♢雪美ふくふく
雪美ふくふくは、一人駐車場の隅で震えていた。RB・フィッシュとかいう魔法少女に襲われて傷つけられて、殺されそうになったところに声だけしか聞いたことが無かった友達の切斬舞が助けてくれて。でも、その切斬舞でさえRB・フィッシュにやられそうになって絶望していたところに、ジェット機で戦場に突っ込んできた磯野とかいうスーツを着た女性にビンタされ、無理やり運ばれてこの駐車場まで連れ込まれた。
そこからは、雪美ふくふくはずっとここで膝を抱えて震えている。磯野からはどこか遠くへ逃げろと吐き捨てるように言われたが、もし外に出てまたRB・フィッシュに会ったらと思うと動く勇気が出てこなかった。その磯野は、雪美ふくふくを置いて元来た道を戻っていったので、きっと切斬舞とRB・フィッシュが戦っているところへ向かったのだろう。あの人は魔法少女には見えなかったが、大丈夫なのだろうか。そもそも、切斬舞との関係性もよく分からない。家族、それとも友達? どちらにしても、少しだけもやもやした気持ちになる。
だって、切斬舞の一番の友達は雪美ふくふくだ。切斬舞も電話越しにそう言ってくれた。でも、一度も直接会ったことがない人を果たして一番の友達と呼べるのだろうか? ううん、大丈夫。切斬舞とは毎日お喋りしていた。きっと家族よりも長い時間話していたはずだ。あれ、でも、そういえば雪美ふくふくは切斬舞の家族構成を知らない。あの、磯野とかいう女性は知っているのだろうか。
そんなどうでもいいことをぐるぐると考えるだけで、雪美ふくふくの身体は全く動かない。切斬舞や磯野のことを心配する気持ちもあるが、それ以上にRB・フィッシュが怖い。未だに、切り落とされた指が痛む。これは、変身を解除してもそのままなのだろうか。それを確認してしまえば二度と元には戻れないから、変身を解除するのも怖くてできない。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。雪美ふくふくは、ただ毎年そうしていたように、雪まつりに混ざってこっそり雪像を作ろうとしていただけだったのに。欲を出して、タブーだと知りながら自分の名前を雪像に刻もうとしたのが良くなかったのだろうか? その罰にしてはあまりに重すぎる。もしこれが罰だというならば、世の中死刑囚で溢れかえっているはずだ。
「⋯⋯おい」
頭上から、ドスの効いた低い声が聞こえ、びくっと全身を震わせながら顔を上げる。そこには、少し前にここを去ったはずの磯野が立っていて、こちらを見下ろしていた。その表情は、駐車場の入り口から差し込む日光のせいで逆光になっていてよく見えない。
「⋯⋯なんでまだここに居るんだよ。さっき、どっか遠くに逃げろって言ったよな?」
「あ、あの、舞は、舞は無事なんですか?」
「⋯⋯お嬢は、私とお前を逃がすためにあのバケモノと戦っている。お嬢は、きっとあいつに殺される」
「どうして!? そんなの酷いです。なんで舞を残してきたんですか!?」
切斬舞が殺されてしまうという言葉が衝撃過ぎて、思わず磯野を攻めるような口調になってしまった。その瞬間、雪美ふくふくは磯野に全力でぶん殴られた。あまりに突然だったので受け身すら取れずに横に倒れる。痛みはないが、驚きだけはあった。殴られた頬を押さえて改めて磯野の方を見ると、磯野は握りしめた拳から血を流し、涙を流しながらこちらを睨みつけていた。
「お前が!! お前がそれを言うのか!? お前、お嬢と同じ魔法少女なんだろ!? だったらどうして、お嬢と一緒に戦ってやらなかったんだ!!」
磯野は、雪美ふくふくの上に馬乗りになり、拳を交互に動かして雪美ふくふくの顔面を殴る。殴る度に磯野の拳の皮は裂け、血が噴き出すも、磯野はただひたすら怒りに任せ雪美ふくふくの顔面を殴りつける。雪美ふくふくは、そんな磯野をただ呆然と眺めながら、殴られるままに身を任せていた。
「クソが!! こんなに殴っても傷一つ付けられない!! 私が魔法少女だったら、お嬢を守れたのに!! なんでお前みたいなやつが魔法少女なんだ。なんで、お前みたいなやつがお嬢の友達だったんだ。お前がいなければ、お嬢はこんなところに来なかった。お嬢は死なずに済んだんだ!!」
雪美ふくふくは魔法少女だ。魔法少女の身体は、普通の人間よりも頑丈にできている。だから、いくら磯野が殴ってもダメージを負うことは無かったが、磯野が涙ながらに叫ぶ言葉は、雪美ふくふくの心を深く抉った。
切斬舞が死んだのが、雪美ふくふくのせい? 確かに、雪美ふくふくは切斬舞が助けに来てほしいと願った。でも、それを直接伝えてはいなかった。だから、雪美ふくふくのせいではないはずだ。だって、もしそれを認めてしまえば、雪美ふくふくのせいで大好きな切斬舞が死んでしまったのだとしたら、心が、耐えられない。
「わ、私のせいじゃ、ない! 全部、あの、バケモノのせいだもん!!」
「そんなの知ってるわボケがぁ!! これは、ただの八つ当たりだ。私が一番ムカついてるのは、どうしようもなく弱い己自身なんだよ!!」
子供のように泣きじゃくる雪美ふくふくの腹を蹴り飛ばすと、磯野は反射的にくの字に折れた雪美ふくふくの身体を肩に抱え、そのまま歩きだした。持ち方が以前よりも乱暴になっているのは、雪美ふくふくの勘違いではないだろう。
「私はお前のことが嫌いだ。でも、お前を助けることはお嬢の遺言だ。だからせめて、お前だけでも無事に逃がしてみせる」
磯野は、雪美ふくふくを抱えたまま、駐車場を練り歩き、エンジンキーが刺さったままの車を発見すると、地面に転がっていた石を使って窓を破壊。そこから手を入れて車のロックを解除すると、後部座席に雪美ふくふくを放り投げ、自分はそのまま運転席に座り、アクセルペダルを踏みこんだ。明らかに窃盗だ。でも、流れるような一連の動作は雪美ふくふくが口を挟む暇すら与えなかった。
「このまま車を走らせてなるべく遠くまで逃げる。これであのバケモノから逃げられるとはあまり思えないけれどな。ただ、これが今私に出せる最高速だ。ジェットもお釈迦になっちまったしね」
「あ、あの、磯野さんって、何をされている人なんですか?」
「さあな。今の私が何者なのか、私が聞きたいくらいだ。なあ、教えてくれよ。お嬢を守れなかった私は、いったい何なんだ?」
「⋯⋯⋯⋯」
雪美ふくふくは、何も答えることが出来なかった。最初から答えが返ってくることを期待していなかったのだろう。磯野もそれ以上何かを尋ねてくることは無く、無言のまま車は動き出した。
どれくらい時間が経っただろうか。朝日はいつの間にか空高く昇り、沈み始めようとしていた。その間、車の中では一切会話は無く、エンジン音だけが唯一のBGMだった。
雪美ふくふくは、ぼんやりと窓の外を眺める。こうやって外の景色を見ていると、いつもの通学路とそう変わらない。まるで、今朝起こったことが夢だったのではないかとすら思えてくる。しかし、視線を落とせば数本根元から切り落とされた指が、現実だぞと雪美ふくふくに訴えかけてくる。
もう嫌だ。早く家に帰ってベッドで眠りたい。お母さんの作ってくれるザンギを食べて、お風呂につかりながら切斬舞とメールで話すのだ。起きたら学校に行って、まちと宿題を見せ合いっこしたりして。そういえば、今日は雪祭りだ。今年こそ、雪美ふくふくの作った雪像が最優秀賞を取れるだろうか。そしたら、まちと切斬舞に、あれは自分が作ったんだぞと自慢して、たくさん褒めてもらいたい。
つーっと、涙が目から零れる。ぜんぶ、もう二度と叶わない。どこまで逃げるつもりか分からないけれど、すぐには家に帰れないだろうし、メールを送る切斬舞は死んでしまった。雪像は壊されてしまったから、きっと今年の雪祭りは中止だ。大好きだった友達、雪祭り。ぜんぶぜんぶ、無くなってしまった。
その時ふいに、窓の外を何かが横切った。真っ赤なリボンに、ランドセル。あれは、切斬舞だ。一瞬だけしか見えなかったが間違いない。慌てて窓に貼り付いたが、既に見えなくなっていた。いったいどこに消えたのか。
「伏せろぉぉぉぉ!!!!」
窓の外を見るのに必死になっていた雪美ふくふくは、磯野の声に反応するのが遅れてしまった。直後、ジョキンと何かが切断されるような音と共に、視界がくるりと回転する。雪美ふくふくの目が、首がなくなった自分の身体を捉える。何が起こったのか理解が追い付かないまま、雪美ふくふくの首は車外に放り出され、世界が唐突に終わった。
♢磯野
車を運転する磯野の目の前に、RB・フィッシュが現れたのは突然のことだった。切斬舞のランドセルを背負い、ハサミを振りかぶり笑みを浮かべたRB・フィッシュを見て何をするつもりか察した磯野は、咄嗟に叫んだ。
「伏せろぉぉぉぉ!!!!」
叫びながら自分も座席の下に身をかがめる。直後、ジョキンと音がして、車の上部が切断された。雪美ふくふくの無事を確かめる余裕もなく、制御を失った車はそのままRB・フィッシュの横を通過し、電柱へと衝突した。
激しい衝撃。シートベルトをしていなかった磯野は、そのまま車外へと放り出されたが、空中で体勢を整え、着地時に受け身を取ることで何とか致命傷は避けた。それでも、身体全体がひどく痛む。意識が飛びそうになるのを気合で堪え、頭だけ起こして後部座席を確認し、絶望する。そこには、首がなくなった雪美ふくふくだったものの死体だけが残されていた。
どうしてだ。自分は、一番守るべきものを犠牲に、その遺言を果たすためだけに全力を注ぐことを決めた。なのに、その遺言すら、守ることが出来なかった。こんなことになるくらいなら、あの時、切斬舞と一緒に自分も戦って死ぬべきだった。
「鼓膜、筋膜、横隔膜。美味美味美の味、喰らう感動!! 五臓六腑が染み渡り、未曽有の耽美が跳び回る!! ああ、やはり幼女の血肉はいいものです。余すことなく堪能させていただきました。おまけに素敵な武器も頂きましたし、是非お礼を言いたくて駆けつけてしまいましたよ」
RB・フィッシュは血と涎で濡れた口元を袖で拭い、上機嫌にハサミをジョキジョキと鳴らしながら、スキップでこちらに近づいてくる。その姿を見ると、切斬舞が死んだという事実を改めて突きつけられるようで、情けなさに涙があふれて止まらない。
両手の痛みは、磯野の弱さの証。雪美ふくふくを殴って、逆に自分が傷ついた。その雪美ふくふくをあっさりと殺したバケモノに、磯野が戦って勝てるはずがない。
悔しい、悔しい、悔しい。自分は、何も守ることが出来ず、こんなところで殺されてしまうのか。そんなの、あまりにも理不尽じゃないか。切斬舞も、それから雪美ふくふくだって、こんな奴に殺されていい人間ではないはずだ。
磯野は、神は信じていない。信じるのは、自分を拾い、助けてくれた切斬舞と、霧雨組の仲間たちだけだ。だが、どうしようもない理不尽への怒りと悔しさから、磯野は祈った。
「誰か⋯⋯。誰か、助けてくれ⋯⋯!!」
その声に応えたかのように、天が光る。直後、轟音と共に、一筋の雷光が天から降り注ぎ、RB・フィッシュを貫いた。雷に打たれ、全身を痙攣させるRB・フィッシュ。しかし倒れることは無く、ぎょろりと目を剥いたその目の前に、4人の魔法少女が上空から現れ、磯野を守るように立ち塞がる。
その魔法少女のうちの1人、薙刀のような武器を持った魔法少女が、磯野の方を向いた。学生服のような恰好に、花の髪飾り。優しく、しかし力強い声で、スノーホワイトは磯野に語り掛ける。
「あなたの助けを求める声、私にちゃんと届きました。あなたの行動は、私たちが無駄にはしない!!」
磯野は、その言葉を聞いて思わず涙が溢れ出した。そんな磯野を抱きかかえ、臨時で集まった仲間に声をかけ、スノーホワイトは一時的に戦場を離脱する。
「レイニーさん、ラミーさん、ロールドンナさん。私はこの人を安全な場所に避難させます! 私が戻るまで、どうかご無事で!!」
「はい!」
「スノーホワイト様に言われずとも、こんなキモイやつめっためったにしてあげますよ!!」
「任せとき。あんたが帰ってくる前に終わらせちゃる!!」
「いいですね。流石に厳しい戦いになりそうですが、その苦しみが私を興奮させますよ。さあ、次に私の胃袋に入りたい人は誰ですか? 丁寧に切り刻んで、今度はステーキで頂きましょう!!」
三者三様の返事をする、レイニー・ブルーに、ラミー、そしてロールドンナ。そんな3人を順に眺め、RB・フィッシュはハサミをジョキンと鳴らし、舌なめずりをするのであった。