさよりも驚きが勝って目玉が飛び出しそうになる。
「なんでとは酷い言い草ですね。そりゃ、ぶつかる前にジェット機から飛び降りたからに決まっているじゃないですか。私、まだ死にたくないので」
「えぇ⋯⋯。まあ細かいことはええたい。それよりもはよ逃げんね。魔法少女はあれしきで死なんけん、あんたも狙われてしまうばい」
「ええ、それは私も同意見です。ジェット機をぶつけた時、あのバケモノはこちらを睨んでいましたので。とはいえ、単なる一般人の私が逃げようにも、すぐ追いつかれてしまうのでは? ジェット機もありませんし」
磯野と会話をしながら、切斬舞はRB・フィッシュの迎撃の準備を進めていく。先ほど関節に刺さった針を引き抜き、膝の動きを確認。立ち上がって肩を回す。そんな切斬舞の背中のランドセルを漁り、磯野は音響爆弾とグレネードランチャーを取り出していた。
「微力ながら、私も戦います。幸い、お嬢が常日頃持ち歩いている物騒な魔法の武器もありますしね」
「磯野、アンタもたいがい戦闘狂やね。でも、ここはあたし一人で何とかするたい、邪魔はせんどいて。⋯⋯雪美、今のうちに安全な場所に避難せんね!!」
いまだに後方で震えている雪美ふくふくに呼び掛けるも、雪美ふくふくは涙目のまま動こうとしない。まあ、無理もない話だ。実家の関係で荒事に慣れている切斬舞でさえあのRB・フィッシュは恐ろしいと思ったのだ。これまで端末越しに話を聞く限りただの学生でしかない雪美ふくふくが突然襲われて指を失うような事態になったら、腰も抜けてしまうだろう。
だが、磯野は切斬舞と同じようには思わなかったようで、ちっと苛立たし気に舌打ちすると、ずかずかと雪美ふくふくの元まで近づき、ぱぁんとその頬を平手打ちした。そして、そのまま雪美ふくふくの身体を抱きかかえる。
「おい磯野! 雪美に何しとーとね!!」
「こんな場所にいても邪魔なだけなのでどこかに捨ててきます。すぐに戻りますので、それまでどうかご無事で!!」
そう言い残し、磯野は雪美ふくふくを抱えたまま走り去る。雪美ふくふくへのビンタに関しては後で説教の必要があるが、安全な場所に避難させてくれるのは正直ありがたい。先ほどの戦闘でも、後ろにいる雪美ふくふくを意識して全力は出せていなかった。
「──お話は終わりましたか? まさか、あんなことをされるとは思わず、つい回避し損ねてしまいましたが、なかなかどうして、爆破の衝撃というのも悪くないものですね」
そこへ、まるでタイミングを見計らっていたかのように、炎の中から無傷のRB・フィッシュが姿を現した。いや、口ぶり的に実際にこちらの会話を聞いてあえて待っていたのだろう。その表情からは怒りは窺えず、むしろどこか上機嫌なようにも見えた。
「なんなん? わざわざこっちが逃げるの待ってくれとったと? あんた、案外優しいとこもあるんやね。ま、どうせろくでもない理由やろけど」
「私、そこまで胃袋が大きくないので、一日だいたい一人で満足してしまうんですよね。やっぱり、殺した命は責任を持って食べるのが礼儀じゃないですか。でも、複数人殺したら、ほら、鮮度が落ちてしまうじゃないですか。それは勿体ないと思いまして。あ。でも、この寒さならいい感じに冷蔵保存されますかね?」
「⋯⋯あんたとまともな会話をしようとしたあたしが馬鹿やったばい。ちかっぱしばいたるわ、この変態が!!」
先ほどの攻防で慣れない雪の地面にも慣れてきた。ここからは最初から全力で攻め立てる。世の中には暴力に訴えなければどうにもならない悪人がいることを切斬舞は理解している。目の前のRB・フィッシュは、その典型だ。
ハサミの接合部を蹴り、二振りの刃へと分解する。そして、持ち手の輪っか部分を腕に通し、ぐるぐると高速回転させることで、直接切り刻むより多くの刃を飛ばせる。
回転するハサミが空気を切り、雪を切り裂き、その全てがRB・フィッシュへと向かう。RB・フィッシュはその斬撃の暴風雨を桜の木を生やして防ごうとしたが、一瞬で霧状に切り裂かれた桜は盾の役割を果たせず、その後ろに居たRB・フィッシュに無数の切り傷を刻んだ。
「いい拷問ですねぇ!! 電気椅子に負けないくらいの最高の痛みとスリルです!!」
しかし、RB・フィッシュは傷を付けられた事実に興奮し、動きを速めていく。切斬舞の魔法で傷をつければいつでも切断が可能だが、それを行うためにはハサミをジョキンと閉じる必要があるため、今は不可能だ。手数を優先した結果、ダメージは与えられたが、まだ浅い。RB・フィッシュの本来の魔法が『痛みを力に変えるよ』であることを知らない切斬舞は、桜の木を生やす魔法こそRB・フィッシュの魔法であると認識していたが、何となくダメージを受ける度に動きが早くなるのは理解し始めていた。
走るRB・フィッシュが巻き上げた雪を、切斬舞が一閃。細切れになった雪は、斬撃の結晶となって空から降り注ぎ、RB・フィッシュの身体をさらに傷つける。噴き出す血を舐め取り、さらにスピードを上げたRB・フィッシュが、拳を切斬舞の顔面目掛け突き出した。
「それは、読んどっとったよ!」
RB・フィッシュの動きは舞い上がる雪も相まって視認は困難だったものの、事前に攻撃が来る位置を予測していた切斬舞は、右腕に構えた刃で腕を斬り落とした。そのまま続けざまに左腕を振るって胴体を切り刻もうとしたが、RB・フィッシュは足元に桜を生やして頭上に回避。空中で一回転すると、切り離された腕をキャッチし、傷口に押し当てた。
「綺麗な切り口、お見事です。そのおかげで、こうしてすぐくっ付けることもできる」
傷口から生えた枝が腕を縫い付け、切り離された箇所が元通りにくっつく。先ほど付けた無数の切り傷も塞がってきているのを見るに、どうやらRB・フィッシュの回復力は並外れているようだ。ならば、狙うは一撃必殺。首を斬り落とすしかない。
何もない空中から桜の木が生え、切斬舞にその枝先を向けてくる。両腕を振るい、その木を三枚におろし、木片を蹴り飛ばし、その後ろに追従して駆けた。RB・フィッシュはまだ空中に居る。振り上げの一閃、桜の木を両断し、その先の空気も切り裂く。その斬撃は、RB・フィッシュが空中に生やした桜を蹴ったことで避けられた。だが、それは想定済みだ。
両手のハサミを再び一つに合体。ジョキンと音を立てて刃を閉じる。先ほど放った斬撃で空間に刻んだ傷が開き、その下の切斬舞を木片ごと吸い込もうとする。この空間切断はリスクが大きいためなかなか使えない奥の手だ。木片は目安、ちょうど木片が吸い込まれたタイミングでハサミを開けば、傷は閉じる。こうしなければ自分も空間の狭間に呑み込まれてしまう諸刃の刃。だが、その甲斐あって、RB・フィッシュの対応できない速度で首元に迫れた。
ハサミを横薙ぎに一閃。RB・フィッシュの首が胴体を離れ、驚愕した表情を浮かべた顔が地面に落ちていく。切斬舞は、その瞬間、自分の勝利を確信した。それがいけなかった。
頭のないRB・フィッシュの身体が動き、その手刀が切斬舞の胸を貫く。あまりの激痛に、切斬舞は口から血を吐いて、ハサミを手から落としてしまった。
2人の魔法少女が、同時に雪の上へと落下する。切斬舞はうつぶせの姿勢で、RB・フィッシュの胴体は2本足で立った姿勢で。そして、胴体はトコトコと歩くと、一足先に落下していた頭を拾い上げ、元々あった位置にぐりぐりと押し当てた。
「⋯⋯なんと素晴らしい快感でしょうか! これが首を刎ねられるという感覚なのですね。惜しかったですねぇ。私、魔法の関係で普通の魔法少女よりも痛みに強い上に、回復力もありますので、首が一瞬飛んだくらいでは死なないようです。とはいえ、私も今初めて知ったことですが」
腕の時と同様に、傷口を桜の枝が縫い付け、何事も無かったかのように喋り出すRB・フィッシュ。何か言い返したいところではあったが、切斬舞は喉奥からこみ上げてくる大量の血のせいで話すことが困難だった。だが、まだ諦めてはいない。右手で傷口を押さえ、少し離れた位置に刺さっているハサミへと左手を伸ばす。RB・フィッシュはそれを目ざとく見つけ、嗜虐的な笑みを浮かべながらハサミを蹴り飛ばした。そして、そのまま切斬舞の手を踏み潰さんと足を振り上げる。
「お嬢ぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
そこへ、戻ってきた磯野が叫びながら、何かを投擲した。その何かは、空中で弾け、激しい爆音が2人を襲う。あれは、磯野がさっき切斬舞のランドセルから取り出した音響爆弾だ。かつてとある魔法少女が使っていたという武器を、闇ルートで霧雨組が手に入れたそれは、いざという時のために常に切斬舞がランドセルにしまっていた。
切斬舞は、磯野の声を聞いた瞬間に何をするかを察し、耳を塞いでいた。それでも聞こえるほどの爆音と衝撃により、切斬舞は地面を転がる。それに対し、無警戒だったRB・フィッシュは爆音を直で喰らい、白目を剥いて立ったまま気絶していた。
「お嬢、大丈夫ですか!? ⋯⋯クソ、酷い怪我だ。早く治療を!!」
「⋯⋯雪美は? ちゃんと逃がせたん?」
「こんな時に他人の心配すんなこのクソボケ! ほら、さっさとここから離れて怪我を縫いますよ!!」
息を切らしながら駆け寄ってきた磯野が、自分のスーツが血で汚れるのも構わず、切斬舞を背負って再び走り出す。本当は、磯野を止めてハサミを探し、RB・フィッシュへとどめを刺したかったが、抵抗する力が出ない。胸は焼けるように熱いのに、だんだんと体温が下がっていくのを感じていた。
「⋯⋯馬鹿や、なかとね、磯野。あんた、魔法少女でもなかとに、ホントに戻ってくる奴があるか。でも、ありが、と⋯⋯」
「なに柄にもなくしおらしいこと言ってるんですか。あんなバケモノ、お嬢一人に任せるわけがないでしょう。あと、無理に喋らないでください」
磯野は必死に走ってくれているが、おそらく間に合わないだろう。自分の命の火が消えかけていることは、何となく分かる。RB・フィッシュほどの回復力があれば何とかなったかもしれないが、そう上手くはいかないようだ。
そして、切斬舞は磯野の足音と混ざり、後方からざくざくと雪を踏みしめる音が近づいてくるのが聞こえてきていた。そこまで速度を出していないのは、先ほどのダメージがまだ残っているのか、それともこちらの恐怖を煽るためか。おそらく後者だろうと思いながら、ふっと口元に笑みを浮かべる。この自分の命の残り火、使う場所はどうやら決まったようだ。
「⋯⋯磯野、あたしを下ろして走れ」
「⋯⋯嫌です」
「これは命令たい。磯野、あたしを置いていけ。そして、雪美を守ってやってくれ」
「嫌だって言ってんだろうがクソが!! 私に、お嬢を見殺しにしろって言うんですか!?」
「ああ、そうたい。もし命令を聞いてくれなきゃ、あたしはここで自害する。ハサミは置いてってしまったけれど、傷口に手ぇ突っ込んで心臓握り潰せばいい話たい。⋯⋯磯野、あんたはあたしに、そんな情けない死に方を選ばせたいと?」
「死ぬのに、情けないもクソもねーだろぉが!! 道端で死にかけてた私に生きろと言って拾ってくれたのはお嬢だろうが!! 情けなくてもいいから生きろよ!!」
「⋯⋯ごめん」
切斬舞の目からは、いつの間にか涙が零れていた。磯野も、また泣いていた。切斬舞の意志が変わらないことを悟ったのか、くそっと悪態を吐いた後、磯野は背負っていた切斬舞を地面に下ろし、そのまま何も言わずに走り去った。その背中に、切斬舞はもう一度ごめんと謝罪の言葉を投げかけた。
その数秒後、雪の上で待っていた切斬舞の元に、RB・フィッシュがやって来た。RB・フィッシュは持ってきたハサミを切斬舞の足元に投げると、にいっと不気味に微笑みかける。
「お友達に、遺言は言えましたか?」
「⋯⋯お陰様で、ね」
切斬舞はハサミを杖に、残された僅かな力で立ち上がり、ランドセルの肩紐を切り裂いた。そこから現れたのは、『仁』の一文字。霧雨家の家訓でもあるその文字を背負い、切斬舞は腰をかがめ、右腕を前に出して最期の名乗りを上げる。
「お控えなすって!! あたしは霧雨一家の頭領の一人娘、切斬舞!! 仁義を切って、悪を斬り裂くこの刃、友を守るために舞散るなら本望!! 冥土の土産にこの名前、覚えていかんね!!」
「ええ、勿論。骨の髄まで、味わいつくしてあげますよ」
切斬舞のハサミと、RB・フィッシュの拳が交差する。鮮血が舞い、ハサミが空を飛ぶ。赤く染まった雪の中、立っていた魔法少女は1人だけだった。